レジェンド・オブ・ダーク 遼州司法局異聞

橋本 直

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第13章 厄介なお出かけ

キーマン

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 取り残された誠は仕方なく階段をのぼりはじめた。

 3階の一番奥の部屋。古参の下士官ばかりが詰める3階は誠はあまり立ち入ることのないフロアーだった。2階まではいつも通りにのぼれるが、そこから先はどうにも気が進まない。しかし菰田に頼まれている以上、誠に躊躇うことは許されなかった。

 隊員の入隊除隊の激しい1、2階と違って落ち着いた雰囲気の廊下を誠は静かに歩いた。

『緊急事態発生!緊急事態発生!各員食堂に集合!』

 菰田の叫びがフロアーに響くが三階のドアはどれも開く気配がない。多くは部隊では換えの効かない重要のポジションのこの階の住人が演習前に非番というのはあまり考えられないことだった。

 しかし法術関連のみの担当と言うことでほとんど誠達と出勤のローテーションが同じヨハン・シュペルター中尉は誠が謹慎中と言うこともあって今日も非番で一日寝ている予定だった。

「全く……よく寝ているんだろうな……」 

「誰が寝ているだって?」 

 背中から浴びた低い声に誠は驚いて振り返った。

「おいおい、そんなに驚くなよ……トイレに行ってたところなんだが……緊急事態って?」 

 膨らんだ腹をさすりながらヨハンはその巨大な顔には小さすぎるように見える眼鏡を直す。見ようによっては季節外れのサンタクロースのようにも見えるそのおおらかな表情に誠は息を整えるとそのまま言葉を吐き出した。

「ナンバルゲニア中尉が行方不明なんです。しかもあのグリンを連れて……」 

 慌てて喋る誠の顔をヨハンは不思議そうな表情で見つめる。彼もグリンの危険性は分かっている。それでもどこかしら余裕を感じるのはヨハンのふくよかな顔の作りのせいか、それとも彼の持ち前の性格なのか誠には今ひとつ判断をすることが出来なかった。ヨハンはしばらく天井を見上げた後、そのまま奥の自分の部屋へと歩き始めた。

「中尉!緊急事態……」 

「分かっているよ。慌てなさんな。とりあえず俺には当てがあるような気がしてね……」 

 そのまま奥の部屋の扉を開けて部屋に入っていくヨハンにくっついて誠はそのまま本棚が所狭しと並ぶヨハンの私室に入った。

「ちょっと待ってくれ」 

 きちんと片付けられた机の引き出しを開けたヨハンはその中身を一つ一つ塵一つ無い机の上に並べていく。缶切り、爪切り、何に使うのか分からない計測機械。一つ一つゆっくりとヨハンは机の上に置いていく。

「中尉……」

「だからちょっと待って……ああ、あった」 

 そう言うとヨハンは手帳のようなものを手に誠に向かって笑顔で振り返った。

「なんですか……写真?」 

 ヨハンの手に握られていたのは古風なアルバムだった。革製の茶色い装丁の厚めのアルバムをヨハンは丁寧に机の上に置くと誠に向けて開く。

「法術と言うのはどうしても心理的な影響を受けやすい力だからね……精神の源泉とでも言うべき故郷の風景。特にナンバルゲニア中尉のそれにはちょっと関心があってね」 

 そこには山の光景が写っている。木々は明らかに誠の見たことがないような濃い緑色の針葉樹林である。

「遼南の高山地帯の風景ですか?」 

 シャムの出身地だという山々を思いながらの誠の言葉にヨハンは静かにうなづいた。

「あの我等がちびさんの出身地はどこもこう言う針葉樹林の森なんだ。しかも数百メートル標高が上がれば木々も次第に小さくなり、千メートルも登ればもう森林限界だ」 

 ヨハンがめくる写真に写る植物を見て次第に誠はヨハンの言おうとしていることの意味が分かった。

「ここら辺りの森はほとんどが落葉樹の森ですよね……そこにはナンバルゲニア中尉はいない……となると植生図を調べて一番近くの針葉樹の森を捜せば……」 

「まあ一番手っ取り早い方法はそれかな。まああのちっこいのはあまり休みを取らないから北国まで足を伸ばすこともも無いだろうし……覚えがある針葉樹林は限られてくるな」 

 ゆっくりとしたヨハンの言葉が終わるのを待たずにそのまま誠は部屋を飛び出した。階段を駆け下り、食堂前にたむろする寮の住人達を押しのけながら厳しい視線で周りを見回すアイシャの前に躍り出た。
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