953 / 1,557
第16章 難民の行方
悪夢の続き
しおりを挟む
「楠木少佐! 」
キーラは続いて難民を満載したバスの列を先導している四輪駆動車に叫んだ。
「ジャコビンじゃねえか! それより炊事班を起こせ! 炊き出しをやるぞ 」
広場に止まったバス。屋根の上には家財道具が括り付けられている。ドアが開いても難民達は降りようとしない。
「順番に降りてください! テントがありますから休めます! 」
体に似合わない大声を張り上げた楠木の言葉に引かれて降りてきた難民達を見てクリスは衝撃を受けた。
バスを降りてきた難民達に笑顔が無ければ、クリスは目を背けていたのかもしれない。敵基地に群がる彼らを遠巻きに見るのと、目の前で見るのが違うことは覚悟をしていたが、それは戦場に向かうどこのキャンプでも見慣れた光景とは言え、かなりクリスの心をえぐる光景だった。骨と筋だけにやせこけた母親に抱かれて口は開けてはいるが、泣き声を立てる体力も無い乳児。老人は笑ってはいるが、その頬肉のこけた姿が痛々しい。義足の少年。きっと地雷でも踏んでしまったのだろう。屋根の上の包みに手を伸ばす男の右腕のひじから先は切断されていた。
「酷いものだね 」
たぶんこのような状況を見るのが初めてと思われるキーラが硬直しながらバスから降りる難民を見ているのを見つけてクリスは声をかけた。
「彼等は逆らったわけではないんでしょ? 何故…… 」
「戦争って言うので戦って死んでいく兵士はまだ幸せな方さ。戦場に住んでいたと言うだけで武器も持たない彼らにとっては生きていること自体が地獄なんだよ 」
今度は赤十字のマークをつけた北兼軍のトラックが到着する。先ほどの少女の登場で仮眠を取っていた要員まで動員されたようで、野戦病院からは看護婦や医師達がトラック目指して走り出す。
病院から出てきたハワードがクリスのところにカメラを取りに来た。
「クリス、まだ来るぜ 」
冷静にそう言うと、ハワードはクリスからカメラを奪い取ってトラックに向かい駆け出していく。トラックから静かに担架に乗った難民達が運び出される。うめき声、泣き声、助けを呼ぶ声。戦場の取材で何度も聞いた人間の声のバリエーションだが、クリスはそれに慣れる事は出来なかった。隣に立っているキーラは初めてこういった光景を目の当たりにするのだろう。クリスは彼女の肩に手を添えた。
「こんなことが起きてたんですね。私達が訓練をしていた間にも 」
「そうだ、そしてこれからも続くんだ。この内戦が終結しても、敗者の残党は民兵組織を作ってゲリラ戦を続けることになるだろう。それが終わるのもいつになることだか…… 」
クリスのその言葉に、キーラの目が殺気を帯びて見えた。彼女の怒りにかつて自分が従軍記者をはじめたばかりのことを思い出した。それはアフリカの内戦だった。記者達は政府軍と国連軍の広報担当者の目の届く範囲だけの取材を許されていた。そこの難民は栄養状態もそれほど悪くなく、政府軍と国連軍のおかげで戦争が終わろうとしていると答えた。まるで版で押したかのように。
そんな光景に嫌気のさしたクリスが広報担当者の目を盗んで山を越えたところの管理されていない難民キャンプでの光景は今も脳裏に張り付いている。
積み上げられる餓死者の死体、見せしめに銃殺される反政府ゲリラへの協力者、もはや母の乳房にすがりつく力も無く蝿にたかられる乳児、絶望した瞳の遊ぶことを忘れた子供達。クリスはすぐに国連軍の憲兵に捕らえられて、その光景を一切報道しないと言う誓約書を書かされて、そのままその取材は打ち切りになった。
クリスはそんな昔話を思い出しながら、ただバスを降りていく難民達を見つめていた。
「嵯峨中佐はこれを偽善者ごっこと呼んだが、君はどう思う 」
自然とクリスの口からそんな言葉が漏れた。キーラの肩は震えていた。
「ごっこでも何でも、どうして誰もこんなことになるまで手を出さなかったんですか? 」
言葉が震えている。キーラは泣いていた。以外だった。クリスにとって戦う為に作られた神に背く存在の人工人間のキーラ。彼女が感情を露にしている光景があまりにも自然で彼女の生まれに拘ってこうして黙っている自分がおかしいように感じられてくる。
「いつもそうだよ。戦争ではいつもこうなるんだ 」
声がしてクリスが振り返った先には民族衣装のシャムが立っていた。いつもの明るいシャムではない。彼女の目はようやくたどり着こうとしている渓谷に沿って続く難民の群れに向いていた。車、馬車、牛車。ある者はロバにまたがり、ある者は自らの足で歩いている。クリスもキーラも彼らから目を離すことは出来なかった。日の出の朝日が彼らを照らす。強い熱帯の日差しの中でその残酷な運命を背負った難民達の姿が闇の中から浮き上がって見えた。
髪は乱れ、着ている服は垢にまみれた。こけた頬が痛々しく、その振られることの無い腕は骨と筋ばかりが見える。護衛に出た北兼の兵士から配られたのだろう。誰もが手にしている難民支援用のレーションだが、いつ襲ってくるかわからない右派民兵組織に備えてか、手をつけずに大事そうにそれを抱えていた。
「どいてくれ! 病人だ! 」
サイドカー付きのバイクにまたがった兵士がサイドカーに老婆を乗せて難民の列の中を進んでくる。テントの下に寝かされている病人達の間から別所と看護士達が止まったバイクに駆け寄っていく。
「シャムちゃんは見たことがあるんだね。こんな光景を 」
クリスは黙って難民の様子を窺っているシャムに尋ねた。
「この道をね、いっぱい通ったんだよ、こう言う人が。みんな悲しそうな顔をして北に逃げるんだ。でも誰も帰ってこれないよ 」
静かに話すシャムの言葉を聞いて、再びクリスは難民の列に目を向けた。朝日を浴びて空から輸送機がハンガー裏の空き地に降りてくる。国籍章は東和。ハンガーにたむろしていた兵士が着陸する垂直離着陸の輸送機の方に駆け出した。
キーラは続いて難民を満載したバスの列を先導している四輪駆動車に叫んだ。
「ジャコビンじゃねえか! それより炊事班を起こせ! 炊き出しをやるぞ 」
広場に止まったバス。屋根の上には家財道具が括り付けられている。ドアが開いても難民達は降りようとしない。
「順番に降りてください! テントがありますから休めます! 」
体に似合わない大声を張り上げた楠木の言葉に引かれて降りてきた難民達を見てクリスは衝撃を受けた。
バスを降りてきた難民達に笑顔が無ければ、クリスは目を背けていたのかもしれない。敵基地に群がる彼らを遠巻きに見るのと、目の前で見るのが違うことは覚悟をしていたが、それは戦場に向かうどこのキャンプでも見慣れた光景とは言え、かなりクリスの心をえぐる光景だった。骨と筋だけにやせこけた母親に抱かれて口は開けてはいるが、泣き声を立てる体力も無い乳児。老人は笑ってはいるが、その頬肉のこけた姿が痛々しい。義足の少年。きっと地雷でも踏んでしまったのだろう。屋根の上の包みに手を伸ばす男の右腕のひじから先は切断されていた。
「酷いものだね 」
たぶんこのような状況を見るのが初めてと思われるキーラが硬直しながらバスから降りる難民を見ているのを見つけてクリスは声をかけた。
「彼等は逆らったわけではないんでしょ? 何故…… 」
「戦争って言うので戦って死んでいく兵士はまだ幸せな方さ。戦場に住んでいたと言うだけで武器も持たない彼らにとっては生きていること自体が地獄なんだよ 」
今度は赤十字のマークをつけた北兼軍のトラックが到着する。先ほどの少女の登場で仮眠を取っていた要員まで動員されたようで、野戦病院からは看護婦や医師達がトラック目指して走り出す。
病院から出てきたハワードがクリスのところにカメラを取りに来た。
「クリス、まだ来るぜ 」
冷静にそう言うと、ハワードはクリスからカメラを奪い取ってトラックに向かい駆け出していく。トラックから静かに担架に乗った難民達が運び出される。うめき声、泣き声、助けを呼ぶ声。戦場の取材で何度も聞いた人間の声のバリエーションだが、クリスはそれに慣れる事は出来なかった。隣に立っているキーラは初めてこういった光景を目の当たりにするのだろう。クリスは彼女の肩に手を添えた。
「こんなことが起きてたんですね。私達が訓練をしていた間にも 」
「そうだ、そしてこれからも続くんだ。この内戦が終結しても、敗者の残党は民兵組織を作ってゲリラ戦を続けることになるだろう。それが終わるのもいつになることだか…… 」
クリスのその言葉に、キーラの目が殺気を帯びて見えた。彼女の怒りにかつて自分が従軍記者をはじめたばかりのことを思い出した。それはアフリカの内戦だった。記者達は政府軍と国連軍の広報担当者の目の届く範囲だけの取材を許されていた。そこの難民は栄養状態もそれほど悪くなく、政府軍と国連軍のおかげで戦争が終わろうとしていると答えた。まるで版で押したかのように。
そんな光景に嫌気のさしたクリスが広報担当者の目を盗んで山を越えたところの管理されていない難民キャンプでの光景は今も脳裏に張り付いている。
積み上げられる餓死者の死体、見せしめに銃殺される反政府ゲリラへの協力者、もはや母の乳房にすがりつく力も無く蝿にたかられる乳児、絶望した瞳の遊ぶことを忘れた子供達。クリスはすぐに国連軍の憲兵に捕らえられて、その光景を一切報道しないと言う誓約書を書かされて、そのままその取材は打ち切りになった。
クリスはそんな昔話を思い出しながら、ただバスを降りていく難民達を見つめていた。
「嵯峨中佐はこれを偽善者ごっこと呼んだが、君はどう思う 」
自然とクリスの口からそんな言葉が漏れた。キーラの肩は震えていた。
「ごっこでも何でも、どうして誰もこんなことになるまで手を出さなかったんですか? 」
言葉が震えている。キーラは泣いていた。以外だった。クリスにとって戦う為に作られた神に背く存在の人工人間のキーラ。彼女が感情を露にしている光景があまりにも自然で彼女の生まれに拘ってこうして黙っている自分がおかしいように感じられてくる。
「いつもそうだよ。戦争ではいつもこうなるんだ 」
声がしてクリスが振り返った先には民族衣装のシャムが立っていた。いつもの明るいシャムではない。彼女の目はようやくたどり着こうとしている渓谷に沿って続く難民の群れに向いていた。車、馬車、牛車。ある者はロバにまたがり、ある者は自らの足で歩いている。クリスもキーラも彼らから目を離すことは出来なかった。日の出の朝日が彼らを照らす。強い熱帯の日差しの中でその残酷な運命を背負った難民達の姿が闇の中から浮き上がって見えた。
髪は乱れ、着ている服は垢にまみれた。こけた頬が痛々しく、その振られることの無い腕は骨と筋ばかりが見える。護衛に出た北兼の兵士から配られたのだろう。誰もが手にしている難民支援用のレーションだが、いつ襲ってくるかわからない右派民兵組織に備えてか、手をつけずに大事そうにそれを抱えていた。
「どいてくれ! 病人だ! 」
サイドカー付きのバイクにまたがった兵士がサイドカーに老婆を乗せて難民の列の中を進んでくる。テントの下に寝かされている病人達の間から別所と看護士達が止まったバイクに駆け寄っていく。
「シャムちゃんは見たことがあるんだね。こんな光景を 」
クリスは黙って難民の様子を窺っているシャムに尋ねた。
「この道をね、いっぱい通ったんだよ、こう言う人が。みんな悲しそうな顔をして北に逃げるんだ。でも誰も帰ってこれないよ 」
静かに話すシャムの言葉を聞いて、再びクリスは難民の列に目を向けた。朝日を浴びて空から輸送機がハンガー裏の空き地に降りてくる。国籍章は東和。ハンガーにたむろしていた兵士が着陸する垂直離着陸の輸送機の方に駆け出した。
10
あなたにおすすめの小説
処刑された勇者は二度目の人生で復讐を選ぶ
シロタカズキ
ファンタジー
──勇者は、すべてを裏切られ、処刑された。
だが、彼の魂は復讐の炎と共に蘇る──。
かつて魔王を討ち、人類を救った勇者 レオン・アルヴァレス。
だが、彼を待っていたのは称賛ではなく、 王族・貴族・元仲間たちによる裏切りと処刑だった。
「力が強すぎる」という理由で異端者として断罪され、広場で公開処刑されるレオン。
国民は歓喜し、王は満足げに笑い、かつての仲間たちは目を背ける。
そして、勇者は 死んだ。
──はずだった。
十年後。
王国は繁栄の影で腐敗し、裏切り者たちは安穏とした日々を送っていた。
しかし、そんな彼らの前に死んだはずの勇者が現れる。
「よくもまあ、のうのうと生きていられたものだな」
これは、英雄ではなくなった男の復讐譚。
彼を裏切った王族、貴族、そしてかつての仲間たちを絶望の淵に叩き落とすための第二の人生が、いま始まる──。
軸─覇者
そふ。
ファンタジー
就職か、進学かー
ありふれた現実の岐路に立つ青年は、ふとした瞬間、滅び去った王国の跡地に立っていた。
そこを支配するのは、数億年の歴史と、星々が刻んだ理。
草原を渡る風、崩れた城壁、そして「まだ語られていない物語」の声。
かっての文明を知る者たち、秘められた叡智、そして人々を
脅かす影。
それらすべてが折り重なり、ひとつの空席を呼び覚ます。
問いはひとつーー
なぜ、ここに立つのか?
何を背負うべきなのか?
この世界は何を望んでいるのか?
ーこれは、まだ誰も知らぬ異世界創世記。
すべてはこご"ゲアの地"で
熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)
MisakiNonagase
恋愛
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。
ボンクラ王子の側近を任されました
里見知美
ファンタジー
「任されてくれるな?」
王宮にある宰相の執務室で、俺は頭を下げたまま脂汗を流していた。
人の良い弟である現国王を煽てあげ国の頂点へと導き出し、王国騎士団も魔術師団も視線一つで操ると噂の恐ろしい影の実力者。
そんな人に呼び出され開口一番、シンファエル殿下の側近になれと言われた。
義妹が婚約破棄を叩きつけた相手である。
王子16歳、俺26歳。側近てのは、年の近い家格のしっかりしたヤツがなるんじゃねえの?
17歳男子高生と32歳主婦の境界線
MisakiNonagase
恋愛
32歳主婦のカレンはインスタグラムで20歳大学生の晴人と知り合う。親密な関係となった3度目のデートのときに、晴人が実は17歳の高校2年生だと知る。
カレンと晴人はその後、どうなる?
クラス転移したからクラスの奴に復讐します
wrath
ファンタジー
俺こと灞熾蘑 煌羈はクラスでいじめられていた。
ある日、突然クラスが光輝き俺のいる3年1組は異世界へと召喚されることになった。
だが、俺はそこへ転移する前に神様にお呼ばれし……。
クラスの奴らよりも強くなった俺はクラスの奴らに復讐します。
まだまだ未熟者なので誤字脱字が多いと思いますが長〜い目で見守ってください。
閑話の時系列がおかしいんじゃない?やこの漢字間違ってるよね?など、ところどころにおかしい点がありましたら気軽にコメントで教えてください。
追伸、
雫ストーリーを別で作りました。雫が亡くなる瞬間の心情や死んだ後の天国でのお話を書いてます。
気になった方は是非読んでみてください。
エレンディア王国記
火燈スズ
ファンタジー
不慮の事故で命を落とした小学校教師・大河は、
「選ばれた魂」として、奇妙な小部屋で目を覚ます。
導かれるように辿り着いたのは、
魔法と貴族が支配する、どこか現実とは異なる世界。
王家の十八男として生まれ、誰からも期待されず辺境送り――
だが、彼は諦めない。かつての教え子たちに向けて語った言葉を胸に。
「なんとかなるさ。生きてればな」
手にしたのは、心を視る目と、なかなか花開かぬ“器”。
教師として、王子として、そして何者かとして。
これは、“教える者”が世界を変えていく物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる