レジェンド・オブ・ダーク 遼州司法局異聞

橋本 直

文字の大きさ
267 / 1,557
第6章 日常

飲みすぎた朝

しおりを挟む
 まず、誠が最初に感じた感覚は頭の頂点に激しい痛みがあるということ。そのまま目を開けずにその場所をさする。確かに大きなこぶができていた。そして次に自分の布団の隣でなにやら争うような物音がしていると言うことを感じた。すぐに意識を取り戻した誠はその音の主を見つめた。そこにはエメラルドグリーンの透き通るような髪が揺れていた。

「あの、カウラさん?それと……」 

「ああ、目が覚めたのか」 

 かなめはそう言うと腕をカウラの首に巻きつけて締め上げ始めた。

「何やってるんですか!」 

 思わずそう言うと飛び起きた誠はかなめの腕を引き剥がそうとした。だが、その独特の人工皮膚の筋の入った強力な人口筋肉は誠がどうにかできるものではなかった。しばらくカウラを締め上げた後、満足したとでも言うようにかなめは手を放した。

「この女が昨日ずっとお前の部屋にいやがったからな。制裁を加えていたんだ」 

 黙って咳き込むカウラを見ながらかなめは悪びれもせずに答える。確かにこの司法局下士官寮に誠の護衛と言うことで同居を始めたカウラ、かなめ、アイシャの三人はできるだけ他の部屋に入らないようにと寮長の島田が説明しているところに誠も同席していた。そのことを盾に不法侵入を繰り返すアイシャにかなめが制裁を加えている場面には何度か行き当たっていた。

「別に制裁なんて……どうせ昨日も泥酔した僕が暴れて看病でもしてくれていたんじゃないんですか?」 

 そう言う誠の顔を見て、タレ目を光らせながらばつの悪そうな顔をしてかなめは頭をかき始める。

「……お前、力の加減くらいはしろ」 

 ようやく息を整えたカウラがかなめをにらむ。

「あー、頭痛い。誠ちゃん起きた?」 

 そう言ってさも当然のように入ってくるのはアイシャだった。シャワーを浴びたばかりのようで胸にタオルを巻いただけのあられもない姿でドアを開けて立っている。かなめは誠を指差す。

「元気そうじゃないの。ごめんね、昨日はどこぞの馬鹿が加減をせずに飲んだらどうなるかわからないちびっ子に酒を飲ませたからこんなことになっちゃって……」 

 そんなアイシャの言葉で昨晩意識を失う直前に見た薄ら笑いを浮かべる幼女、ランの表情が思い出されて誠は頭を押さえる。

「そう言えば今は何時ですか?」 

 そう言う誠にかなめが腕時計を見せる。まだ7時にはなっていない。とりあえず余裕がある時間だった。

「あの、お願いがあるんですが」 

 誠は三人を見回す。察したアイシャはそのまま出て行った。

「着替えたいんで」 

 その言葉でようやくかなめとカウラは立ち上がった。

「先に飯食ってるからな」 

 かなめはドアを閉めて去っていく。誠はゆっくりと起き上がるとアニメのポスターの張られた壁の下にある箪笥から下着を取り出す。

 そしてすぐドアを見つめた。隙間から紺色の髪が見え隠れしている。

「あの、アイシャさん。なにやってんですか?」 

 そんな誠の言葉で静かにドアが閉じられた。

 隠れていたアイシャを追い返すとそのまますばやく着替えを終える。そして廊下に出ると誰にも行き会わずに食堂に入った。

 いつものことながら技術部法術技術技師長、ヨハン・シュペルター中尉が食事当番の時の朝食は豪勢である。

 最高級のウィンナーとハム。それにスクランプルエッグが食欲を誘う。どれも材料は東和の有機栽培農場から取り寄せた最高級品とシャムの育てた菜園の恵み。食べることに人生をかけているヨハンは自分の給与を割いてまで食卓の充実に力を尽くしていた。そんなヨハンの思いを完全に無視するようにかなめは味わうこともなく食材を口に詰め込む。

「かなめちゃんは味なんてわからないんでしょうね」 

 そう言いながら緑色のジャケットを着たアイシャがちゃんとマスタードを塗りながらウィンナーソーセージを食べている。

「そう言えば今日から隊長休みだったわよねえ」 

「知らねえよ、アタシは叔父貴の保護者じゃねえんだから」 

 周りは半分も食べていないと言うのに皿の隅に残った卵のカスを突くだけになったかなめが答える。

「殿上会。お前も恩位《おんい》で伯爵の爵位を持っているんだから出ないといけないんじゃないのか?」 

 そう言いながらトマトを箸で掴むカウラをあからさまに嫌な顔をしたかなめが見つめる。当主ではないかなめも一応は胡州の有力貴族の息女として女伯爵の位を持っていることは誠も知っていた。

「誰が出るかって!あんな鼻持ちなら無い公家連中の相手なんて想像しただけで吐き気がするぜ」 

 そう言いながらかなめはテーブルに置かれたやかんから番茶を汲む。

「そう言って、実は康子様に会うのが嫌なんじゃないの?」 

 アイシャのその言葉にびくりと震え、かなめは静かに湯飲みをテーブルに置く。

「康子様?」 

 不思議そうに誠はかなめの顔を見る。その名前を聞いてから確かにかなめの行動がどこか空々しいものになっている。

「ああ、この胡州四大公筆頭西園寺かなめ嬢のご母堂様よ。まあ胡州帝国西園寺義基首相のファーストレディーと言った方が正確かしら」 

 タレ目で迫力が減少しているとは言え、明らかに殺意を込めた視線をアイシャに送りながらかなめは番茶をすすっている。

「別名、遼州星系最強の生物」 

 そう付け加えるとカウラは茶碗の中の最後のご飯を口に突っ込む。

「西園寺さんのお母さんがですか?」 

「そう言ってたろ、こいつ等も」 

 ぎこちない動きを見せるかなめに誠は思わず噴出しそうになる。だが、ここで噴出せばただではすまないと必死にこらえて茶碗のご飯を無理やり喉に押し込んだ。

「まあ康子様からの電話を取り次いだ時のあの隊長の恐怖に震える表情は最高だったけどねえ」 

 そう言いながらアイシャは自分の手元にやかんを持ってくる。

「隊長が恐怖に震える?……つまり凄い人なんですね」 

「凄いんじゃねえよ、ただのアホだ」 

 誠の言葉に、かなめはそう自分の母を切って捨てた。

「あんまり自分の母親をそう言うふうに言うもんじゃないわよ。当代一の薙刀の名手。自慢くらいしてみなさいよ。ああ誠ちゃん酒臭いわよ。たぶん
空いてるからシャワーでも浴びてきなさいよ。そのままじゃ姐御達にいろいろ言われるわよ」 

 アイシャはそう言うと誠の肩を叩いた。

「30分で支度を済ませろ。遅れたら置いていくからな」 

 カウラもそう言うと立ち上がった。誠は番茶も飲めずにそのままシャワーへいかなければならない雰囲気に立ち去らなければならなくなっていた。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

生贄にされた少年。故郷を離れてゆるりと暮らす。

水定ゆう
ファンタジー
 村の仕来りで生贄にされた少年、天月・オボロナ。魔物が蠢く危険な森で死を覚悟した天月は、三人の異形の者たちに命を救われる。  異形の者たちの弟子となった天月は、数年後故郷を離れ、魔物による被害と魔法の溢れる町でバイトをしながら冒険者活動を続けていた。  そこで待ち受けるのは数々の陰謀や危険な魔物たち。  生贄として魔物に捧げられた少年は、冒険者活動を続けながらゆるりと日常を満喫する!  ※とりあえず、一時完結いたしました。  今後は、短編や別タイトルで続けていくと思いますが、今回はここまで。  その際は、ぜひ読んでいただけると幸いです。

れすとあ ─モンキーガール、風になる─

海凪ととかる
キャラ文芸
 中学女子の100㍍走の記録保持者で、天才スプリンターとして将来を嘱望されていた大倉香奈 《おおくらかな》はスポーツ特待生として陸上強豪校への進学が決まっていたが、競技中の怪我で引退を余儀なくされ、燃え尽き状態で日々を過ごしていた。  香奈のクラスメイトで同じ中学出身である宮本佑樹《みやもとゆうき》は母子家庭で、パン屋に勤める姉の紗羅《さら》、不登校である小学生の妹の咲良《さくら》と一緒に暮らしている。ミニバイク『モンキー』を姉共々愛しており、整備を一手に引き受け、高校にもモンキーでバイク通学している。  ある日、登校直前までモンキーを整備していた佑樹は、学校の玄関で電車通学している香奈と会い、オイルで汚れた手を見られ、バイクの整備ができることを明かす。その時は特にバイクに関心はなかった香奈だったが、その日の放課後、偶然に紗羅の勤めるパン屋に寄り、そこにあった沙羅のモンキーに一目惚れしたことで、モンキーに乗るために二輪免許を取ることにする。  すでに廃番となっている旧車のモンキーをどうやって手に入れたらいいか佑樹に相談した香奈に、佑樹は自宅にある壊れた廃車のモンキーを自分の手で再生《レストア》してみることを提案する。自分の目でそのモンキーを目にした香奈は、自分の足で走れなくなった自分自身と乗り手に見捨てられたモンキーの境遇を重ね、再び一緒に走れるようにモンキーのレストアに着手していく。  これは、自分の足で前へ進めなくなって俯いていた少女が新たな足を得て再び顔を上げて前へ踏み出すまでの"再生"の物語。  これは、乗り手から見捨てられて朽ちつつあった旧車のバイクが新たな乗り手によってレストアされて再び走り出す"再生"の物語。   ※この物語の本文にはAIは使用していません。表紙イラストおよび作中挿絵はAI生成です。

~最弱のスキルコレクター~ スキルを無限に獲得できるようになった元落ちこぼれは、レベル1のまま世界最強まで成り上がる

僧侶A
ファンタジー
沢山のスキルさえあれば、レベルが無くても最強になれる。 スキルは5つしか獲得できないのに、どのスキルも補正値は5%以下。 だからレベルを上げる以外に強くなる方法はない。 それなのにレベルが1から上がらない如月飛鳥は当然のように落ちこぼれた。 色々と試行錯誤をしたものの、強くなれる見込みがないため、探索者になるという目標を諦め一般人として生きる道を歩んでいた。 しかしある日、5つしか獲得できないはずのスキルをいくらでも獲得できることに気づく。 ここで如月飛鳥は考えた。いくらスキルの一つ一つが大したことが無くても、100個、200個と大量に集めたのならレベルを上げるのと同様に強くなれるのではないかと。 一つの光明を見出した主人公は、最強への道を一直線に突き進む。 土曜日以外は毎日投稿してます。

処刑された勇者は二度目の人生で復讐を選ぶ

シロタカズキ
ファンタジー
──勇者は、すべてを裏切られ、処刑された。  だが、彼の魂は復讐の炎と共に蘇る──。 かつて魔王を討ち、人類を救った勇者 レオン・アルヴァレス。 だが、彼を待っていたのは称賛ではなく、 王族・貴族・元仲間たちによる裏切りと処刑だった。 「力が強すぎる」という理由で異端者として断罪され、広場で公開処刑されるレオン。 国民は歓喜し、王は満足げに笑い、かつての仲間たちは目を背ける。 そして、勇者は 死んだ。 ──はずだった。 十年後。 王国は繁栄の影で腐敗し、裏切り者たちは安穏とした日々を送っていた。 しかし、そんな彼らの前に死んだはずの勇者が現れる。 「よくもまあ、のうのうと生きていられたものだな」 これは、英雄ではなくなった男の復讐譚。 彼を裏切った王族、貴族、そしてかつての仲間たちを絶望の淵に叩き落とすための第二の人生が、いま始まる──。

クラス転移したからクラスの奴に復讐します

wrath
ファンタジー
俺こと灞熾蘑 煌羈はクラスでいじめられていた。 ある日、突然クラスが光輝き俺のいる3年1組は異世界へと召喚されることになった。 だが、俺はそこへ転移する前に神様にお呼ばれし……。 クラスの奴らよりも強くなった俺はクラスの奴らに復讐します。 まだまだ未熟者なので誤字脱字が多いと思いますが長〜い目で見守ってください。 閑話の時系列がおかしいんじゃない?やこの漢字間違ってるよね?など、ところどころにおかしい点がありましたら気軽にコメントで教えてください。 追伸、 雫ストーリーを別で作りました。雫が亡くなる瞬間の心情や死んだ後の天国でのお話を書いてます。 気になった方は是非読んでみてください。

17歳男子高生と32歳主婦の境界線

MisakiNonagase
恋愛
32歳主婦のカレンはインスタグラムで20歳大学生の晴人と知り合う。親密な関係となった3度目のデートのときに、晴人が実は17歳の高校2年生だと知る。 カレンと晴人はその後、どうなる?

熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)

MisakiNonagase
恋愛
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。

ボンクラ王子の側近を任されました

里見知美
ファンタジー
「任されてくれるな?」  王宮にある宰相の執務室で、俺は頭を下げたまま脂汗を流していた。  人の良い弟である現国王を煽てあげ国の頂点へと導き出し、王国騎士団も魔術師団も視線一つで操ると噂の恐ろしい影の実力者。  そんな人に呼び出され開口一番、シンファエル殿下の側近になれと言われた。  義妹が婚約破棄を叩きつけた相手である。  王子16歳、俺26歳。側近てのは、年の近い家格のしっかりしたヤツがなるんじゃねえの?

処理中です...