触覚

国沢柊青

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| 第11章 |


 香倉の乗ってきた車に櫻井を乗せると、櫻井の身体はまだ小刻みに震えていた。
 無理もない。
 自分の父親があろうことか剥製にされ、おもちゃのように飾られていたのだから。しかも、それをしたのはおそらく、実の姉だなんて。
 ── 普通の人間なら、完全に精神がイカれちまってもおかしくはない・・・。
 吉岡家の惨劇を目の当たりにしたのに引き続き、今度はこれだ。さすがの香倉も、櫻井に何と声をかけていいか、わからなかった。
 香倉は小刻みに震える櫻井の手をそっと持ち上げた。
 その手は、壁に何度も叩きつけたせいで少し皮膚が裂けている。 
「一先ず、その傷を手当てしてもらおう。それに、お前、そっちの傷の包帯も替えてもらってないんだろう?」
 香倉が声をかけると、櫻井が香倉を見た。
 真っ青な顔色をしていた。
 口が戦慄くだけで、言葉が出てこなかった。
「答えなくていい」
 香倉は櫻井を軽く抱き締めると、頭をポンポンと叩き、その額に軽く口付けた。
 櫻井の震えが、幾分収まる。
 香倉は車の時計を見て、軽く溜息をついた。 
「今の時間だったら、もう開いてるかな」
 香倉はそう呟いて、車をスタートさせた。


 香倉は、夜の繁華街を潜り抜け、街の外れにある古びた木造二階建ての医院の駐車場に車を停めた。 
「ここは・・・」
 櫻井は、車の中から明治時代の建築様式を連想させる古風な建物を見上げた。救急病院でもないのに、こんな時間電気が灯っている。 
「夜なのに・・・」
 櫻井がそう呟くと、「院長が変わり者なんだ」と言いながら、香倉は車を降りた。助手席のドアを開ける。
「おい、出られるか」
「はい・・・」
 戸口には、小さな看板に『小日向医院』と書かれてあった。
 櫻井は看板に目をやりながら、香倉の後について病院の扉を潜った。
 病院内は静かだった。
 ホステス風の女と廊下ですれ違った。
 女は香倉の顔見て驚いたような表情を見せた。
 女のその表情を見て、ああと櫻井は思った。
 目の前を行く香倉の広い背中を見つめる。
 この男は、少し前まで夜の世界を裏で牛耳っていた男だったのだ。そんな男が、今自分を一番気遣ってくれていることが不思議に思えた。
 香倉が診察室のドアをノックする。 
「ちょっと、いいか」
 間があって「どうぞ」と返事があった。なぜか香倉によく似た声だと思った。
 香倉が診察室のドアを開け、櫻井を返り見る。香倉の目が、「中に入れ」と言っていた。
 櫻井は、素直に中に入る。
 そこにいた白衣の男の姿を見て、思わず隣に立つ香倉に目をやった。見比べてしまう。 
 背格好といい、その落ち着いた表情といい、町医者は香倉によく似ていた。
 銀縁眼鏡をかけたポーカーフェイスの医者は、医者というより敏腕な弁護士のように見える。こんな古ぼけた病院に収まっているような男には見えない。
「香倉さん・・・・」
 驚きを隠しもせず櫻井が香倉を見上げると、「兄だ」と一言香倉は言った。
「君が患者さんだね。さぁ、ここへお座りなさい」
 櫻井に掛けられた声は、意外に優しげだった。
 櫻井は、医者の前の椅子に腰掛けると、両手を差し出した。
「右腕の包帯も替えてやってくれ」
 背後から香倉の声が診療室に響く。
 医者はちらりと櫻井の顔を伺うと、彼のジャケットを脱がして、シャツの腕をまくった。内部から滲み出た液体で少し汚れている。
 町医者は、鼻で溜息をついた。
 町医者は手早く両手の傷の手当てを済ませると、腕の包帯を取り、少し顔を顰めた。
「一体どんなところで縫合されたのかな? 傷が開きかけている。痛かったろう」
「・・・・わかりませんでした」
 町医者の手が少し止まる。
 今度は櫻井の背後の香倉を少し見て、再び消毒液を浸した脱脂綿を傷口に押し付けた。 
「再び縫い合わせるだなんてことはできないから、こんなことぐらいしかできないが。ないよりはましでしょう」
 町医者は傷を固定する強力な医療テープで縫合跡をサポートすると、丁寧に包帯を巻き直してくれた。 
「ありがとうございます・・・」
 俯き加減でそう言う櫻井の顔を覗き込んで、町医者は言った。 
「礼には及ばないよ。患者あっての医者だからね。君のような人がいてくれないと、私も困る」
 櫻井は、ハッとして顔を上げた。
 兄弟だからだろうか。言うこともどことなく似ている。
「君には休息が必要のようだ。上の病室で休んでいくといい。うちのベッドは他の病院よりも広めで患者にも寝心地がいいと評判でね。幸い他に誰もいないから、ゆっくり眠れるはずだ。案内しよう」 
 香倉を診療室において、町医者と櫻井は二階に消えていった。
 その間に香倉は、懐の携帯電話を探って、馴染みのナンバーを押した。もしもの時を考えて、携帯のメモリーに警察関係のナンバーは一切登録してない。
 香倉は、迷わず榊の携帯に電話をかけた。
 ツーコール目で榊が出る。 
「香倉です」
『おう。なんだ。わかったか』 
「はい、大よそのところ・・・。原因は、汚い金の使い方を間違った、というところです。詳しい報告は後程行います。ただ、今回の件の裏に、潮ヶ丘管内で発生している連続殺人事件のホンボシが絡んでいそうです」
 少しの沈黙の後、榊の笑い声が聞こえてきた。ひどいダミ声で、聞いている方の背筋が薄ら寒くなる。
『お前はつくづく飽きさせないヤツだ。それで? そのホンボシとやらは押えやがったのかよ』
「それが、ホシは留守で。部屋の様子からして、ひょっとしたらもう逃げているのかもしれません。だが隠し部屋から、大石が追っている男らしき遺体を発見しました。ただし、こちらも言ってしまえば不法侵入ですから、正式筋では報告できません」
 再び榊の笑い声がする。
『それで素直に直接電話をかけてきやがったのか。そう言う時だけお前は可愛い真似をする』
 香倉は鼻で笑った。「それがたまらないんでしょうが」と切り返すと、『そうともよ』という返事が返ってきた。 
『まぁ、議員の金の件は、お前の報告を待って篠塚のチームに任せよう。それから、例の殺人事件の話だが』
「はい」
『潮ヶ丘署の刑事が起した騒ぎも絡んでいるんだろう。自分の子どもをかみさんの腹から引きずり出したっていう、アレ』 
「そうです」
『大石がおもしろいことをやらかしたぞ』 
「え?」
 香倉は、受話器を耳に押し付けた。
「どういうことですか」
『まさか、アイツにあんな度胸があるとは思わなかった。ひょっとして、潮ヶ丘署の高橋に感化でもされたかな。── あいつ、上の許可も取らず、騒ぎを起した刑事の身柄を勝手に他へ移した。お前もよくご存知の坂出メンタルクリニックにだ』
 それを聞いた香倉は、長い長い息を吐いた。
 香倉にとっても、大石のその行動は驚きに値した。
『お前の同期の中じゃ一番の出世頭が、これでどうなるかわからんな。これからのヤツの動きは、見ものだぞ。何か一発やらかすかもしれん』
 と言って笑う榊に、「茶化さないでください」と香倉が冷たい恫喝をした。
 今は裏の世界に身を置くようになった香倉だが、元は幹部候補生だった。大石の行動がどういう意味を持つのか、骨身に染みてわかっている。
 だが榊は、食えない笑い声をそのままに、こう締めくくった。
『さすがのお前も、友達のことになると情が湧くか。へたな助け舟を出すと、お前自体が潰れるぞ。よく考えることだ』
 一方的に切られた電話の画面をしばし見つめ、香倉は二、三度うろうろと歩いた。
 そして入口近くの壁に凭れかかると、両手で顔を擦って溜息をついた。
 しばらく間があって、再び町医者が診察室に戻ってくる。
  町医者はドアから入ってくるなり、「で、お前の唇の傷は大丈夫なのか? 手当てをしなくて」と言った。
 香倉は、今まですっかり傷のことなど忘れていたので、思わず口元に手をやる。
「久々に殴られでもしたのかね」
 香倉の兄、小日向は、デスクに腰掛けてカルテを手元に引き寄せると、胸のポケットから万年筆を取り出した。香倉は、その嫌味とも取れそうな台詞に肩を竦めて見せる。
「ちょっと噛んだんだ。大したことはない。それより、兄さん・・・」 
  壁に凭れ立ったままの香倉は訊いた。
「アイツ・・・。どう、思う」
「ん? そうだな・・・」
 町医者は、カルテに医学用語を書き込みながらも溜息をついた。ふとその手を止めて、宙を見つめる。
「危うい人だな。彼は」
「危うい?」
 弟がそう訊き返すと、小日向は少し笑みを浮かべた。寂しい笑みを。
「昔のお前に、とてもよく似ている」
 その台詞に、今度は香倉が笑う番だった。
「それを今になって言うかな・・・」
 小日向が香倉を振り返る。穏やかな微笑を浮かべながら。 
「すまない。タブーだったかな。これは」
「それは俺の、というより、兄さんの、と言った方がいいんじゃないか」
「そうだな」
 小日向はそう呟いて、少し唇を舐めた。肩を竦める。 
「だが、私に取ってはもう、随分昔のことだ。お前にとっても。だからこうして今、向き合っていられる」
 香倉は、俯いて二、三度頷く。 
「大丈夫だろうか? あいつは」
 香倉の呟きに、小日向はクイッと眉を引き上げた。 
「珍しい。そんな弱気なお前は」
「そんなんじゃない・・・」
 思わず視線を逸らせた香倉に、兄は言う。
「彼に一体何があったかはわからないが。彼は今、必死にこの世にしがみ付いているように見えるよ。それも小指の先一本で。本人は気づいていないようだが、一歩間違えば、彼の精神はこの世に留まれなくなるだろう。もっとも、私は井手女史ではないから専門的なことは言えないが。── お前も知っての通り、ここにはたくさん傷ついた人がやってくる。彼らは、身体と同じように心にも傷を持っている。私は、そんな人達をたくさん見てきた。本当に、たくさんね。そんな経験があるからこそ思うんだ。彼はとても静かだけれども、同時に身体の中で嵐と戦っているとね。あの静けさが逆に不気味だ。・・・で、お前は、どうするつもりなんだ?」
 香倉が顔を上げる。
 穏やかだが厳しい兄の瞳とぶつかった。
 小日向が、まっすぐ弟の目を見つめたまま、こう続ける。
「人に手を差し伸べるということは、その人の傷をも一緒に背負い込むということだ。その覚悟ができない限り、人を本当に救うことなんてできない。中途半端な気持ちで助け舟を出そうものなら、互いのためにならないだろう。果たして彼は、お前の人生をかけてまで救わねばならない人なのかな? 人生のギリギリを何とか生きている彼に手を差し伸べることとは、つまりそういうことだ。彼を救ったとして、お前の何が癒される? よく考えることだ」
 香倉の背中がぞくりとした。それは、つい先ほど電話で榊に言われたばかりのことだったからだ。
 だが、幼い頃からの香倉の傷を知っている人間の口から出た言葉は、榊に言われた時のように簡単にやり過ごすことなんてできない。
 香倉は、何も答えず診療室を出た。


 櫻井はベッドの上に座り込んで、傷にまみれた己の手を見つめていた。
 香倉の兄だという町医者にはゆっくり休んだ方がいいと言われたが、目を閉じることができなかった。
 目を閉じてしまうと、父のあの何も映していないガラス球の瞳が浮かび上がってくる。
 ああ、何と言うことだろう。
 事件の主犯は、父ではなかった。
 幼い頃、あんなに慕っていた姉だったとは。
 では、写真の裏に書いてあった『助けて』には、どういう意味が込められていたというのか。
 今回の殺人事件の犯人役である中谷と橘両名と接触したクラブで撮影された写真。当然そこに警察の手が及ぶとわかって、敢えて書き記したのだろう。
 自分がすべての悪夢の根源だというのに、なぜ助けを求める必要があるのか。果たしてそれは、自分の行いを止めて欲しいという意味なのか。
『助けて』
『私のことがわかる?』
 それがもし、自分に対する救いを求めるメッセージだとしたら。
 自分はどうすればいいのだろう。
 あんなに慕っていた姉を思い浮かべればいいのか。それとも、罪のない人々を死に追いやり、関係のない人間の人生を破壊したばかりか、吉岡の家族の幸せをも奪った憎むべき悪魔を思い浮かべればいいのか。
 一度にいろんなことがあり過ぎて、気が狂いそうだ。
 悲しみが傷から滲み出て、震えが止らない。
 最後唯一信じていたものに裏切られた。
 姉のためにも、清廉潔白でいようと生きてきた自分の人生はなんだったのか。
 もう誰も信じられない。
 これでも、本当に勝機があるといえるのか? 
 ふと、病室の前に人の気配がした。
 緑青色の古い木製の扉にはめ込んである擦りガラスに、影が映っている。
 おそらく、香倉だろう。
 不思議なことに影は、病室の前で行ったり来たりを繰り返していた。
 香倉の存在が凄く遠いものに感じて、櫻井の胸は押しつぶされそうになった。孤独感に魂が吸い取られていく感覚。
 ── もう、ダメかもしれない。
 そうぼんやりと思った時。
 扉が開いた。
 ゆっくりと顔を上げると、やはり香倉がいた。 
「やっぱり眠れないか」
 いつもの香倉だった。
 櫻井は、思わず香倉に向かって手を伸ばしていた。
 それは無意識の行動で、自分の視界の先でぼやける自分の手を見て、むしろ驚いた。
 身体は、こんなにも自然にこの人のことを求めているのか、と。
 さすがに自分のことながら可哀想でならなかった。
 一方で、こう思う。
 それほど、“生きて”いたいのか、と。
 香倉は、静かに歩み寄ってきて、ベッドの傍らに腰掛けた。そんな香倉に、櫻井は言う。
「勝機は・・・勝機はまだあるんですか? この俺に、勝機は・・・」
 櫻井は、白い掛け布団の上の香倉の手を掴んだ。 
「お願いです! 言ってください! 嘘でもいい。まだ勝機はあるって!」
 ゆっくりと香倉の手が握り返される。そして空いた方の香倉の手が、櫻井の顔を上に向けさせた。
「嘘じゃないさ。勝機はまだある。勝負は終わってはいない。お前には、俺がついてる」
「香倉さん!」
 櫻井は香倉にしがみ付いた。香倉が、子どもをあやすようにポンポンと櫻井の頭を叩く。
「安心して眠れ。明日から、否が応でも戦場になる」 
 香倉は、櫻井の身体を引き放して両肩を掴むと、真っ直ぐに櫻井を見つめた。
「こうなれば、後には引けない。お前も、俺も」
 櫻井の目から、涙が零れる。
 その涙を、香倉は指で拭った。 
「だから、ちゃんと寝とけ。少しの時間でもいいから。なんなら、兄から薬を貰ってくるが」
 櫻井は緩く首を振る。
「薬は・・・嫌です。腕を傷つけた時に鎮静剤を打たれて・・・。ああいうのは、もうごめんです」
「しかし・・・」
「いいんです。少しくらい寝なくったって平気です」
 そう言った後歯を食いしばる櫻井を見つめて、香倉は胸の奥がズキリと痛んだ。
 その手の言葉は、所詮やせ我慢である。
 その裏に、悲鳴を上げている心がいることを香倉は知っていた。かつて自分がそうであったように。
「俺が、眠らせてやろうか」
 香倉は一言言った。
 櫻井が香倉を見る。
「お前が、もしよかったら」
 しばらくの間、互いに一言も言わず、ただ見つめあった。
 薄暗い部屋の中では、互いの瞳は真っ黒で何も映っていない。
 息が詰まりそうな沈黙。 
 その沈黙を破ったのは、櫻井だった。
「はい。お願いします」
 香倉の眉が潜められる。
「お前、本当に意味がわかっているのか?」
 香倉はそう言うと、櫻井をベッドに押し倒した。
「こういう意味だぞ」
 上から、塞ぎこむように櫻井を見た。
 櫻井は、少しだけ目を伏せると呟いた。 
「こんな自分でよければ・・・。傷だらけで、みっともないのですが・・・」
 そして櫻井は、真っ直ぐ香倉を見る。
「香倉さんに繋ぎとめてもらいたいんです。そうでないと、今にも壊れてしまいそうなんだ・・・!」 
 必死な瞳。生き残りたいという叫びが込められた痛い瞳。
「櫻井・・・」
 香倉は、櫻井の唇を塞いだ。
 それは甘く切ない口付け。
 香倉は櫻井の舌に自分のを絡ませながら、櫻井のシャツの裾をスラックスから引き出して、中に手を滑り込ませた。
 滑らかな肌。櫻井が吐息をつく度、腹筋が微妙に震える。
「香倉さん・・・」
 間近でないと聞き取れないほどの囁き。
 すっきりと切り揃えられたこめかみに舌を這わすと、香倉の背中に回された手が、香倉のジャケットをくっと掴んだ。
 香倉は身体を起こすと、櫻井のシャツを彼の身体から剥ぎ取った。その下のベルトに手をかけると香倉は言った。
「・・・櫻井、少し腰を浮かせてくれ」
 櫻井は、香倉から視線を外すと、頬を少し赤らめながら腰を浮かした。下着と靴下ごとスラックスを抜き取る。
 薄暗い光の中浮かび上がる櫻井の身体は、夕べ風呂場で見た時とは幾分違って見えた。香倉自身、昂奮しているせいだからだろうか。
 小柄だが、鍛えぬかれた身体だった。実務的な筋肉がびっしりとついている。
 完全に勃起したペニスを見られるのが恥ずかしいのだろうか、櫻井が身体を捻ってそこを隠す。そのため、きれいな背中のラインが現れた。
 腰から背中にかけては細くシャープな線を描いていたが、決して頼りなくはなく、むしろ小気味よく締まった筋肉の陰が美しい。
 浅黒い肌はしっとりとしていて、実に滑らかだった。そのすべすべとした触り心地は、外見がシャープなだけに意外に感じる。
 右腕に巻かれた真っ白い包帯が、唯一彼が身にまとっているものだ。香倉は不謹慎だと思いながらも、ひどくそれがエロティックに思えた。
 香倉も素早く服を脱ぐ。
 香倉とて日々鍛えてきているだけあって逞しい。
 大柄ながらも、よく引き締まった身体だった。いざとなったらバネの効いた素早い動きができる筋肉だ。太ももが発達していて、どこかダンサーの筋肉のつき方を連想させる。
 香倉が櫻井に身体を重ねると、櫻井がほっと溜息をついた。
「・・・温かい・・・」
「そうか?」
 櫻井は、男にしては体温が低い。怪我のせいで血が多く流れ出したせいかもしれない。
 櫻井は、香倉の身体の下から彼の身体を見上げて呟いた。
「きれいだ・・・」
 香倉は櫻井の視線を追って、ああと思った。
 刺青だ。
 日本のものと違い、華奢な線画で彩られた刺青である。深紅の羽を広げる朱雀。羽の裾に濃紺の細かな模様が散りばめられて美しい。香倉の右の胸板から右腕の上腕にかけて、まるで今にも飛び立ちそうなほど生き生きと描かれている。
 櫻井の伸ばされた手が刺青に触れる前に、躊躇うように拳を握った。その様子を見て、香倉が少し笑う。
「お前の好きなように、好きなところを触っていいんだぞ」
 香倉は櫻井の手を掴むと、刺青へと誘った。
 櫻井の手が、おずおずと刺青に触れる。
「・・・ざらざらしてる・・・」
「彫ってるからな。一応」
 香倉が笑う。それにつられて櫻井も少し微笑んだ。
「痛かった?」
「そりゃな。二、三日熱が出た」
「そうなんですか・・・」
 香倉は、櫻井の首筋に顔を埋めながら囁いた。
「お前は墨入れるなよ」
「え?」
「肌がもったいない・・・。これ以上傷作るな」
 今度こそ、櫻井がはっきりと笑う。
「自分は警官です。刺青なんか、いれたら大変です」
「その台詞を、俺を目の前にして言うか?」
 香倉も笑う。
 互いに笑いながら、口付けを交わした。
 互いの魂が温められていくような感覚。互いに失ってきた何かが、埋まっていくような。
 口付けを交わす間中、香倉は櫻井の全身をマッサージするように愛撫の手を這わせた。
 どこが櫻井の「イイ」ところなのか探る。
 以前無理やり身体を奪った時にも感じたことだが、櫻井はひどく敏感な身体の持ち主だった。これでよく数多くの怪我に堪えられてきたものだと思うくらいに。
 まだ柔らかい乳首を親指の腹で転がして、ふいにきつく摘むと香倉のキスを逃れ、「あ!」と小さな声を上げた。
「お前、少し痛いくらいが感じるんだな・・・」
 香倉がそう囁くと、櫻井は顔を真っ赤にして「そんなことはありません」と言った。だが、香倉の腹に当たっている櫻井のペニスは、香倉が乳首を軽くつねる度にビクビクと震えた。
 香倉は、櫻井の身体を裏返す。
 香倉が心底美しいと思った櫻井の背中。
 真っ直ぐ伸びた背筋にゆっくりと手を這わすと、櫻井は猫のように背筋を伸ばした。
 再度舌で背筋を辿る。はぁと櫻井が大きく息を吐いた。
 丸く締まった尻を掴み上げ、口付けると、恥ずかしいのか腰を左右に振った。だが、よく感じているのがわかる。はちきれんばかりのペニスの先から、透明の液体が滴っていた。
「・・・こんなの信じられない・・・」
 今にも泣き出しそうな櫻井の声。枕に顔を押し付けているせいで、くごもっている。
 足の先まで舌を這わせ、膝の裏に口付けの跡を残すと、ぴくりと櫻井の身体が跳ねた。
 吐息を吐きつつも唇を噛み締め、恥ずかしい声を押し殺している。
 櫻井が腰を動かす度に太ももの間から垣間見えるペニスはヒクヒクと揺れていて、櫻井の右手がそれに触れようとしていた。
 だが、香倉にその様子を見られているとわかった櫻井は、羞恥心のせいかその手を下ろし、シーツを掴んでしまう。
 香倉は少し苦笑いして身体を起こすと、櫻井の右手を掴んで、彼の手ごとペニスを握りこんだ。
「あっ?!」
 俯いた顔を横に向けて、櫻井の目が見開かれた。
 香倉は櫻井の背に自分の胸を添わせながら呟く。
「我慢するな・・・。ここ擦りたいんだろう?」
 櫻井の顔が耳まで真っ赤になる。
「自分ではしないのか?」
「・・・自分でしようとしても・・・気分悪くなるんです・・・」
 そう言われて香倉はようやく思い出した。
 そうだった。櫻井には、それがある。
「じゃ、お前、今気分悪いんじゃないのか?」
 香倉が櫻井の顔をマジマジと覗き込むと、櫻井は再び顔を枕に埋めた。
「 ── ぜか香倉さんとこんなことをしている時は、気分悪くならないんです・・・。理由は分かりません・・・」
 こもった声だが、はっきりとそう言う。
 理由はともあれ、そうであればやめることはない。
 香倉は、櫻井の手を握りこんだまま、櫻井のペニスを扱いた。櫻井が身体を震わせる。
「自分で擦ってみろ・・・」
 櫻井の頭が、横に振られる。
「いいから、擦ってみろよ。・・・ほら、俺はもうやめるぞ」
 櫻井が恨めしそうな目で見上げてくる。
「自分でもできるようにならないと、お前、身体悪くするぞ。ほら」
 櫻井が固く目を瞑る。そしておずおずと手を動かし始めた。
「自分が気持ちいいと思ったところを触ってみろ・・・」
 まだどこか初々しさが残るペニスの先を櫻井の親指が撫でる。
「・・・ん・・・」
 櫻井の鼻が緩く鳴る。
 香倉は、櫻井の手を離して腰の奥に手を這わせる。櫻井の固く閉じたアヌスに親指で触れる。
「あぁ! か、香倉さん・・・!」
 焦った声を上げ、櫻井が香倉を見た。
 香倉は表情を変えず、「いいから、続けろ」と言った。「ここで終わりにはしたくないだろ?」と。
 櫻井は観念したように、再び顔を枕に埋めると、再び自分のペニスを扱く手を動かし始める。
「・・・ん・・・あ・・・あぁ・・・あ・・・」
 甘い声がようやく洩れてくる。
 日頃頑ななまでにストイックな櫻井が、四つん這いになり、腰を上げ、自分でいきり勃った性器を慰めながらアヌスを愛撫され悶える様は、想像を絶するほどの色香がある。
 香倉は自分の股間に軽い痛みを感じながらも、櫻井のアヌスに舌を這わせた。
「あぅっ! ああ・・・」
 櫻井の喘ぎ声を聞きながら、香倉はゆっくりとそこを解し、中指を挿入する。
「んん・・・何・・・? なんか、中に・・・」
「俺の指だ。・・・痛いか?」
 櫻井の首が横に振れる。
 香倉はその仕草に安心して、唾液に濡れるそこに突っ込んだ指を優しく出し入れした。
 くちゅくちゅと小さな音がする。
 香倉が櫻井の腰の奥の“イイ”ところを探り出すと、櫻井は「ああ!」と一際大きな声を上げた。彼の手が掴むペニスは、彼が出す透明な液で濡れ光っている。
 「手が止ってるぜ」と香倉が釘を刺すと、またゆるゆると手を動かし始めた。
「・・・あぁ・・・。いやだ・・・」
 そう言う櫻井の左手を取り、香倉はその手を彼の腰に導いた。
 その人差し指を取って、自分の中指に添わせ、櫻井の指ごと中に押し込む。
「んぁぁ・・・!」
 快感に朦朧となっている櫻井は、抵抗を見せず、素直に自分のアナルに指を埋め込んだ。香倉は、彼の指先を“イイ”ところに導いた。
「ここがお前の一番感じるところだ・・・」
「はっ、ん・・・あぁ!」
 香倉の指の動きに合わせて、櫻井の指が動く。
 香倉は、アヌスに入れる指をもう一本増やすと、濡れた櫻井の右手ごとペニスを掴み、激しく扱いた。
「か・・・香倉さん!・・・あぁっ! 痛い・・・」
「痛いか?」
 さすがに初めてで三本はきつかったかな・・・と櫻井の顔を伺うと、快感に浮かされ目尻の端を赤く染め熱い息を吐いていた。
 アヌスは切れていない。それどころか、痛みを訴えた後に更にペニスが熱く脈打ったところをみると、“感じて”いるらしい。やはり少し痛い方が感じやすい身体なのだ。
「・・・大丈夫だな、櫻井・・・。そう言ってくれ」
 櫻井がうっすら目を開けて、香倉を見る。
「本当に嫌ならやめる」
 櫻井は、少し香倉を見つめまた瞳を閉じると、アヌスに入れた自分の指をくちゅくちゅと少し動かした。「んぁ・・・」と喘ぎを洩らす。
 その表情にほっとした香倉は、再び激しくペニスを扱いた。大きく櫻井が喘ぐ。
「あぁ! あっ! もう! 香倉さん、もう! シーツが・・・。汚してしまう!」
 香倉は少し笑った。
 ── こんな時にシーツを気にするヤツがあるか。
「シーツならもうとっくにぐちょぐちょだよ。イッちまえ、思いっきり」
「ああぁ!!」
 香倉が、ペニスの先を引っかいたのと同時に、櫻井はシーツに向かって白い飛沫を勢いよく数回飛ばした。
 櫻井の腰ががくりと落ちる。
 櫻井はアヌスから指を抜くとシーツを握り締めて、はぁはぁと喘いだ。
 香倉がその櫻井の身体を仰向けにして、ペニスをグッグッと擦ると、尿道に残った残滓がポタポタと櫻井の腹に落ちた。柔らかい下腹部の皮膚がピクピクと震える。
 額に張り付いた前髪を掻き上げてやると、櫻井が目を開いた。その瞳は熱く潤んでいる。
「気分悪くないか?」
 精液に濡れる櫻井の下腹部を撫でながら香倉が訊くと、「いいえ・・・。でも頭がクラクラします・・・」と掠れた声で答えてきた。
 そうしてじっと香倉の顔を見上げてくる。
 彼は何を思ったのか、ぽろりと涙を零した。
「どうした? やはり気分が・・・」
 そういう香倉の首筋に腕を回し、香倉の身体にしがみ付きながら櫻井が言う。
「── 前みたいに、俺だけなんていうのは嫌だ・・・」
「ごめん」
 思わず反射的に香倉は謝っていた。こんなことは初めてだ。
 過去、数々の女や男と身体を併せてきたが、こんなに相手を大切に扱わなければと感じたことはない。
「これ、お前の中に挿れていいか?」
 自分の猛ったそこを櫻井の太ももに押し付ける。
「お前を、俺のものにしていい?本当に?」
「・・・嫌だな、香倉さん。香倉さんは俺に、恥ずかしい質問ばかりする」
 櫻井が香倉の胸元に顔を押し付け、香倉の視線を避けながら、細々と返してきた。
 香倉は微笑む。櫻井の額に自分の額を合わせて囁く。
「お前に俺のことが欲しいと言わせたい。普段きちんとしているお前だから、余計に言わせてみたくなる。たまらなく俺が欲しいって・・・ダメか?」
 櫻井の方から、軽い口付けをされる。
「香倉さんが欲しい・・・。凄く・・・。痛くても平気だ・・・」
 香倉が微笑む。
 今まで彼が見せたことがないような、少年っぽい笑顔だった。
 香倉の指が、もう一度櫻井のアヌスを探る。そこはまだ、柔らかく香倉の指を咥え込んだ。
「挿れるぞ・・・身体の力を抜いてろ・・・」
 香倉のペニスの先がグッと入れられる。
 櫻井の眉が顰められ、彼は唇を噛んだ。
「ダメだ。噛むな。切れる。声を出した方が楽だぞ」
 そう言いながら、先端の部分を奥に進める。
 先のくびれまで通ってしまえば、後は楽だ。
「あっ、あぁ!!」
 最奥まで香倉が身体を進めると、櫻井は柔軟な背筋を逸らせた。ぴくぴくと身体が痙攣する。
「触ってみろ・・・。奥まで入ってる・・・」
 櫻井の手を繋がっている部分に這わせると、櫻井の瞳が再び潤んだ。その火照った頬を優しく撫でながら、香倉は囁く。
「お前は一人じゃない・・・。俺が支えてやる・・・」
 櫻井が、香倉の首筋にしがみ付いてくる。
 彼はかすかに、香倉の名前を数回呟いた。
 身体を密着させると、互いの心臓が驚くほど近い距離で脈打っているのがわかる。
 二つ分の鼓動。二つ分の生命。
「凄く・・・香倉さんの身体・・・熱い・・・」
 うわ言のように櫻井が呟く。
 香倉は軽いキスを繰り返しながら「お前の方が熱く感じるよ・・・。きつくて、少し、痛い・・・」と返した。
 香倉とて、ペニスをぎゅうっと締め付けられる痛みを覚えていた。さすがにきつい。だが、幸いなことに櫻井のそこは切れていなかった。
 香倉が、ゆっくりと腰を動かす。「は、あぁ!」と櫻井の声が洩れた。
 萎縮した櫻井のペニスを優しく扱いてやると、すぐに脈打ち始める。
「う・・・、あっ、あ、んん、あ・・・」
 櫻井の口から洩れる声にも艶が増してくる。
 香倉が、ペニスを愛撫する手を離しても、そこは萎えなかった。
「櫻井・・・感じてるか・・・?」
 先ほど指で探り当てた場所に向かってペニスを突き入れながら香倉が訊くと、「腰の奥が・・・じんわりする・・・あ・・・あっ、嫌だ・・・身体が・・・」と泣き出した。
 香倉が口付けをすると、縋るように応えて来る。
「香倉さん・・・、本当に、身体の奥が変です、俺・・・。なんか・・・んあぁ!」
 悲鳴のように上ずった声。
 香倉は自分の下腹部が濡れるのを感じて視線を下ろすと、櫻井の勃起したペニスの先から、液が零れ出ていた。白いものが混じっている。先ほどの残滓だろうか・・・と香倉は思ったが、残滓は先ほど全て搾り出している。その量から見ても、新たな精液だった。
 香倉がアヌスを突く度に、トクントクンと流れ落ちていく。
 ── イキっぱなしになっちまったか・・・。
 香倉が動きを止める。
 これでは櫻井も辛いだろうと思った。
 繋がったまま、何度も髪を撫でてやる。櫻井は、涙を零しながらはぁはぁと呼吸を整えた。
「・・・落ち着いたか?」
 しばらくそのままでいた後香倉が問うと、櫻井が目を開けた。コクリと頷く。
「もう一回イケるか?」
 コクリと頷く。
 再び香倉は腰を動かした。今度は、適度に性感帯を外しながら優しく突き上げる。
「・・・あ・・・あぁ・・・・ん・・・」
 次第に動きを強める。同時に、ペニスを扱き上げた。
 櫻井のバネの強い足が、空を蹴り上げる。
 香倉は櫻井の左足を捕らえると、自分の肩にかけ高く翳し、内股に舌を這わした。
「うぁ・・・っ!」
 急にそこを締め付けられて、思わず香倉の口から声が洩れる。
 かすかに櫻井が瞼を開いて香倉を見た。
 その熱に潤んだ蕩けそうな瞳・・・。
 香倉は顔を顰める。
 香倉は櫻井の首筋に顔を埋めると、「んん・・・・」と歯を食いしばった。
 香倉のペニスが、櫻井の中で一際大きくなり跳ねる。
「ああ!」
 身体の奥に熱い飛沫を感じた櫻井もまた、深い快感に意識を躍らせていた。
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