Marry Me?

美凪ましろ

文字の大きさ
2 / 34

Vol.2.王子様が舞い降りた

しおりを挟む
「大樹の肉じゃが、美味しかったなあ……ふふっ」

 ひとり、ベッドのなかで、スマホをいじり、彼の作った手料理を愛でて悦に浸る。……大樹。泊っていったら? って言ったのに、彼。

 ――駄目だよ。お互い明日がある。ただでさえ美紗のこと好きでたまんねえのに、これ以上一緒にいたらまじでわけわかんなくなっちまう。

 ぶつぶつ言いながら帰っていった。電車で一時間の距離で、お互い会社から近距離を選んでいるからちょっと不便なんだよね。……まあ、あたしは。

「大樹と一緒なら、電車で一時間通勤も、大歓迎なんだけどね……」

 大樹の笑顔を思い返し、にやにやしてしまう。いかん。笑いが止まらない。

 そういえば、とあたしは思い返す。

 ――大樹と出会ったのは、電車がきっかけだった。

 * * *

 あの日、本社での会議に出席するため、普段はゆるカジな格好に身を包むあたしだが、びしっとスーツなんか着ていた。
 
 普段は自転車ばかりなので。都心行きの混雑する通勤電車なんか乗るのは、就活の頃以来で。……立ち位置が、まったく分からなかった。恥ずかしながら、いい年して、新人みたく、電車の中で、揺れるたび足元がふらついて。電車が止まりドアが開くたび、濁流のように襲う降車客に押し流される……我ながら、下り滝に落っことされる鮭、みたいだった。

 でもなんとか踏ん張って。目的地まであと一駅……って到着したときに、それは起きた。

 すごい勢いでおじさんに押し出されて。くき、と足首がねじ曲がったと思ったら、靴が脱げて、しかも、電車の下に滑り落ちてしまったのだ。

 勿論それを拾う余裕はなく、客に押し流されて。ひとまずホームに降り立ち、で靴がないことには出社出来ないので、半べそで。片足を、ストッキングの足で立ったまま、呆然と、去っていく電車を見送っていた。

 ぞろ、ぞろ、と歩いていく集団は勿論あたしに無関心で。……どうしよう。靴。ホームに落ちたっぽい。拾わなきゃ……でもどうやって? 途方に暮れていたところを、

「――大丈夫ですか」

 脱げた足を気にして、上体をやや右に曲げる、変な体勢だったので。――真っ先に目に入ったのは、彼の、綺麗な白い、喉仏だった。

 見れば、……こざっぱりとした、顔の綺麗な男性が、気づかわしげに、あたしのことを見ていた。

 あたしの目線の先と、足元を見て彼は理解したらしい。「ああ……。じゃあ、おれ、駅員さんに頼んできますね。……足、痛みますか?」

 あまりに親切にされ、戸惑いつつもあたしは答えた。「いえ。幸いにして。捻挫とかではなさそうです」

「でも」と男性は細い顎を摘まむ。細いのに、骨ばった関節が強調され、やけに、どぎまぎした。「……あなたのことを、そのままにしておくわけにはいきませんし。……ごめんなさい。失礼しますね」

「……ひゃっ……」

 視界が急展開。いきなり、からだが浮き上がり、しっかりとした男性に支えられている感覚。――姫抱きにされている、と思った瞬間、猛烈に、かーっと頬が、熱く……なった。

「ごめんなさい」と男性は再度詫びた。「そこのベンチに運ぶまでの我慢ですので。……ご辛抱頂けますか」

 辛抱頂くっていうかあの……。

 あなたの美しすぎる喉仏が目の前で。整った顔立ちが、油断すればキス出来るほどに近くて。あたし、どうしたら……っ!

 真っ赤な顔をしてこくこくと頷くあたしをちらと見てあなたは、真剣な顔をして、前を向き、そして、ベンチが埋まっているが。男子高校生ふたりがイヤホンで音楽を聴いている。彼らに向けてにっこりと笑い、

「ごめんねきみたち。こちらのシンデレラのために席をお譲り頂きたいのだけれど……ご協力出来るかな?」
 
「――は。はいッ!」敬礼すらしそうな勢いで、顔を真っ赤にした男の子たちはずさーっと。煙が散るみたいに、去っていった。

「……じゃあ、失礼するね」笑顔で彼は、ゆっくりとあたしのことを座らせてくれた。触れる肌のひとつひとつが、熱かった。どうしようもないほどに、ときめいた。

 のちに、彼に聞いたところ。ホームに落ちた物を拾うのはなかなか厄介で。電車が来ないタイミングを見計らい、駅員に長い掴み棒で取って貰うのだそうだ。

 しばらくしてあたしの靴を手に戻ってきた彼は笑顔で、「ごめんなさい。お待たせしました。……あ」

 革のパンプスが汚れているのを丁寧に、取り出したハンカチで拭き、

「急ごしらえでこれしか出来ないけどごめんね。……はい。どうぞ。お姫様……」

 すると彼は、あたしの目の前で跪き、あたしに……靴を履かせてくれた。

 彼が、顔を起こす。……きゅん、と、胸がときめいた。

 彼は、――あたしに、微笑みかけていたのだった。

 *
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

時間を止めて ~忘れられない元カレは完璧な容姿と天性の才能を持つ世界一残酷な人でした 【完結】

remo
恋愛
どんなに好きになっても、彼は絶対に私を愛さない。 佐倉ここ。 玩具メーカーで働く24歳のOL。 鬼上司・高野雅(がく)に叱責されながら仕事に奔走する中、忘れられない元カレ・常盤千晃(ちあき)に再会。 完璧な容姿と天性の才能を持つ世界一残酷な彼には、悲しい秘密があった。 【完結】ありがとうございました‼

時空の迷い子〜異世界恋愛はラノベだけで十分です〜

いろは
恋愛
20歳ラノベ好きの喪女の春香。いつもの週末の様にラノベを深夜まで読み寝落ちし目覚めたら森の中に。よく読むラノベの様な異世界に転移した。 突然狼に襲われ助けてくれたのは赤髪の超男前。 この男性は公爵家嫡男で公爵家に保護してもらい帰り方を探す事に。 転移した先は女神の嫉妬により男しか生まれない国。どうやら異世界から来た春香は”迷い人”と呼ばれこの国の王子が探しているらしい。”迷い人”である事を隠し困惑しながらも順応しようと奮闘する物語。 ※”小説家になろう”で書いた話を改編・追記しました。あちらでは完結しています。よければ覗いてみて下さい

行き遅れのお節介令嬢、氷の公爵様と結婚したら三人娘の母になりました

鳥柄ささみ
恋愛
お節介焼きで困っている人を放っておけないシアは、数多のご令嬢達から人気の令嬢だ。毎日ファンレターが届き、社交界に出れば令嬢に取り囲まれるほどである。 けれど、それに反比例するように男性からの人気はなく、二十七だというのに嫁の貰い手もないため、毎日母から小言をもらっていた。 そんなある日のこと、突然公爵家から縁談の話が。 シアは公爵家がなぜ自分に縁談など持ち掛けるのかと訝しく思いつつ話を受けると、なんと公爵の後妻として三人の娘の母代わりになれと言われる。 困惑するも、自分へ縁談を持ちかけた理由を聞いて、お節介なシアは嫁ぐこと決めたのだった。 夫になるレオナルドはイケメンなのに無表情で高圧的。三人の娘も二女のアンナを除いて長女のセレナも三女のフィオナもとても反抗的。 そんな中でもお節介パワーを発揮して、前向きに奮闘するシアの物語。 ※他投稿サイトにも掲載中

わたしの正体不明の甘党文通相手が、全員溺愛王子様だった件

あきのみどり
恋愛
【まじめ侍女と、小悪魔系王子、無自覚系ツンデレ王子、寡黙ぼんやり系王子、三人の甘党王子様たちによるラブコメ】 王宮侍女ロアナは、あるとき思いがけない断罪にみまわれた。 彼女がつくった菓子が原因で、美貌の第五王子が害されたという。 しかしロアナには、顔も知らない王子様に、自分の菓子が渡った理由がわからない。 けれども敬愛する主には迷惑がかけられず… 処罰を受けいれるしかないと覚悟したとき。そんな彼女を救ったのは、面識がないはずの美貌の王子様で…? 王宮が舞台の身分差恋物語。 勘違いと嫉妬をふりまく、のんきなラブコメ(にしていきたい)です。 残念不憫な王子様発生中。 ※他サイトさんにも投稿予定

『身長185cmの私が異世界転移したら、「ちっちゃくて可愛い」って言われました!? 〜女神ルミエール様の気まぐれ〜』

透子(とおるこ)
恋愛
身長185cmの女子大生・三浦ヨウコ。 「ちっちゃくて可愛い女の子に、私もなってみたい……」 そんな密かな願望を抱えながら、今日もバイト帰りにクタクタになっていた――はずが! 突然現れたテンションMAXの女神ルミエールに「今度はこの子に決〜めた☆」と宣言され、理由もなく異世界に強制転移!? 気づけば、森の中で虫に囲まれ、何もわからずパニック状態! けれど、そこは“3メートル超えの巨人たち”が暮らす世界で―― 「なんて可憐な子なんだ……!」 ……え、私が“ちっちゃくて可愛い”枠!? これは、背が高すぎて自信が持てなかった女子大生が、異世界でまさかのモテ無双(?)!? ちょっと変わった視点で描く、逆転系・異世界ラブコメ、ここに開幕☆

王宮に薬を届けに行ったなら

佐倉ミズキ
恋愛
王宮で薬師をしているラナは、上司の言いつけに従い王子殿下のカザヤに薬を届けに行った。 カザヤは生まれつき体が弱く、臥せっていることが多い。 この日もいつも通り、カザヤに薬を届けに行ったラナだが仕事終わりに届け忘れがあったことに気が付いた。 慌ててカザヤの部屋へ行くと、そこで目にしたものは……。 弱々しく臥せっているカザヤがベッドから起き上がり、元気に動き回っていたのだ。 「俺の秘密を知ったのだから部屋から出すわけにはいかない」 驚くラナに、カザヤは不敵な笑みを浮かべた。 「今日、国王が崩御する。だからお前を部屋から出すわけにはいかない」 ※ベリーズカフェにも掲載中です。そちらではラナの設定が変わっています。(貴族→庶民)それにより、内容も少し変更しておりますのであわせてお楽しみください。

逢いたくて逢えない先に...

詩織
恋愛
逢いたくて逢えない。 遠距離恋愛は覚悟してたけど、やっぱり寂しい。 そこ先に待ってたものは…

乙女ゲームの悪役令嬢の兄の婚約者に転生しましたが傷物になったので退場を希望します!

ユウ
恋愛
平凡な伯爵令嬢のリネットは優しい婚約者と妹と穏やかで幸福な日々を送っていた。 相手は公爵家の嫡男であり第一王子殿下の側近で覚えもめでたく社交界の憧れの漆黒の騎士と呼ばれる貴族令息だった。 結婚式前夜、婚約者の妹に会いに学園に向かったが、そこで事件が起きる。 現在学園で騒動を起こしている第二王子とその友人達に勘違いから暴行を受け階段から落ちてしまう… その時に前世の記憶を取り戻すのだった… 「悪役令嬢の兄の婚約者って…」 なんとも微妙なポジション。 しかも結婚前夜で傷物になる失態を犯してしまったリネットは婚約解消を望むのだが、悪役令嬢の義妹が王子に婚約破棄を突きつける事件に発展してしまう。

処理中です...