不遇水魔法使いの禁忌術式

キミドリ

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不遇な水魔法使い

1話 砂漠でふたり。ひとり。

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一文一文丁寧に綴ろう。これは彼女に送る最初で最後の告白文なのだから。

 ――俺に多くの事を教えてくれたあなたへ
 ――俺に余りある幸福を与えてくれたあなたへ
 ――俺にかけがえのない恋をさせてくれたあなたへ

 この文を送る。

 君の敵は『世界』だった。
 誰もがうらやむ才能がありながらも、誰もが成し遂げれぬ努力があろうとも『世界』は真に認めようとはしなかった。不遇という言葉が、残酷にも君を飾ってしまう。

 そんな不条理に立ち向かう君に、俺はどれほどの勇気を奮い立たせただろうか。
 尊敬し愛するサーシャへ。まずは君に初めて会った時のことを綴ろう。

***

 世界には、出会いの瞬間から運命が決まってしまうことがある。

 ――俺は砂漠を独り歩いていた。

 数時間前、突如としてこの果てしない砂の海で目が覚めた。自分の名前は宮沢 海(みやざわ かい)。17歳の高校生――それだけは確かだった。しかし、ここに至るまでの記憶は霧の向こうに消えている。

 身に着けているのは、白い無地のロンTの上に秋用の黒いジャケット。デニムのズボンとスニーカー。いつもの外出着のはずなのに、どこか違和感が残る。

 周囲を見渡しても砂と空しかない。燦燦と照りつける太陽の下、青空だけが際限なく広がっている。生命の気配は微塵もない。日本のはずがなく、かといって具体的な地名も思い浮かばない。

 砂漠ならば何かしらの生物くらいいてもよさそうなものだが、それすらも見当たらない。この異様な静寂が、場所の不自然さを際立たせる。

「くそっ、暑すぎる……!」

 砂漠の熱気は想像を遥かに超えて過酷だった。汗が滝のように流れ落ち、頭がくらくらと揺れる。明らかな熱中症の兆候だ。秋服のまま放り出された身には、この暑さは拷問に等しい。

 だが、この場所がどこであれ、じっとして助けを待つのは死を意味する。

「とにかく、人を探すしかない」

 足を重く感じながらも、一歩一歩前へ進む。靴の中に入り込む砂が、歩くたびに足を擦る。
 「死にたくない」――心の中で静かに呟いた言葉が、乾いた大気に吸い込まれていく。

 数時間後――。

 喉は干からび、スニーカーは砂に埋もれそうになりながら進む。全身は砂まみれで、筋肉は悲鳴を上げている。もう限界だ。

 その時、不意に目の前に青い影が見えた。

「み、水……!?」

 噂に聞くオアシスだろうか。遠くに青い塊が浮かび上がっている。
 水を求めて駆け出そうとするが、足は砂に絡め取られ、思うように動かない。それでも必死に前へ。

 しかし、近づくにつれ違和感が募る。大きさが湖とは思えないほど小さい。植物の一つもない。

 ――これは水ではない。

「まさか……これが蜃気楼ってやつか」

 期待が裏切られ、肩を落とす。それでも、その青い正体を確かめずにはいられなかった。

 そして、ようやく真実が見えた距離で、息を呑む。

 ――人が倒れていた。

 水だと思い込んでいたのは、水色の長い髪を持つ少女だった。砂で汚れたローブをまとい、砂の上にうつ伏せに倒れている。日差しに輝く水色の髪と白い肌が、まるで光の粒を散りばめたよう。

 これは蜃気楼などではない。確かな現実だ。

 だが、状況は最悪だった。彼女は完全に動かない。死んでいるのか、それとも瀕死なのか。
 正直、死にかけの自分が生死不明の誰かを助ける余裕などないはずだった。

 それでも――この少女を見捨てることはできない。そう直感が告げている。

「おい! 大丈夫か!? しっかりしろ!」

 俺は彼女を仰向けにし、顔の砂を払う。
 かすかな呼吸を感じた。まだ生きている。

「おい、起きろ!」

 肩を揺さぶり続けると、彼女の瞳がゆっくりと開いた。
 そこには、まるで宝石のような金色の輝きがあった。

 汚れた布切れを身にまとっているというのに、どこか気高さを漂わせる少女。その眼差しには凛とした美しさがあり、白く透き通るような肌は、この過酷な砂漠にそぐわない生命力を感じさせた。

