後宮の手かざし皇后〜盲目のお飾り皇后が持つ波動の力〜

二位関りをん

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第53話 あなたが海を治した

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(苦しい!)

 美華の喉から気管、食道、胃を邪龍の鱗が業火で焼いていく。息も出来なくなる痛みと熱さに、美華の意識は薄らいだ。
 更に、彼女の身体は海の底へと沈んでいく。

「美華を引き上げねば!」

 浩明は家臣団の制止を振り払い、海へと飛び込む。

「美華……! 手をつかめ!」

 薄れていく意識の中、浩明の必死の叫びが美華の鼓膜に伝わってくる。
 
(陛下……)
「俺には君が必要なんだ! 頼む、掴んでくれ!」

 美華は必死に手を伸ばす。そんな中で胃や食道を焦がす炎は自分への拒否反応だろうと知覚していた。
 ここは耐えよう。耐えねばならない。御仏様ならきっとそうする……と己に言い聞かせる。

「美華!」

 がしりと美華の手を掴んだ浩明が、彼女の身体を引き上げようと力を入れた瞬間、美華の身体が黄金に光りだし、ゆっくりと浮かび上がる。

「わっ! ま、まぶしい!」

 あんなに痛く熱かった身体の中が、今はぽかぽかと春の日差しのような温かさを発している。黄金の光に包まれた美華へ、皆は一斉に驚きの眼差しを向けた。
 美華自身も、身体の半分は海の中なのに、まるで身体が宙に浮いているような感覚を覚えて驚いている。

(……痛くないし、熱くない。なんだか不思議な感覚)
「美華、大丈夫か? なんか光っているし浮いているが」
「……は、い。痛いのはないです……」

 黄金の光は徐々に終息していき、浮いていた身体もゆっくりと重力に従っていく。美華の無事を確認した浩明の目には涙が浮かび、彼女を固く抱き締めた。

「美華……! 無事でよかった……!」

 ちょっと痛いけど温かい浩明からの抱擁。美華は震える手を彼の背中に回した。

「もう大丈夫だ。俺がいる。絶対に離さない」
「……私を、ですか?」
「当たり前だろう。君は俺の大事な妻なんだ」

 美華の脳裏には、お飾り皇后と浩明に言われていた頃の記憶が呼び起こされる。
 あの頃も優しかったけど、今はより優しく温かくなった。と感じながら、彼の胸に顔を埋めた。

「……邪龍の鱗は、消滅したのか?」
「確かに、光が見えませんね」
「そんな事より先におふたりを救助せねば!」

 龍族の者達により救助された2人は、改めてさっきいた船へと戻る。

「……皇后様。今、お身体にはなんともありませぬか?」
 
 村長が美華の顔を覗き込みながら尋ねる。美華はなんともないです。と答えると、村長はうぅむ……。と腕組みしながら何やら考え始めた。

「この秘祭は、邪龍の鱗に捧げ物をし、百年分の海の安全を祈願するものでございます」
「お祖父様。ちょっと詳しく聞かせて!」

 鈴蘭も浩明も美華も含め、その場にいる者全てが村長の言葉に耳を傾けた。
 
「この海はかつては穏やかな海じゃった。じゃが邪龍が倒され、鱗がこの地に降り立った」

 村長の瞳は、はるか彼方の水平線へと向けられる。

「邪龍の鱗はそれはもう……海を荒らすものだった。ある日金貨や魚を捧げた所、ピタリと病んだのじゃ」
「それが秘祭のはじまりか?」
「陛下の仰る通りでございます。じゃが百年後また元通りになってしまった」
「……だから、百年おきに秘祭が執り行われるという訳」

 鈴蘭はなんで大事な事教えてくれなかったんだ?  と少々むっとした声で村長に聞いた。

「これは歴代村長……我が海家の当主だけの秘密とされておるからじゃ」
「なぜ? お祖父様……」
「邪龍の鱗の存在を隠しておきたかったのじゃろう。あの邪龍じゃ。利用する悪しき者がいるとも限らん」

 ちなみに秘祭については口伝で代々語られていたそうだが、村長の祖父が書にある程度記録して残しておいていたらしい。鈴蘭が見つけた書はどうやらそれのようだ。

「そして今、邪龍の鱗は皇后様の腹の中にある、と」
「はい。私が飲み込みました」
「……もしかしたら、秘祭はこれで最後かもしれんのぅ」

 美華が邪龍の鱗を飲み込んだ事で、秘祭……即ち邪龍の鱗に捧げ物をして、海を穏やかにさせる必要が無くなったという事。
 村長はほっほっほ……と穏やかに笑う。

「皇后様、まことにありがとうございまする」
「えっ? 何かを治した訳ではないですが」
「皇后様は、邪龍の鱗が降り立つ前の穏やかな海に治したという事ですじゃ」

 美華は視界には映らない水平線へ顔を向けた。

「美華、君が海を治したんだ」
「……陛下。なるほど……私がこの海龍村の海を、治した……」
「そういう事だ」

 浩明は美華の肩に手をやり、抱き寄せる。

「美華、お疲れ様」
「……陛下。えっと……あ、ありがとうございます?」
「ああ、どういたしましてでもいいぞ」
「じゃあ、どういたしまして」

 家臣団や龍族の者達が歓声と拍手を挙げた。皆美華への感謝をこれでもかというくらいに表している。

「へへ……皆さん、ありがとうございます」

 夜の暗闇にゆっくりと、夜明けの光が差し込む。まるで美華達を見守っているようだった。
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