レジェンド・オブ・ダーク 遼州司法局異聞

橋本 直

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第13章 新たな世代

取引

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 甲武帝国の象徴とも言える金鵜殿。その首都鏡都の中央に鎮座する数千ヘクタールと言う巨大な庭園付きの宮殿こそが甲武の意思決定機関である『殿上会』の舞台であった。マスコミのフラッシュが焚かれる中、西園寺義基首相はじめとする『殿上人』達が次々とその漆で塗り固められた門を高級車に乗ってくぐる。

 そんな光景を傍目に、嵯峨惟基は黒い公家装束に木靴と言う平安絵巻のような姿で手にタバコと灰皿代わりの缶コーヒーを持って通用門そばの喫煙所でタバコをくゆらせていた。そこに一人の甲武陸軍の将官の制服を着込んだ男が近づいていた。

 その鋭い視線の壮年の男は、嵯峨に大げさに頭を下げた。

「醍醐さん。もうあなたは私の被官じゃないんだから……」 

 そう言いながら嵯峨は手にした安タバコを転がした。いつもならその醍醐文隆陸軍大臣は表情を緩めるはずだったが、嵯峨の前にある顔はその非常に複雑な心境を表していた。

「確かに法としてはそうかも知れませんが、主家は主家。被官は被官。分際を知ると言うことは一つの美徳だと思いますがね」 

 醍醐の口元に皮肉を込めた笑みが浮かぶ。

「なるほど。忠さんや高倉が嫌な顔していたわけだ。つまり今度のバルキスタンでの国家憲兵隊とアメリカ陸軍非正規部隊の合同作戦の指示は大臣の意向で動いてるってことですか……」 

 そう言うと、嵯峨はタバコの灰を空になった缶コーヒーの中に落す。

「近藤資金。甲武軍が持っていたバルキスタンの麻薬や非正規ルートを流れるレアメタルの権益を掌握する。なんでこの作戦に同盟司法局が反対するのか私には理解できないんですが」 

 そう言うと醍醐は手を差し出した。仕方が無いと言うように嵯峨は安タバコを醍醐に一本渡す。

「別に私はエミール・カント将軍に頼まれたわけじゃないんですがね。むしろ同盟議会の知らないところで話が進んでたのなら口を挟む義理も感じなかったでしょうがね」 

 嵯峨はそう言い切ると静かにタバコをふかす。二人の見ている先では、初めての殿上会への参加と言うことになる西園寺首相の次女、かえでが武家装束で古い型の高級車から降りようとしているところにSPが立ち会っているところだった。

「彼女達に腐った甲武を渡すつもりは無いはずですよ、あなたは」 

 そう言って笑ってみせる醍醐だが、嵯峨はまるで関心が無いというようにタバコをもみ消して缶の中に入れると再び新しいタバコを取り出して火をつける。

「別にカント将軍がどうなろうが知ったことじゃねえんですよ、うちとしては。磔だろうがさらし首だろうが好きなように料理していただいて結構、気の済むまでいたぶってもらっても心を痛める義理も無い。だが、二つだけどうにも譲れないことがあって今回の作戦には賛同できないんですよねえ」
 
 嵯峨の目がいつもの濁った目から鋭い狩人の目に変わった。そこに目を付けた醍醐は静かに、穏やかに、一語一語確かめるように口を開いた。

「アメリカ軍の介入と現在行われているバルキスタンの総選挙が成立するかどうか……と言うことですか」 

 嵯峨はまるで反応する気配が無かった。醍醐は嵯峨家の家臣としてこれまでも嵯峨の様子を見てきたと言う自信があった。だが今、醍醐の前にいる嵯峨はそれまでの嵯峨とは明らかに違う人物のように感じられた。

 残忍で、冷酷で、容赦の無い。かつて嵯峨惟基という男が内部分裂の危機を迎えた遼帝国に派遣されて『人斬り新三』と呼ばれた非情な憲兵隊長だったと言う事実が頭をよぎる。そしてその死んだ目つきが醍醐に突き刺さった。

「同盟司法局が取っている対抗措置を教える代わりに、甲武陸軍がどこまで把握してるか教えていただけますかね。情報のバーター取引。悪い話じゃねえと思いますが」 

 そう言って口元だけで笑う嵯峨の姿に醍醐は恐怖さえ感じていた。

 醍醐は沈黙した。いくつかの甲武陸軍情報部所属の潜入部隊からのデータで司法局の動きは手にはしていたが、その多くは嵯峨が甲武と米軍の展開しようとしている作戦の妨害に同盟司法局が本気で動き出していると言う事実を示すものばかりだった。

「まず言いだしっぺと言うことで。司法局じゃあすでに公安機動隊が動いて三人の現役の甲武陸軍の士官の身柄を確保していますよ」 

 嵯峨の言葉は醍醐が作戦立案の責任者だった彼の腹心高倉大佐からの報告と一致していた。

「付け加えるとそちらには米軍からは話は行ってないと思いますが、バルキスタンアメリカ大使館付きの将校がバルキスタンのイスラム系武装組織に拉致されたのを取り返したのも……まあ私の同僚のお手柄と言うところですか……」 

 嵯峨の口から煙が天井に向けて煙が吐き出される。それを見ながら醍醐も久しぶりのタバコの煙を肺に吸い込む。手にしたタバコの先に醍醐は震え感じた。その視線の先には相変わらず殺気を放つ嵯峨の瞳があった。確かにすでに司法局の特務機関の隊長である安城秀美少佐の部隊が動いていることは醍醐も把握していた事実だった。

「だが、我々としては引くわけには行かない。その事情もわかってほしいものですね」 

 そう言った醍醐の額には汗がにじんでいた。

 譲歩をする余地はお互い無いことはわかっていた。バルキスタンでのエミール・カント将軍の略取作戦が急がれる理由くらい嵯峨が読めないわけが無いことは醍醐も知っていた。

 先の敗戦からの復興は進んだとはいえ甲武の経済は決して健全なレベルに到達してはいなかった。敗戦により、甲武のアメリカを中心とした地球諸国の資産凍結はいまだに続いていた。和平会議の結果発効しているアントワープ条約の敵国条項により、貿易・技術・学術研究などの分野での協力停止措置によるダメージは、復興を続ける甲武経済の足かせになってきていた。

 そして来週には行われるアメリカの中間選挙。甲武の首を真綿で絞めるような資産凍結処置の延長を掲げる野党の躍進が確実視されている以上、現政権の強力なリーダーシップが発揮されている今のうちにバルキスタン問題と近藤資金と言う二つの負の遺産を清算するのが必要であると言えた。東和と甲武を経て地球権に流れる麻薬や非正規ルートのレアメタルの存在は知られていた。それが地球でも犯罪組織やテロ組織、そして彼等の援助を受けている失敗国家の存立を助けていることは誰もが知っている話だった。その大元であるエミール・カント将軍の身柄の確保とそれに連なる近藤資金の関係者の一斉摘発を敵国条項の解除の条件として地球が水面下で提示してきている事実がある限り醍醐も妥協は出来なかった。

 敵国条項の解除による甲武の復興は同盟の利益となる。それが嵯峨の兄、西園寺義基首相の今回の作戦を提案した醍醐に言った言葉だった。だが、それが同盟司法局に対する越権行為になることは承知の上だった。自国の犯罪者を自国で処分する。同盟規約にもある不干渉ルールをいち早く打ち出して同盟の設立を成し遂げた先の遼帝国が地球へのカント将軍尾拉致を許すはずもなく、独自ルートで妨害工作を始めるだろうと言うことも予想していた。

「まあ、これが組織って奴なのかも知れませんねえ。お互い信じる正義を曲げるつもりはさらさらないと……」 

 そう言いながら再び嵯峨はタバコの煙を大きく肺に取り入れる。

「文隆!」 

 突然の声の主に醍醐は驚いたように振り向いた。醍醐文隆一代公爵の兄に当たる、地下佐賀家の当主佐賀高家侯爵が紫色の武家装束で通用口から顔を出していた。彼ははじめは弟、醍醐の顔を見つめていたが、その話し相手が嵯峨だとわかるとその笑顔が引きつって見えた。

 弟と同じ嵯峨家の被官という立場だが、佐賀高家の立場は複雑だった。

 嵯峨家は3代目当主が跡継ぎを残さず座敷牢で頓死した。その家格と数千万の領民を抱える領邦のコロニー群は四大公筆頭である西園寺家に預けられた。

嵯峨家の分家である佐賀家。特に現当主佐賀高家は殿上嵯峨家の家督にこだわった。その巨大な財力と四大公の家格は甲武ばかりでなく地球までも影響を持ちえる権力を手にすることを意味する。

 だが、西園寺家はこの要求を黙殺した。それどころか先代の当主西園寺重基は自分の養子である三男西園寺新三郎を嵯峨惟基の名で殿上嵯峨家の家名を継がせた。このことは佐賀高家にとっては屈辱でしかなかった。

 敗戦後、西園寺家現当主、義基が貴族の特権の廃絶を目指す政治活動を開始すると佐賀高家は主家と決別し、四大公家の一つ、九条家を中心とする貴族主義的なグループの一人として活動を開始した。そうして佐賀高家はいわゆる『官派』と呼ばれるその貴族主義的な勢力の一員として西園寺家の『民派』との対立の構図にはまり込むこととなった。

 その対立は『官派の乱』と呼ばれたたった一月あまりの内戦で終わった。決起した官派は決戦に敗れて武装解除させられた。そして嵯峨惟基は官派に属しながら内戦時には傍観を決め込んだ嵯峨家の被官である佐賀高家に切腹を命じた。民派の軍の中心人物だった腹違いの弟である醍醐文隆の助命嘆願で何とか首と胴がつながっていたが、それからは土下座をした主君嵯峨惟基を見る目はどうしても卑屈なものになるのを佐賀高家は感じていた。

「兄上。それでは失礼しましょう」 

 そんな弟、醍醐文隆の言葉が遠くに聞こえるのを佐賀高家は感じていた。殿上嵯峨家と地下佐賀家。かつてその差を越えられると信じていた時代があったことがまるで嘘のように佐賀高家は感じていた。

嵯峨惟基。彼は揚げ足を取ろうと狙っている佐賀高家から見ても優秀な領邦領主であり、政治の場における発言力、そして最後の決断においても恐ろしい敵であった。

 弟の冴えない表情を見て、彼は弟とこの敵に回せばただで済むことが考えられない主君の間に険悪な雰囲気が漂っていることにただならぬ恐怖を感じていた。

「文隆、来い」 

 そう言って佐賀高家は弟を引っ張って建物の中に消えた。嵯峨は黙って缶コーヒーの缶に吸い終えたタバコを入れてそのまま道に置いて建物の中に入った。
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