7 / 13
◆7
しおりを挟む
ハタチそこそこの男女が、老人みたいな茶飲み友達。
友達、と呼ぶのだろうか、果たして。
なにかのセラピーみたいだ。
この関係、半年以上も続いている。
自分から連絡は取らない。テーブル一つ分の距離を保ったまま。
現在、沈黙がそびえていても、『とにかく喋らなきゃ』といった強迫観念は感じさせない。
むしろ、心地良い錯覚。
あたしは窓の外を見るのが好きだった。
薄汚い世の中を、あくせく泳ぐ人々の群れ。
お向かいには、いつも雑誌を読み、時折笑い、たまに本を手に理知的な表情も見せる人間。
本日、ROCKIN'ON JAPANを熟読中。曽我部恵一が好きらしく。
初めて呼びだされた日以来の、喫煙席。
やめとくか、と言われたけど、いいよ、と伝えた。
バイト後に目にする、煙草を口にする彼の仕草。
白い指が唇に運ぶ動き。
一人占めしたかった。
と告白するのは変態だろうか。
この正体を突き詰めようとすればするほど、脳は混乱を極める。
――彼が、ああいうことをする『男』だと。
最終的には女を押し倒し、もてあそぶ。
望まない行為を強いて、くわえさせる支配に快楽を知る。
テーブルに乗り、こちらを向いた手の甲。
青い血管の筋が浮いている。
指は長いが、やや太め。
幾つもたこが出来ている。
爪は常に短い。
視線をあげれば、細いのに、筋張った腕。
真夏の黒いシャツ、胸元から覗く白い肌。
かたわらに置かれたギターケース、輪をかけて魅力的だ。
あたしはブラックに思考を戻す。紙の味しかしない。
こんなのをよくも飲めるものだ。いがらっぽさを感じつつ、カップをテーブルに置くと。
彼はとんでもないことを言いだした。
「今日、終わったあと、カラオケ行きません?」
全身全霊で『拒否』が駆け巡るその前に、
「俺のおふくろも来るんで」
口が開いたままのあたしを見て、彼は真面目腐った顔をして両の指を組んだ。
スピッツの『チェリー』を歌う、50代。
中々に洒落ている。サビ以外は知らないらしく、勧められるままに参加した。
『俺の親、離婚してんの。おふくろが近くに住んでんだけど、毎回カラオケ連れてけってうるせえんだ』
先入観も相まってか、尚更パワフルに見える。
実のところ、カラオケオールは久しぶりだったりする。
半年で飽きたから。
眠くなるし、化粧が崩れ、肌に宜しくない。澱んだ夜が朝を迎える瞬間は待ち遠しいのだけれど。
「香枝ちゃんもなんか歌ってぇな」
この方の出身はどこだろう。彼になまりは無い。根っからの神奈川人と聞いている。
『津軽海峡・冬景色』、海沿いを走る赤い電車をバックにタイトルが大写しになると、
「おまっ、渋すぎだろ」と彼はコーヒーを吹いた。
一緒にどうですか、と言うと、彼のお母さんは意気揚々とマイクを手にする。
彼といえば、拭き終えても、曲じゅうずっと笑いこけていた。
「人が歌ってるのを笑うの、失礼でしょ」
白い目で涙目の彼にマイクを手渡すと、あたしでも分かるギターの旋律が始まる。
『花葬』。
実母の前で、この選曲。
下手ではないがそこそこの腕前という事実よりも、そっちの方がショックだった。赤い画面も気恥ずかしい。
けどお母さんといえば平然と、ウーロン茶をぐびぐび飲んでいる。
そういえば、密室に『男』と居る、のだ。
お母さんを挟んで三人座っていて、遅ればせながらこの状況を認識した。
「遅くまですまんかったねぇ」
「いえ、楽しかったです」
夜中にカラオケなんて、普通の親じゃあ出来ないだろう。
非常識、と考えられなくもないが、あたしは好感を持った。
『あの子。引き取って苦労かけたがやけど、真っ直ぐな性格に育ってんわ。言葉遣い、悪いけどなぁ』
語る母親の表情は美しかった。そういうもんなんだな、と悟った。
そして今、車はあたしの住むアパートから歩いて五分の距離で停まる。
「あ、こちらで大丈夫です。目の前ですし」
始発で帰ると言っても、彼女は送ると言って譲らなかった。
家を知られることへの不安、ぎりぎりの選択。
「有難うございました」ドアを閉め、頭を下げる。
「またバイトでな」助手席の彼の無表情が焼きついた。
白んだ空、そこらのごみ箱をつつく烏。
焼き肉臭い。髪も脂っこくて、今すぐ風呂に入りたい。
顔は疲れてる、けれども、……なんだろう。
解放を感じる朝だった。
ひと眠りしたら久しぶりに実家に電話してみよう、そう思った。
友達、と呼ぶのだろうか、果たして。
なにかのセラピーみたいだ。
この関係、半年以上も続いている。
自分から連絡は取らない。テーブル一つ分の距離を保ったまま。
現在、沈黙がそびえていても、『とにかく喋らなきゃ』といった強迫観念は感じさせない。
むしろ、心地良い錯覚。
あたしは窓の外を見るのが好きだった。
薄汚い世の中を、あくせく泳ぐ人々の群れ。
お向かいには、いつも雑誌を読み、時折笑い、たまに本を手に理知的な表情も見せる人間。
本日、ROCKIN'ON JAPANを熟読中。曽我部恵一が好きらしく。
