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第六章 夜に交わす誓い
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冬の夜は空気が澄んで、空の星が鮮やかに瞬いている。月が雪を照らし、まわりをほんのりと明るくしていた。満月に近い月が、雪原を青白く染めている。
外は肌を切り裂くような寒さなのに、書房内の格子窓は閉め切っていて、暖を取るための火鉢がいくつも置いてあり、ほんのりと温かい。沈香の香りが漂い、墨の匂いと混じり合っていた。
火鉢の火がぱちっと音を立てた。
「はぁ……」
景耀が大きくため息をついた。手にしていた書簡を置き、窓の外を見つめる。その書簡は、国王の容態を記した医官からの報告書だった。
「どうされました? お茶でもお入れしましょうか?」
凌雪が心配そうに声をかける。すると景耀は首を振った。
「いや。少し……息が詰まりそうでな。外の空気でも吸ってくる」
「では、わたくしもお供いたします」
「いらぬ。一人で……考えたいことがある」
そういって立ち上がった景耀に凌雪は外套を肩にかけた。厚い毛皮の外套だった。景耀の手がかすかに震えているのを、凌雪は見逃さなかった。
「外は寒さが厳しいですから、お早めにお戻りください」
「わかった」
凌雪は書房を後にする景耀の後ろ姿を見送った。その背中が、いつもより小さく見えた。まるで何かに怯えているような、そんな背中だった。
机に戻って書簡に目を落としたものの、景耀のことが気になって、筆がまったく進まなかった。
――殿下、お一人で大丈夫だろうか……。今からでも追いかけて――。
そこまで考えてかぶりを振った。きっと景耀は一人で考えをまとめたいのだろう。自分がそばにいて邪魔をしてはいけない。
景耀の後を追いたいのをグッと我慢して高く積み上げられた書簡を片付けることに集中した。
けれど、いつまで経っても景耀は戻ってこない。外は雪が止んでいるとはいえ、寒さが厳しい。
――殿下は灯りを持って行かれていないのでは?
ふと景耀が書房を出たときの姿を思い浮かべた。確か、景耀は外套だけを羽織り、何も持たずに出て行った。月が出ているとはいえ、足元を照らす灯りがないと危ない。
急いで手提げ灯に火を入れ、外套を掴んで書房を飛び出した。控えの間に残っていた韓文が驚いて顔を上げる。
「中庶子様、どちらに行かれるのですか?」
「あぁ。殿下を探しに。どちらに行かれた?」
すると韓文は眉を寄せていった。
「さあ、『外の空気を吸ってくる』とだけおっしゃって出て行かれましたが……。ただ、庭園の方へ歩いて行かれたようにも思えます」
「そうか。私も少し外に出てくる」
控えの間を飛び出した凌雪は庭園の方へ急いだ。白い大理石の回廊は、冬の寒さで凍りついている。足の裏から、その冷たさがじんわりと体に染み渡る。
急いで庭園へ向かうと、景耀は池のほとりに佇んでいた。月光に照らされたその姿は、いつもの凛としたものではなく、何か思い悩んでいるように見えた。凍った池の表面が、月の光を反射している。
「殿下!」
景耀に声をかけると、ゆっくりと振り返った。その表情は月明かりのせいか、とても疲れ切っているように見えた。目の下には隈ができ、顔色も優れない。
「凌雪……」
つぶやいた声は力がなかった。凌雪は景耀に駆け寄った。手に触れると冷え切っており、長い間そこにいたことが伺えた。
「殿下……。体が冷え切っておりますよ」
凌雪は手持ち灯を石の上に置き、景耀の手を両手で包んだ。まるで氷のように冷たい。ゆっくりと景耀の顔を見上げると、頬も寒さで赤くなっている。唇も青白く変色していた。
それを見ると凌雪はいたたまれなくなって、今度は両手で景耀の頬を包んだ。自分のぬくもりを、少しでも伝えようと。
「景耀さま……」
名前を呼ぶと景耀は凌雪をきつく抱きしめてきた。突然のことに凌雪は息を呑んだが、すぐに景耀の異変に気づいた。
「どうされたのですか?」
