3 / 58
3話・専属侍女の決意
しおりを挟むお茶を淹れてから、ティカはソファーのかたわらに膝をつき、ルーナを見上げる。テーブルの上には趣味の刺繍道具があるが、ルーナはとても手を伸ばす気にはなれなかった。
「なにがあったんですか、ルーナお嬢様」
「実は……」
あふれる涙をハンカチで拭いながら、ルーナはたどたどしい言葉で事情を話した。
神官長に母の形見の首飾りを奪われたこと。
首飾りが魔導具ではないかと指摘されたこと。
不正の疑いで聖女候補の資格を失ったこと。
話を聞き終えたティカは唸った。
たとえ聖女に選ばれずとも最終選抜まで残れば大変な名誉となるが、資格を剥奪された上に神官長の怒りを買ったとなればただでは済まない。もし不名誉な噂が広まれば、今後社交界での立場が悪くなる。
ただ、ティカにはルーナが不正を働くとは思えなかった。普段から身に付けていた装飾品はルーナの亡き母の形見のみ。形見である首飾りが魔導具だという話は一度も聞いたことはない。
「きっと旦那様が神官長さまの誤解を解いてくださいます。だからもう泣かないで。ホラ、目の周りが赤くなっておりますよ!」
「ありがとう、ティカ」
わざと明るく振る舞うティカの気遣いがうれしくて、ルーナはようやく口元に笑みを浮かべた。
「アタシ、蒸しタオルを用意してきますね」
「え、でも」
「まぶたが腫れてもいいんですか? いいから待っていてください。すぐ戻ってきますから、あんまり目をこすっちゃダメですよ!」
「ええ、わかったわ」
ルーナの部屋から出たティカは使用人専用通路を抜けて厨房に向かった。料理長からお湯を分けてもらう。
たらいを抱えて移動していると、背後に複数の気配を感じた。クレモント侯爵家の洗濯や掃除を担当している小間使いたちだ。遠巻きにティカを眺めながらヒソヒソと話をしている。
「ねえ、さっきお嬢様が……」
「絶対なにかあったわよねえ」
「もしかして問題を起こしたのかも」
「有り得るわ。だって、お嬢様ってさぁ」
噂好きな小間使いたちがルーナを侮辱する言葉を発した瞬間、ティカはお湯入りのたらいを抱えたまま振り返った。
「全部聞こえてるよ! このお湯、アンタたちにぶちまけてやろうか!」
「きゃあ、こわい!」
「ああ嫌だわ、これだから異国の娘は」
たらいを掲げたティカが怒鳴ると、小間使いたちは蜘蛛の子を散らすように逃げていった。
彼女たちがルーナを軽視している理由。
ルーナの母親は現当主ステュードが別宅で囲っていた愛人だったという話だ。母親が病で世を去った後、幼い娘はクレモント侯爵家の本宅に引き取られたのである。
それだけではない。
本来、高位貴族の令嬢の専属侍女には下級貴族の娘が選ばれる。しかし、ルーナの専属侍女ティカは他国出身の平民。褐色の肌と黒髪はひと目で異質だと分かるだろう。もともと下働きとしてクレモント侯爵家に入ったティカを、正妻である侯爵夫人がルーナの専属とした。表立って愛人の子につらく当たることはないが、扱いには明確な差をつけている。
そんな理由であてがわれた侍女を、ルーナは笑顔で受け入れた。心を開き、悩みを打ち明け、他愛のない話で笑い合ったりもした。立場の違いはあるけれど、友情のようなものを感じていた。
だからこそ、陰口を叩く小間使いたちが許せない。ルーナを泣かせた神官長も許せない。
「お待たせしました~!」
蒸しタオルをお盆に載せ、笑顔でルーナの部屋へと戻る。どんな事情があっても自分だけは味方でいようとティカは決意した。
237
あなたにおすすめの小説
乙女ゲームの悪役令嬢の兄の婚約者に転生しましたが傷物になったので退場を希望します!
ユウ
恋愛
平凡な伯爵令嬢のリネットは優しい婚約者と妹と穏やかで幸福な日々を送っていた。
相手は公爵家の嫡男であり第一王子殿下の側近で覚えもめでたく社交界の憧れの漆黒の騎士と呼ばれる貴族令息だった。
結婚式前夜、婚約者の妹に会いに学園に向かったが、そこで事件が起きる。
現在学園で騒動を起こしている第二王子とその友人達に勘違いから暴行を受け階段から落ちてしまう…
その時に前世の記憶を取り戻すのだった…
「悪役令嬢の兄の婚約者って…」
なんとも微妙なポジション。
しかも結婚前夜で傷物になる失態を犯してしまったリネットは婚約解消を望むのだが、悪役令嬢の義妹が王子に婚約破棄を突きつける事件に発展してしまう。
「君以外を愛する気は無い」と婚約者様が溺愛し始めたので、異世界から聖女が来ても大丈夫なようです。
海空里和
恋愛
婚約者のアシュリー第二王子にべた惚れなステラは、彼のために努力を重ね、剣も魔法もトップクラス。彼にも隠すことなく、重い恋心をぶつけてきた。
アシュリーも、そんなステラの愛を静かに受け止めていた。
しかし、この国は20年に一度聖女を召喚し、皇太子と結婚をする。アシュリーは、この国の皇太子。
「たとえ聖女様にだって、アシュリー様は渡さない!」
聖女と勝負してでも彼を渡さないと思う一方、ステラはアシュリーに切り捨てられる覚悟をしていた。そんなステラに、彼が告げたのは意外な言葉で………。
※本編は全7話で完結します。
※こんなお話が書いてみたくて、勢いで書き上げたので、設定が緩めです。
十年間虐げられたお針子令嬢、冷徹侯爵に狂おしいほど愛される。
er
恋愛
十年前に両親を亡くしたセレスティーナは、後見人の叔父に財産を奪われ、物置部屋で使用人同然の扱いを受けていた。義妹ミレイユのために毎日ドレスを縫わされる日々——でも彼女には『星霜の記憶』という、物の過去と未来を視る特別な力があった。隠されていた舞踏会の招待状を見つけて決死の潜入を果たすと、冷徹で美しいヴィルフォール侯爵と運命の再会! 義妹のドレスが破れて大恥、叔父も悪事を暴かれて追放されるはめに。失われた伝説の刺繍技術を復活させたセレスティーナは宮廷筆頭職人に抜擢され、「ずっと君を探していた」と侯爵に溺愛される——
召喚とか聖女とか、どうでもいいけど人の都合考えたことある?
浅海 景
恋愛
水谷 瑛莉桂(みずたに えりか)の目標は堅実な人生を送ること。その一歩となる社会人生活を踏み出した途端に異世界に召喚されてしまう。召喚成功に湧く周囲をよそに瑛莉桂は思った。
「聖女とか絶対ブラックだろう!断固拒否させてもらうから!」
ナルシストな王太子や欲深い神官長、腹黒騎士などを相手に主人公が幸せを勝ち取るため奮闘する物語です。
冷酷騎士団長に『出来損ない』と捨てられましたが、どうやら私の力が覚醒したらしく、ヤンデレ化した彼に執着されています
放浪人
恋愛
平凡な毎日を送っていたはずの私、橘 莉奈(たちばな りな)は、突然、眩い光に包まれ異世界『エルドラ』に召喚されてしまう。 伝説の『聖女』として迎えられたのも束の間、魔力測定で「魔力ゼロ」と判定され、『出来損ない』の烙印を押されてしまった。
希望を失った私を引き取ったのは、氷のように冷たい瞳を持つ、この国の騎士団長カイン・アシュフォード。 「お前はここで、俺の命令だけを聞いていればいい」 物置のような部屋に押し込められ、彼から向けられるのは侮蔑の視線と冷たい言葉だけ。
元の世界に帰ることもできず、絶望的な日々が続くと思っていた。
──しかし、ある出来事をきっかけに、私の中に眠っていた〝本当の力〟が目覚め始める。 その瞬間から、私を見るカインの目が変わり始めた。
「リリア、お前は俺だけのものだ」 「どこへも行かせない。永遠に、俺のそばにいろ」
かつての冷酷さはどこへやら、彼は私に異常なまでの執着を見せ、甘く、そして狂気的な愛情で私を束縛しようとしてくる。 これは本当に愛情なの? それともただの執着?
優しい第二王子エリアスは私に手を差し伸べてくれるけれど、カインの嫉妬の炎は燃え盛るばかり。 逃げ場のない城の中、歪んだ愛の檻に、私は囚われていく──。
初恋を諦めたあなたが、幸せでありますように
ぽんちゃん
恋愛
『あなたのヒーローをお返しします。末永くお幸せに』
運命の日。
ルキナは婚約者候補のロミオに、早く帰ってきてほしいとお願いしていた。
(私がどんなに足掻いても、この先の未来はわかってる。でも……)
今頃、ロミオは思い出の小屋で、初恋の人と偶然の再会を果たしているだろう。
ロミオが夕刻までに帰ってくれば、サプライズでルキナとの婚約発表をする。
もし帰ってこなければ、ある程度のお金と文を渡し、お別れするつもりだ。
そしてルキナは、両親が決めた相手と婚姻することになる。
ただ、ルキナとロミオは、友人以上、恋人未満のような関係。
ルキナは、ロミオの言葉を信じて帰りを待っていた。
でも、帰ってきたのは護衛のみ。
その後に知らされたのは、ロミオは初恋の相手であるブリトニーと、一夜を共にしたという報告だった――。
《登場人物》
☆ルキナ(16) 公爵令嬢。
☆ジークレイン(24) ルキナの兄。
☆ロミオ(18) 男爵子息、公爵家で保護中。
★ブリトニー(18) パン屋の娘。
絶望?いえいえ、余裕です! 10年にも及ぶ婚約を解消されても化物令嬢はモフモフに夢中ですので
ハートリオ
恋愛
伯爵令嬢ステラは6才の時に隣国の公爵令息ディングに見初められて婚約し、10才から婚約者ディングの公爵邸の別邸で暮らしていた。
しかし、ステラを呼び寄せてすぐにディングは婚約を後悔し、ステラを放置する事となる。
異様な姿で異臭を放つ『化物令嬢』となったステラを嫌った為だ。
異国の公爵邸の別邸で一人放置される事となった10才の少女ステラだが。
公爵邸別邸は森の中にあり、その森には白いモフモフがいたので。
『ツン』だけど優しい白クマさんがいたので耐えられた。
更にある事件をきっかけに自分を取り戻した後は、ディングの執事カロンと共に公爵家の仕事をこなすなどして暮らして来た。
だがステラが16才、王立高等学校卒業一ヶ月前にとうとう婚約解消され、ステラは公爵邸を出て行く。
ステラを厄介払い出来たはずの公爵令息ディングはなぜかモヤモヤする。
モヤモヤの理由が分からないまま、ステラが出て行った後の公爵邸では次々と不具合が起こり始めて――
奇跡的に出会い、優しい時を過ごして愛を育んだ一人と一頭(?)の愛の物語です。
異世界、魔法のある世界です。
色々ゆるゆるです。
旦那様、離婚しましょう ~私は冒険者になるのでご心配なくっ~
榎夜
恋愛
私と旦那様は白い結婚だ。体の関係どころか手を繋ぐ事もしたことがない。
ある日突然、旦那の子供を身籠ったという女性に離婚を要求された。
別に構いませんが......じゃあ、冒険者にでもなろうかしら?
ー全50話ー
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる