法術装甲隊ダグフェロン 永遠に続く世紀末の国で 節分と『特殊な部隊』

橋本 直

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第二十六章 差し入れとはまり役

第117話 なじみの店の差し入れ

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「隊長、女将さんですよ。滅多に店に顔を出さない隊長あてに女将さんが来るなんてまったく隊長も隅に置けないですね!」 

 誠の声にすぐに嵯峨は振り向いた。そこには司法局実働部隊のたまり場、『月島屋』の女将の家村春子が立っていた。嵯峨はそれを見ると緩んだネクタイを締めなおし、髪を手で整える。その姿があまりにこっけいに見えて誠は笑いそうになった。

 アンは画面に夢中で嵯峨の行動には気づいていなかった。

「本当に私が来ても良かったのかしら……一応部外者でしょ?小夏は魔法少女が出来るのがクバルカ中佐以外居ないからと言う理由で分かるんですけど。いつもお世話になってる私なんかが出ちゃって本当によろしいのかしら?確かに変な格好をさせられるのは少し恥ずかしいけど……新さんの顔を潰すわけにはいかないわよね」 

 そう言いながら小夏の母である家村春子は手にした重箱を空席のランの席に置いた。

「ああ、春子さんならいつでも歓迎ですよ、特に俺が。それと新さんってのは止めてくれます?西園寺新三郎は俺の幼名でその名前で風俗の登録とかをしているのは事実ですけど、今は客と嬢の関係じゃ無いじゃないですか。それで……春子さんが手に持っているそれはなんです?」 

 嵯峨の前に置かれた重箱を春子は包んでいた風呂敷を開いていった。その藍染の留袖を動かす姿は誠には母親の薫のその姿を思い出させた。

「おはぎですわ。ここの人はたくさんいるから新さんの為にたくさん作ったんですよ。さすがに整備の人とかの分には足りないかもしれないけど……若いからみんなたくさん食べるでしょうから」 

 春子は和服の襟を整えながらおくれ毛に軽く手をやるとそう言った。

「ああ、大歓迎ですよ。やっぱり春子さんもアメリアの奴に呼ばれたんですか?あの馬鹿、いったいどこまであの店に迷惑を掛ければ気が済むのやら。後で俺が強く言っておきます。任せてください」 

 そう言うといつもの死んだ目と違う生き生きとした表情を浮かべた嵯峨はそのままおはぎに手を伸ばした。春子が蓋を開くと漉し餡と粒餡の二色に分けられたおはぎが顔をのぞかせた。嵯峨は迷うことなく粒餡を選んで掴むとスルメを噛んでいる口の中に放り込んだ。

「ええ、でも自主映画なんてなんだか学生時代みたいでわくわくしますわね。私は高校中退なんで、自主映画なんて出たことも無いんですよ。アメリアさんが期待しているような演技なんてできないですよ」 

 笑顔を浮かべながらおはぎを食べ始める嵯峨を春子は見やった。部隊のたまり場である『月島屋』では見られない浮かれたような春子に誠は少し心が動いた。

「ああ、皆さんもどうぞ。アメリアさんのところにはもう持って行きましたからここにある分全部召し上がっていただいても結構なんですよ。さあ、遠慮なさらずに」 

 そんな春子の言葉にそれまで画面に張り付いていたアンが重箱に目を向けた。

「これが有名なおはぎですか。僕の国には無かったので……初めて食べます。黒くて不思議な形をしていますね。僕の国には本当にお菓子を食べると言う習慣が無かったものですから……それこそ日々の食にも事欠く有様で……」

 アンは珍しそうに初めて見るおはぎを手に取ると恐る恐る口に運ぼうとした。

「そうか、おはぎをたべるのは初めてなんだ。考えてみればクンサは公用語は日本語だけど日本文化圏じゃないから当然だよね。甘くておいしいよ」 

 誠はおはぎに手を伸ばした。アンは初めてのおはぎに恐る恐る手を伸ばして、誠の様子を見守りながら口に運んだ。

「神前君もそこの新人君もおいしい?」 

 笑いかける春子に誠は頭を掻きながら重箱の中を覗いた。どれもたっぷりの餡をまとった見事なおはぎで自然と誠の手はおはぎに伸びた。

「そうだ、お茶があると良いな。神前、アン。お前さん達も食べることだけじゃなくってもっと気を利かせたらどうなんだ?それじゃあいつまでたっても下士官どまりだぞ」 

 二つ目のおはぎに手を伸ばそうとして嵯峨は不意に手を止めた。

「そうね、お茶が有るといいわね。誠君。給湯室ってどこかしら?」 

 春子は軽く袖をまくるといつもの包み込むようなやわらかい視線で誠を見つめた。

「ああ、神前先輩。僕が案内してきますから!女将さん!こちらです!」 

 そう言って伸びをするとアンは自分より背の高い春子に向き直った。

「アン!春子さんに失礼の無いようにな!」

 嵯峨はアンの背中に向けていつもには無い安心しきった表情でそう言った。 

「本当にごめんなさいね。それじゃあ新さん、また」 

 春子はそう言ってアンに案内されて消えていった。

「隊長、無理しなくても良いですよ。隊長は生八つ橋以外の甘いものは食べられないのは僕も知ってるんですから……たぶん女将さんも知ってますよ、そのこと。そんなにまでして女将さんと仲良くなりたいんですか?」 

 三つ目のおはぎに手を伸ばそうとする嵯峨に誠が声をかけた。辛党で酒はいけても甘いものはからっきし駄目な嵯峨が安心したように手に付いたあんこをちかくのティッシュでぬぐった。

