レジェンド・オブ・ダーク 遼州司法局異聞

橋本 直

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第7章 取引

襲撃

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 その日、カウラと交代したかなめにくっついて歩いた誠は正直疲れ果てていた。かなめの肢体に目を向ける欲望に染まったぎらぎらした男達の視線に慣れて租界を歩くのは苦痛に近い。しかもかなめが知っている人身売買の嫌疑がかかっているシンジケートの事務所をもう五つ訪問していたが、そのやり口は誠から見ればそれは訪問ではなく襲撃だった。

 今もかなめは彼女に手を上げようとしたチンピラの右腕の関節をへし折ったところだった。表情一つ変えることなく荒事をこなす彼女の姿は、乱暴なのはいつもと一緒と言ってもその淡々としたところが誠にはまったく受け入れられなかった。

「痛え!」 

 涙ににじむ瞳でチンピラが無表情なかなめを見上げた。誠はとりあえず法術の発動準備をしながらかなめの隣に立つ。かなめはチンピラを掴んだままそのままドアを蹴破った。室内の構成員達が銃を構えてにらみつけてくるが、逆にいつもの残酷そうな笑みを浮かべながらかなめは悠々と室内に入り込む。

「なんだ!貴様は!」 

「今更って言うか……馬鹿しかいないんだなここは」 

 そのまま人質代わりに片腕を折られたチンピラを抱えたままかなめは応接セットに腰掛ける。誠はその殺気立った雰囲気に耐えながら彼女の隣に座る。

「こいつは最近ここらを回ってる例の化け物じゃないか?」 

 一人の角刈りの構成員が誠を見てつぶやいた。一瞬動揺が広がる。今年の夏の初めに司法局に配属になった直後、誠は法術師の素体として誘拐されかけたことがあったが、たぶんその時にもこの組にも誠の誘拐を持ちかけた組織があったのだろう。少しのきっかけで動揺が広がり始めた時、事務所の顔役らしい男が現れた。

「銃を仕舞え!お前等じゃこの人には勝てないぞ」 

 そう言うと三下達はしぶしぶ銃を仕舞う。本局勤めの明石を思わせる悪趣味な赤と黄色の柄のネクタイが紺色のどぎついワイシャツの上にゆれている恰幅の良すぎる幹部構成員の一睨みに、誠もチンピラ達が自分達に怯むのと同じくらい怯んでいた。

「おう、久しぶりだな……租界も変わって知ってる面に久しぶりに会ったぜ」 

 かなめは人質代わりのチンピラを突き飛ばすと、銃ではなくタバコを懐から取り出した。気を利かせるように貫禄のあるその男はライターを取り出して慣れた調子でかなめのくわえたタバコに火をつけた。

「姐さんも元気そうじゃないですか。あれですか?今は志村の野郎の商品の流通ルートの調査ですか?」 

 男の話にかなめは笑みを浮かべながらタバコの煙を吐いた。どこに行っても状況は同じ。かなめは見張りのつもりで事務所の前でうろうろしている三下を張り倒して引きずってそこの顔役に話をつけると言うことばかり続けている。さすがにここにもかなめの所業についての話が聞こえてきていたのだろう。

「なんだ、知っているのか……ってそれが飯の種ってわけだからな。テメエの」 

 かなめの不敵な笑いに男も笑い返す。誠はチンピラの飼い主の妙に下手に出る態度が理解できずに呆然と二人を見つめていた。そしてかなめはぐるりと事務所の中を見回した。

「なあに、噂じゃあ志村三郎の扱っている商品を保管している連中がいるらしいじゃねえか。ほとぼりが冷めるまで預かって、またアタシ等が調査を中止したら出荷する。商いは信用第一、危険は避けるのが当然の工夫だろ?」 

 その言葉でようやく誠はこの暴力的なシンジケート事務所めぐりの目的を理解した。志村三郎がかなめの姿を見てからあの父親の経営するうどん屋にも寄り付かなくなったのは誠も知っていた。おそらく彼をいぶりだすのに組織を一つ一つ実力行使で脅しをかけながら追い詰めていくつもりなんだろう。そう思うとあの誠に威圧的に当たった三郎のことが少しだけ哀れに思えてきた。

「残念ですがうちではその手のものは扱っていませんね。ただでさえ人間の売買はリスクが大きいのに法術適正がある連中が混じっているとなると手に負えませんや。それに法術関係の話になれば制服を着た連中とのやり取りも出てくるわけでして……俺等の情報網でもそう言うところまでは……君子危うきに近づかずと言う奴でして」 

「しっかりしているねえ、それが正解の生き方だ。危ない橋を渡るのは良くないからねえ」 

 そう言うとかなめはディスクをポケットから取り出す。それには『秘』と書かれているのが見えた。

「これにはちょっとした情報が入っている。結構お勧めの秘密情報だ。ちょっとした財産が築ける保障つき。今なら格安でお譲りするが……どうする?」 

 悪事を働くときのいたずらっ娘のような顔で男を見つめるかなめの姿がそこにあった。

「どうせガセでしょ?」 

 男はそう言って笑いながらかなめの手にあるディスクを手にする。そして何度かじっくりと見つめた後、部下にそれを渡した。その表情には驚きがある。そこから誠も技術部の将校達のデータが明らかに価値を持つものであること知った。

「じゃあ、こちらも後ほど情報を送りますよ」 

 笑顔が隠しきれないという男の表情にかなめが満足げにうなづいて見せる。

「まああれの中身をしっかり見てからで良いぜ」 

 そう言うとかなめは立ち上がった。チンピラ達は殺気を隠さずに誠達をにらみつけている。

「それと三下の教育はしっかりしておくべきだな。これじゃあ危なくてしょうがねえや」 

 かなめの言葉に男は苦笑いを浮かべた。

「行くぞ、神前」 

 そう言って重いドアを開けて出て行くかなめのあとを誠は生まれたばかりのひよこのようにくっついて歩く。かなめは颯爽と肩で風を切るようにして事務所の目の前に止めた銀色のスポーツカーに向かって歩く。

「何ですか?あのディスク。情報って……」 

 狭い運転席に体をねじ込むようにして座った誠を相変わらずの殺気を感じるような視線で見つめるかなめ。

「嘘はないぞ。あれがあるとちょっと便利なんだ。まあアタシは使うつもりは無いけどな」 

 そう言って車のエンジンをかけるかなめ。明らかにカウラのスポーツカーを意識して購入した車のエンジンが低い振動を二人にぶつけてくる。

「それじゃあ分かりませんよ。もしかして違法な取引の勧誘とか……まさか軍事機密?」 

「そんなんじゃねえよ。むしろ民間系の情報だ。ベルルカン風邪ってあるだろ?あれの即効性の特効薬の開発に成功した製薬会社が明日それを公表するが、その情報だ」 

 あっさりと言い切るかなめは車を急発進させた。

「それでも十分まずい情報じゃないですか。インサイダー取引ですよそれ」 

 そんな誠の言葉を無視してかなめは車を走らせる。租界の怪しげな店のネオンが昼間だというのに町をピンク色に染めている。

「知ってたんだな……『インサイダー取引』って言葉。まあいいや、あの手合いから情報を穏やかな方法で手に入れるには仕方の無いことなんだよ。蛇の道は蛇と言うやつだな。それに実際今の段階ではと言うカッコつきの情報だ。発表が延びるかもしれないし……」 

 大通りに入っても車は加速を続ける。誠はかなめの表情をうかがいながら曇り空の冬の街を眺めていた。かなめの生きてきた裏の世界の話を聞くたびに誠はどこかしら遠くの世界に彼等がいるように感じられた。

 その時急にかなめは車を減速させて路肩に寄せて止まった。

「西園寺さん」 

 誠の言葉に振り返ったかなめはにんまりと笑っていた。

「ビンゴだ」 

 そう言うとかなめはしばらくの間目をつぶり動かなくなる。脳に直接送られたデータを読み取っているとでも言う状況なのだろう。誠は黙ってかなめを見つめた。

「商品の保管場所は……遼帝国の駐留軍の基地か。軍を巻き込むとはずいぶん危ない橋を渡るんだな……言ってることとやってることがばらばらじゃねえか」 

 かなめの言葉で誠は頭の血液が体に流れ込むようなめまいを感じながらかなめを見つめていた。そして一気に手のひらが汗で滑りやすくなるのを感じていた。

「神前。暴れられるぞ」 

 そう言うかなめの表情にいつもの悪い笑みが浮かんでいるのに誠は気づいた。
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