20 / 45
behave yourself
しおりを挟む
「綺麗な顔した男の子と女の子がおるな、ってのは印象に残っておって。これがそんときの絵なげ」
アユちゃんが送ってくれた絵は、禅雨と理生の顔を描いている。服装、顔立ちに至るまで。
「芸能人みたいに綺麗な子がおるってたまげたげ」
「……と友人のひとりが申しておりまして。こちらがその画像です」
じっと私のスマートフォンに表示されるアユちゃんの絵を見つめる恋乃の目の動きに注視するが、特に、焦りや怖れといったものは見当たらない。恋生と同じく経営者として頭角を現した人間は、日ごろの挙動からして違う。落ち着き払っていて、驚きや怒りを表出させることなどない。
「それに。あなたに実際に会って確信しました。あなたは恋生の双子の妹だと」
「何故、わたくしが禅雨を名乗った。その理由までは分かりますか?」
「あなたは神宮寺の子として、恋生と一緒に本当は育ちたかった。でもそれが出来なかった。だからあの合宿の場で……復讐をした。神宮寺恋生のアナグラムの名を名乗ることで、呪いの連鎖を断ち、恋生として一瞬でも生きたかった。……それが私の思う、答えです」
「拍手ね。どうやってわたくしの出生まで?」
「この絵を見たときに、違和感があったんです。……恋生が禅雨を名乗るのなら恋生の面影がそこに残っているはず。ですが、この友人を見ると、理生のほうが恋生を思わせる。青い帽子の子がおぼろげながらも記憶に残っていたことからすると……恋生が理生と考えるのが自然だと」
黙って私の答えを待つ恋乃。特に、驚嘆も驚きも見せない。焦点が合っていないように見えるが、落ち着いた経営者の顔をあくまでも貫く。
「となると、禅雨という、ふたごのきょうだいがいると考えるのが自然で。もうひとりのふたごの片割れは恋生になりたくて憧れていた。恋乃のアナグラムの名である理生を名乗るのが恋生であれば、禅雨のアナグラムが、神宮寺恋乃というところまでは理解出来ました」
「そう。でも、あなたの想像の範囲の話よね」
大人しく認める。「はい。推測に過ぎません。ですが……」
私はバッグから一通の手紙を取り出す。
「この手紙の送り主が『五尻禅雨』であったことからすると……理生の本体はやはりあなただと思いました。……私はいま恋生の宅に住んでおり、たまたま、部屋を片付けていたときに、『池水恋乃』に関するスクラップ記事を見つけました」
棚のあんな分かりやすいところに置いていたことからすると、恋生は、私がこの答えをはじき出すのを待っていた、いや、そう誘導していた。
「写真こそありませんでしたが。……あなたは用心深い人間のようですから……。記事は、あなたの中学時代からの活躍を扱ったもので、スピーチコンテストで優勝。ボランティア活動に貢献。新たな事業を立ち上げた……様々な記事があり、記事を通して私は、あなたへの理解を深めていきました」
「そう? それであなたは、それを伝えるためだけにここにわざわざ?」
「いえ。実際あなたをこの目で見て、感じたかったのです。他人の与える二次情報ではなく、自分の目で感じて、実際お会いして、あなたがどんなかただというのを、この目で感覚で確かめたかった」
「そう。……まぁ、わたくしのほうも同じね。恋生が長らく恋をしているお相手のことは大体分かってはいましたけれど。会うのは十五年ぶりかしらね。幼い頃とはやはり印象が異なりますし、いまの恋生がどんな相手を選んでいるのか。わたくしもいずれ、あなたとは直接お会いしたかったのよ」
「ええ。最後にひとつ質問です」
じっと耳を傾ける恋乃に、
「いま、あなたは、その目でもう一度恋生を見たいと思いますか?」
「酷な質問をなさるのね」と彼女は笑った。「いつから? 気づかれていたのかしら?」
「手紙を取り出したときに確信しました。……手紙の送り主は、本当は、理生です。あなたの正体は神宮寺恋乃なので、恋乃のアナグラムである理生を名乗るほうが自然です」
「そう。……気づかれないことも多いのに、軽率でしたわ」
「いえ。試したのはこちらです。試すような真似をして申し訳ありません」
「いいのよ。恋生がどんな相手を選んだのかが知れて……よかったわ。また会うこともあるでしょう。では、お元気で」
立ち上がった恋乃の動きはとても自然だった。身のこなしといい、視覚障害者とはとても思えない。全盲なのか、弱視なのかすら判断出来ないほどだ。もしかしたら弱視という可能性もあるが。
彼女の秘書に見送られ、私はビルを出た。小雨が降っていた。折り畳み傘をケースから取り出し、歩き出す。
恋乃が視力を失ったきっかけまでは分からなかった。だが、あんなにも、大人への復讐を企て、試みるほどには、徹底的になにかを憎んでいる。
愛するひとの双子の片割れ。私が言ったのは想像に過ぎなかったが、彼女の顔色を見る限り、大体は外れていなかったようだ。
いま、私になにが出来るだろう。振り返り、高層ビルのひとつにいまも敏腕経営者として働く、ひとりの女性のことを思う。なにを抱え、苦しんでいたのか。短い時間の会話だけでは分からない。
確かめるべきことはもうふたつ。そう。チケットを取ろう。どちらから行こうか。いや、大人しく時系列を辿ろう。スマートフォンで恋生に「しばらく不在にします」とLINEを送り、そのままアプリを立ち上げ、新幹線を予約する。
軍資金はまだすこしはある。恋生宅に住まわせて頂いて、アパートはまだ引き払っていないが、恋生は、特にお金は入れなくていいと言ってくれている。あれだけ見目形姿に恵まれた現代の貴公子たる恋生に、微々たる金を渡すのも、かえって失礼に当たる気がして、あまえている。