初めて呼びだされた日以来の、喫煙席。
やめとくか、と言われたけど、いいよ、と伝えた。
バイト後に目にする、煙草を口にする彼の仕草。
白い指が唇に運ぶ動き。
一人占めしたかった。
と告白するのは変態だろうか。
この正体を突き詰めようとすればするほど、脳は混乱を極める。
――彼が、ああいうことをする『男』だと。
最終的には女を押し倒し、もてあそぶ。
望まない行為を強いて、くわえさせる支配に快楽を知る。
テーブルに乗り、こちらを向いた手の甲。
青い血管の筋が浮いている。
指は長いが、やや太め。
幾つもたこが出来ている。
爪は常に短い。
視線をあげれば、細いのに、筋張った腕。
真夏の黒いシャツ、胸元から覗く白い肌。
かたわらに置かれたギターケース、輪をかけて魅力的だ。
あたしはブラックに思考を戻す。紙の味しかしない。
こんなのをよくも飲めるものだ。いがらっぽさを感じつつ、カップをテーブルに置くと。
彼はとんでもないことを言いだした。
「今日、終わったあと、カラオケ行きません?」
全身全霊で『拒否』が駆け巡るその前に、
「俺のおふくろも来るんで」
口が開いたままのあたしを見て、彼は真面目腐った顔をして両の指を組んだ。
スピッツの『チェリー』を歌う、50代。
中々に洒落ている。サビ以外は知らないらしく、勧められるままに参加した。
『俺の親、離婚してんの。おふくろが近くに住んでんだけど、毎回カラオケ連れてけってうるせえんだ』
先入観も相まってか、尚更パワフルに見える。
実のところ、カラオケオールは久しぶりだったりする。
半年で飽きたから。
眠くなるし、化粧が崩れ、肌に宜しくない。澱んだ夜が朝を迎える瞬間は待ち遠しいのだけれど。
「香枝ちゃんもなんか歌ってぇな」
この方の出身はどこだろう。彼になまりは無い。根っからの神奈川人と聞いている。
『津軽海峡・冬景色』、海沿いを走る赤い電車をバックにタイトルが大写しになると、
「おまっ、渋すぎだろ」と彼はコーヒーを吹いた。
一緒にどうですか、と言うと、彼のお母さんは意気揚々とマイクを手にする。
彼といえば、拭き終えても、曲じゅうずっと笑いこけていた。
「人が歌ってるのを笑うの、失礼でしょ」
白い目で涙目の彼にマイクを手渡すと、あたしでも分かるギターの旋律が始まる。
『花葬』。
実母の前で、この選曲。
下手ではないがそこそこの腕前という事実よりも、そっちの方がショックだった。赤い画面も気恥ずかしい。
けどお母さんといえば平然と、ウーロン茶をぐびぐび飲んでいる。
そういえば、密室に『男』と居る、のだ。
お母さんを挟んで三人座っていて、遅ればせながらこの状況を認識した。
「遅くまですまんかったねぇ」
「いえ、楽しかったです」
夜中にカラオケなんて、普通の親じゃあ出来ないだろう。
非常識、と考えられなくもないが、あたしは好感を持った。
『あの子。引き取って苦労かけたがやけど、真っ直ぐな性格に育ってんわ。言葉遣い、悪いけどなぁ』
語る母親の表情は美しかった。そういうもんなんだな、と悟った。
そして今、車はあたしの住むアパートから歩いて五分の距離で停まる。
「あ、こちらで大丈夫です。目の前ですし」
始発で帰ると言っても、彼女は送ると言って譲らなかった。
家を知られることへの不安、ぎりぎりの選択。
「有難うございました」ドアを閉め、頭を下げる。
「またバイトでな」助手席の彼の無表情が焼きついた。
白んだ空、そこらのごみ箱をつつく烏。
焼き肉臭い。髪も脂っこくて、今すぐ風呂に入りたい。
顔は疲れてる、けれども、……なんだろう。
解放を感じる朝だった。
ひと眠りしたら久しぶりに実家に電話してみよう、そう思った。
0
あなたにおすすめの小説
譲れない秘密の溺愛
恋文春奈
恋愛
憧れの的、国宝級にイケメンな一条社長と秘密で付き合っている 社内一人気の氷室先輩が急接近!? 憧れの二人に愛される美波だけど… 「美波…今日充電させて」 「俺だけに愛されて」 一条 朝陽 完全無欠なイケメン×鈴木 美波 無自覚隠れ美女
Melty romance 〜甘S彼氏の執着愛〜
yuzu
恋愛
人数合わせで強引に参加させられた合コンに現れたのは、高校生の頃に少しだけ付き合って別れた元カレの佐野充希。適当にその場をやり過ごして帰るつもりだった堀沢真乃は充希に捕まりキスされて……
「オレを好きになるまで離してやんない。」
その卵焼き俺にも食わせろ!―ワンナイトラブから逃げたはずなのに、契約で縛られてました!?―
鷹槻れん
恋愛
新沼 晴永(にいぬま はるなが/36)は俺様上司として恐れられる鬼課長。
そんな彼に毎日のように振り回されるのが、犬猿の仲(だと彼女が勝手に思っている)部下の小笹 瑠璃香(こざさ るりか/28)だ。
飲み会の夜、酔ってふにゃふにゃになった瑠璃香を晴永がまんまと持ち帰り――翌朝待っていたのはワンナイトの証拠と契約結婚の書類!?
晴永には逃げようとする瑠璃香を逃がすつもりはないらしい!?
笑いと誤解と契約の、ドタバタラブコメディ!
○表紙絵は市瀬雪さんに依頼しました♥(作品シェア以外での無断転載など固くお断りします)
『冷徹社長の秘書をしていたら、いつの間にか専属の妻に選ばれました』
鍛高譚
恋愛
秘書課に異動してきた相沢結衣は、
仕事一筋で冷徹と噂される社長・西園寺蓮の専属秘書を務めることになる。
厳しい指示、膨大な業務、容赦のない会議――
最初はただ必死に食らいつくだけの日々だった。
だが、誰よりも真剣に仕事と向き合う蓮の姿に触れるうち、
結衣は秘書としての誇りを胸に、確かな成長を遂げていく。
そして、蓮もまた陰で彼女を支える姿勢と誠実な仕事ぶりに心を動かされ、
次第に結衣は“ただの秘書”ではなく、唯一無二の存在になっていく。
同期の嫉妬による妨害、ライバル会社の不正、社内の疑惑。
数々の試練が二人を襲うが――
蓮は揺るがない意志で結衣を守り抜き、
結衣もまた社長としてではなく、一人の男性として蓮を信じ続けた。
そしてある夜、蓮がようやく口にした言葉は、
秘書と社長の関係を静かに越えていく。
「これからの人生も、そばで支えてほしい。」
それは、彼が初めて見せた弱さであり、
結衣だけに向けた真剣な想いだった。
秘書として。
一人の女性として。
結衣は蓮の差し伸べた未来を、涙と共に受け取る――。
仕事も恋も全力で駆け抜ける、
“冷徹社長×秘書”のじれ甘オフィスラブストーリー、ここに完結。
彼の巨大な体に覆われ、満たされ、貪られた——一晩中
桜井ベアトリクス
恋愛
妹を救出するため、一ヶ月かけて死の山脈を越え、影の沼地を泳ぎ、マンティコアとポーカー勝負までした私、ローズ。
やっと辿り着いた先で見たのは——フェイ王の膝の上で甘える妹の姿。
「助けなんていらないわよ?」
は?
しかも運命の光が私と巨漢戦士マキシマスの間で光って、「お前は俺のものだ」宣言。
「片手だけなら……」そう妥協したのに、ワイン一杯で理性が飛んだ。
彼の心臓の音を聞いた瞬間、私から飛びついて、その夜、彼のベッドで戦士のものになった。
甘い束縛
はるきりょう
恋愛
今日こそは言う。そう心に決め、伊達優菜は拳を握りしめた。私には時間がないのだと。もう、気づけば、歳は27を数えるほどになっていた。人並みに結婚し、子どもを産みたい。それを思えば、「若い」なんて言葉はもうすぐ使えなくなる。このあたりが潮時だった。
※小説家なろうサイト様にも載せています。
親愛なる後輩くん
さとう涼
恋愛
「神崎部長は、僕と結城さんがつき合っているのを知りながら彼女に手を出したんですよ」
雨宮一紗(33歳)。離婚して3年。
同じ会社に勤める元夫・神崎敦朗と復縁したくて、ある日食事に誘ったら、神崎から恋人がいると知らされる。相手は20代の部下・結城史奈だという。
さらに神崎のもうひとりの部下である蓮見閑《しずか》から、彼女(結城)を神崎に略奪されたと聞かされてしまい、大きなショックを受ける……。
不埒な一級建築士と一夜を過ごしたら、溺愛が待っていました
入海月子
恋愛
有本瑞希
仕事に燃える設計士 27歳
×
黒瀬諒
飄々として軽い一級建築士 35歳
女たらしと嫌厭していた黒瀬と一緒に働くことになった瑞希。
彼の言動は軽いけど、腕は確かで、真摯な仕事ぶりに惹かれていく。
ある日、同僚のミスが発覚して――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる