花に溺れ恋に純情~僕様同期御曹司の愛が私を捕らえて離さない~

美凪ましろ

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花、派遣で働く(3)

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 かたかたとキーボードの打鍵音が響く。……あれ、こんなんだっけ。

 入社してはや一週間。頼まれたExcelの資料はすぐに作り終えてしまい、暇で暇で。

 かといってネットサーフィンなどするわけにはいかないし。仕方ないのでExcelのショートカットキーの一覧表など作ってみる。

 わたしに仕事を割り振るタケノさんは忙しそうで、ただ、数字のちょっとおかしなところはよし他から数字を貰おうと正直……、結構適当な感じで。あれ、わたし、雇われた意味あるのかなってレベルで。

 昼休憩は同じ時期に入社した派遣社員二人と一緒に頂く。……が、片方はバツイチ、もう一人は、バーテンダーを八年続けていて突然事務の仕事を始めたかたで。勿論事務のイロハを知ることなどなく。必然、暇なわたしが彼女に教えることとなる。

 ……あれ、こんなんだっけ。

 テレビドラマの話題や音楽の話題などまったく話が合わず正直に苦痛だ。しかし、なんとなく抜けられないこの空気。

 わたしが知らなかっただけで、世の中に派遣社員はごまんとおり、派遣先の社員の三割が派遣社員の女性だ。交通費が支給されないのでみな、会社の近距離に住み、揃って弁当を食べ、お昼時間は電子レンジの前に列が出来る。この待ち時間がなければもっと有意義に時間を使えるのにともどかしく思う気持ちはあるが、自分はまだぺーぺーなのだ。先輩社員に譲って然るべき。

 電子レンジの温め待ちのあいだも、話を振られたりして曖昧に答える。なんとなく、自分の情報は伏せている。入社して驚いたのは結構、みな、ずけずけとプライベートの事情を聞いてくることだ。住んでいる場所がどこなのかとか、誰かと一緒に住んでいるかとか……。正直、まだ、打ち解けていない相手に、例えば彼氏と同居しているなんて話はしたくない。なので濁しておく。

 一方みなは饒舌で自分のことをぺらぺらと話す。彼氏がいて喧嘩中だったり、ルームメイトを探し中だったり、みな、それぞれに事情を抱えている。新卒で入社したときはみな、四大卒の似たような状況だったけれど、こうして派遣社員になってみると女性同士、さまざまな事情を抱えている。みな独身でおそらく狭い部屋に住んでいる。かつてのわたしみたいに。

 慎ましく、節約・倹約に努め、お菓子代も節約している女性社員相手に、ええ実はセレブと同居しておりまして、なんて、マウント以外の何物でもない。となると、自分のことは伏せるほかなく、必然こころを開く相手が限られる。というより、いない。

 新卒で入った頃は、飲みに誘われるのなんて毎日だったし、一緒に研修を乗り越えた同期とは、頻繁に飲みに行ったし……まぁわたしはこころを開いていなかったから、そんなに喋らず、ただそこにいるだけだったけれど。

 それでも、いまの状況に比べると格段にましだ。

 電話を取ろうものなら、「川瀬さんはそんな仕事をしなくていいですよ」と言われる。他部署の電話が鳴っても出ないでくださいと言われる。

 コピー用紙の補充もしていると、「しなくていいですよ。派遣さんは言われたことだけしてくださいね」と釘をさされる。

 コピー用紙の残りが少なくなってきたので、近くの社員にどうすればいいですかと聞くと、「じゃあ頼んでおきます」と言われる。「じゃあ、定期的に注文をしているのなら、そのやり方を教えていただけますか」と聞くと拒否される。「いや、そんなことは任せられませんよ」と言われる。……え、なに。いままでわたしがしてきたこと全否定?

 気づいたことをやろうとするとすぐ変な空気になる。「そんなことは派遣さんはしなくていいですよ」……、え、なに。なにこの変な空気。

 一方でプロパー正社員は忙しいらしく仕事に追われている気配。他方、派遣社員に過ぎないわたしに仕事が振られることはさほどなく、今日も、明日からなにをしようかと考える日々。Excelの勉強本でも買おうかな。……暇だし。

 他の部署のメンバーもきびきびと働いて電話対応なんかしているさまを見るとますます自分が取り残された気分になる。元バーテンダーの社員も暇そうで、昼休みのたびに、「暇ですね」なんて愚痴を言いあっている。……これでいいのかわたし。

 *

 とはいえ、勤務地が新宿なので気分があがる。

 大都会のビルの一角で働く自分。ドラマに出てくる主人公みたいで気分がいい。

 明日は給料日。楽しみだ。傷病手当金もありがたいけれど、やっぱり、自分で働いて稼ぐほうが気分がいい。恋生に買って貰うのもいいけれど、明日は、自分の給与でお野菜お魚を買って自炊したい。マキノさんにメールしておこう。

 酒屋の前を通ると既にボジョレー・ヌーボーが売られている。もう、そんな季節になったのか。

 年賀状。そうだ、転居届とか出さないと……。会社の手続き等に追われてすっかり、忘れていた。

 店先に並ぶボジョレー・ヌーボーに、名残惜しくも背を向け、くるりと駅方面に向かったときだった。

「――花?」

 聞き違えるはずもない。このひとの声を。

「……花、だよな」

 立ち止まり、振り返る。

 ……ああ、スーツを着こなすビジネスパーソンの姿をしているけれどこのひとは……。

「久しぶりだね。海我かいが。元気してた?」

 こんなところで出会うなんて。

 背が高くて、全体的にひとを寄せ付けない硬派な印象なのに、目元がすこし穏やかで。愛おしいときは目を細めるこのひとの目の動き。

 昔のまんまで……胸が詰まる。

「おう。……おまえは? なに、仕事帰り?」

 今日も恋生は会食だと言っていた。

「こんなところで会うのもなんかの縁だな。ちょっとそこで飯でも食ってくか」

 かつて、同じ学び舎で、ともに過ごしたかつての仲間とこの東京界隈で再会する確率はどのくらい?

 そう思うと、……すこしくらい、一緒にご飯を食べるくらいならいいかなと、そう思ったのだった。
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