さあ、行こう。――私の記憶を辿る旅へと。
アユちゃんが送ってくれた絵は、禅雨と理生の顔を描いている。服装、顔立ちに至るまで。
「芸能人みたいに綺麗な子がおるってたまげたげ」
「……と友人のひとりが申しておりまして。こちらがその画像です」
じっと私のスマートフォンに表示されるアユちゃんの絵を見つめる恋乃の目の動きに注視するが、特に、焦りや怖れといったものは見当たらない。恋生と同じく経営者として頭角を現した人間は、日ごろの挙動からして違う。落ち着き払っていて、驚きや怒りを表出させることなどない。
「それに。あなたに実際に会って確信しました。あなたは恋生の双子の妹だと」
「何故、わたくしが禅雨を名乗った。その理由までは分かりますか?」
「あなたは神宮寺の子として、恋生と一緒に本当は育ちたかった。でもそれが出来なかった。だからあの合宿の場で……復讐をした。神宮寺恋生のアナグラムの名を名乗ることで、呪いの連鎖を断ち、恋生として一瞬でも生きたかった。……それが私の思う、答えです」
「拍手ね。どうやってわたくしの出生まで?」
「この絵を見たときに、違和感があったんです。……恋生が禅雨を名乗るのなら恋生の面影がそこに残っているはず。ですが、この友人を見ると、理生のほうが恋生を思わせる。青い帽子の子がおぼろげながらも記憶に残っていたことからすると……恋生が理生と考えるのが自然だと」
黙って私の答えを待つ恋乃。特に、驚嘆も驚きも見せない。焦点が合っていないように見えるが、落ち着いた経営者の顔をあくまでも貫く。
「となると、禅雨という、ふたごのきょうだいがいると考えるのが自然で。もうひとりのふたごの片割れは恋生になりたくて憧れていた。恋乃のアナグラムの名である理生を名乗るのが恋生であれば、禅雨のアナグラムが、神宮寺恋乃というところまでは理解出来ました」
「そう。でも、あなたの想像の範囲の話よね」
大人しく認める。「はい。推測に過ぎません。ですが……」
私はバッグから一通の手紙を取り出す。
「この手紙の送り主が『五尻禅雨』であったことからすると……理生の本体はやはりあなただと思いました。……私はいま恋生の宅に住んでおり、たまたま、部屋を片付けていたときに、『池水恋乃』に関するスクラップ記事を見つけました」
棚のあんな分かりやすいところに置いていたことからすると、恋生は、私がこの答えをはじき出すのを待っていた、いや、そう誘導していた。
「写真こそありませんでしたが。……あなたは用心深い人間のようですから……。記事は、あなたの中学時代からの活躍を扱ったもので、スピーチコンテストで優勝。ボランティア活動に貢献。新たな事業を立ち上げた……様々な記事があり、記事を通して私は、あなたへの理解を深めていきました」
「そう? それであなたは、それを伝えるためだけにここにわざわざ?」
「いえ。実際あなたをこの目で見て、感じたかったのです。他人の与える二次情報ではなく、自分の目で感じて、実際お会いして、あなたがどんなかただというのを、この目で感覚で確かめたかった」
「そう。……まぁ、わたくしのほうも同じね。恋生が長らく恋をしているお相手のことは大体分かってはいましたけれど。会うのは十五年ぶりかしらね。幼い頃とはやはり印象が異なりますし、いまの恋生がどんな相手を選んでいるのか。わたくしもいずれ、あなたとは直接お会いしたかったのよ」
「ええ。最後にひとつ質問です」
じっと耳を傾ける恋乃に、
「いま、あなたは、その目でもう一度恋生を見たいと思いますか?」
「酷な質問をなさるのね」と彼女は笑った。「いつから? 気づかれていたのかしら?」
「手紙を取り出したときに確信しました。……手紙の送り主は、本当は、理生です。あなたの正体は神宮寺恋乃なので、恋乃のアナグラムである理生を名乗るほうが自然です」
「そう。……気づかれないことも多いのに、軽率でしたわ」
「いえ。試したのはこちらです。試すような真似をして申し訳ありません」
「いいのよ。恋生がどんな相手を選んだのかが知れて……よかったわ。また会うこともあるでしょう。では、お元気で」
立ち上がった恋乃の動きはとても自然だった。身のこなしといい、視覚障害者とはとても思えない。全盲なのか、弱視なのかすら判断出来ないほどだ。もしかしたら弱視という可能性もあるが。
彼女の秘書に見送られ、私はビルを出た。小雨が降っていた。折り畳み傘をケースから取り出し、歩き出す。
恋乃が視力を失ったきっかけまでは分からなかった。だが、あんなにも、大人への復讐を企て、試みるほどには、徹底的になにかを憎んでいる。
愛するひとの双子の片割れ。私が言ったのは想像に過ぎなかったが、彼女の顔色を見る限り、大体は外れていなかったようだ。
いま、私になにが出来るだろう。振り返り、高層ビルのひとつにいまも敏腕経営者として働く、ひとりの女性のことを思う。なにを抱え、苦しんでいたのか。短い時間の会話だけでは分からない。
確かめるべきことはもうふたつ。そう。チケットを取ろう。どちらから行こうか。いや、大人しく時系列を辿ろう。スマートフォンで恋生に「しばらく不在にします」とLINEを送り、そのままアプリを立ち上げ、新幹線を予約する。
軍資金はまだすこしはある。恋生宅に住まわせて頂いて、アパートはまだ引き払っていないが、恋生は、特にお金は入れなくていいと言ってくれている。あれだけ見目形姿に恵まれた現代の貴公子たる恋生に、微々たる金を渡すのも、かえって失礼に当たる気がして、あまえている。
さあ、行こう。――私の記憶を辿る旅へと。
0
あなたにおすすめの小説
譲れない秘密の溺愛
恋文春奈
恋愛
憧れの的、国宝級にイケメンな一条社長と秘密で付き合っている 社内一人気の氷室先輩が急接近!? 憧れの二人に愛される美波だけど… 「美波…今日充電させて」 「俺だけに愛されて」 一条 朝陽 完全無欠なイケメン×鈴木 美波 無自覚隠れ美女
黒瀬部長は部下を溺愛したい
桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。
人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど!
好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。
部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。
スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。
俺様上司に今宵も激しく求められる。
美凪ましろ
恋愛
鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。
蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。
ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。
「おまえの顔、えっろい」
神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。
――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。
**2026.01.02start~2026.01.17end**
定時で帰りたい私と、残業常習犯の美形部長。秘密の夜食がきっかけで、胃袋も心も掴みました
藤森瑠璃香
恋愛
「お先に失礼しまーす!」がモットーの私、中堅社員の結城志穂。
そんな私の天敵は、仕事の鬼で社内では氷の王子と恐れられる完璧美男子・一条部長だ。
ある夜、忘れ物を取りに戻ったオフィスで、デスクで倒れるように眠る部長を発見してしまう。差し入れた温かいスープを、彼は疲れ切った顔で、でも少しだけ嬉しそうに飲んでくれた。
その日を境に、誰もいないオフィスでの「秘密の夜食」が始まった。
仕事では見せない、少しだけ抜けた素顔、美味しそうにご飯を食べる姿、ふとした時に見せる優しい笑顔。
会社での厳しい上司と、二人きりの時の可愛い人。そのギャップを知ってしまったら、もう、ただの上司だなんて思えない。
これは、美味しいご飯から始まる、少し大人で、甘くて温かいオフィスラブ。
Melty romance 〜甘S彼氏の執着愛〜
yuzu
恋愛
人数合わせで強引に参加させられた合コンに現れたのは、高校生の頃に少しだけ付き合って別れた元カレの佐野充希。適当にその場をやり過ごして帰るつもりだった堀沢真乃は充希に捕まりキスされて……
「オレを好きになるまで離してやんない。」
病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜
来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。
望んでいたわけじゃない。
けれど、逃げられなかった。
生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。
親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。
無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。
それでも――彼だけは違った。
優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。
形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。
これは束縛? それとも、本当の愛?
穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
不埒な一級建築士と一夜を過ごしたら、溺愛が待っていました
入海月子
恋愛
有本瑞希
仕事に燃える設計士 27歳
×
黒瀬諒
飄々として軽い一級建築士 35歳
女たらしと嫌厭していた黒瀬と一緒に働くことになった瑞希。
彼の言動は軽いけど、腕は確かで、真摯な仕事ぶりに惹かれていく。
ある日、同僚のミスが発覚して――。
身代りの花嫁は25歳年上の海軍士官に溺愛される
絵麻
恋愛
桐島花は父が病没後、継母義妹に虐げられて、使用人同然の生活を送っていた。
父の財産も尽きかけた頃、義妹に縁談が舞い込むが継母は花を嫁がせた。
理由は多額の結納金を手に入れるため。
相手は二十五歳も歳上の、海軍の大佐だという。
放り出すように、嫁がされた花を待っていたものは。
地味で冴えないと卑下された日々、花の真の力が時東邸で活かされる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる