レジェンド・オブ・ダーク 遼州司法局異聞

橋本 直

文字の大きさ
673 / 1,557
第8章 仕事終わりに

実地検分

しおりを挟む
「ナンバルゲニア!」 

 アンパイアーの明石が叫んだ。ベンチの近くでヘルメットを置いたカウラがグラブを持ってセカンドの守備位置に走ってきていた。

 シャムはそれを見るといつもと変わらない誠を不思議そうに眺めながらかなめのところにあるヘルメットを取りに走った。

「どう?」 

 シャムはベンチに座って黙り込むかなめに声をかけた。

「どうって……言われてもな」 

 難しい表情のかなめは腕組みしたまま微動だにしない。シャムはかなめから話しを聞くのを諦めるとヘルメットを被りバットを持ってバッターボックスに向かった。

 いつものようにスイング。きわめて短く持つバットはいつもどおり素直に軌道を描く。

「よし!」 

 自分に気合を入れるとそのままバッターボックスに入った。そしてマウンドの上の誠を見つめる。

 特に変わった様子は無かった。あえて言えば最近のおびえたような表情はそこには微塵も無い。

「本気で行くからね!」 

 シャムはそう言うとあることを考えていた。

『セフティーバントだな』 

 ヤコブは中間守備。アイシャはやはりシャムの考えを読んでいる様で少し前に守っている。とりあえずヤコブの前に転がせば、あのゆったりとした動きの誠のベースカバーが間に合うわけが無い。ゆったりと誠がモーションを起こした。シャムはすっかり決める気でバントの体勢に入った。しかしそこでシャムの予想していないことが起きた。

 中間守備だったヤコブが一気に前に出てきた。アイシャも飛び出してくる。そしてサラがすばやくファーストに走っている。

『なに!このシフト!』 

 驚いたシャムの出したバットは空を切る。

「ストライーク」 

 明石の声が響く。シャムは驚いて岡部に目をやった。してやったりの表情の岡部。

「ナンバルゲニア。お前さんの考えはお見通しやで」 

 呆れたような明石の言葉。

 思えばカウラに投げていたときより誠の動作が俊敏になっているのがわかる。

『ははーん。さっきカウラちゃんを打ちとってすっかり気分が良くなったんだ』 

 シャムはうれしくもあるが、チームでの打率一位のプライドが誠の球を打ち返して見せるという闘志を掻き立てた。

 マウンドの上。誠に先ほどまでのおどおどしたところは微塵も無い。

『さっきはカウラちゃんにはストレート系で一球も大きな変化球は使ってない。さっきもストレートかカットボール。そろそろスライダーかカーブを試してもおかしくないよね』 

 シャムはそう読んでストレート系は捨てて変化球、しかもカーブのタイミングでスイングすることを決めた。

 シャムはマウンドの上の誠を見上げた。

『笑ってるの?』 

 一瞬彼女はそう思った。よく見るとそうでもない。ただおびえた表情が無いだけでそう見えただけだった。誠はゆっくりとモーションを起こす。

 シャムは迷わない。左の腕が上がりばねのようにしなってスイッチヒッターである右バッターボックスのシャムからは見難い位置から不意に現れるボール。

 いつもと変わらない。シャムはためてボールを引き付けることだけを考えている。

 球速は確かに変化球のそれ。タイミングよくシャムのバットが繰り出される。しかし、シャムの予想よりも落ちていくカーブの曲がりは急だった。

「ストライーク」 

 完全なボール球。シャムは空を切ったバットを見て呆然としていた。

「ずいぶん曲がるね」 

「いや、いつも通りですよ」 

 誠に球を投げ返す岡部の言葉。確かに球の軌道を思い描くといつもとさほど変わっていないような気がする。

「タコ君さあ……」 

「ワシはタコやない」 

 仏頂面で明石が答える。だがその口元は確かに笑っていた。

『追い込まれた……すぐ勝負?それは無いかな?でも今の誠ちゃんなら……』 

 今ひとつ考えがまとまらない。それを待つかのように誠はボールを見つめながらマウンドで立ち尽くしている。

『とにかくいつも通り……』 

 シャムは心に決めるとバットを構えた。誠は大きく息をすると岡部のサインに一発でうなづいて構える。

 またゆっくりとしたモーション。岡部の気配が離れていくのを感じてシャムは外角に山を張った。

 誠の左腕から放たれた球は大きく外角に外れて岡部の飛びついたミットに収まった。

「ボール」 

 それを見てシャムは大きく息をする。別に誠は変わったわけじゃない。昨日までの出ると滅多打ちの誠と同一人物なのは間違いない。

 マウンドの上の誠の表情が少し曇っている。

『これまでは制球がうまく行っていた。今のでかなり大きく乱れた。今度はいつもみたいに慎重に球を置いてくる。そこを打つ』 

 シャムは心に決めて岡部のサインに首を振る誠を見上げていた。

 サインが決まるとすぐに誠は顔を上げて長身を反り返らせる。シャムはそれを見ながらバットを思い切り握り締めた。

 静かに誠の投球動作が始まる。静かに、確実に動く姿は安定して見える。

 左腕がしなる、直球がしなやかな左腕から放たれた。

 シャムが気がつくと明らかに高めの球につられてバットが出ていた。

「ストライーク!バッターアウト!」 

 明石の声が無情に響いた。シャムはもう一度バットの軌道を確かめるようにスイングをするとそのままかなめの待つベンチに走り出した。

「シャム、分かったか?」 

 かなめの言葉にシャムは首を振るしかなかった。別に打ち取られるのは珍しいことではない。シャムも誠がファーボールの山を築いた菱川重工航空機製作チーム相手の初戦とかではどうして打てないのか分からない球に手を出して飛球を打ち上げることも珍しくない。

 だが、今の誠に喰らった三振は明らかにシャムの意に反したものだった。

「球速も変わらないし、別に変化球が良くなったわけでもないし……」 

「そりゃあ一時間や二時間話をした程度でそんなことが起きるならタコはプロのコーチに抜擢されてるよ」

 かなめもまた不思議そうに首をひねりながらサードから降りてくるアイシャを見つめていた。

「大体分かったわよ」 

 自信がみなぎるアイシャの言葉。シャムとかなめはアイシャの根拠の無い自信はいつものことなので相手しなかった。シャムはそのままグラブを手に取るとそのままショートの守備位置に走る。

 カウラがホッとした表情でサードの守備位置でショートに戻るシャムに視線をやった。

「アイシャは分かったって言ってたけど……」 

 ショートのポジションで先ほどかなめに見た不思議そうな表情のサラが首をひねっていた。シャムもまた理解できないものを見る視線でマウンドの上の誠に目をやった。

 ロージンバックを手に取りじっと下を向いている誠。確かに明石に何か心構えを教わったらしい。シャムの想像で分かることはそれだけだった。

 元々高校時代は都立高ながら140キロ後半の球速で5回コールドながら完全試合もやったことのある左腕である。肩を壊して球威は落ち、変化球の効果もプロに行けるレベルから落ちたと言うことで大学時代からはお遊びの軟式に転じたとはいえ、そこらの草野球のバッターが相手にできるレベルではないのはわかっている。

 それでも秋の豊川市軟式リーグ以降。そんな実力差のあるはずのバッターに痛打される姿ばかりを晒してきた誠。だがそんな秋のスランプ状態の誠はマウンドにはいなかった。

 何度か素振りをした後、アイシャがゆっくりと右バッターボックスに入る。

『ここで……真価が問われるね』 

 シャムはわくわくしながら岡部のサインに首を振る誠を眺めていた。

 しばらくのバッテリー間のやり取りをアイシャは悠然と眺めていた。

『やっぱり度胸据わってるなあ、アイシャちゃんは』 

 感心しながらその様を見るシャム。何度か首を振った後、ようやく誠はサインを決めてセットする。シャムもまたこう言うときは引っ張りにかからずに逆らわずに打つだろうアイシャに備えて緊張しながら構えていた。

 誠の投球動作が始まる。先ほど見たときより若干動きがすばやくなっている。

『打たれるな』 

 シャムはそう直感してアイシャに目をやった。

 しなる誠の左腕。その直後にアイシャはスイングを止めてボールを見送った。

「ボール」 

 内角。シャムからはストライクに見えるほど際どいコースのように見えた。岡部は不服そうに明石を見つめた後、気にするなと肩をゆすった後、そのまま誠に返球する。

 誠は別に気にするようには見えず。ただ手にしたボールをその感触を確かめるように何度も左手で握り締めた。

 シャムはそのままアイシャを見た。バッターボックスから出て素振りをするアイシャ。別段変わった様子は見えない。。

『今度も待つかな?』 

 グラブを叩いてショートのサラを見る。サラもまたシャムを見つめていた。

「大丈夫かな?」 

「ええ、アイシャなら問題ないでしょ?」 

「違うよ、誠ちゃん」 

 シャムの言葉を聞いていたのか不服そうな表情で誠が振り返る。シャムは舌を出してどうにも文句がありそうな誠にこたえた。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

現世にダンジョンができたので冒険者になった。

盾乃あに
ファンタジー
忠野健人は帰り道に狼を倒してしまう。『レベルアップ』なにそれ?そして周りはモンスターだらけでなんとか倒して行く。

軸─覇者

そふ。
ファンタジー
就職か、進学かー ありふれた現実の岐路に立つ青年は、ふとした瞬間、滅び去った王国の跡地に立っていた。 そこを支配するのは、数億年の歴史と、星々が刻んだ理。 草原を渡る風、崩れた城壁、そして「まだ語られていない物語」の声。 かっての文明を知る者たち、秘められた叡智、そして人々を 脅かす影。 それらすべてが折り重なり、ひとつの空席を呼び覚ます。 問いはひとつーー なぜ、ここに立つのか? 何を背負うべきなのか? この世界は何を望んでいるのか? ーこれは、まだ誰も知らぬ異世界創世記。 すべてはこご"ゲアの地"で

~最弱のスキルコレクター~ スキルを無限に獲得できるようになった元落ちこぼれは、レベル1のまま世界最強まで成り上がる

僧侶A
ファンタジー
沢山のスキルさえあれば、レベルが無くても最強になれる。 スキルは5つしか獲得できないのに、どのスキルも補正値は5%以下。 だからレベルを上げる以外に強くなる方法はない。 それなのにレベルが1から上がらない如月飛鳥は当然のように落ちこぼれた。 色々と試行錯誤をしたものの、強くなれる見込みがないため、探索者になるという目標を諦め一般人として生きる道を歩んでいた。 しかしある日、5つしか獲得できないはずのスキルをいくらでも獲得できることに気づく。 ここで如月飛鳥は考えた。いくらスキルの一つ一つが大したことが無くても、100個、200個と大量に集めたのならレベルを上げるのと同様に強くなれるのではないかと。 一つの光明を見出した主人公は、最強への道を一直線に突き進む。 土曜日以外は毎日投稿してます。

文字変換の勇者 ~ステータス改竄して生き残ります~

カタナヅキ
ファンタジー
高校の受験を間近に迫った少年「霧崎レア」彼は学校の帰宅の最中、車の衝突事故に巻き込まれそうになる。そんな彼を救い出そうと通りがかった4人の高校生が駆けつけるが、唐突に彼等の足元に「魔法陣」が誕生し、謎の光に飲み込まれてしまう。 気付いたときには5人は見知らぬ中世風の城の中に存在し、彼等の目の前には老人の集団が居た。老人達の話によると現在の彼等が存在する場所は「異世界」であり、元の世界に戻るためには自分達に協力し、世界征服を狙う「魔人族」と呼ばれる存在を倒すように協力を願われる。 だが、世界を救う勇者として召喚されたはずの人間には特別な能力が授かっているはずなのだが、伝承では勇者の人数は「4人」のはずであり、1人だけ他の人間と比べると能力が低かったレアは召喚に巻き込まれた一般人だと判断されて城から追放されてしまう―― ――しかし、追い出されたレアの持っていた能力こそが彼等を上回る性能を誇り、彼は自分の力を利用してステータスを改竄し、名前を変化させる事で物体を変化させ、空想上の武器や物語のキャラクターを作り出せる事に気付く。

ボンクラ王子の側近を任されました

里見知美
ファンタジー
「任されてくれるな?」  王宮にある宰相の執務室で、俺は頭を下げたまま脂汗を流していた。  人の良い弟である現国王を煽てあげ国の頂点へと導き出し、王国騎士団も魔術師団も視線一つで操ると噂の恐ろしい影の実力者。  そんな人に呼び出され開口一番、シンファエル殿下の側近になれと言われた。  義妹が婚約破棄を叩きつけた相手である。  王子16歳、俺26歳。側近てのは、年の近い家格のしっかりしたヤツがなるんじゃねえの?

クラス転移したからクラスの奴に復讐します

wrath
ファンタジー
俺こと灞熾蘑 煌羈はクラスでいじめられていた。 ある日、突然クラスが光輝き俺のいる3年1組は異世界へと召喚されることになった。 だが、俺はそこへ転移する前に神様にお呼ばれし……。 クラスの奴らよりも強くなった俺はクラスの奴らに復讐します。 まだまだ未熟者なので誤字脱字が多いと思いますが長〜い目で見守ってください。 閑話の時系列がおかしいんじゃない?やこの漢字間違ってるよね?など、ところどころにおかしい点がありましたら気軽にコメントで教えてください。 追伸、 雫ストーリーを別で作りました。雫が亡くなる瞬間の心情や死んだ後の天国でのお話を書いてます。 気になった方は是非読んでみてください。

熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)

MisakiNonagase
恋愛
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。

17歳男子高生と32歳主婦の境界線

MisakiNonagase
恋愛
32歳主婦のカレンはインスタグラムで20歳大学生の晴人と知り合う。親密な関係となった3度目のデートのときに、晴人が実は17歳の高校2年生だと知る。 カレンと晴人はその後、どうなる?

処理中です...