花に溺れ恋に純情~僕様同期御曹司の愛が私を捕らえて離さない~

美凪ましろ

文字の大きさ
3 / 45

三分の一にはならないと(2)

しおりを挟む
「言いましたよね。……私、夜間バッジが回るまでデータは寝かせてくださいって」
 しんとしたタイピング音の鳴るオフィスに、尖った声が響く。注目を集めているのは分かるがどうにもならない。
 この男の、無駄に謙遜して、実力がないことをいいわけに、言い逃れをするところが大嫌いなのだ。
「なんで先にやっちゃうんですか。……これ、今日またやって、明日にならないと処理が進められないじゃないですか。二日遅延するんですよ?」
「まぁまぁ川瀬くん、そう尖らずに」
 リーダーは業務をやっているわけではないから、呑気にそんなことが言えるのだ。
「……もういいです。片岡さんは試験項目203から始めてください。昨日ミスしたのは私がやります」
 こうして仕事がどんどん積みあがっていく。ピラミッドのように、終わりが見えない。

 うっかり仕事に集中しているとまともにトイレすら行けない。お化粧直しなんてもってのほか。
 ビル内だから安価に買える自動販売機でカフェインを注入しているときだった。
「まったくな、三途の花はこれだから困るんだよな」
 片岡。違う、この声は……。
 給湯室の影に身を隠す。自分の素早さが呪わしかった。
「花っていうか、棘しかねえじゃんあいつ」
 あいつ。たかが、プロパーでもない、こうして立派に国立理系の四大を卒業して正社員として就職した私を、半分の給与しか貰っていない、孫請け企業勤めのパートナーさんごときがそれを言う。
「まーまー片岡くんも大変だろうけどさ、いちお、あれで、若手の正社員さまさまなわけだからさ。目を瞑ってやってくださいな。三年以内で辞められるとこっちが困るんだよ」
鶴橋つるはしリーダーは、直接仕事振られないからそんなこと言えるんですよ。やるのは俺。俺なんすよ」
 うっかりしていた。鶴橋リーダーと、BPに過ぎない片岡さんが、こんな軽口を叩きあう関係だったとは。
 そういえば、いつぞやの飲み会で男たちだけで二次会に行ったとかなんとか……。
「いっくら美人でもあんなつんけんしてたら顔の無駄ですね。まー、せいぜい、頑張りますよ。潰さない程度にね」
「お手柔らかに頼むよ。きみんとこの社長さんは、いいお客さんなんだから」
「そう言って。マージン取られまくって俺の月給家賃レベルなんすよ。どう生活してけばいいんすか」
「会社で借りる寮があるだけましっしょ」がこん、と鶴橋さんがペットボトルを取る音。二度目のがこん。片岡さんのために買ってくれている……自分がこんなにショックを受けていることに驚いていた。
 笑いあいながら彼らは夜のオフィスへと戻っていく。私がいることも知らずに。

 頑張ってきたつもりだった。
 入社して、プログラミングのプの字すら知らない、業界最大手の企業名すら知らないど素人どもと机を突き合わせて懸命に研修を受けた。恋にうつつを抜かすやつらもいたが私は無視した。猛烈に努力した。
 なのに。配属されたのは、下流と揶揄される、テストがメインの部署。
 テスターに回されるのは高卒の連中ばかりなのに……。
 なんのために。なにしに、自分は……。
 ろくに努力もしない文系が、人事受けしたからって花形の開発ばりばりの部署に配属されていくのを、砂を噛むような思いで見送った。口には出さなかった。
 リケジョは融通が利かないと思われがちだから必死に努力した。
 コピーの仕方も、電話対応も、来客対応も、Excelの使い方もソフトウェアの使い方も新規入場者の受け入れも全部そつなく出来るようにした。

「……川瀬さんは、愛想が足らないんだよな。んなこと言うとセクハラか」
 配属されて約二年私のことを見てきたはずの上司はそう評価する。
 みんなが一日かけてこなすことを自分は一時間で出来るように努力した。仕事の精度も質も、高く、ハイパフォーマンスを意識してきたつもりだった。
 それが。二年目で後輩が出来、パートナーさんを教えるようになった辺りから歯車が狂った。
 何故、こんな簡単なことが出来ないのか。理解を超えるレベルのひとたちがわんさか入ってきた。
 テスト部隊は給与が安い。パートナーさんという、うちの協力企業から、いわゆる派遣社員みたいな立場のかたがたくさん入ってくる。受け入れるのはこっちだ。鶴橋さんと営業が、よし今度こそは! と言うときに限ってスキル不足のメンバーが入ってくる。自己紹介もまともに出来ないパートナーさんが来たときには驚いた。あと、真っ赤なネイルつけてきた女。一ヶ月で辞めたっけな。

 そのひとりにはならない。
 歯を食いしばって努力してきたつもりだったが、……裏ではあんなふうに言われているのか。
 足元の土台が崩れ落ちるような感覚。――それでも、食いしばって、食いしばりまくったけれど、結果、試験項目数千をこなし、無事納品した三日後に、私は通勤途中の電車で、発作を起こした。

「――大丈夫?」

 支えに回り、蒼白の私の顔を覗き込むのは、――同期。
 日本一のセレブとか揶揄された神宮寺恋生れおだった。

 その透き通った瞳がとても綺麗で空みたいないろをしていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

譲れない秘密の溺愛

恋文春奈
恋愛
憧れの的、国宝級にイケメンな一条社長と秘密で付き合っている 社内一人気の氷室先輩が急接近!? 憧れの二人に愛される美波だけど… 「美波…今日充電させて」 「俺だけに愛されて」 一条 朝陽 完全無欠なイケメン×鈴木 美波 無自覚隠れ美女

黒瀬部長は部下を溺愛したい

桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。 人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど! 好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。 部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。 スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。

俺様上司に今宵も激しく求められる。

美凪ましろ
恋愛
 鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。  蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。  ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。 「おまえの顔、えっろい」  神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。  ――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。 **2026.01.02start~2026.01.17end**

定時で帰りたい私と、残業常習犯の美形部長。秘密の夜食がきっかけで、胃袋も心も掴みました

藤森瑠璃香
恋愛
「お先に失礼しまーす!」がモットーの私、中堅社員の結城志穂。 そんな私の天敵は、仕事の鬼で社内では氷の王子と恐れられる完璧美男子・一条部長だ。 ある夜、忘れ物を取りに戻ったオフィスで、デスクで倒れるように眠る部長を発見してしまう。差し入れた温かいスープを、彼は疲れ切った顔で、でも少しだけ嬉しそうに飲んでくれた。 その日を境に、誰もいないオフィスでの「秘密の夜食」が始まった。 仕事では見せない、少しだけ抜けた素顔、美味しそうにご飯を食べる姿、ふとした時に見せる優しい笑顔。 会社での厳しい上司と、二人きりの時の可愛い人。そのギャップを知ってしまったら、もう、ただの上司だなんて思えない。 これは、美味しいご飯から始まる、少し大人で、甘くて温かいオフィスラブ。

Melty romance 〜甘S彼氏の執着愛〜

yuzu
恋愛
 人数合わせで強引に参加させられた合コンに現れたのは、高校生の頃に少しだけ付き合って別れた元カレの佐野充希。適当にその場をやり過ごして帰るつもりだった堀沢真乃は充希に捕まりキスされて…… 「オレを好きになるまで離してやんない。」

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

不埒な一級建築士と一夜を過ごしたら、溺愛が待っていました

入海月子
恋愛
有本瑞希 仕事に燃える設計士 27歳 × 黒瀬諒 飄々として軽い一級建築士 35歳 女たらしと嫌厭していた黒瀬と一緒に働くことになった瑞希。 彼の言動は軽いけど、腕は確かで、真摯な仕事ぶりに惹かれていく。 ある日、同僚のミスが発覚して――。

身代りの花嫁は25歳年上の海軍士官に溺愛される

絵麻
恋愛
 桐島花は父が病没後、継母義妹に虐げられて、使用人同然の生活を送っていた。  父の財産も尽きかけた頃、義妹に縁談が舞い込むが継母は花を嫁がせた。  理由は多額の結納金を手に入れるため。  相手は二十五歳も歳上の、海軍の大佐だという。  放り出すように、嫁がされた花を待っていたものは。  地味で冴えないと卑下された日々、花の真の力が時東邸で活かされる。  

処理中です...