背中に手を回し、ゆっくりとさする。密着している景耀の体は冷え切っている。そして、小刻みに震えていた。
「……不安なのだ……」
景耀が掠れた声でボソリとつぶやいた。凌雪は『大丈夫』という代わりにずっと背中をさすり続けた。景耀の身体は小刻みに震え続けている。
しばらくそうしていると、景耀がぽつりと口を開いた。
「父王が……もう意識が戻らぬそうだ。医官が今朝、そう告げた」
景耀は大きく息を吸ってから吐いた。白い息が夜空に昇っていく。
「わかっていた。いつかはこの日が来ると。だが……いざそのときが近づくと、私は……恐ろしくて仕方がない」
凌雪は景耀を強く抱きしめた。
「何が恐ろしいのですか?」
「……一人になることだ」
景耀の声は震えていた。普段は決して見せない、心の奥底の恐怖を凌雪に晒している。
「母は私が幼い頃に毒を盛られて死んだ。兄や弟たちは後継者争いで命を落とした。姉も政略結婚の先で自害した。皆、権力という化け物に呑まれて消えていった」
景耀は凌雪の肩に顔を埋めた。
「父王だけが、私にとって最後の血のつながりだった。父王がいるから、私はまだ『息子』でいられた。だが父王が逝けば、私は本当に一人になる。血をわけた家族は、もう誰もいない」
その言葉を聞いた途端、凌雪は胸が張り裂けそうになった。
「王になるということは、すべてのつながりを断ち切ることなのだろうか。民のために生きて国のために尽くす――その一方で、私を『景耀』と呼んでくれる人は、もういなくなってしまうのか」
景耀の声は、まるで迷子になった子供のようだった。
国の頂点に立つ者であっても一人の人間なのだ。いや、頂点に立つからこそ、誰よりも孤独なのかもしれない。凌雪は景耀をさらに強く抱きしめた。
「景耀さま」
凌雪は、あえて名前を呼んだ。
「わたくしが、あなたさまの家族になります」
景耀がゆっくりと顔を上げた。月光が景耀の瞳を照らし、そこには驚きと希望が浮かんでいた。
「家族……?」
「血のつながりはなくとも、心でつながることはできます。わたくしは殿下の臣下である前に、景耀さまという一人の人を愛しています」
凌雪はゆっくりと言葉を続けた。
「わたくしも家族を失いました。売られたとき、家族との縁は切れました。でも、景耀さまと出会って、初めて『帰る場所』を見つけたのです」
「凌雪……」
「ですから、お互いが最後の家族になりましょう。血ではなく、魂でつながった家族に」
凌雪は乾いた笑いを漏らした。
「でも、いつか殿下が妃を娶られたら、わたくしは――」
「妃は娶らん」
景耀の声は、断固としていた。
「それはなりません。青龍の血を継いでいかねばなりませんから……」
「ならば、別の形がある」
景耀は大きくため息をついて、凌雪の目をまっすぐに見つめた。そこには、決意の光が宿っていた。
「私は凌雪に臣下としてではなく、私の伴侶として横に立って欲しい。家族として、永遠に」
「……っ! ですが、わたくしは男です――」
凌雪の言葉を、景耀が遮った。
「『青龍』の伴侶は男でもなれるのだよ。古の記録にもある。龍は性を超越した存在だ。だからお願いだ。私のそばに一生立っていてはくれぬか」
景耀は真剣な眼差しで凌雪を見つめた。瞳の奥が揺れている。期待と不安が入り混じった、複雑な感情がそこにはあった。
「『青龍』を目覚めさせることができるのは、私を心から愛している者にしかできぬ。凌雪、お前はすでにそれを証明した。だから今度は、真の家族になってくれ」
景耀からはっきりといわれると、凌雪は目に涙を浮かべた。
「わたくしは……景耀さまを心からお慕い申し上げております」
「ならば、契りを交わしてくれるか? 血の契り――青龍の契りを」
凌雪はゴクリと唾を飲み込んだ。契りを交わせば、本当の家族になれる。もう二度と、孤独になることはない。
「殿下……。わたくしが伴侶になると、後継者は……」
「その心配はいらない。契りを交わせば、青龍の力によって、凌雪が子供を授かることができるようになる。青龍の力は、生命の仕組みさえも変えてしまうのだ。私たちの子が、新しい王家の血を継ぐ存在になるだろう」
男の自分が子供を授かるということは、まだ理解しきれない。しかし、それでも景耀と本当の家族になれる――血のつながった家族を、二人で築けるのだ。
宦官である凌雪は、自分が家族を持てるなど夢にも思っていなかった。だが、景耀の伴侶となれば自分にも子供ができる。本来なら諦めていたはずのものが与えられるなんて、これほど嬉しいことはない。
凌雪は覚悟を決めた。
「承知いたしました。わたくしは景耀さまと契りを交わさせていただきます。あなたさまの、永遠の伴侶になります」
それを聞くと景耀は頷いて、自分の唇を噛み切った。血が滴り落ちる。瞳孔がスッと細くなり、青龍の力を放出すると、そのまま凌雪に接吻《くちづけ》した。
景耀が舌先でやさしく凌雪の唇をなぞる。ゆっくりと口を開けると景耀の血が口の中に流れ込んできた。鉄の味が口の中に広がる。
すると景耀の身体が蒼い光に包まれた。その光は凌雪をも包み込む。まるでその光は生きた龍のように凌雪の身体に入り込んできた。
「んんっ!」
まるで身体の中を龍が蹂躙しているようだった。熱が身体に篭る。血管の中を、何か熱いものが流れていくのがわかった。
その間、景耀は凌雪の唇を離すことなく、深く深く接吻《くちづけ》した。きつく抱きしめる。舌が絡み合い、吐息が混じる。
景耀がゆっくりと唇を離すと、凌雪は自分の身体が蒼く光っているのがわかった。中でも胸元が一番蒼く光っている。まるで、心臓の鼓動に合わせて脈打つように。
「無事に契りを交わせたようだな」
景耀は凌雪の胸元を指でとんと叩いた。ゆっくりと胸元に目を落とすと、そこには景耀に刻まれているものと同じ模様が浮かんでいた。龍の鱗のような、美しい紋様。
「これは……」
「それが私の伴侶の証だ。青龍の印。これからは、お前も龍の血をわけた者となる。私の家族だ」
その言葉を聞くと、凌雪の目からは涙がこぼれ落ちた。
「この命尽きるまで、景耀さまのおそばにおります。あなたさまの家族として、伴侶として」
景耀は嬉しそうに顔をほころばせ、静かに凌雪に接吻《くちづけ》をした。
「もう私は一人ではない。凌雪という家族がいる」
二人の上に、やわらかな月明かりが降り注いでいた。
そのうち再び雪が降り始め、大粒の雪が静かに舞い落ちる。それでも二人は寒さを感じなかった。青龍のぬくもりが、しっかりと二人を包んでいた。
外は肌を切り裂くような寒さなのに、書房内の格子窓は閉め切っていて、暖を取るための火鉢がいくつも置いてあり、ほんのりと温かい。沈香の香りが漂い、墨の匂いと混じり合っていた。
火鉢の火がぱちっと音を立てた。
「はぁ……」
景耀が大きくため息をついた。手にしていた書簡を置き、窓の外を見つめる。その書簡は、国王の容態を記した医官からの報告書だった。
「どうされました? お茶でもお入れしましょうか?」
凌雪が心配そうに声をかける。すると景耀は首を振った。
「いや。少し……息が詰まりそうでな。外の空気でも吸ってくる」
「では、わたくしもお供いたします」
「いらぬ。一人で……考えたいことがある」
そういって立ち上がった景耀に凌雪は外套を肩にかけた。厚い毛皮の外套だった。景耀の手がかすかに震えているのを、凌雪は見逃さなかった。
「外は寒さが厳しいですから、お早めにお戻りください」
「わかった」
凌雪は書房を後にする景耀の後ろ姿を見送った。その背中が、いつもより小さく見えた。まるで何かに怯えているような、そんな背中だった。
机に戻って書簡に目を落としたものの、景耀のことが気になって、筆がまったく進まなかった。
――殿下、お一人で大丈夫だろうか……。今からでも追いかけて――。
そこまで考えてかぶりを振った。きっと景耀は一人で考えをまとめたいのだろう。自分がそばにいて邪魔をしてはいけない。
景耀の後を追いたいのをグッと我慢して高く積み上げられた書簡を片付けることに集中した。
けれど、いつまで経っても景耀は戻ってこない。外は雪が止んでいるとはいえ、寒さが厳しい。
――殿下は灯りを持って行かれていないのでは?
ふと景耀が書房を出たときの姿を思い浮かべた。確か、景耀は外套だけを羽織り、何も持たずに出て行った。月が出ているとはいえ、足元を照らす灯りがないと危ない。
急いで手提げ灯に火を入れ、外套を掴んで書房を飛び出した。控えの間に残っていた韓文が驚いて顔を上げる。
「中庶子様、どちらに行かれるのですか?」
「あぁ。殿下を探しに。どちらに行かれた?」
すると韓文は眉を寄せていった。
「さあ、『外の空気を吸ってくる』とだけおっしゃって出て行かれましたが……。ただ、庭園の方へ歩いて行かれたようにも思えます」
「そうか。私も少し外に出てくる」
控えの間を飛び出した凌雪は庭園の方へ急いだ。白い大理石の回廊は、冬の寒さで凍りついている。足の裏から、その冷たさがじんわりと体に染み渡る。
急いで庭園へ向かうと、景耀は池のほとりに佇んでいた。月光に照らされたその姿は、いつもの凛としたものではなく、何か思い悩んでいるように見えた。凍った池の表面が、月の光を反射している。
「殿下!」
景耀に声をかけると、ゆっくりと振り返った。その表情は月明かりのせいか、とても疲れ切っているように見えた。目の下には隈ができ、顔色も優れない。
「凌雪……」
つぶやいた声は力がなかった。凌雪は景耀に駆け寄った。手に触れると冷え切っており、長い間そこにいたことが伺えた。
「殿下……。体が冷え切っておりますよ」
凌雪は手持ち灯を石の上に置き、景耀の手を両手で包んだ。まるで氷のように冷たい。ゆっくりと景耀の顔を見上げると、頬も寒さで赤くなっている。唇も青白く変色していた。
それを見ると凌雪はいたたまれなくなって、今度は両手で景耀の頬を包んだ。自分のぬくもりを、少しでも伝えようと。
「景耀さま……」
名前を呼ぶと景耀は凌雪をきつく抱きしめてきた。突然のことに凌雪は息を呑んだが、すぐに景耀の異変に気づいた。
「どうされたのですか?」
背中に手を回し、ゆっくりとさする。密着している景耀の体は冷え切っている。そして、小刻みに震えていた。
「……不安なのだ……」
景耀が掠れた声でボソリとつぶやいた。凌雪は『大丈夫』という代わりにずっと背中をさすり続けた。景耀の身体は小刻みに震え続けている。
しばらくそうしていると、景耀がぽつりと口を開いた。
「父王が……もう意識が戻らぬそうだ。医官が今朝、そう告げた」
景耀は大きく息を吸ってから吐いた。白い息が夜空に昇っていく。
「わかっていた。いつかはこの日が来ると。だが……いざそのときが近づくと、私は……恐ろしくて仕方がない」
凌雪は景耀を強く抱きしめた。
「何が恐ろしいのですか?」
「……一人になることだ」
景耀の声は震えていた。普段は決して見せない、心の奥底の恐怖を凌雪に晒している。
「母は私が幼い頃に毒を盛られて死んだ。兄や弟たちは後継者争いで命を落とした。姉も政略結婚の先で自害した。皆、権力という化け物に呑まれて消えていった」
景耀は凌雪の肩に顔を埋めた。
「父王だけが、私にとって最後の血のつながりだった。父王がいるから、私はまだ『息子』でいられた。だが父王が逝けば、私は本当に一人になる。血をわけた家族は、もう誰もいない」
その言葉を聞いた途端、凌雪は胸が張り裂けそうになった。
「王になるということは、すべてのつながりを断ち切ることなのだろうか。民のために生きて国のために尽くす――その一方で、私を『景耀』と呼んでくれる人は、もういなくなってしまうのか」
景耀の声は、まるで迷子になった子供のようだった。
国の頂点に立つ者であっても一人の人間なのだ。いや、頂点に立つからこそ、誰よりも孤独なのかもしれない。凌雪は景耀をさらに強く抱きしめた。
「景耀さま」
凌雪は、あえて名前を呼んだ。
「わたくしが、あなたさまの家族になります」
景耀がゆっくりと顔を上げた。月光が景耀の瞳を照らし、そこには驚きと希望が浮かんでいた。
「家族……?」
「血のつながりはなくとも、心でつながることはできます。わたくしは殿下の臣下である前に、景耀さまという一人の人を愛しています」
凌雪はゆっくりと言葉を続けた。
「わたくしも家族を失いました。売られたとき、家族との縁は切れました。でも、景耀さまと出会って、初めて『帰る場所』を見つけたのです」
