【完結】好きじゃないけど、付き合ってみる?

海野雫

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第五章 別れの予感

兄の来訪

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 健が擬似恋人の解消を告げた翌日の夕方、突然インターホンが鳴り響いた。いつもとは違う、長く激しい鳴らし方で、明らかに急いでいる様子だった。

「はい」

 健がモニターの通話ボタンを押すと、画面には二十代後半くらいの男性が映し出された。直人とは対照的にふわふわとした茶色い髪が風に揺れ、人懐っこそうな目をしている。顔立ちも健に似ていて、兄弟であることがすぐに分かった。

「うわっ、マジかよ……」

 健があからさまに嫌そうな顔をした。でも、その表情の奥には、少しだけ安堵のようなものも見えた。

「おいおい、実の兄貴に向かって『マジかよ』って何やねん! はよ開けてや、外あっついねん」

 関西弁で喋るその男性は、間違いなく健の兄だった。健は大きくため息をつきながら、渋々オートロックを解除する。

「お兄さん?」

 直人が健を覗き込んで確認すると、健は疲れたように頷いた。

「はい……来ちゃいました」

 健の表情は複雑だった。嫌がっているようでもあるし、どこかホッとしているようでもある。きっと、昨日のことで精神的に参っている時に、身内が来てくれたことに安心している部分もあるのだろう。

 しばらくすると玄関のチャイムが鳴った。再びモニターを見ると、健の兄が額の汗を拭いながら立っている。Tシャツが汗で濡れていて、相当暑い中を歩いてきたのが分かる。

「おう健!」

 健がそっけなく応答すると、兄は大げさに汗を拭いながら大声で言った。

「あっつー! このマンション、エレベーターあらへんて、ありえへんわ。はよ開けてくれや」

 健は再び深いため息をつくと、観念したように玄関の鍵を開けた。すると勢いよく扉が開き、健の兄が暑さから逃げるように飛び込んできた。

「はぁ~、エアコンの効いた部屋、サイコーやなぁ」

 そう言うとズカズカと部屋に上がり込み、躊躇なくリビングへと向かった。その堂々とした態度は、まるで自分の家のようだった。

「ちょ、ちょっと! 勝手に……」

 健が慌てて止めようとするが、「別にええやん、家族やろ?」と言ってソファにどっかりと腰を下ろしてしまった。

「健、元気そうやな」

 にかっと人好きのする笑顔を健に向ける。でも、その目は健の変化をしっかりと見抜いているようだった。この人懐っこい感じは、確かに兄弟で共通している。

「なんやねん、兄さん! 急に来んなや!」

 直人は目を見開いた。健が関西弁で喋るのを聞くのは初めてだった。普段の標準語とのギャップが新鮮で、なんだかとても可愛らしい。でも同時に、家族の前では素の自分を見せるのだということも分かった。

「冷たいなぁ。せっかく仕事で近くまで来たんやから、健の顔見に来てやったのに」

 健の兄はわざとらしく悲しそうな表情を作る。でも、その演技じみた表情の奥に、健を心配する本当の気持ちが見え隠れしている。

「そんなん、頼んでへんわ! せめて連絡ぐらいしろや」

 健の鋭いツッコミに、直人は『これが本場の漫才か』と感心してしまった。関西弁で繰り広げられる兄弟のやりとりは、まるでテレビで見るお笑い番組のようで、昨日からの重苦しい雰囲気を一気に吹き飛ばしてくれる。

「サプライズの方が楽しいやん?」

 兄はニヤニヤしながら健をからかっている。でも、その目は健の様子を注意深く観察していて、弟の変化に気づいているのが分かる。

 しばらく関西ならではのボケとツッコミの応酬が続いた後、ようやく兄が直人の存在に気づいた。実際は最初から気づいていたのだろうが、健との会話を優先していたのだろう。

「おっと、健。そちらの方は……」

「あ、紹介遅れてすみません。ルームメイトの直人先輩です」

 直人は慌てて立ち上がり、丁寧にお辞儀をした。初対面の挨拶は大切だし、健の兄ということであれば、きちんとした印象を与えたい。

「宮内直人です。初めまして。いつも健さんにお世話になっております」

 すると健の兄もスッとソファから立ち上がった。そのスマートな所作に、直人は少し驚いた。先ほどのざっくばらんな雰囲気とは違って、きちんとした常識も持ち合わせているようだ。関西人特有の人懐っこさと、社会人としての礼儀正しさを併せ持っている。

「こちらこそ、いつも健がお世話になってます。兄の智也です。よろしくお願いします」

 智也はさっと右手を差し出してきた。直人も右手を出し、しっかりとした握手を交わす。智也の手は少し大きくて温かく、働いている人の手という感じがした。握手が終わると、智也は健に向かって親指を立てて言った。

「ほほう。これが健がいつも話してる先輩か。なかなかええ男やないか」

「ちょ、ちょっと! 兄さん!」

 健が顔を真っ赤にして智也の口を押さえつけようとしている。その慌てぶりが可愛らしくて、直人は思わず微笑んでしまった。

「あははははっ!」

 健と智也のやりとりがまるで漫才を見ているようで、直人の笑いが止まらなくなった。昨日からの重苦しい雰囲気が、智也の登場で一気に吹き飛んでしまった。笑うことで、胸の奥にあった重苦しいものが少し軽くなったような気がする。

 冷たいミネラルウォーターを飲んで汗が引いた智也は、直人に向かって言った。

「ちょっと健と話したいことがあるんやけど、少し借りてもええかな?」

 それを聞いた健は露骨に嫌そうな顔をして智也に言った。

「それやったら最初から俺を呼び出せばよかったやん!」

 すると智也はニヤリと意味深な笑顔を浮かべ、直人を見て言った。

「いやぁ、大事なルームメイトさんの顔、一度見とかなあかんやろ?」

 智也の言葉には、何か深い意味がありそうだった。もしかして、健から何か聞いているのだろうか。

「じゃ、じゃあ、僕、少し外に出てきますね」

 直人がそう言いかけると、智也が制した。

「いや、直人くんはここにおってもらってええよ。俺が健と外で話すから。ほら健、準備せえや」

「なんやねん、急に……。ホンマ、自由やな」

 健はぶつぶつ文句を言いながら外出の準備を始めた。でも、その表情にはどこか安堵したような色も見える。きっと、誰かに相談したかったのだろう。

「それじゃ、ちょっと出かけてきますね」

 健が直人に向かって言うと、智也が「なんや、スカしてんなぁ」と茶々を入れた。

「もうええから!」

 健は智也の背中を押して、慌ただしく玄関から出ていった。

 二人が去った部屋は、嵐が過ぎ去った後のように急に静かになった。でも、その静寂は昨日までの重苦しいものとは違って、どこか希望を感じさせるものだった。

「健のお兄さん、すごくパワフルな人だったな……」

 直人は先ほどのやりとりを思い出して、また笑ってしまった。でも同時に、健が普段見せない一面を垣間見ることができて、なんだか嬉しくもあった。関西弁で話す健は、普段よりもずっと子供っぽくて可愛らしかった。
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