21 / 45
西へ(1)
しおりを挟む
抜けたやつの穴なんかとっとと二週間あれば埋まる。
それは確かに事実なのだが、ただ、その際にとんでもなく現場は苦労をする。
俺はただそれを見ているだけ。特に出来ることはなにもない。
うちの会社のここに常駐するチームは、裏でKの軍隊と呼ばれている。毎年一定数の新卒が人柱となり配属され、全員揃って潰れていく。生き残るのは、スキル不足の片岡のような、厚顔無恥で図太い連中ばかり。センスのいいやつは大概、からだが先かこころが先か。IT系は特に鬱の多い業界で今更誰がいつどこで病もうが誰も気にやしないしいつも通り人事が応対するのみ。
川瀬花子は惜しかった。筋のいい若手だった。あくまで彼女自身を評価するならば、優秀なプログラマーではあった。あれほど技術のある若手を手放したことが惜しまれる。
若手は仕事の加減が分からず、自分で背負い込む傾向にある。例に漏れず川瀬花子もそのタイプで、ふたりBPを下につけたところ、見事に潰れた。部下をつけてわずか半年足らずの出来事だった。
ある程度面の皮が厚くないとうちの業界ではやっていけない。どんなに本人が優秀であろうが、ひとを使うことの出来ない連中に、リーダーを名乗る資格はないと俺は考えている。
休職に入った川瀬も、果たしていまの空の色を無事に拝めているだろうか。悪くはない子だった。ただ、正義感が強すぎて、仕事を任せるのが下手すぎるだけだった。彼女自身に罪がないとまでは言いきれないが、上長としてコントロール出来なかった俺にも責任の一部がある。
煙草が染みる。こんな、やけに空が冴え冴えと青く澄み渡った日なんかは、踏みつけられたがれきの下に埋もれたかつての新人たちはいまごろなにをしているやらと、煙草の煙を吹かしながら考えを巡らせる。こういうしんどいときに煙草なんか吸うとやけに染みる。生まれて初めて煙草を吸ったのは学生の頃、体育館の裏で先輩たちに混ざって、だったな。
川瀬花子は煙草を吸う連中を毛嫌いしていた。煙草を吸う連中は好き勝手に離席をし、電話がかかってきても突然不在にするものだから、川瀬は嫌な顔をしていた。煙草を吸う連中がずるいと裏で言っていたと聞いたこともある。
喫煙は権利だ。ちゃんと休憩を取りたいのなら別に吸えばいいし、吸わない連中は勝手にしろ。ここは小学校でも学校でもねえんだよ。自分の頭でちゃんと考えろ。煙草なんか吸っていないととてもじゃないが、仕事なんてやっていられない。――ああ。こうして休憩しているはずなのに考えるのは仕事のことばかり。いつもハイで、休憩中もずっとずっと予算のこととか今期の数字が何パーセント達成出来たかそんなことばかりを考えている。堂々巡りだ。
女でもいれば違ったのにな。婚期を逃した俺は裏で一生懸命婚活アプリに登録してアピールしてみるが戦績はゼロ。頭の薄さを誤魔化すべく坊主にしているが写真だけでばれてしまうのか、或いは、仕事しか没頭することのない脳なしの人間ぷりが画面を通して伝わるのか。連絡はゼロ。メールのひとつも来やしない。
そろそろ戻ろう。みんなが黙ってかたかたタイピングをするあの針の筵へと俺は帰っていく。いまの若いやつらは軟弱で電子タバコなんか吸っているがやっぱり男は煙草だ。もくもくと煙をくゆらせると頭の奥がぼうっとして気分がよくなる。煙草臭さが男の勲章。さぁて。はるか昔の元カノに貰ったJIPPOをワイシャツの胸ポケットに仕舞うのが合図だ。終わらせても終わらせても片付かないがれきの山を前にした俺たちは、今日も、デスマーチを続ける。
*
それは確かに事実なのだが、ただ、その際にとんでもなく現場は苦労をする。
俺はただそれを見ているだけ。特に出来ることはなにもない。
うちの会社のここに常駐するチームは、裏でKの軍隊と呼ばれている。毎年一定数の新卒が人柱となり配属され、全員揃って潰れていく。生き残るのは、スキル不足の片岡のような、厚顔無恥で図太い連中ばかり。センスのいいやつは大概、からだが先かこころが先か。IT系は特に鬱の多い業界で今更誰がいつどこで病もうが誰も気にやしないしいつも通り人事が応対するのみ。
川瀬花子は惜しかった。筋のいい若手だった。あくまで彼女自身を評価するならば、優秀なプログラマーではあった。あれほど技術のある若手を手放したことが惜しまれる。
若手は仕事の加減が分からず、自分で背負い込む傾向にある。例に漏れず川瀬花子もそのタイプで、ふたりBPを下につけたところ、見事に潰れた。部下をつけてわずか半年足らずの出来事だった。
ある程度面の皮が厚くないとうちの業界ではやっていけない。どんなに本人が優秀であろうが、ひとを使うことの出来ない連中に、リーダーを名乗る資格はないと俺は考えている。
休職に入った川瀬も、果たしていまの空の色を無事に拝めているだろうか。悪くはない子だった。ただ、正義感が強すぎて、仕事を任せるのが下手すぎるだけだった。彼女自身に罪がないとまでは言いきれないが、上長としてコントロール出来なかった俺にも責任の一部がある。
煙草が染みる。こんな、やけに空が冴え冴えと青く澄み渡った日なんかは、踏みつけられたがれきの下に埋もれたかつての新人たちはいまごろなにをしているやらと、煙草の煙を吹かしながら考えを巡らせる。こういうしんどいときに煙草なんか吸うとやけに染みる。生まれて初めて煙草を吸ったのは学生の頃、体育館の裏で先輩たちに混ざって、だったな。
川瀬花子は煙草を吸う連中を毛嫌いしていた。煙草を吸う連中は好き勝手に離席をし、電話がかかってきても突然不在にするものだから、川瀬は嫌な顔をしていた。煙草を吸う連中がずるいと裏で言っていたと聞いたこともある。
喫煙は権利だ。ちゃんと休憩を取りたいのなら別に吸えばいいし、吸わない連中は勝手にしろ。ここは小学校でも学校でもねえんだよ。自分の頭でちゃんと考えろ。煙草なんか吸っていないととてもじゃないが、仕事なんてやっていられない。――ああ。こうして休憩しているはずなのに考えるのは仕事のことばかり。いつもハイで、休憩中もずっとずっと予算のこととか今期の数字が何パーセント達成出来たかそんなことばかりを考えている。堂々巡りだ。
女でもいれば違ったのにな。婚期を逃した俺は裏で一生懸命婚活アプリに登録してアピールしてみるが戦績はゼロ。頭の薄さを誤魔化すべく坊主にしているが写真だけでばれてしまうのか、或いは、仕事しか没頭することのない脳なしの人間ぷりが画面を通して伝わるのか。連絡はゼロ。メールのひとつも来やしない。
そろそろ戻ろう。みんなが黙ってかたかたタイピングをするあの針の筵へと俺は帰っていく。いまの若いやつらは軟弱で電子タバコなんか吸っているがやっぱり男は煙草だ。もくもくと煙をくゆらせると頭の奥がぼうっとして気分がよくなる。煙草臭さが男の勲章。さぁて。はるか昔の元カノに貰ったJIPPOをワイシャツの胸ポケットに仕舞うのが合図だ。終わらせても終わらせても片付かないがれきの山を前にした俺たちは、今日も、デスマーチを続ける。
*
0
あなたにおすすめの小説
譲れない秘密の溺愛
恋文春奈
恋愛
憧れの的、国宝級にイケメンな一条社長と秘密で付き合っている 社内一人気の氷室先輩が急接近!? 憧れの二人に愛される美波だけど… 「美波…今日充電させて」 「俺だけに愛されて」 一条 朝陽 完全無欠なイケメン×鈴木 美波 無自覚隠れ美女
黒瀬部長は部下を溺愛したい
桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。
人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど!
好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。
部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。
スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。
俺様上司に今宵も激しく求められる。
美凪ましろ
恋愛
鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。
蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。
ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。
「おまえの顔、えっろい」
神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。
――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。
**2026.01.02start~2026.01.17end**
定時で帰りたい私と、残業常習犯の美形部長。秘密の夜食がきっかけで、胃袋も心も掴みました
藤森瑠璃香
恋愛
「お先に失礼しまーす!」がモットーの私、中堅社員の結城志穂。
そんな私の天敵は、仕事の鬼で社内では氷の王子と恐れられる完璧美男子・一条部長だ。
ある夜、忘れ物を取りに戻ったオフィスで、デスクで倒れるように眠る部長を発見してしまう。差し入れた温かいスープを、彼は疲れ切った顔で、でも少しだけ嬉しそうに飲んでくれた。
その日を境に、誰もいないオフィスでの「秘密の夜食」が始まった。
仕事では見せない、少しだけ抜けた素顔、美味しそうにご飯を食べる姿、ふとした時に見せる優しい笑顔。
会社での厳しい上司と、二人きりの時の可愛い人。そのギャップを知ってしまったら、もう、ただの上司だなんて思えない。
これは、美味しいご飯から始まる、少し大人で、甘くて温かいオフィスラブ。
Melty romance 〜甘S彼氏の執着愛〜
yuzu
恋愛
人数合わせで強引に参加させられた合コンに現れたのは、高校生の頃に少しだけ付き合って別れた元カレの佐野充希。適当にその場をやり過ごして帰るつもりだった堀沢真乃は充希に捕まりキスされて……
「オレを好きになるまで離してやんない。」
病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜
来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。
望んでいたわけじゃない。
けれど、逃げられなかった。
生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。
親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。
無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。
それでも――彼だけは違った。
優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。
形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。
これは束縛? それとも、本当の愛?
穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
不埒な一級建築士と一夜を過ごしたら、溺愛が待っていました
入海月子
恋愛
有本瑞希
仕事に燃える設計士 27歳
×
黒瀬諒
飄々として軽い一級建築士 35歳
女たらしと嫌厭していた黒瀬と一緒に働くことになった瑞希。
彼の言動は軽いけど、腕は確かで、真摯な仕事ぶりに惹かれていく。
ある日、同僚のミスが発覚して――。
身代りの花嫁は25歳年上の海軍士官に溺愛される
絵麻
恋愛
桐島花は父が病没後、継母義妹に虐げられて、使用人同然の生活を送っていた。
父の財産も尽きかけた頃、義妹に縁談が舞い込むが継母は花を嫁がせた。
理由は多額の結納金を手に入れるため。
相手は二十五歳も歳上の、海軍の大佐だという。
放り出すように、嫁がされた花を待っていたものは。
地味で冴えないと卑下された日々、花の真の力が時東邸で活かされる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる