特殊装甲隊 ダグフェロン 『廃帝と永遠の世紀末』 第四部 『魔物の街』

橋本 直

文字の大きさ
4 / 68
プロローグ

第4話 パスワード

しおりを挟む
 東都都庁別館の警察鑑識部のある巨大ビル。その玄関ロビーで来客用の椅子に腰かけ、両手であったかい缶コーヒーを飲む東都警察と同じ規格の制服を着た小さなランの姿は非常に目立つものだった。さらにその隣では同じく缶のお茶を啜る和服の茜が座っている。ロビーを通る警察関係者達がこの二人と一緒にいる誠達を好奇の目で見るのはあまりにも当然過ぎた。

「コイツが小便行きてえとか言い出してパーキングエリアに止まったのが悪いんだよ!」 

 かなめはそう言うとパーカーのフードをいじっていた島田の頭を小突く。かなめの言葉に島田はただ苦笑いを浮かべていた。

「そこでタバコの煙がどうので一般市民と喧嘩を始めようとしたのは誰だ?」 

 カウラの視線を浴びてかなめは後ずさる。

「茜ちゃん。ここに来なければいけない理由。ちゃんと示して見せてね」 

 手に缶コーヒーを持っているアメリアがそう言って椅子に腰掛けている茜を見下ろす。

「そうですわね」 

 それだけ言うと茜は軽く周りを見回す。そしていつの間にか消えていたラーナがエレベータの前で手を振るのを見つけて立ち上がった。

「神前、刀は……あー、持ってるか」 

 立ち上がると言うよりソファーから飛び降りると言う調子のランが誠の手に握られた刀を確認する。

「なんだ?試し斬りをしろって言う奴か?」 

 冷やかすような調子でそう言ったかなめがランの後についていく。誠も先ほどの死体の発生とこの刀に何の関連があるのかまるで理解できないでいた。

「とりあえず、技術開発局でパスワードを発行してもらわないといけないっすからそっちに寄るっす」 

 全員が落ち着いたとわかるとラーナはそう言った。

「パスワード?」 

 最後尾を着いてきた島田がいぶかしげにつぶやく。同様に茜、ラーナ、ラン以外の面々が不思議そうな顔でラーナを見つめる。

「まーそれだけ他所には知られたくねー事実なんだよ」 

 そう言うとランは開いたエレベータに真っ先に乗り込む。

「飯食ってくれば良かったかな」 

 頭を掻きながらかなめがそう言うと茜とランが同情するような視線でかなめを見る。

「なんだよ、死体かなんかだろ?アタシは腐るほど見てるから平気だよ。そうじゃなくてコイツのことだよ。どうだ?神前。結構えぐいかもしれねえぞ……しばらく肉が食えなくなるとか……いつもみたいに吐くとか」 

「吐きませんよ……最近調子がいいですから。でも……肉が食べられなくなるって……」

 話題を振られて誠は戸惑う。死体の写真なら訓練所でもいくつも見てきたし、以前のバルキスタン戦では実物も見た。確かに食欲が減退するのは経験でわかっていた。

 そんな雑談をしていた誠達の目の前のエレベータの扉が開く。白を基調とした部屋の中には人の気配が無かった。ただ静かな空気だけがそのフロアーを支配していた。捜査活動などで忙しく立ち働いている人からの白い目を覚悟していた誠には少しばかり拍子抜けする光景だった。

「不気味だねえ」 

 かなめはそう言いながら先頭を歩こうとする茜に道を譲る。誠もまるで人の気配を感じない白で統一された色調の部屋をきょろきょろと見回しながら歩いた。

「ここですわ」 

 茜はそう言うと白い壁にドアだけがある部屋へ皆をいざなった。

 茜は何事も無いように歩く。扉を開いてそのまま部屋に入り、一度くるりと回った後そのまま部屋から出てきた。

「皆さんもどうぞ」 

 襟を正しながらそう言う茜に誠達は呆然としていた。

「いったい何が?」 

 誠の質問を無視するように今度はラーナが茜と同じように部屋に入り、くるりと回って出てくる。そしてランも当然のように同じ動作をした。

「無意識領域刻印型パスワード入力か?こりゃあ本格的だな」 

 そう言ったかなめも同じように白い部屋に入りくるりと回って出てくる。

「なんですかその……」 

「大脳新皮質の一部に直接アクセスして無意識の領域に介入するのよ。そしてそこにパスワードを入力して現場ではそれを直接脳から読み取ってセキュリティーの解除を行うっていうシステムね。でもこれは警察でも最高レベルの機密保持体制よ。一体……」 

 そう言ってアメリアが同じ動作を行う。

「僕もやるんですか?」 

 初めて聞くセキュリティーシステムに腰が引ける誠だが、彼の頭をかなめが小突いた。仕方なく誠は扉を開き、真っ白な部屋に入る。

 何も起きない。

 まねをしてくるりと回る。反応は無い。そしてそのまま部屋を出た。

「あのー?」 

「ああ、自覚は無いだろうがすでに脳にはパスワードが入力されているんだ。実際どう言うパスワードかは本人もわからない」 

 サラが続くのを見ながらカウラはそう言って後に続く。

「ああ、うちの技術部の連中なら無効化できるかもしれないけどな」 

 そう言って島田もカウラに続いた。

「それじゃあ今度は地下ですわね」 

 全員がパスワード入力を済ませると再び廊下をエレベータへと進む。電子戦のプロである技術部の将校連でもない限り解けないと言うセキュリティーを施すほどの機密。誠は不謹慎な好奇心に突き動かされて茜の後ろに続いた。

 相変わらずエレベータルームにも人の気配が無い。

「これだけの機密ってことは……本当に俺等が来て良かったんですか?」 

 前線部隊ではない技術部整備班長の島田が頭を掻く。そして運用艦『ふさ』の管制オペレータであるサラも同じようにうなづいた。

「ごらんいただければわかりますわ」 

 それだけ言うと茜は黙り込んだ。その突然の沈黙に誠の好奇心は再び不安に変わった。エレベータのドアが開いて一同は乗り込む。最後に乗ったラーナがエレベータにポケットから出したキーを差し込む。

「隠し部屋かよ。さらに厄介だ」 

 島田の一言にランの鋭い視線が突き刺さる。驚いた島田はそのままサラを見てごまかした。動きだしたエレベータの中。浮いたような感覚、そしてすぐに押しつぶそうとする感覚。パイロットの誠には慣れた感覚だが、それがさらに不安を掻き立てる。

 そして当然のようにドアが開いた。薄暗い廊下。壁も天井もコンクリートの打ちっ放しで、訪れるものの不安をさらにかきたてる。あえて救いがあるとすれば若干の人の気配がするくらいのことだった。

 廊下に出た茜に続くと、誠はそこで白衣を着た研究者のような人達が行き来する活気に心が救われる思いだった。

「人体実験でもやっているのかねえ」 

 かなめの無責任な言葉に茜が振り向いて棘のある微笑を浮かべる。かなめはそのまま後ろに引っ込みカウラの陰に隠れた。

「これは……嵯峨警視正」 

 部屋の置くから低い声が響いた。到着したのは生物学の実験室のような部屋だった。遠心分離機に検体を配置している若い女性研究者の向こうの机に張り付いていた頭の禿げ上がった眼鏡の研究者が茜に声をかけてくる。

「例のものを見に来ましたわ……それとその処理を行える人材もいましてよ」 

 研究者があまりにも研究者らしかったのがおかしいとでも言うように噴出しかけたかなめを一瞥した後、茜はそう言って巾着からマイクロディスクを取り出す。

「そうですか。失礼」 

 そう言うと眼鏡の研究者はそれを受け取り手元の端末のスロットにそれを差し込んだ。画面にはいくつものウィンドウが開き、何重にもかけられたプロテクトを解除していく。

「なんだよ、ずいぶん手間がかかるじゃないか」 

 かなめはそう言いながら部屋を見渡した。

「サンプル……人間の臓器だな」 

 カウラの言葉に誠は改めて並んでいる標本に目を向けた。いくつかはその中身が人間の脳であることが誠にもすぐにわかった。他にもさまざまな臓器のサンプルがガラスの瓶の中で眠っているように見える。

「ちょっと、そこ」 

 明らかに緊張感の無い様子でアメリアがつついたのは島田の手にしがみついているサラを見つけたからだった。

「ランちゃんは……平気なの?」 

 島田から引き剥がされたサラがランを見下ろす。

「オメーなー。アタシが餓鬼だとでも言いてーのか?」 

 そうランが愚痴った時、ようやく研究者の端末の画面がすべてのプロテクトの解除を知らせる画面へと切り替わった。

「それでは参りましょう」 

 茜はそう言うといつものように緊張感の無い誠達に目を向けた。

 奥には金庫の扉のようにも見えるものが鎮座している。迷うことなく茜は進む。彼女はそのまま扉の横のセキュリティーにパスワードを打ち込む。

「ここまでは一般向けのセキュリティーか」 

 かなめはそう言うと開いていくドアの中を伸びをしてのぞき込む。そんなかなめを冷めた目で見ながら茜はそのまま中へと歩き出す。

 無音。ただ足音だけが聞こえている。

「遅れるんじゃねーぞ。全員のパスワードが次のセキュリティー解除に必要だからな」 

 ランの言葉に誠は思わず手を握り締めた。彼の後ろでは観光気分のサラとニヤニヤしている島田がついてきていた。そして30メートルほど歩いたところで道は行き詰るかに見えた。しかし、すぐに機械音が響き、行き止まりと思った壁が開く。

「ずいぶん分厚い扉だねえ。なんだ?化け物でも囲ってるのか?」 

 軽口を叩くかなめを無視して茜は歩き続ける。

「わくわくしない?神前君」 

 後ろからサラに声をかけられるが誠はつばを飲み込むばかりで答えることが出来なかった。

 カウラは通路の壁を触ったりしながらこの場所の雰囲気を確認しようとしているようだった。かなめは後頭部で両腕を組みながらまるで普段と変わりなく歩いている。アメリアは首が疲れるんじゃないかと誠が思うくらいきょろきょろさせながらアトラクション気分で歩いていた。

 そして再び行き止まりにたどり着く。

「おい、島田。もっとこっちに来い!パスワードがそろわねーだろ!」 

 ランがそう言って最後尾を歩いていた島田を呼ぶ。

 彼がサラにくっつくようにやってきたとき重そうな銀色の扉が開いた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

サイレント・サブマリン ―虚構の海―

来栖とむ
SF
彼女が追った真実は、国家が仕組んだ最大の嘘だった。 科学技術雑誌の記者・前田香里奈は、謎の科学者失踪事件を追っていた。 電磁推進システムの研究者・水嶋総。彼の技術は、完全無音で航行できる革命的な潜水艦を可能にする。 小与島の秘密施設、広島の地下工事、呉の巨大な格納庫—— 断片的な情報を繋ぎ合わせ、前田は確信する。 「日本政府は、秘密裏に新型潜水艦を開発している」 しかし、その真実を暴こうとする前田に、次々と圧力がかかる。 謎の男・安藤。突然現れた協力者・森川。 彼らは敵か、味方か—— そして8月の夜、前田は目撃する。 海に下ろされる巨大な「何か」を。 記者が追った真実は、国家が仕組んだ壮大な虚構だった。 疑念こそが武器となり、嘘が現実を変える—— これは、情報戦の時代に問う、現代SF政治サスペンス。 【全17話完結】

滝川家の人びと

卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。 生きるために走る者は、 傷を負いながらも、歩みを止めない。 戦国という時代の只中で、 彼らは何を失い、 走り続けたのか。 滝川一益と、その郎党。 これは、勝者の物語ではない。 生き延びた者たちの記録である。

おじさん、女子高生になる

一宮 沙耶
大衆娯楽
だれからも振り向いてもらえないおじさん。 それが女子高生に向けて若返っていく。 そして政治闘争に巻き込まれていく。 その結末は?

熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)

MisakiNonagase
恋愛
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

アガルタ・クライシス ―接点―

来栖とむ
SF
神話や物語で語られる異世界は、空想上の世界ではなかった。 九州で発見され盗難された古代の石板には、異世界につながる何かが記されていた。 同時に発見された古い指輪に偶然触れた瞬間、平凡な高校生・結衣は不思議な力に目覚める。 不審な動きをする他国の艦船と怪しい組織。そんな中、異世界からの来訪者が現れる。政府の秘密組織も行動を開始する。 古代から権力者たちによって秘密にされてきた異世界との関係。地球とアガルタ、二つの世界を巻き込む陰謀の渦中で、古代の謎が解き明かされていく。

処理中です...