後宮に咲く毒花~記憶を失った薬師は見過ごせない~

二位関りをん

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第56話 記憶を失っても

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「ごめんなさい……」
「理解できませんか?」
「確かにあなたの仰る通り、死者は誰かのものにはならないです。でも……あなたは私の姉を奪ったのは、変わりありません」

 児永の瞳に対して恐怖を抱いていた美雪。しかし夢に出た白雪の姿を思い出した瞬間、勇気とも憎しみとも取れる炎のような感覚を覚える。

「そうですね。私はあなたの記憶の一部と家族を奪いました。それは事実です。現にあなたは白雪が毒殺されたと知っていた。これ以上知れば必ず私の元へたどり着く。口封じして正解でした。」
「ではなぜ今、お話したのですか?」
「あなたは生きてここから出る事は叶わないからです。どうせ死ぬなら真相を全て知ってからの方が良いと考えたので」

 すっと児永の顔が離れていく。その瞳はどこか名残惜しさを秘めているような、さみしげなものだった。

「あぁ、この事も教えておきましょう。宇鐘はこれまで複数の妃に毒を盛った手練れです」
「え……?」
「林才人もそうですね。元をたどれば、彼が他の妃に毒を盛っていたのを私が見たのがきっかけでして」

 誰にも言わない代わりに、白雪を殺すのを手伝ってほしい。宇鐘にそう持ちかけたと児永は自嘲気味に笑いながら語る。

「あなたに盛ったのは毒薬。でも死んでほしくはなかったので、敢えて記憶を消すものを選びました」
(情けをかけられたのか、それとも違う理由があるのか……)

 なお、宇鐘は双貴妃が嫁いできた当初から邪魔になると思った妃達を排除すべく裏で動いていたようだ。

「双貴妃様は……」
「双貴妃様は全くご存じではありませんから、心配なさらないでください。宇鐘さんもそれはお望みではないようですし」
「全て宇鐘さんの独断によるものですか?」
「はい。せめて嫁ぎ先では幸せになってほしくて競合相手を減らそうとしていたようです。しかし悲しいかな、嫉妬深い妃として噂が立ち、陛下の寵愛も得られないとは……」

 宇鐘に同情しているような口ぶりだが、どこか薄っぺらさがにじみ出ているような気もしなくもない。
 それに双貴妃のあずかり知らない所で複数の妃達が毒牙に堕ちていった事に、彼女がこの事を知ってしまえばどうなってしまうかと心配してしまう。
 だが、最も心配すべきなのはこれからの己の身についてだと、児永の瞳を見て再認識した。

「これにて話は終わりにしましょう。ずっとこのような所にいれば皇后様がご心配ですからね」
「ここからは……出して頂けないのですね?」
「当たり前です。あなたには死ぬまでこの冷宮でいてもらう。あぁ。お食事はご用意いたしますから」

 児永はくるりと背中を見せて、扉へと向かう。すると足を止めて再び美雪へ視線を投げかける。
 
「あなたは記憶を失っても、変わりませんね。どうしてもあの方と重ねてしまう」
「……だから、殺さないのですか? 白雪さんは、殺したと仰るのに」
「気まぐれです。それ以上の理由はございません。それでは」

 美雪は脱出すべく扉に向けて走ったが、寸での所で閉ざされてしまった。再び鍵もかけられ、灰色の空間に閉じ込められてしまう。
 静かな空気が再び立ち込め、美雪の肌を刺していく。

(ここはやはり冷宮。脱出しなければ……!)

 一旦脱出に使えそうなものはないか、身に着けているものを調べていく。衣服以外に荷物はないが、袖口に宇鐘と取っ組み合いになった際、彼が持っていた白い布の端切れがあった。端切れには白い粉が付着した状態なのも確認できる。

(これ! このまま持っておけば、児永さんや宇鐘さんがやったという証拠にもなる……!)

 とはいえ粉が付着している為脱出には使えない。大事に取っておこうと再び袖口の中へとしまう。

「あとは……髪留めの布くらい……」

 薄い桃色の髪留めを外し、髪を降ろす。そして光が差し込む格子窓へと飛び上がるが、美雪の身長では届きそうにない。

(壁をよじ登れたら……! でも家具はここにはない。やっぱり扉を壊す? そうすれば音でわかるかもしれないけど……私の身が危ないかもしれない)

 迷った末、一か八かの賭けに打って出る。児永が来る前にしていたように扉へ体当たりを敢行した。
 3度ほど繰り返した瞬間、木の扉は激しい音を立てて開かれる。その反動で美雪は廊下へと放り投げ出される格好となった。

「いったた……」

 転がって立ち上がると灰色の部屋とよく似た色合いの廊下が伸びているのが露わとなる。だが、半地下と言うだけあってまるで夜のように仄暗い。
 人気がないのは知覚できたが、このまま先へ進んで良いものか悩んだ結果、足がすくんで動けなくなってしまう。

(でも、行かないと脱出できない……!)
「おい! 誰かいるのか?!」

 突如として聞き覚えのある声が響き渡った。声がした方角はあの格子窓の方。美雪は急いで元居た部屋へ引き返すと、格子窓へめいっぱい両手を振った。

「います! いますよ!」
「その声は……美雪か?! 今そちらへと向かうから待っていろ!」
(朝日さんだ! 良かった、一番気がついてほしい人に届いてくれた……!)
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