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最終話 最後に思い出した事
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◇ ◇ ◇
あれから数カ月の時が経過した。厳しい冬はもう終ろうとしている。美雪は荷物を持ってひとり、下町へと足を運んでいた。
美雪が持っていた白い端切れなど複数の証拠が見つかった結果、捕縛された児永と宇鐘は斬首刑に処された。児永の自室からは白雪が描いた薬草の絵が5枚ほど発見され、遺族である美雪へ返還されている。
また宇鐘の自室からは日記が見つかった。内容は全て双貴妃へ向けられたもので、彼女への明確な恋慕が繊細な表現を用いて記されていたらしい。
宇鐘の悪事は主である双貴妃にも伝わった。宇鐘の仕える相手である以上、彼女にも疑いの眼が向けられて当然と言えよう。
しかしここで双貴妃は衝撃の余り、驚きの行動に出る。なんと自室で己の首を剣で突き刺し、自害しようとしたのだ。
美雪らも駆けつけ必死の手当の結果、傷は浅かった事もあってなんとか一命をとりとめた。
しかし臥せっている身であっても双貴妃は自分のあずかり知らぬ所で宇鐘が次々と妃達を手にかけていった事実を何度も謝罪していた。
――私、本当に知らなくてごめんなさい。宇鐘の事は幼い頃から大事な人だとは思っていました。でもそれは家族みたいなもので、恋焦がれるとか、そんな感情では無くて。でもそんな事正直に言っても今は言い訳としか捉えられないですよね。本当にごめんなさい。私が、責任を取って死ねばよかったんです……。
涙を流す双貴妃の姿は美雪にとっても胸が痛くなる光景だった。その姿に同情したのか、皇帝は時折彼女の元を訪れるようになり、回復後はとうとう閨まで呼ばれるようになった。
懐妊までもうあと少しだろう……。後宮内ではそう噂されている。もはや嫉妬深い妃と言う印象は払しょくされていた。
獨昭媛も回復し、精神状態も落ち着いた。しかも彼女は先日懐妊が発覚したばかり。今度こそは元気な子が生まれてくるように願う。青才人の他の妃達も元気に暮らしていると、美雪は朝日から貰った手紙を読みながら、閉ざされた店の前に立つ。
「あの、美雪さんにそっくりな人じゃないか?」
「浜多さん! お元気だったのですね……!」
浜多が野菜を両手で抱え、じっと美雪の顔を見る。
「やっぱり美雪さんにしか見えんわい」
「実は私が美雪です。あの時は……どうも申し訳ございませんでした」
「やっぱりそうだったのか! それで、今どうしてこちらに?」
「陛下から休暇を頂いたのです」
本格的な冬が到来した頃。美雪は姜皇后と皇帝から今後について相談を持ち掛けられていた。全て事件が解決したので、このまま後宮を辞め、白雪の菩提を弔う生活を送るのもよし。このまま後宮に留まり薬師として死ぬまで働くのでも良し……と皇帝の慈悲と言う名の選択が与えられたのだ。
なぜそのような慈悲を与えられたのか、美雪には理解できない。それに当初は断ろうとしたが、姜皇后からの言葉もあり、各地を旅する事に決めたのだった。
そして旅の終点地に選んだのは、かつて己が営んでいた薬屋である。まだ当時の記憶は思い出せないがどこか懐かしさは感じていた。
浜多の手を借りて、閉じられた薬屋が姿を見せる。内装は以前美雪が夢で見たものとほぼ同じだった。
薬棚の中には薬は入っていない。が、白いすり鉢などはぽつんと置かれたままだ。
「これを使っていたのかな、私……」
すり鉢に手を触れた瞬間、脳裏にある光景がよぎった。それは老若男女が薬をくださいとせがんだり世間話をしたりする、にぎやかなもの。記憶を取り戻した時に毎回と言っていい程感じていた衝撃も知覚する。
(この景色が……後宮に入る前の日常だったのかもしれないですね……)
「美雪さん、これからどうなさるんです? またお店を……」
「まだ決めていません。後宮での勤めも日々勉強ばかりで楽しかったですし」
ここで再び薬屋を営むのも良いかもしれない。などと考えている時だった。
「美雪。ここにいたんだな」
聞き覚えのある男性の声が静かに響き渡る。振り返ると花束を持った彼が青い目を細めて穏やかな微笑みを浮かべていた。
「あ……! ど、どうしてここに?!」
「美雪。陛下からの薦めでこっちにやって来たんだ。このままでいいのか? 何か伝えるべき言葉があるんじゃないか? てな。俺としても君に気持ちを伝えないままなのはよくないと改めて再認識させられた」
「えっ……」
「その、よかったら……俺と結婚してほしい」
下町の喧騒と穏やかなそよ風が美雪の頬を撫でた。
あれから数カ月の時が経過した。厳しい冬はもう終ろうとしている。美雪は荷物を持ってひとり、下町へと足を運んでいた。
美雪が持っていた白い端切れなど複数の証拠が見つかった結果、捕縛された児永と宇鐘は斬首刑に処された。児永の自室からは白雪が描いた薬草の絵が5枚ほど発見され、遺族である美雪へ返還されている。
また宇鐘の自室からは日記が見つかった。内容は全て双貴妃へ向けられたもので、彼女への明確な恋慕が繊細な表現を用いて記されていたらしい。
宇鐘の悪事は主である双貴妃にも伝わった。宇鐘の仕える相手である以上、彼女にも疑いの眼が向けられて当然と言えよう。
しかしここで双貴妃は衝撃の余り、驚きの行動に出る。なんと自室で己の首を剣で突き刺し、自害しようとしたのだ。
美雪らも駆けつけ必死の手当の結果、傷は浅かった事もあってなんとか一命をとりとめた。
しかし臥せっている身であっても双貴妃は自分のあずかり知らぬ所で宇鐘が次々と妃達を手にかけていった事実を何度も謝罪していた。
――私、本当に知らなくてごめんなさい。宇鐘の事は幼い頃から大事な人だとは思っていました。でもそれは家族みたいなもので、恋焦がれるとか、そんな感情では無くて。でもそんな事正直に言っても今は言い訳としか捉えられないですよね。本当にごめんなさい。私が、責任を取って死ねばよかったんです……。
涙を流す双貴妃の姿は美雪にとっても胸が痛くなる光景だった。その姿に同情したのか、皇帝は時折彼女の元を訪れるようになり、回復後はとうとう閨まで呼ばれるようになった。
懐妊までもうあと少しだろう……。後宮内ではそう噂されている。もはや嫉妬深い妃と言う印象は払しょくされていた。
獨昭媛も回復し、精神状態も落ち着いた。しかも彼女は先日懐妊が発覚したばかり。今度こそは元気な子が生まれてくるように願う。青才人の他の妃達も元気に暮らしていると、美雪は朝日から貰った手紙を読みながら、閉ざされた店の前に立つ。
「あの、美雪さんにそっくりな人じゃないか?」
「浜多さん! お元気だったのですね……!」
浜多が野菜を両手で抱え、じっと美雪の顔を見る。
「やっぱり美雪さんにしか見えんわい」
「実は私が美雪です。あの時は……どうも申し訳ございませんでした」
「やっぱりそうだったのか! それで、今どうしてこちらに?」
「陛下から休暇を頂いたのです」
本格的な冬が到来した頃。美雪は姜皇后と皇帝から今後について相談を持ち掛けられていた。全て事件が解決したので、このまま後宮を辞め、白雪の菩提を弔う生活を送るのもよし。このまま後宮に留まり薬師として死ぬまで働くのでも良し……と皇帝の慈悲と言う名の選択が与えられたのだ。
なぜそのような慈悲を与えられたのか、美雪には理解できない。それに当初は断ろうとしたが、姜皇后からの言葉もあり、各地を旅する事に決めたのだった。
そして旅の終点地に選んだのは、かつて己が営んでいた薬屋である。まだ当時の記憶は思い出せないがどこか懐かしさは感じていた。
浜多の手を借りて、閉じられた薬屋が姿を見せる。内装は以前美雪が夢で見たものとほぼ同じだった。
薬棚の中には薬は入っていない。が、白いすり鉢などはぽつんと置かれたままだ。
「これを使っていたのかな、私……」
すり鉢に手を触れた瞬間、脳裏にある光景がよぎった。それは老若男女が薬をくださいとせがんだり世間話をしたりする、にぎやかなもの。記憶を取り戻した時に毎回と言っていい程感じていた衝撃も知覚する。
(この景色が……後宮に入る前の日常だったのかもしれないですね……)
「美雪さん、これからどうなさるんです? またお店を……」
「まだ決めていません。後宮での勤めも日々勉強ばかりで楽しかったですし」
ここで再び薬屋を営むのも良いかもしれない。などと考えている時だった。
「美雪。ここにいたんだな」
聞き覚えのある男性の声が静かに響き渡る。振り返ると花束を持った彼が青い目を細めて穏やかな微笑みを浮かべていた。
「あ……! ど、どうしてここに?!」
「美雪。陛下からの薦めでこっちにやって来たんだ。このままでいいのか? 何か伝えるべき言葉があるんじゃないか? てな。俺としても君に気持ちを伝えないままなのはよくないと改めて再認識させられた」
「えっ……」
「その、よかったら……俺と結婚してほしい」
下町の喧騒と穏やかなそよ風が美雪の頬を撫でた。
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