 目が合った瞬間、体中に衝撃が走る。血液が沸騰したかのように、全身を熱が駆け抜けた。
 これは恋だろうか? いや、死に瀕した状況での錯覚か?
 違う。これは――もっと深い、運命的な何かだった。

 彼女は俺から視線を逸らし、きょろきょろと周囲を確認する。そして再び目が合う。
 だが次第に、その整った顔立ちが歪み始める。今にも泣き出しそうな表情で、小さな唇を大きく開く。

「――――――!!!」

 声にならない叫びが、静寂を切り裂く。

「――――! ――!」

 それでも彼女は口を動かし、懸命に何かを伝えようとする。その様子は、まるで自分の声が出ていないことに気付いていないかのよう。

 涙を浮かべながら、彼女は慌てた様子で何かを呟き、片手を前に突き出した。
 その瞬間、空気の質が変わる。乾燥した大気に、突如として湿り気が生まれた。

「こんな砂漠で……何だこれ?」

 彼女の掌に、小さな水滴が集まり始める。それは徐々に大きな塊となっていった。


「――!」

 彼女は何かを叫びながら、その水の塊を俺めがけて放った。

「え!? ちょ、待て――!」

 避ける間もなく、水塊が顔面で炸裂する。ずっと求めていたはずの水。その冷たさが、逆に意識を奪っていった。

 ……何なんだ、これ……。

***

 暗く静謐な空間に、俺は漂っていた。

 まるで深い海の底にいるような感覚。泡の音だけが響く静寂の中で、不思議と息苦しさは感じない。この空間には何もないはずなのに、同時にすべてが満ちているような不思議な感覚。冷たくも温かい包容力が、全身を包み込んでいく。

 呼吸の必要もなければ、恐怖心もない。
 泳ぐように自由に動けるが、底は見えない。ただ、果てしなく深い……。

 ふと、遠くにぼんやりとした光が見えた。その光を追うように、さらに深く潜る。しばらくすると、青白く輝く巨大な光球が視界に飛び込んできた。自分の何倍もある大きさに圧倒されながら、恐る恐る手を伸ばす。

 指先が触れた瞬間、眩い光が広がり、全身を包み込んだ。

 途端に、激しい熱が全身を襲う。まるで細胞一つ一つに針を突き立てられるような痛みが走る。叫び、もがく。しかし、逃れる術はない。

 どこからか、耳をつんざくような拍手と歓声が聞こえてくる。薄気味の悪い喝采。何を祝福しているというのか。誰なのか。

 そこに、別の声が重なる。

「――起きて」

 突如、すべての音が途絶える。苦痛も薄れていく。
 そして、甘美な声が響いた。

「起きてください!」

 痛みも熱さも忘れさせる、その声。導かれるように、俺は体を動かし始める。光から離れ、声の方へと泳ぐ。

 やがて、光の差し込む水面が見えてきた。近づくと、その声がより鮮明に。

「目を覚まして!」

 水面を突き破ろうとした瞬間――

「がはぁっ――あっ!」
「きゃあっ!」

 鈍い衝撃が額に走る。涙が滲むほどの痛みに、思わず目を覚ました。

「いてて! よくも私の美しいおでこに頭突きしてくれましたね! 万死に値します!」

「いてぇ……な、なんだ!?」

 目の前には、先ほどの水色の髪をした少女が、おでこを押さえ目に涙を浮かべながら抗議の声を上げていた。

「そもそもあんな魔法で死にかけるなんて! この天才魔法使い美少女サーシャちゃんを人殺しにする気ですか!」

 砂漠で出会った謎の少女は、どうやら自称・天才魔法使いらしい。
 そして、彼女の一言一言が、不思議なほど自然に耳に入ってくる。

 これが、俺たちの出会い。
 そしてこの瞬間から、運命の歯車が回り始めるのだった。
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