81 / 88
第80話 目的地
しおりを挟む
ミハイル夫妻が新たに浩明らが乗る船へと加わり、航行が再開する。彼らには汚れた衣服から浩明が指示して用意させた新たな衣服に着替えてもらう事になった。
「ミハイルはここ、ヴィンセドールス侯爵夫人は奥の部屋を使ってくれ。狭いが申し訳ない」
「いえ、私達は気にしません」
「狭い部屋は慣れておりますわ。陛下」
2人が着替えている間、玉成淑妃はひとり退屈そうに空を見上げていた。
「はあ、退屈……」
黒い泥の密度が高いのか、進行速度は更に遅くなっている。もはや歩くのと変わらないくらいだ。
「もう着きますからご安心ください」
「いやいや美華ちゃん安心できないよ……だって邪龍の死体があるんでしょ?」
美華に対して眉をひそめ口をとがらす玉成淑妃。勿論彼女の表情は美華にはわからない。
「そうですね。怖いですか?」
「正直に言えば怖いかも。でも美華ちゃん達がいるからちょっとはましかな?」
「そうですか。怖くなったらいつでも言ってくださいね」
「いつでも言っていいの?」
玉成淑妃からの問いに美華がはい。と優しく答えると玉成淑妃はありがとう……。と小さく漏らす。
「あたし、後宮に来てよかった」
「来てよかった、とは?」
「そのままの意味だよ。香翠ちゃんと鈴蘭ちゃんは厳しいけど……でも皆いい人だし」
玉成淑妃は本人曰く周囲からはちやほやされながら育ったという。だが友人や気の知れた者はおらずいつも寂しさを抱えていたそうだ。
「お父様もお母様もあまり相手にしてくれなかったしお兄様達も怖かったから」
「なるほど……ひとりでいる事が多かったのですか?」
「うん。文字はわかんないからおままごとしたりしてた」
他には老いた下女が昔話を聞かせてくれたり、街に繰り出してあれこれ見て回ったりして過ごしていたと彼女は語ってくれた。
「そしたら後宮入りが決まったの。家には私しか女の子いなかったから仕方なかったんだけどね」
どうやら家族からはあまり期待される事はなかったそうだ。
「でも後宮には皆がいる。だからあたし、後宮に来てよかったよ」
にかっと白い歯を見せながら笑う玉成淑妃。するとヴィンセドールス侯爵夫人が着替えを終えてこちらへと歩いてきた。
「皇后様、玉成淑妃様。どうでしょうか? 似合っておりますか?」
「うん! すんごい似合ってるよ! あ、なんて呼べばいいんだっけ?」
「夫人で構いませんよ。玉成淑妃様」
「あっじゃあ夫人ちゃん!」
夫人にちゃんはつけませんよ~と言いそうになったヴィンセドールス侯爵夫人だったが、無粋だと感じたのでその言葉は胸の中にしまう事にした。
「ふふっ、夫人ちゃん。かわいいですね」
「皇后様……ふふっ、ありがとうございます」
朗らかな空気が3人を包む。すると浩明の大きな声が響きわたった。
「あれがそうか!?」
「そのようです、陛下!」
「聞いていた話と違うぞ、もしや前の地震で大きく崩れたのか?」
美華達と合流したミハイルが慌てて浩明の元に駆け寄り、話を聞く。
「ああ、美華……邪龍の死体が動いているようなんだ」
「えっ? 死体が動くなんて事あるのですか?」
「ミハイル、あそこだ。目を凝らしてみて欲しい」
「……あ」
遠くだが、山の上にて黒い物体が這いずるようにして動いているのが見える。
「いやいやいや! 死体が動くなんてあり得ない!」
「俺も同じ気持ちだ。ミハイル。だが、あれは動いているようにしか見えない」
「……ん? 下に何かありますね」
船がそちらへと近づくに連れて、全容が少しずつではあるが明らかになっていく。
「……死体だ。邪龍の死体の上に黒い龍が動いている」
動かぬ邪龍の死体の上に、死体とよく似た黒い龍が這いずり回っていた。その黒い龍はよく見ると身体が半透明で、透けている。
「……もしやアレは……邪龍の幽霊か?」
浩明の口からこぼれ出た言葉が、周囲を冷たくさせた。
「ミハイルはここ、ヴィンセドールス侯爵夫人は奥の部屋を使ってくれ。狭いが申し訳ない」
「いえ、私達は気にしません」
「狭い部屋は慣れておりますわ。陛下」
2人が着替えている間、玉成淑妃はひとり退屈そうに空を見上げていた。
