花に溺れ恋に純情~僕様同期御曹司の愛が私を捕らえて離さない~

美凪ましろ

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三分の一にはならないと(1)

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 朝、目が覚めた瞬間、残りの奨学金の総額とあと十何年で返せるかを勝手に脳がはじき出す。
 続いて考えるのは仕事のことだ。試験項目九百のうち昨日までで三割しか出来ていない。納期は来週。BP二名に今日なにを指示すべきか。あいつらこっちが指示出す前にどんどん進めるから困ってしまう。進捗確認。自分のタスクも片付けなければならないのに……。やってもやっても仕事が片付かない。永遠の子どものおもちゃ箱の中身みたいに。

 きりきりする。胃薬は飲まない。
 毎日飲んでいてはきりがない。予算も惜しい。
 鉛のように重たいからだをどうにか起こし、洗面台の前に行き、顔色の悪い女と今日も出くわす。……くま、またひどくなったな。青ぐまにはなにが効くんだろう。ひとまず顔を洗う。油っぽいのが嫌なので、どんなに疲れていてもメイクは絶対に落とすし、朝は水と洗顔料で洗顔する。ビオレのジェルタイプの洗顔料がお気に入りだ。私にしては奮発したお品。美容液成分も込みという資生堂が鬼になって開発した某商品を肌に叩き込み、土台は完成。
 その場で手早くBBクリームを肌に叩き込み、ビューラーでまつげをあげ、アイメイク下地を塗り、塗るだけのアイシャドウをささっと。アイライナーは目の端にちょこんと、色気が出過ぎない程度に。マスカラも控えめに。残業続きでパンダになるからウォータープルーフのセザンヌのマスカラが救いだ。
 眉も、ちゃんと描かないとだらしなく見えるから、面倒でも三層のKATEのパウダーで仕上げる。眉マスカラはこれもちょっとご褒美、ロムアンドの新色。オフィスでも浮き過ぎない絶妙な淡いグレーがほどよく個性を主張してくれる。
 頬の高い位置にキャンメイクの練りチークと、続いてハイライトを目の下からチークにかけて塗りこみ、私のメイクは完成する。
 振り返り、かけたままのスーツを見やり思う。ああ、今日もあれを着て戦うのだ。

 大学を卒業した新卒が入社して三年以内で三分の一が離職する。この通説は、私が就職する頃にはとっくに常識となっていた。
 早い者で配属から一週間で辞めたやつもいる。あいつ、いまごろなにをしているだろう。研修の終わり際にリンダとくっついて、一週間で別れた同期。彼には一週間でなにか絶つというルールでもあるのか。まぁ、噂に聞かないから元気にしていることだろう。新人研修というのは一種のクローズドサークルなのだから。なにが起きても不思議ではない。

 人間の尊厳はいったいどこにあるのだろうと毎朝首を傾げてしまいたくなるくらいに殺人的に混雑した電車に乗り込み、押し込み押され、存在を押しつぶされながら、固く目を閉じ、このときが早く終わることをただ祈る。イヤホンを耳に入れこむ余裕などない。ワイヤレスは値段が張るし、いまどき有線というのも味気ない。周りを見ていてもつけているのはZoom会議のときくらいのものだ。
 ふとなにか思い出しそうになる。イヤホンを分けっこして誰かと聞いたような……。
 いいや。そんなことよりも朝出社したら真っ先になにをする。メールチェック。関係のない百件以上のメールや通知に目を通し、即座に完了フォルダに放り込む。見ておかないと困る内容もあるし、他チームのことだから関係ないとそう簡単に割り切れるものでもない。仕事と仕事は必ず繋がっていて、循環し、どこでどうかち合うか分からないから。
 こんな毎日を続けてなんになる。兵隊の一部となって、私の生産性とか、人権というものはどこに消えるのか。しゃぼん玉となって弾けた。そう。私の存在価値なんてその程度のもの。目的地に着くと雪崩のように降りる群衆に混ざり、押しつぶされ流される流れに従い、必死に、ショルダーバッグを固く握り、防御に回る。この世は常に戦いだ。ああ、息が詰まる。
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