「おい、出てったのは……女将さんか?」 

 春子達と入れ違いに戻ってきたかなめが嵯峨の姿を見つけるとニヤニヤ笑いながら叔父である嵯峨に歩み寄っていった。

「おう、叔父貴も隅に置けねえな。どうせ調子に乗っておはぎ食いすぎたんだろ?食いつけねえもの食うと腹壊すぞ。月三万円の小遣いで胃薬買ったらすぐ破産するんじゃねえか?」 

 かなめのタレ目の先、嵯峨の顔色は誠から見ても明らかに青ざめていた。

「隊長……無理しなくても……女将さんも分かってくれますって」 

 そう言いながら甘いものに抵抗の無い大食漢の誠は笑顔のまま三つ目のおはぎを口に運んだ。

「で、どこまで進んだかな?」 

 そう言いながらかなめは誠の端末の画面に映し出されているリンとランの罵り合いに目を向けた。

「あ、まだこの罵りあいの場面が続いてるんですか……ってこんなに長くやる必要あるんですか?」 

 誠は未だに同じ場面が続いているのに呆れた。

 リンとランはあらん限りの低次元の罵声を浴びせあう構図を画面いっぱいに繰り広げていた。

『このちび!餓鬼!単細胞!義理と人情の二ビットコンピュータ!やくざ!任侠崩れ!人殺し!』 

『オメーだってただの機械人間じゃねーかよ!この変態!露出狂!食糞家!』 

 その会話は完全にそれぞれの現実での立場に対する個人攻撃に変わりつつあった。それはただの子供の喧嘩にしか誠には見えなかった。

「おい、こんなの部外者に見せる気か?うちの恥を世間様に晒してどうするんだ?アタシ達まで恥をかくことになるじゃねえか。特に食糞家はやりすぎだろ……まあアタシも食わせた事が有るから人のこと言えねえんだけどな」 

 画面を指差しながらかなめは誠に尋ねた。

「いや、たぶんアドリブでどちらか本音を言っちゃって、それでエキサイトしてこうなったんじゃないですか?それにたぶん上映に耐えない部分は編集して使うんだと思いますよ。アメリアさんの事だからより迫力のある画が欲しいとか言ってるんでしょ」 

 誠はこの状況下で監督のアメリアがストップをかけないのは半分以上はリンとランの本音を聞き出して後でそのことを利用して何か企んでいるんだろうと考えていた。

「それを止めねえとは……アメリアの奴。アイツも一緒になって面白がってやがるな。アイツは面白ければすべてよしだからな。うちの恥くらいなんともねえんだろうよ」 

 かなめも誠と同じことを考えているようで、時々見せる悪い笑みを浮かべていた。

『カットー!二人ともこれは口げんかの企画じゃ無いですよ!』 

 さすがに方向性がずれてきたことに気づいたアメリアが止めにかかった。

「なんだよ、アメリア。もっと続けりゃいいのによ。晒すんなら徹底的にうちの恥を晒せば次回の映画の話は無しになる。そうすればこんな面倒なことも豊川市役所も頼んでこなくなるのによう」 

 そう言いながらかなめは手にした二つ目のおはぎを口に放り込んだ。

 画面の向こう側は打ち合わせに入ったようですぐに画面が闇に閉ざされた。

 端末からは何か争うような声が途切れ途切れに聞こえてきた。それがランとリンが口喧嘩だけでなく実力行使に移ろうとしているらしく、それを新藤とアメリアがなだめているものだとわかると誠も大きなため息をついた。

『ランちゃん、リンちゃん。落ち着いていきましょうね。これは映画だから。演技だから。現実とは関係ないから。それじゃあEの23番……スタート!』 

 ようやく落ち着いたようでアメリアの声がかかった。画面には青空が広がる町の公園の街頭の上に立ったランがゆっくりと顔を上げて微笑む光景が映された。

『これは……久々に暴れられそうだな』 

 そしてにんまりと笑うランにかなめが目を向けた。

「怖えなこりゃ。ちびも拡大すると凄いことになるじゃねえか。この調子で遼南内戦でも大虐殺をやってのけたのか……姐御が得物の『方天画戟』で直接殺した数は50万人だって自分で言ってたが……確かにそんくらいの人間を殺してそうな顔だな。50万人の市民を平然と殺して回った本物の『粛清者』の迫力は役者にゃ無理だな」 

 かなめは三つ目のおはぎに手を伸ばした。そこでいつも通りアメリアに良いように使われている連絡係のパーラが部屋に入ってきた。

「おい、西園寺さん。出番よ……隊長?おはぎ食べてるんですか?隊長は生八つ橋以外の甘いものは食べられないって日頃から言ってるじゃないですか?大丈夫ですか?顔色悪いですよ」

 パーラは持ち前の心配性を発揮して青ざめた表情の嵯峨に声をかけた。 

「春子さんが作ったものだと思えばこれくらい平気だよ。それとなんか俺が居るとまずいことあるの?」 

 パーラのおはぎを食べている嵯峨を見る姿は不思議な生き物を見るような目をしていた。嵯峨はそう言って苦笑いを浮かべておはぎに伸ばした手を止めた。

「いいえそう言うわけでなく……餡が口についてますけど……大丈夫ですか?胃薬ならひよこちゃんに頼めば医務室に有ると思うんですけど」 

「本当?春子さんの前ではそれはちょっと恥ずかしいな。胃薬の方は大丈夫だ。日頃月三万円生活をしているからたまには糖分を取らないと炭水化物が不足するからちょうどいいんだ」 

 パーラに言われて嵯峨は給湯室に行っている春子を意識して手で口を拭った。

「叔父貴の馬鹿が色気づきやがって。パーラ、分かったよ。出番ねえ……」

 かなめは明らかに気乗りしないと言うように立ち上がった。 

「ごめんなさいね!」 

 かなめが立ち上がろうとするとお盆を持った春子が現れた。続いてきたアンの手にはポットが握られていた。

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