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花、派遣で働く(2)
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「……来週から?」
書類選考面接なんて糞くらえ。
「そう。来週から、九時十七時までで働くの。ちゃんと雇用契約も結んだし、面接受けた感じも印象がよかったから多分大丈夫」
なにか言いたそうな表情には無視を貫く。
マキノさんの作ってくれた美味しい肉じゃがを食べて、知らなかったふりを貫くんだ。
「……花の決めたことなら信じるよ。話聞いたり、たまにはご飯作ったり、花のサポートも出来るように僕は努力をするから。安心して」
マキノさんはわたしがいるとちょっとやりにくそうだったからちょうどいい。うん。これでいい。
派遣会社の手腕は見事だった。
いままでの中途採用の面接と違って派遣会社の営業担当者はわたしのことを褒めたたえてくれて、すぐに見つかりますよといって紹介してくださった企業様と翌日には面談をし、早速来週から働くことが決まった。
書類選考面接の通らない日本〇ね。
わたしを落とした企業どもに、復讐をしてやる。ちゃんとわたし、社会の歯車になれる。まだ若いし努力もしてきたんだから、それが実るって信じている。
だから、……あなたにも信じて欲しいのに。
納得のいかなさそうな顔をしているのは何故。
理由は聞かない。自分で決めたことだもの。止めて欲しかったわけじゃない。ただ……出口の見えないトンネルに入り込んだようだった。受けて受けてもお見送りのメールばかりでこころが折れかけていた。そんなときにあのメール。
『川瀬様のご経験やスキルは素晴らしいものです。どの企業様に紹介しても恥ずかしくない経歴です』
先日圧迫まがいの面接を受けただけに、あの言葉が染みた。
でだ。「明日からは通勤の練習をしようと思うの。都内に出るのも久しぶり……だし」
「そうだね。車を一台出すことも可能だけど?」
しないと分かっていてあなたは言っている。「……うん。でも、ちゃんと、周りと同じように平等に、同じ条件で働きたい」
「そっか。応援してる」
「ありがとう」……なんだこのうわべだけの会話は。結婚十年目の夫婦か?
結局その晩もまぐわうことなく眠った。初出勤が四日後に控えている。万全のコンディションで挑みたかった。
*
「川瀬さん。おはようございます。ウメノです」
企業様の前で営業担当のウメノさんが立って待っていてくれていた。ひとりで行くのに比べて心強い。
聞けば、派遣社員の初出社には必ず派遣会社の営業担当が同行してくれるとのこと。ありがたい。
「おはようございます。ウメノさん、朝早くからありがとうございます」こういうビジネストークをするのは久しぶりすぎて。「あの。わたしの格好、変じゃないですかね」
「明日からはもう少し着崩しても問題ありませんよ」恋乃の会社を訪れたときの周囲の視線を思い出した。「スーツで印象が悪い、ということは決してございませんが、実際オフィスで働いてみてその場の雰囲気に合わせて頂ければと。だいたいの企業様が、デニムやタンクトップ以外であればオフィスカジュアルも割と許可されている状況にございます」
そっか。気負い過ぎたか。
ともあれ、いま帰宅する時間はないし、約束の時間があるからどうにもならない。……うーん。もう少しちゃんと聞いておけばよかったな。ハローワークとか、役所とか、提出する書類とか色々とありすぎて。傷病手当金も切り上げることになったし、そこまで頭が回らなかった。
「ご助言ありがとうございます」
「川瀬さまは優秀なかたですので、肩の力を抜いて、自信を持ってくださいね。……それでは参りましょう」
西新宿の一角にあるビルへと入る。エレベーターホールは九時前ということもあってやや混んでおり、そういえば、前の会社もエレベーターが混んでいたな、なんて思い返す。
世間ずれした自分。休養を取っていた自分。
そんな自分でも受け入れてくれた企業様がある……ということに、感謝をして、ちゃんと、しっかりと、働かないと。
営業担当であるウメノさんの案内で七階にあるオフィスへと辿り着く。受付の電話もウメノさんがしてくれた。呼び出し音がしてしばらく経ったのちに、オンライン面接で顔を合わせたタテノさんがやってくる。ジャケットは羽織ってはいるがインナーはラフなTシャツだ。やっぱり自分は気負い過ぎた。
「ああ、こんにちは。ウメノさま、川瀬さん。……じゃあ、この、ビジター用のセキュリティカードをいったんお渡ししますので、これを首から下げていただいて、ぼくに続いて入室ください」
そこからセキュリティカードで施錠された向こうへと入り、ウメノさんも同席のもと、誓約書にサインをする。手早くその手続きを終えたタテノさんは、
「じゃあ、オフィスエリアに移動しようか。では、ウメノさん。ありがとうございました」
「はい。それでは、タテノさま、今後ともどうぞよろしくお願いいたします。……川瀬さん、ファイトです」
小さく拳を握ったウメノさんに励まされ、二手に分かれ、タテノさんに続いてオフィスエリアへと入った。
書類選考面接なんて糞くらえ。
「そう。来週から、九時十七時までで働くの。ちゃんと雇用契約も結んだし、面接受けた感じも印象がよかったから多分大丈夫」
なにか言いたそうな表情には無視を貫く。
マキノさんの作ってくれた美味しい肉じゃがを食べて、知らなかったふりを貫くんだ。
「……花の決めたことなら信じるよ。話聞いたり、たまにはご飯作ったり、花のサポートも出来るように僕は努力をするから。安心して」
マキノさんはわたしがいるとちょっとやりにくそうだったからちょうどいい。うん。これでいい。
派遣会社の手腕は見事だった。
いままでの中途採用の面接と違って派遣会社の営業担当者はわたしのことを褒めたたえてくれて、すぐに見つかりますよといって紹介してくださった企業様と翌日には面談をし、早速来週から働くことが決まった。
書類選考面接の通らない日本〇ね。
わたしを落とした企業どもに、復讐をしてやる。ちゃんとわたし、社会の歯車になれる。まだ若いし努力もしてきたんだから、それが実るって信じている。
だから、……あなたにも信じて欲しいのに。
納得のいかなさそうな顔をしているのは何故。
理由は聞かない。自分で決めたことだもの。止めて欲しかったわけじゃない。ただ……出口の見えないトンネルに入り込んだようだった。受けて受けてもお見送りのメールばかりでこころが折れかけていた。そんなときにあのメール。
『川瀬様のご経験やスキルは素晴らしいものです。どの企業様に紹介しても恥ずかしくない経歴です』
先日圧迫まがいの面接を受けただけに、あの言葉が染みた。
でだ。「明日からは通勤の練習をしようと思うの。都内に出るのも久しぶり……だし」
「そうだね。車を一台出すことも可能だけど?」
しないと分かっていてあなたは言っている。「……うん。でも、ちゃんと、周りと同じように平等に、同じ条件で働きたい」
「そっか。応援してる」
「ありがとう」……なんだこのうわべだけの会話は。結婚十年目の夫婦か?
結局その晩もまぐわうことなく眠った。初出勤が四日後に控えている。万全のコンディションで挑みたかった。
*
「川瀬さん。おはようございます。ウメノです」
企業様の前で営業担当のウメノさんが立って待っていてくれていた。ひとりで行くのに比べて心強い。
聞けば、派遣社員の初出社には必ず派遣会社の営業担当が同行してくれるとのこと。ありがたい。
「おはようございます。ウメノさん、朝早くからありがとうございます」こういうビジネストークをするのは久しぶりすぎて。「あの。わたしの格好、変じゃないですかね」
「明日からはもう少し着崩しても問題ありませんよ」恋乃の会社を訪れたときの周囲の視線を思い出した。「スーツで印象が悪い、ということは決してございませんが、実際オフィスで働いてみてその場の雰囲気に合わせて頂ければと。だいたいの企業様が、デニムやタンクトップ以外であればオフィスカジュアルも割と許可されている状況にございます」
そっか。気負い過ぎたか。
ともあれ、いま帰宅する時間はないし、約束の時間があるからどうにもならない。……うーん。もう少しちゃんと聞いておけばよかったな。ハローワークとか、役所とか、提出する書類とか色々とありすぎて。傷病手当金も切り上げることになったし、そこまで頭が回らなかった。
「ご助言ありがとうございます」
「川瀬さまは優秀なかたですので、肩の力を抜いて、自信を持ってくださいね。……それでは参りましょう」
西新宿の一角にあるビルへと入る。エレベーターホールは九時前ということもあってやや混んでおり、そういえば、前の会社もエレベーターが混んでいたな、なんて思い返す。
世間ずれした自分。休養を取っていた自分。
そんな自分でも受け入れてくれた企業様がある……ということに、感謝をして、ちゃんと、しっかりと、働かないと。
営業担当であるウメノさんの案内で七階にあるオフィスへと辿り着く。受付の電話もウメノさんがしてくれた。呼び出し音がしてしばらく経ったのちに、オンライン面接で顔を合わせたタテノさんがやってくる。ジャケットは羽織ってはいるがインナーはラフなTシャツだ。やっぱり自分は気負い過ぎた。
「ああ、こんにちは。ウメノさま、川瀬さん。……じゃあ、この、ビジター用のセキュリティカードをいったんお渡ししますので、これを首から下げていただいて、ぼくに続いて入室ください」
そこからセキュリティカードで施錠された向こうへと入り、ウメノさんも同席のもと、誓約書にサインをする。手早くその手続きを終えたタテノさんは、
「じゃあ、オフィスエリアに移動しようか。では、ウメノさん。ありがとうございました」
「はい。それでは、タテノさま、今後ともどうぞよろしくお願いいたします。……川瀬さん、ファイトです」
小さく拳を握ったウメノさんに励まされ、二手に分かれ、タテノさんに続いてオフィスエリアへと入った。
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