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プロローグ
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大陸の極東にて邪龍が御仏の加護を得た戦士達により倒され、龍の国が建国されはや1000年が経過した。その間大きな戦もなく、人々は平和に時を過ごしている。宮廷をはじめ紅と金を主体とした豪華絢爛な建築群と衣服は西洋諸国からよく旅行に訪れるものが多い程、人気があるそうだ。
そんな龍の国を統べる皇帝は、かつて初代皇帝と共に邪龍を倒した戦士達の末裔で、雪家・木家・金家・水家・風家の五大名家一族の出身である娘を皇后として娶るという習わしがある。しかし皇后だけでは世継ぎを確保するのに大変なので、貴妃・淑妃・徳妃・賢妃の四夫人をはじめとした側室達も必要になるのだ。
「何? その話は誠か?」
紅い玉座に座り、頬杖をついている長い黒髪に長身で華奢な体型の男は若き皇帝・浩明。昨年父親である先帝を無くし、即位したばかりの新参皇帝となる。眉をひそめ、家臣の話に耳を傾けていた所だ。
「周山の中腹にある仏像を修復した後、高熱にうなされているそうで……」
今、家臣らが浩明に報告しているのは五大名家のひとつ・雪家の娘、美華の事だ。
美華は浩明の皇后としての輿入れが決まっていたのだが、ここに来て体調不良に至っているという。
「婚儀は延期せざるを得ないな」
浩明の判断に、家臣達は反論する事無く賛成の意志を示す。そして雪家に婚儀の延期が伝えられる事となった。
「ふむ……病とは。流行り病か?」
「現時点ではわからぬようでございます。わかっているのは高熱の症状だけで……」
「なるほど。咳が出たりというのはないのだな?」
「私が知る限りでは把握しておりませぬ」
家臣からの淡々とした報告に、浩明は腕を組んでまるで咀嚼するかのように何度も首を縦に振った。高熱だけの症状というのもめずらしい気がすると彼は考えていたのである。
「念のため宮廷の薬師と医師を各2名派遣せよ」
「ははっ。おおせのままに」
「……さて、このまま回復してくれば良いのだが」
もし美華が死ぬような事があれば、また五大名家より皇后にふさわしい娘を見繕わなければならないのだが、それ自体に浩明は嫌気がさしていた。
振り返ればどいつもこいつも己よりも己の地位の方にしか目が行っていない娘達ばかりだが、そんな中見つけた美華だけは控えめ……要は地味で貞淑な佇まいをしていた事もあり満場一致で皇后に推挙されている。そこに浩明の意思は反映されていない。
(婚儀は3日後だったな……)
一応この事は、家臣の報告によるもので、浩明本人はまだ美華と会った事は無いし、美華がいくら貞淑な人物であろうとも、浩明からすればふうん、それで? とも言えるくらい関心はない。だが、皇后は必ず娶らなければならないので、浩明は憂鬱すら感じていた。
(はあ。政務だけで精一杯なのに、女達の相手もしなければならないのか)
だが、彼が子をなさないと大変な事になるのは重々理解している。実際先帝の子は浩明ただひとりだけだったのだ。
(ふう、めんどうだ……)
浩明は心の中でため息を吐きながら、西にある隣国から来たという大商人2人の謁見を受け入れた。その顔にはいくらか疲れの色が見えるが、家臣は誰も気づこうとはしなかったのである。
そして婚儀当日。宮廷で待っていた浩明の前に美華が現れた。
「待て。その目隠しはなんだ」
黒く艶はあるも量は少なめな髪を美しく結ってはいるが地味な雰囲気である。あまり似合わぬ豪華な衣服を身に纏う美華の目は黒い目隠しの布で覆われていた。
衝撃的なその姿を見た浩明は思わず玉座から立ち上がってしまう。
「そのお声は……陛下でございますか?」
両脇に女性の従者を従えた美華が右手を伸ばし、広げた手のひらを浩明の方へと向ける。
「ああ。俺がそうだ」
「お初にお目にかかります。雪美華と申します」
柔らかく高めの美華の声には、驚きや緊張感は一切感じられない。
(こいつ……緊張していないのか?)
美華はこの方が皇帝陛下か……。とまるで絶景を眺めるかのように立ち止まる。
(やはり皇帝陛下というだけあって、神々しい気を感じる……!)
「美華。その目隠しはなんだ?」
「実は私……高熱により目が見えなくなったので御座います」
「なんだと?」
美華は目隠しを取る。色白だがメリハリの無い地味な顔つき。肝心の目は瞼が閉ざされたままだ。
当然ながら美華の顔を見ても、浩明は何とも思えない。
(ふん……地味な女だな。美しいとは思えぬ。辞退する手もあっただろうに)
「美華。まずは疲れを癒せ。婚儀はそれから行う」
「かしこまりました。陛下」
自ら巻き直した目隠しをしているのにも関わらず、浩明が見えているかのように深々と頭を下げた。
(……見えているのか?)
疑問を抱いたものの、それを口に出す前に美華は従者と後宮内で働く女官達に付き添われて浩明の前から姿を消す。
「……陛下。こちらも準備いたしましょう」
宦官に促され、浩明も広間を後にする。歩いていると彼の脳裏には先ほどの美華の顔が思い起こされるのと同時に、胸がほんの少しだけ熱くなった
そんな龍の国を統べる皇帝は、かつて初代皇帝と共に邪龍を倒した戦士達の末裔で、雪家・木家・金家・水家・風家の五大名家一族の出身である娘を皇后として娶るという習わしがある。しかし皇后だけでは世継ぎを確保するのに大変なので、貴妃・淑妃・徳妃・賢妃の四夫人をはじめとした側室達も必要になるのだ。
「何? その話は誠か?」
紅い玉座に座り、頬杖をついている長い黒髪に長身で華奢な体型の男は若き皇帝・浩明。昨年父親である先帝を無くし、即位したばかりの新参皇帝となる。眉をひそめ、家臣の話に耳を傾けていた所だ。
「周山の中腹にある仏像を修復した後、高熱にうなされているそうで……」
今、家臣らが浩明に報告しているのは五大名家のひとつ・雪家の娘、美華の事だ。
美華は浩明の皇后としての輿入れが決まっていたのだが、ここに来て体調不良に至っているという。
「婚儀は延期せざるを得ないな」
浩明の判断に、家臣達は反論する事無く賛成の意志を示す。そして雪家に婚儀の延期が伝えられる事となった。
「ふむ……病とは。流行り病か?」
「現時点ではわからぬようでございます。わかっているのは高熱の症状だけで……」
「なるほど。咳が出たりというのはないのだな?」
「私が知る限りでは把握しておりませぬ」
家臣からの淡々とした報告に、浩明は腕を組んでまるで咀嚼するかのように何度も首を縦に振った。高熱だけの症状というのもめずらしい気がすると彼は考えていたのである。
「念のため宮廷の薬師と医師を各2名派遣せよ」
「ははっ。おおせのままに」
「……さて、このまま回復してくれば良いのだが」
もし美華が死ぬような事があれば、また五大名家より皇后にふさわしい娘を見繕わなければならないのだが、それ自体に浩明は嫌気がさしていた。
振り返ればどいつもこいつも己よりも己の地位の方にしか目が行っていない娘達ばかりだが、そんな中見つけた美華だけは控えめ……要は地味で貞淑な佇まいをしていた事もあり満場一致で皇后に推挙されている。そこに浩明の意思は反映されていない。
(婚儀は3日後だったな……)
一応この事は、家臣の報告によるもので、浩明本人はまだ美華と会った事は無いし、美華がいくら貞淑な人物であろうとも、浩明からすればふうん、それで? とも言えるくらい関心はない。だが、皇后は必ず娶らなければならないので、浩明は憂鬱すら感じていた。
(はあ。政務だけで精一杯なのに、女達の相手もしなければならないのか)
だが、彼が子をなさないと大変な事になるのは重々理解している。実際先帝の子は浩明ただひとりだけだったのだ。
(ふう、めんどうだ……)
浩明は心の中でため息を吐きながら、西にある隣国から来たという大商人2人の謁見を受け入れた。その顔にはいくらか疲れの色が見えるが、家臣は誰も気づこうとはしなかったのである。
そして婚儀当日。宮廷で待っていた浩明の前に美華が現れた。
「待て。その目隠しはなんだ」
黒く艶はあるも量は少なめな髪を美しく結ってはいるが地味な雰囲気である。あまり似合わぬ豪華な衣服を身に纏う美華の目は黒い目隠しの布で覆われていた。
衝撃的なその姿を見た浩明は思わず玉座から立ち上がってしまう。
「そのお声は……陛下でございますか?」
両脇に女性の従者を従えた美華が右手を伸ばし、広げた手のひらを浩明の方へと向ける。
「ああ。俺がそうだ」
「お初にお目にかかります。雪美華と申します」
柔らかく高めの美華の声には、驚きや緊張感は一切感じられない。
(こいつ……緊張していないのか?)
美華はこの方が皇帝陛下か……。とまるで絶景を眺めるかのように立ち止まる。
(やはり皇帝陛下というだけあって、神々しい気を感じる……!)
「美華。その目隠しはなんだ?」
「実は私……高熱により目が見えなくなったので御座います」
「なんだと?」
美華は目隠しを取る。色白だがメリハリの無い地味な顔つき。肝心の目は瞼が閉ざされたままだ。
当然ながら美華の顔を見ても、浩明は何とも思えない。
(ふん……地味な女だな。美しいとは思えぬ。辞退する手もあっただろうに)
「美華。まずは疲れを癒せ。婚儀はそれから行う」
「かしこまりました。陛下」
自ら巻き直した目隠しをしているのにも関わらず、浩明が見えているかのように深々と頭を下げた。
(……見えているのか?)
疑問を抱いたものの、それを口に出す前に美華は従者と後宮内で働く女官達に付き添われて浩明の前から姿を消す。
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