「凌雪……」
「ですから、お互いが最後の家族になりましょう。血ではなく、魂でつながった家族に」
凌雪は乾いた笑いを漏らした。
「でも、いつか殿下が妃を娶られたら、わたくしは――」
「妃は娶らん」
景耀の声は、断固としていた。
「それはなりません。青龍の血を継いでいかねばなりませんから……」
「ならば、別の形がある」
景耀は大きくため息をついて、凌雪の目をまっすぐに見つめた。そこには、決意の光が宿っていた。
「私は凌雪に臣下としてではなく、私の伴侶として横に立って欲しい。家族として、永遠に」
「……っ! ですが、わたくしは男です――」
凌雪の言葉を、景耀が遮った。
「『青龍』の伴侶は男でもなれるのだよ。古の記録にもある。龍は性を超越した存在だ。だからお願いだ。私のそばに一生立っていてはくれぬか」
景耀は真剣な眼差しで凌雪を見つめた。瞳の奥が揺れている。期待と不安が入り混じった、複雑な感情がそこにはあった。
「『青龍』を目覚めさせることができるのは、私を心から愛している者にしかできぬ。凌雪、お前はすでにそれを証明した。だから今度は、真の家族になってくれ」
景耀からはっきりといわれると、凌雪は目に涙を浮かべた。
「わたくしは……景耀さまを心からお慕い申し上げております」
「ならば、契りを交わしてくれるか? 血の契り――青龍の契りを」
凌雪はゴクリと唾を飲み込んだ。契りを交わせば、本当の家族になれる。もう二度と、孤独になることはない。
「殿下……。わたくしが伴侶になると、後継者は……」
「その心配はいらない。契りを交わせば、青龍の力によって、凌雪が子供を授かることができるようになる。青龍の力は、生命の仕組みさえも変えてしまうのだ。私たちの子が、新しい王家の血を継ぐ存在になるだろう」
男の自分が子供を授かるということは、まだ理解しきれない。しかし、それでも景耀と本当の家族になれる――血のつながった家族を、二人で築けるのだ。
宦官である凌雪は、自分が家族を持てるなど夢にも思っていなかった。だが、景耀の伴侶となれば自分にも子供ができる。本来なら諦めていたはずのものが与えられるなんて、これほど嬉しいことはない。
凌雪は覚悟を決めた。
「承知いたしました。わたくしは景耀さまと契りを交わさせていただきます。あなたさまの、永遠の伴侶になります」
それを聞くと景耀は頷いて、自分の唇を噛み切った。血が滴り落ちる。瞳孔がスッと細くなり、青龍の力を放出すると、そのまま凌雪に接吻《くちづけ》した。
景耀が舌先でやさしく凌雪の唇をなぞる。ゆっくりと口を開けると景耀の血が口の中に流れ込んできた。鉄の味が口の中に広がる。
すると景耀の身体が蒼い光に包まれた。その光は凌雪をも包み込む。まるでその光は生きた龍のように凌雪の身体に入り込んできた。
「んんっ!」
まるで身体の中を龍が蹂躙しているようだった。熱が身体に篭る。血管の中を、何か熱いものが流れていくのがわかった。
その間、景耀は凌雪の唇を離すことなく、深く深く接吻《くちづけ》した。きつく抱きしめる。舌が絡み合い、吐息が混じる。
景耀がゆっくりと唇を離すと、凌雪は自分の身体が蒼く光っているのがわかった。中でも胸元が一番蒼く光っている。まるで、心臓の鼓動に合わせて脈打つように。
「無事に契りを交わせたようだな」
景耀は凌雪の胸元を指でとんと叩いた。ゆっくりと胸元に目を落とすと、そこには景耀に刻まれているものと同じ模様が浮かんでいた。龍の鱗のような、美しい紋様。
「これは……」
「それが私の伴侶の証だ。青龍の印。これからは、お前も龍の血をわけた者となる。私の家族だ」
その言葉を聞くと、凌雪の目からは涙がこぼれ落ちた。
「この命尽きるまで、景耀さまのおそばにおります。あなたさまの家族として、伴侶として」
景耀は嬉しそうに顔をほころばせ、静かに凌雪に接吻《くちづけ》をした。
「もう私は一人ではない。凌雪という家族がいる」
二人の上に、やわらかな月明かりが降り注いでいた。
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