レジェンド・オブ・ダーク 遼州司法局異聞

橋本 直

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第8章 海と特殊な部隊

緊張が走った後に

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「なんだかいいですねえ」 

 そう言ってかなめの顔を見た誠は彼女の表情が瞬時に切り替わる様を見た。サングラス越しにも彼女の視線が少し鋭くなったように見えた。戦闘中のかなめの独特な気配がにじみ出ていた。

「おい、誠。カウラとアメリア呼んで来い、仕事の話だ」 

 真剣なその言葉に、誠は起き上がった。

「どうしたんです?」 

 かなめの表情で彼女の脳に直結した通信システムが起動していることがすぐにわかる。

「『公安』が動いた。そう言えば分かる」 

 かなめのその言葉に砂浜の切れかけたところにあるバーベキュー施設に向かい走る誠。司法局で『公安』と言えば安城秀美あんじょうひでみ部長貴下の遼州同盟司法機関特務公安部隊のことだった。誠は人を避けながら走って水場で野菜の下ごしらえをしている家村春子の姿が目に入った。

「すいません!」 

「あら、神前君。どうしたの?」 

 半分ほど切り終わったたまねぎを前に、春子が振り返る。

「あわててるわね。水でも飲む?」 

 アメリアはそう言うとコップに水を汲んで誠の差し出した。一息にそれを飲むと誠は汗を拭った。カウラは健一とコンロの火をおこしている。

「西園寺さんが呼んでます。公安が動いたそうです」 

 その言葉に緊張が走る。

「端末は荷物置き場にあったわね。カウラちゃん。行くわよ」 

 アメリアの声で木炭をダンボールで煽っていたカウラが向かってくる。そう言うアメリアも真剣な顔をして作業を見守っていた小夏に仕事を押し付けて歩いてきた。

「大変なお仕事なのね、実働部隊も。こんな日でも仕事のことが頭を離れないなんて」 

 春子はそう言うとカウラのしていた火おこしの作業を続けた。

 誠がかなめの所に戻ると、すでに携帯端末を起動させて画面を眺めているかなめがいた。

「かなめちゃん、説明を」 

 普段のぽわぽわした声でなく、緊張感のある声でアメリアが促す。

「特別捜査だ。令状は同盟機構法務局長から出てる。相手は東方開発公社、現在、所轄と合同で捜査員を派遣。家宅捜索をやってるところだ」 

 画面には官庁の合同庁舎のワンフロアー一杯にダンボールを抱えた捜査員が行き来している様が映されている。

「あそこは東和の国策アステロイドベルト開発会社だったわね。たしかに近藤資金との関係はない方が逆に不自然よ」 

 なぜかするめを口にくわえているアメリアが口を挟む。

「でも、いまさら何か見つかるんでしょうか?もう二週間ですよあの事件から。公社の幹部だって無能じゃないでしょ。証拠を消すくらい……」 

 誠は自分でも素人考えだと思いながら口を挟むが誰一人相手にしてはくれない。

「証拠をつかんでどうするんだ?」 

 誠の言葉にかなめは冷たく言い放つ。

「それは、正式な手続きを経て裁判を……」 

 そこでかなめの目の色が鋭いリアリストの目へと変わる。

「逮捕や起訴が事実上不可能な人物がリストに名を連ねてたらどうする?」 

 厳しく見えるがその目は笑っていた。かなめは明らかに状況を楽しんでいるように見えた。

 非民主的で政府の力が強い甲武国だからこそ出来る大粛清の嵐に比べ、東和には主要な有力者すべてを逮捕して政治的混乱を引き起こすことを許す土壌は無かった。

「まあ安城さんは東和民警の捜索の付き添いみたいな感じだからうちが介入する問題ではなさそうね」 

 アメリアは画面を見ながらそう言った。しかしかなめは画面から目を離そうとしない。 

「かなめちゃん。仕事熱心すぎるのも考え物よ」 

 軽くアメリアがかなめの肩を叩く。そしてゆっくりと立ち上がり伸びをしながら紺色の長い髪をなびかせていた。

「じゃあ菰田君達も集まったことだし、お昼の準備みんなでしましょうね!」 

 砂浜でひっくり返ってる菰田達が、アメリアのその言葉でゆっくりと起き上がる。

「じゃあ荷物番は神前と西園寺で」 

 そう言うとカウラは後ろ髪を惹かれるようにまなざしを投げてくるアメリアをつれて、バーベキュー場に向かう。

「それにしても、今更」 

「神前、アメリアも言ってたろ?こりゃあうちの出番じゃねえよ。それにこれで終わりとは思えないしな。その時までお偉いさんには自分が逮捕されても混乱が生じないように後進の指導にでも集中してもらおうや」 

 そう言うとかなめは再びタバコに火をつけた。

「平和だねえ」 

 先ほどまでの同じ司法局特務考案公安部隊の動きを察知して会議のようなものをしていたカウラ達は、もうすでに食事の準備の仕上げのために立ち去っていた。かなめは半身を起こしタバコをくわえながら、海水浴客の群がる海辺を眺めていた。その向こう側では島田達がようやく遊び疲れたのか波打ち際に座って談笑している。

「こう言うのんびりした時間もたまにはいいですね」 

 誠もその様子を見ながら砂浜に腰掛けて呆然と海を眺めていた。

「アタシはさあ。どうもこういう状況には慣れてねえんだな」 

 ささやくように海風に髪をなびかせながらかなめはそう言った。

「嫌いなんですか?静かなのは」

 覗き込むようにサングラスをかけたかなめを誠は見つめる。だがそこには穏やかな笑顔が浮かんでいるだけだった。 

「嫌いなわけ無いだろ?だけど、アタシの家ってのは……昨日の夕食でも見てわかるだろ?他人と会うときは格式ばって仮面をかぶらなきゃ気がすまねえ。今日だってホテルの支配人の奴、アタシのためだけにプライベートビーチを全部貸しきるとかぬかしやがる」 

 かなめは口元をゆがめて携帯灰皿に吸殻を押し付ける。

「そんな暮らしにあこがれる人がいるのも事実ですし」 

「まあな。だけど、それが当たり前じゃないことはアタシの体が良く分かってるんだ」 

 そう言うとかなめは左腕を眺めた。人工皮膚の継ぎ目がはっきりと誠にも見える。テロで体の九割以上を生体部品に交換することを迫られた三歳の少女。その複雑な胸中を思うと誠の胸は締め付けられる。

「それは、かなめさんのせいじゃないんでしょ」 

 誠はそう声をかける。その声にかなめは誠の方を一瞥したあと、天を仰いだ。

「オメエ、アホだけどいい奴だな」 

 まるで感情がこもっていない。こういう時のかなめの典型的な抑揚の無い言葉。誠はいつものようにわざとむきになったように語気を荒げる。

「アホはいりません」 

 誠のその言葉を聴くと、かなめは微笑みながら誠の方を見てサングラスを下ろした。

「よく見ると、うぶな割には男前だな、オメエ」 

「は?」 

 その反応はいつもとはまるで違った。誠は正直状況がつかめずにいた。前回の出動の時の言葉は要するに釣り橋効果だ、そんなことは分かっていた。かなめの励ましが力になったのは事実だし、それが励まし以上の意味を持たないことも分かっていた。

 しかし、今こうしてかなめに見つめられるのは、どこと無く恥ずかしい。女性にこんな目で見られるのは高校三年の卒業式で、二年生のマネージャーに学ランの第二ボタンを渡したとき以来だ。ちなみにその少女からその後、連絡が来たことは無かったが。

「まあいいか、こうして平和な空を見上げてるとなんかどうでもよくなって来るねえ」 

 その言葉に、誠はそんな昔のマネージャーを思い出して苦笑した。

「おい!神前!」 

 さすがに同じメンバーでの遊びにも飽きたのか波打ち際から引き上げてきた島田が、置いてあったバッグからスポーツ飲料のボトルを取り出した。

「ああ、すいませんね気が利かなくて」 

 起き上がろうとした誠ににやけた笑みを浮かべながらそのまま座っていろと島田が手で合図する。

「こちらこそ、二人の大切な時間を邪魔するようで悪いねえ」 

 誠とかなめを島田は見比べる。かなめは相手にするのもわずらわしいと言うようにサングラスをかけなおして空を見上げている。 

「ずるいなあ。アメリアちゃん達が働いてるときに二人でまったりしちゃって」 

 そう言ってサラが誠をにらみつける。 

「じゃあお前等、荷物番変わってもらおうか?」 

 そう言うとかなめは立ち上がった。

「じゃあ神前。女将さん達の邪魔でもしにいくか」 

 かなめはそのまま当然と言うように誠を立たせるとバーベキュー場の方に歩き出す。

「ああ、サラ。そこのアホと一緒にちゃんと荷物を見張ってろよ。ただ何かなくなったら後でぼこぼこにするからな」

 かなめはちゃんと捨て台詞を忘れない。誠もかなめに付いて歩く。

『正人が余計なこと言うから!』 

『島田君のせいじゃないわよ。余分なこと言ったのはサラじゃないの!』 

 サラとパーラの声が背中で響く。

「良いんですか?西園寺さん」 

「良いんじゃねえの?島田の奴はそれはそれで楽しそうだし」 

 そう言うとかなめはサングラスを額に載せて歩き出した。
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