後宮に咲く毒花~記憶を失った薬師は見過ごせない~

二位関りをん

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第57話 児永の気持ち

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 朝日の言葉を信じ、両手で腕組みをしながら待つ。その間にも恐怖で足が震えていた。早くここから出たいと言う焦りが更に恐怖へと変じていくのがわかる。

「美雪!」
 
 前方から彼の大声がこだまする。急いで彼の元へと駆け寄ると、朝日が部下の医師達5人ほどを引き連れ、両手を広げて走ってきているのが見えた。

「朝日さん!」

 嬉しさのあまり、美雪は両手をいっぱいに広げて彼の広々とした胸へと飛び込んだ。

「美雪! 無事でよかった!」

 朝日はがばっと両手を背中に回し、美雪を全身で受け止めてくれる。彼のぬくもりが頬から手足の隅々まで伝わっていくと、嬉しさがこみあげてきて、涙となった。

「よかった……! 朝日さん! 気づいてくださって、ありがとうございます……!」

 涙は堰を切ったかのようにとどまる気配を見せない。熱と共にぼろぼろと零れ落ちては朝日の衣服に染みとなって広がっていく。不安感なども涙と共に身体の外へと排出されていった。

「君がいなくなって本当に心配だった……! 生きていて良かった……!」
「朝日さん……! 朝日さんっっ……!」

 声を挙げてわんわんと泣き、彼のぬくもりを受け止める。しばらくすると朝日から歩けるか? と問われたので大きく首を縦に振った。

「わかった。出口はあそこだ。行こう!」
「はいっ!」

 朝日がぎゅっと右手を握る。白い手袋がはめられた彼の掌には力が籠っていて、熱い。熱さを堪能するかのように感じながら美雪は彼と共に出口へと駆けていった。
 冷宮の外へ出た後は止まる事無く暁華殿へ走る。走りながら美雪は事の次第を簡潔に朝日へ説明した。

「児永が?」
「そうなんです。証拠はございます!」

 付着した粉が落ちないように気を付けつつ、袖口から端切れを見せると、朝日はそれは? と首を傾げた。それと同時に見慣れた光景である暁華殿の正門が姿を現す。

(暁華殿へ戻って来れてよかった……けど、児永さんがいらっしゃるかもしれませんよね……)
「美雪、怖いか?」

 足が止まる。美雪は正直に児永がいる可能性を伝えると、美雪の両肩に朝日の手が触れる。

「心配するな。俺がついている。俺を信じろ」

 朝日のまっすぐな青い瞳が美雪の橙色の瞳を射抜く。かつてこれほどまでに絶大な安心感を得られた事があっただろうか? そう自問自答してしまう程に、朝日が頼もしく感じた。

「まずは皇后様の元へ向かうぞ。その後、詰所へ戻る。いいな?」
「はい、朝日さん!」

 再び手を取り合い、姜皇后の部屋へ歩み出す。部屋の前まで移動する間、幸いにも児永とは鉢合わせしなかったが彼がどこにいるかはわからない。
 すぐ近くで聞き耳を立てているかもしれない可能性だってある。

「失礼いたします。皇后様! 美雪が帰還いたしました……!」

 扉が開く速度はいつも以上に早かった。目の前にはいつもと変わらぬ真っ赤な衣服を身にまとった彼女が太陽の如き笑みを浮かべて立っている。

「美雪! 無事だったのね……!」
「はい、皇后様! ご迷惑をおかけしてしまい、大変申し訳ございません……」
「謝らないで頂戴! 本当に、無事でよかったわ……!」

 姜皇后から愛おしく抱きしめられる。彼女の少しふくよかめな体型は柔らかく、思わず甘えたい衝動に駆られた。最高級の絹織物で作られた衣服から漂う豊潤な花の香りが、美雪の鼻腔の奥まで届く。
 
「皇后様、早速ではございますが。美雪がこうなった経緯を説明したく存じます」
「わかったわ。扉を閉めて。そして人払いを」

 宮女達が一斉に部屋の外へ出る。それを見計らってから美雪は姜皇后から離れつつこれまでの経緯と児永が語った話を全て打ち明けた。

「児永が。そんな……」

 信じられない。と言わんばかりの表情を浮かべる姜皇后へ、美雪は宇鐘が持っていた白い端切れを見せる。

「薬がついているかと存じます。白雪さんを殺した証拠はまだございませんが……私に危害を加えた立証は出来るかと」
「ありがとう。すぐに陛下へご報告するわ。そうねぇ……あなた達も一緒に行きましょうか?」
「皇后様。それには及びません」

 後ろの物陰から児永が姿を見せた。まさか隠れていたとは予想外だっただけに、美雪の背筋がぞくりと震え上がる。
 だが児永の表情はどこか諦めのついたような、哀愁が漂うものだ。

「児永! 聞いていたの!?」
「えぇ、皇后陛下。ですがもう私は諦めました。おとなしく罪を認める事に致します」
「児永、罠ではないだろうな?」

 朝日に後ろから庇うように抱きしめられる。確かに実行犯は宇鐘だ。誰か殺しに秀でた手練を連れてきていてもおかしくはないはず。と美雪は警戒する。

「罠はもうどこにもありません。どうせ私は死罪になるでしょうから、最後にあなた方へご挨拶に来たかったのですよ」
「ねえ、児永。本当に白雪を殺してしまったの? 私の事はどう思っていたのかしら?」
「はい。私が宇鐘さんに命じました。そしてあなたの事は当然ながら素晴らしい主君であると思っておりました。もうお仕えする事は出来ませんが、どうか偉大な皇后として暁月国をお支え頂きたい」

 恭しさを崩さない児永に、姜皇后は眉を八の字にして深い悲しみを露わにする。

「美雪さん。あなたはやっぱり白雪さんとそっくりだ。記憶を失ってからより彼女に近づいた気がいたします」
「え……?」
「私の想いは誰にもわからないままで良い。ですがどうかひとつだけ。優しすぎるまでの優しさを覚えていたままで本当によかった。朝日さんは優しくしているようですが、誰のものにもなろうとしないあなたが良いです」

 安堵した笑顔を浮かべる児永を完全に理解する事はおそらく今後もないだろう。その後程なく兵士達がやってきて、児永は捕縛されどこかへと連行されていった。
 
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