なみだ、かわりに散るさくら

美凪ましろ

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◆1

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 目から星が飛んだ。
 
 頭を強く打ちつけて、現実を視認するその前に、圧し掛かるからだ。
 
 何この現実。
 
 一つ確かなのは、あたしは万歳の姿勢で両手を掴まれ、微動だに出来ない。一寸たりとも動けない。
 
 牙を突きたてる獣。全身が危険を察知する。
 
 何故なら彼はいつもと違う目をしている。
 
 全体重をかけられ、息が詰まる。重みにうめくと、彼はあざ笑うかのように白い歯を見せた。腰を浮かせ、顔を寄せ、服の上から突然、
 
「いっ……」
 
 わしづかみにされた。
 
「結構、胸あるんですね」
 
 吹きかけられる嘲笑の息。おぞましい。何故あたしがまさぐられている?
 
 いとも簡単にホックを外されてるのに、何故氷漬けされたように動けない?
 
 やめて、と行為を止めるよう全身が叫んでいるのに、何故声が出せない? 首を絞められてるみたいに息苦しい?
 
 胸元が急に寒くなった、次の瞬間、
 
「いやぁあっ」心臓が縮む。
 
 前を大きくまくりあげられ、下着を引き剥がされ、顔を埋められた。
 
 しちゃ、しちゃ、と卑猥な音が部屋中を埋める。蛆虫が血管をはいずりまわる。
 
 顎を下げれば直ぐそこには、ワックスの茶髪、皺だらけのシャツ。彼が口に含む度に自分の胸は縮みあがる。こんな行為をされるがままにされてること自体が、信じられない。
 
「気持ちいいでしょ、重山(しげやま)さん。イイ顔してる」
 
 胸元から顔をあたしの正面に戻した男は、
 
「うぐうっ」
 
 ヤニとアルコール。生温かい気持ち悪さが口内に侵入する。嘔吐物でも飲まされてる。奥に引っ込めても執拗に絡め来る舌。こんなに不快で気持ち悪いものをあたしは知らない。
 
 両手は絶えず直に乳房を撫でまわす。奴の唾液いっぱいに濡れている事実に気づき、また一つ悪寒が走る。
 
「すげえ、柔らかくなってる。自分で分かります?」
 
 今すぐ吐きたい。白む意識、舌を噛み切りたい。
 
「俺の、こんなんなってんの」
 
 右手を下方に持ってかれ、恐怖のあまり上を向いた。と、強い視線を感じる。顎をそり返して向こうを見ると、目が合った。
 
 この場を覗き見している男と。
 
「生で触って下さいよ、ほら」
 
 かちゃかちゃ、とベルトの外れる音。ガラス戸は閉じた。だが離れないすりガラスの影。
 
 屈辱と羞恥と死にたいが埋め尽くしたその時――
 
「たっだいまー」
 
 玄関先から声が割って入った。途端、男はあたしの上から退いて、身支度を整え始めた。
 
「おかえりぃ、サキちゃーん」
 
 先ほどとは打って変わった声色で、返事をした。
 
 つい先ほどまであたしを犯しかけていた男が。
 
 男女で誰かのアパートに集まって飲む、なんてのはよくある話だ。
 
 だからって、あたしが女の子一人になったからって、押し倒されなきゃならない理由になるのか。
 
 喉が押し潰され、上手く息が吸えない。からだを起こすことすらままならぬ、呆然とした天井。木の色はうちと似ている。
 
 胸元をなめくじが動き回ったかの感触。重ねようとした下着がべっとり唾液にまみれて、吐き気をもよおす。
 
 起き上がるのがやっとで、玄関先の物音に注意を払っていなかった。だから、
 
「重山さん」
 
 急に開いた扉に対処出来なかった。
 
 慌てて前を隠し、顔だけ振り返るも、
 
「……みんなは?」
 
 がらんどうの部屋にも。
 
「さあね。重山さん、さっき浅岡(あさおか)とヤってたっしょ」
 
 ボタンを留める手が震える。早く、しろ。
 
 誰ひとりいないこの部屋に、違和感を覚えるだろ。
 
「俺、変な気分になっちゃってさーお願い」
 
 立ち上がる。
 

「ヌいてくんない?」

 
 言葉と共に迫る腕。薙ぎ払った。それでもヘラヘラ近づく奴。その辺に転がるクッションでぶっ叩いた。
 
「ってえなー、なにすんすか。さっきしごいてたじゃん」
 
「来るな、あたしに触るなぁあ!」
 
 何故、さっきはそれが言えなかった。馬鹿かあたしは。
 
「浅岡としょっちゅうやってんの?」
 
 なわけねえだろ。
 
 あたしのかばんはどこだ。
 
 散らかった部屋、奴の背後には遠い出口、あたしの背中には窓。じりじり追いやられながらも、目線で必死に探す。玄関に置きっぱだったか……
 
「こーれ、重山さんのっしょ」
 
 恰幅の良い奴が背中に隠していたのは、あたしのお気に入りのハンドバッグ。
 
 くそみたいなこいつらと一緒にバイトした金で買った、なけなしの。
 
 時間は午前1時を10分過ぎた。場所はこいつの安アパート。
 
 ガラス戸で仕切られた1DK。うちまでどうやって帰れるか、道筋を知らない。
 
 あたしと距離を詰める奴は、嘲りを顔に貼りつけている。
 
「返して、くれませんか、それ」
 
「香枝(かえ)ちゃんが俺の言うこと聞いてくれたら」
 
 下の名前で呼ぶんじゃねえよ。
 
「明日早いんで、もう帰ります」
 
 さっきのあいつと同じ目をしたこいつに殺意を覚える。
 
「浅岡に出来て、俺には出来ない?」
 
 なにサカってやがる、このうすらデブ。
 
 たぎる脳味噌とは対照的に、冷静口調に努めた。
 
「四人で買い出し行ってたんですよね。てか、浅岡さんとサキさん……あと、伊藤さんもどこ行ったんですか」
 
「あ、知らなかったっけ。浅岡とサキちゃん行ってんの、」
 
 小指を立てて何故だか奴は笑い、
  
 
「ラブホ」
 
 
 頭を鈍器で殴られた衝撃を受けた。
 
  「だからさ、浅岡とサキちゃんデキてんの。もち、伊藤は帰ったよ。いっくらなんでも、三人は無いっしょ」
 
 口内に残る、屈辱の味。からだには、なぶられた感触。
 
 おっ立ててたあいつはつまり、
 
 
 女を抱く前のエサにあたしをした、と。
 
 
 全身から力が抜けた。足元が崩れる。
 
 ぐるん、と脳が裏返るみたいだった。
 
「あーあー、香枝ちゃん、浅岡に気ぃあったんしょ。かっわいそーにね。あいつ、ツラと人当たりはいいしね」
 
「さっ……」
 
 全身が総毛立つ。こいつの腕に巻き込まれている事実、反吐が出る。
 
「触るなああっ」
 
 突き飛ばして逃げたつもりだった。
 
 が、投げ飛ばされたのはあたしの方だった。
 
 背中を強く打ちつけた。浅い意識に、割りこむ足音。前をかばったが、大した効果は無かった。
 
 次に気がついた時には、くわえさせられていた。
 
 
 生まれて初めて触れた性だった。
 
 未遂だったのは不幸中の幸いだった。
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