後宮の手かざし皇后〜盲目のお飾り皇后が持つ波動の力〜

二位関りをん

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第54話 新婚旅行らしい事

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 あれから時間は経ち、昼前の事。

「なあ、美華。その……何か遊びたい事でもあるか?」

 遅い朝食を取っている中、浩明が美華にいきなり語りかけた。

「遊びたい事ですか?」
「ああ。ミハイルが言ってたような、新婚旅行らしい事が、したいと思うのだが」

 ミハイル曰く、2人っきりで遊んだりデートなるものをしたりすると浩明に説明を残していたらしい。

「でえと、ですか……」
「デート、だな」
「うぅん……何しましょう……釣りとかはどうですか? 目は見えなくても感覚でわかるかなって」
「いいぞ。釣った魚は調理して食べるか」

 朝食後、さっそく2人は船に乗って釣りを体験する事になった。
 
「このあたりはどのような魚が釣れるんだ?」
「大小様々でございますね」

 と、漁師をしている龍族の若者が浩明に教えてくれた。漁師が一緒にいるのは頼りがいがあると言えるだろう。

「鮫とかいるので気を付けてくださいね。あと、鯨類が現れたら危ないので撤退します」
「ふむ、どのように危ないのだ?」
「あいつらは群れるし図体が大きいですからね。特に虎鯨シャチは何を考えているかわかりませんから」
(美華みたいだな)

 さっそく釣り竿を持ち、ひょいっと海へ投げ入れる。ぽちゃんと仕掛けが海面を叩く音を捉えるとあとは指先に集中を向けなければならない。

「むむむ……」
「どうした美華。そこまで集中せずとも良い」
「しかし、私は目が見えないので」
「魚達に集中が伝わったら逃げられてしまうぞ。本心を見せないように集中するんだ」

 美華はよし。と言って息を吸うと、軽く吐いて身体をほんの少し楽にさせる。それでも指先の集中は忘れない。

(……まだ、まだ動いていない)
「おっ来たぞ!」

 先に浩明の釣り竿に魚が食いついたようだ。浩明は幼い頃の記憶を頼りに釣り糸を慎重に巻き上げていく。

「おっ陛下! その調子です!」
「これは……すまないが、手を貸してくれないか?」
「わかりました! かなりの大物ですね……!」

 2人がかりで引き上げたのは、大きな青魚だった。そして美華の釣り糸にも反応が訪れる。

(来たかも!)
「っ! ぬぬぬぬっ……!」
「美華、俺も手伝うよ」
 
 3人が必死に糸を巻き上げていくが、中々獲物が海面に浮上してこない。

「これ、鮫かもしれません。手ごたえがさっきとは違い過ぎて……!」
「えっさ、鮫だったらどうするんですか?!」
「フカヒレが貴重なので危ないですけど、一応獲ります」

 ちなみに鮫のヒレは高級食材であるフカヒレとして珍重されており高値で売れる。危険ではあるが見返りも大きい獲物でもあるのだ。

「なるほど……」
「美味しいですよ。まあ、皇后様や陛下ならよく召し上がっていますか」
「ぐっ、このままでは海の中へと引きずり込まれてしまう!」

 3人がありったけの力を出して引き上げる。すると海面には鮫のような生き物が姿を現した。

「……これは鮫だ。それもかなり大きい! 皆、下がって!」

 暴れる上に船と同じくらいの大きさがあるという事で、釣り糸を切って放す事になった。漁師が慌てて釣り糸を切ると鮫は颯爽と泳いで大海原へと消えていったのである。

「……危なかった……」
「美華、怪我は無いか?」
「大丈夫です。陛下と漁師さんこそ……」
「俺は大丈夫だ」

 漁師もけがはない事を示すと美華は浩明に釣り針に餌をつけてもらい、また海へと釣り糸を投げ入れる。

「今度はちゃんとした魚がつれたらいいですけど」
「まあ、焦らない方が良い。ああ、どれ」

 浩明がここで後ろから美華を抱き締めるようにして釣竿に両手を添える。

「わっ」

 彼の温かさを背中で感じた美華は思わず、声を出してしまった。更に彼の吐息が耳元に降りかかって来る。

(なんだろう。胸の鼓動が早くなっていく気がする)
「指先に集中するんだ」
「は、はい……」
「そう……俺はこのまま釣竿を持っている」

 指先の感覚を研ぎ澄まさせようとするも、浩明の熱と息が間近に感じてしまうせいか中々美華は集中できない。

(なんで? 頭が混乱してきそうになっちゃう)
「! 来たぞ!」
「は、はい!」

 ふたりで糸を引き上げると、なんとアジが釣れた。しかも二匹同時である。

「おおっアジじゃないか!」
「そ、そうなんですか?」

 アジは宮廷料理では揚げ魚として時々姿を見せる。割と身近な魚の一種だ。

「アジですか! そのまま焼くのもいいですし、団子にするのも美味しいですよ!」
「そうか。よかったな美華」
「へへへ……もう少し釣り、しましょうか」
(でも、なんだかさっきから変な感じ……)

 その変な胸の鼓動の正体を、美華はまだ知らないようだ。

 
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