「はあ、退屈……」
黒い泥の密度が高いのか、進行速度は更に遅くなっている。もはや歩くのと変わらないくらいだ。
「もう着きますからご安心ください」
「いやいや美華ちゃん安心できないよ……だって邪龍の死体があるんでしょ?」
美華に対して眉をひそめ口をとがらす玉成淑妃。勿論彼女の表情は美華にはわからない。
「そうですね。怖いですか?」
「正直に言えば怖いかも。でも美華ちゃん達がいるからちょっとはましかな?」
「そうですか。怖くなったらいつでも言ってくださいね」
「いつでも言っていいの?」
玉成淑妃からの問いに美華がはい。と優しく答えると玉成淑妃はありがとう……。と小さく漏らす。
「あたし、後宮に来てよかった」
「来てよかった、とは?」
「そのままの意味だよ。香翠ちゃんと鈴蘭ちゃんは厳しいけど……でも皆いい人だし」
玉成淑妃は本人曰く周囲からはちやほやされながら育ったという。だが友人や気の知れた者はおらずいつも寂しさを抱えていたそうだ。
「お父様もお母様もあまり相手にしてくれなかったしお兄様達も怖かったから」
「なるほど……ひとりでいる事が多かったのですか?」
「うん。文字はわかんないからおままごとしたりしてた」
他には老いた下女が昔話を聞かせてくれたり、街に繰り出してあれこれ見て回ったりして過ごしていたと彼女は語ってくれた。
「そしたら後宮入りが決まったの。家には私しか女の子いなかったから仕方なかったんだけどね」
どうやら家族からはあまり期待される事はなかったそうだ。
「でも後宮には皆がいる。だからあたし、後宮に来てよかったよ」
にかっと白い歯を見せながら笑う玉成淑妃。するとヴィンセドールス侯爵夫人が着替えを終えてこちらへと歩いてきた。
「皇后様、玉成淑妃様。どうでしょうか? 似合っておりますか?」
「うん! すんごい似合ってるよ! あ、なんて呼べばいいんだっけ?」
「夫人で構いませんよ。玉成淑妃様」
「あっじゃあ夫人ちゃん!」
夫人にちゃんはつけませんよ~と言いそうになったヴィンセドールス侯爵夫人だったが、無粋だと感じたのでその言葉は胸の中にしまう事にした。
「ふふっ、夫人ちゃん。かわいいですね」
「皇后様……ふふっ、ありがとうございます」
朗らかな空気が3人を包む。すると浩明の大きな声が響きわたった。
「あれがそうか!?」
「そのようです、陛下!」
「聞いていた話と違うぞ、もしや前の地震で大きく崩れたのか?」
美華達と合流したミハイルが慌てて浩明の元に駆け寄り、話を聞く。
「ああ、美華……邪龍の死体が動いているようなんだ」
「えっ? 死体が動くなんて事あるのですか?」
「ミハイル、あそこだ。目を凝らしてみて欲しい」
「……あ」
遠くだが、山の上にて黒い物体が這いずるようにして動いているのが見える。
「いやいやいや! 死体が動くなんてあり得ない!」
「俺も同じ気持ちだ。ミハイル。だが、あれは動いているようにしか見えない」
「……ん? 下に何かありますね」
船がそちらへと近づくに連れて、全容が少しずつではあるが明らかになっていく。
「……死体だ。邪龍の死体の上に黒い龍が動いている」
動かぬ邪龍の死体の上に、死体とよく似た黒い龍が這いずり回っていた。その黒い龍はよく見ると身体が半透明で、透けている。
「……もしやアレは……邪龍の幽霊か?」
浩明の口からこぼれ出た言葉が、周囲を冷たくさせた。
0
あなたにおすすめの小説
理想の男性(ヒト)は、お祖父さま
たつみ
恋愛
月代結奈は、ある日突然、見知らぬ場所に立っていた。
そこで行われていたのは「正妃選びの儀」正妃に側室?
王太子はまったく好みじゃない。
彼女は「これは夢だ」と思い、とっとと「正妃」を辞退してその場から去る。
彼女が思いこんだ「夢設定」の流れの中、帰った屋敷は超アウェイ。
そんな中、現れたまさしく「理想の男性」なんと、それは彼女のお祖父さまだった!
彼女を正妃にするのを諦めない王太子と側近魔術師サイラスの企み。
そんな2人から彼女守ろうとする理想の男性、お祖父さま。
恋愛よりも家族愛を優先する彼女の日常に否応なく訪れる試練。
この世界で彼女がくだす決断と、肝心な恋愛の結末は?
◇◇◇◇◇設定はあくまでも「貴族風」なので、現実の貴族社会などとは異なります。
本物の貴族社会ではこんなこと通用しない、ということも多々あります。
R-Kingdom_1
他サイトでも掲載しています。
後宮に咲く毒花~記憶を失った薬師は見過ごせない~
二位関りをん
キャラ文芸
数多の女達が暮らす暁月国の後宮。その池のほとりにて、美雪は目を覚ました。
彼女は自分に関する記憶の一部を無くしており、彼女を見つけた医師の男・朝日との出会いをきっかけに、陰謀と毒が渦巻く後宮で薬師として働き始める。
毒を使った事件に、たびたび思い起こされていく記憶の断片。
はたして、己は何者なのか――。
これは記憶の断片と毒をめぐる物語。
※年齢制限は保険です
※数日くらいで完結予定
【完結】『左遷女官は風花の離宮で自分らしく咲く』 〜田舎育ちのおっとり女官は、氷の貴公子の心を溶かす〜
天音蝶子(あまねちょうこ)
キャラ文芸
宮中の桜が散るころ、梓乃は“帝に媚びた”という濡れ衣を着せられ、都を追われた。
行き先は、誰も訪れぬ〈風花の離宮〉。
けれど梓乃は、静かな時間の中で花を愛で、香を焚き、己の心を見つめなおしていく。
そんなある日、離宮の監察(監視)を命じられた、冷徹な青年・宗雅が現れる。
氷のように無表情な彼に、梓乃はいつも通りの微笑みを向けた。
「茶をお持ちいたしましょう」
それは、春の陽だまりのように柔らかい誘いだった——。
冷たい孤独を抱く男と、誰よりも穏やかに生きる女。
遠ざけられた地で、ふたりの心は少しずつ寄り添いはじめる。
そして、帝をめぐる陰謀の影がふたたび都から伸びてきたとき、
梓乃は自分の選んだ“幸せの形”を見つけることになる——。
香と花が彩る、しっとりとした雅な恋愛譚。
濡れ衣で左遷された女官の、静かで強い再生の物語。
皇帝は虐げられた身代わり妃の瞳に溺れる
えくれあ
恋愛
丞相の娘として生まれながら、蔡 重華は生まれ持った髪の色によりそれを認められず使用人のような扱いを受けて育った。
一方、母違いの妹である蔡 鈴麗は父親の愛情を一身に受け、何不自由なく育った。そんな鈴麗は、破格の待遇での皇帝への輿入れが決まる。
しかし、わがまま放題で育った鈴麗は輿入れ当日、後先を考えることなく逃げ出してしまった。困った父は、こんな時だけ重華を娘扱いし、鈴麗が見つかるまで身代わりを務めるように命じる。
皇帝である李 晧月は、後宮の妃嬪たちに全く興味を示さないことで有名だ。きっと重華にも興味は示さず、身代わりだと気づかれることなくやり過ごせると思っていたのだが……
王宮に薬を届けに行ったなら
佐倉ミズキ
恋愛
王宮で薬師をしているラナは、上司の言いつけに従い王子殿下のカザヤに薬を届けに行った。
カザヤは生まれつき体が弱く、臥せっていることが多い。
この日もいつも通り、カザヤに薬を届けに行ったラナだが仕事終わりに届け忘れがあったことに気が付いた。
慌ててカザヤの部屋へ行くと、そこで目にしたものは……。
弱々しく臥せっているカザヤがベッドから起き上がり、元気に動き回っていたのだ。
「俺の秘密を知ったのだから部屋から出すわけにはいかない」
驚くラナに、カザヤは不敵な笑みを浮かべた。
「今日、国王が崩御する。だからお前を部屋から出すわけにはいかない」
※ベリーズカフェにも掲載中です。そちらではラナの設定が変わっています。内容も少し変更しておりますので、あわせてお楽しみください。
高校生なのに娘ができちゃった!?
まったりさん
キャラ文芸
不思議な桜が咲く島に住む主人公のもとに、主人公の娘と名乗る妙な女が現われた。その女のせいで主人公の生活はめちゃくちゃ、最初は最悪だったが、段々と主人公の気持ちが変わっていって…!?
そうして、紅葉が桜に変わる頃、物語の幕は閉じる。
子持ち愛妻家の極悪上司にアタックしてもいいですか?天国の奥様には申し訳ないですが
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
胸がきゅんと、甘い音を立てる。
相手は、妻子持ちだというのに。
入社して配属一日目。
直属の上司で教育係だって紹介された人は、酷く人相の悪い人でした。
中高大と女子校育ちで男性慣れしてない私にとって、それだけでも恐怖なのに。
彼はちかよんなオーラバリバリで、仕事の質問すらする隙がない。
それでもどうにか仕事をこなしていたがとうとう、大きなミスを犯してしまう。
「俺が、悪いのか」
人のせいにするのかと叱責されるのかと思った。
けれど。
「俺の顔と、理由があって避け気味なせいだよな、すまん」
あやまってくれた彼に、胸がきゅんと甘い音を立てる。
相手は、妻子持ちなのに。
星谷桐子
22歳
システム開発会社営業事務
中高大女子校育ちで、ちょっぴり男性が苦手
自分の非はちゃんと認める子
頑張り屋さん
×
京塚大介
32歳
システム開発会社営業事務 主任
ツンツンあたまで目つき悪い
態度もでかくて人に恐怖を与えがち
5歳の娘にデレデレな愛妻家
いまでも亡くなった妻を愛している
私は京塚主任を、好きになってもいいのかな……?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる