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4話・侯爵家当主の命令
しおりを挟む昼をやや過ぎた時間にクレモント侯爵家当主ステュードが帰宅し、ルーナを執務室へと呼び出した。間違いなく今日の聖女選定の件だろう。緊張で震えが止まらないルーナを一人で行かせるわけにもいかず、ティカが付き添った。
執務室の中で待ち構えていたステュードは、娘と侍女の姿を確認してから大きな溜め息をついた。
「おまえは正式に聖女候補から外された」
分かっていたこととはいえ、父親の口から改めて聞かされたルーナはショックを受けた。視線を床に落とし、体の前で組んだ手を小刻みに震わせている。
「久々にクレモント侯爵家から次期聖女を出せるかと期待していたのだが、こうなっては仕方あるまい」
「も、申し訳ございません、お父様」
ステュードと正妻の間に娘は生まれなかった。愛人の子であるルーナが本宅に引き取られた理由は次代の聖女候補とするため。聖女はいずれ王妃となり、実家は王宮での発言権を持つ。ここ百年余り聖女を輩出できていないクレモント侯爵家の立場を向上させる又とない機会だった。
「だが、気に病むことはない。おまえが退室した後に行われた選定の結果、分家のアトラが第二聖女に選ばれた。アトラは我が家の養女とすると既に話がついている。故に、クレモント侯爵家の面目は立つ」
第一聖女はもちろんイリアだ。
分家のアトラが第二聖女に選ばれたと聞き、ルーナは複雑な気持ちになった。アトラとは聖女選定で顔を合わせただけで一度も言葉を交わしてはいない。あちらからは挨拶すら返されなかった。ルーナは本家筋だが、分家のアトラからは常に下に見られている。
神官長から不正を疑われた時「妾の子」と嘲笑っていた令嬢のうちの一人がアトラなのだから。
そして、同時に疑問を抱く。
数度に渡る聖女選定の儀において、最有力候補はイリア、次にルーナ、三番手は別の令嬢の名が上がっていた。ルーナが資格を失ったのならば三番手の令嬢が第二聖女に選ばれるはずだ。それなのに、なぜアトラが選ばれたのか。
「それで、おまえの処遇だが」
「は、はいっ」
父の言葉に思考を中断する。
期待されていた役割を、ルーナは果たせなかった。普通ならば聖女に選ばれなかった令嬢は婚約者を探して嫁入りをするところだが、不正という不名誉な理由で聖女候補から外されたのだ。たとえ公表されずとも、あの場にいた聖女候補の令嬢たちがどこかで話すことだろう。悪い噂が広まれば結婚どころではない。
自分はどうなってしまうのか、とルーナは唇を噛んだ。
「インテレンス卿がおまえを望んでいてな。第二夫人として迎えてくださるそうだ」
「……えっ?」
思わぬ名前が挙がり、ルーナは俯いていた顔を上げて正面の執務机に掛けている父を見た。
インテレンス卿は宰相である。恰幅の良い五十代後半の男性で、仕事はできるが女性にだらしないと悪い噂がある人物だ。まさか父親より年上の男に嫁がされるとは思ってもおらず、ルーナは頭から冷水を浴びせられたような気持ちになった。
「旦那様、本気ですか」
ショックで口が利けないルーナに代わり、そばに控えていたティカが問うと、ステュードは口の端を上げて笑った。
「去年舞踏会で見初めたとかで、どうしてもと頼まれてな。インテレンス卿の庇護下に入れば誰もおまえを悪し様に言えなくなる。先方の家格も申し分ない。今のおまえには良い縁談だと思うが」
ルーナに選択肢はない。
父の言葉は決定事項だ。
「お嬢様は不正なんてしません! そもそも、あの首飾りは旦那様が……」
食い下がるティカに、ステュードが冷たい視線を向ける。
「侍女ふぜいが楯突く気か」
「で、ですが」
なおも反論しようとするティカを、ルーナが手で制した。これ以上口答えをすればただでは済まない。
「私の侍女が失礼をいたしました。きちんと言い聞かせておきますので、どうかお許しください」
「ふん」
深々と頭を下げ、侍女の無礼を代わりに詫びる。そんなルーナの姿を見て、ティカは言いたい言葉を飲み込んで自分も頭を下げた。
「今夜インテレンス卿を招いて顔合わせをする。わかったな」
「……はい」
やけに段取りが良い、とティカは思った。もしかしたら、こうなると分かっていて事前に話をまとめていたのかもしれない。
叱責されなかったというのに陰鬱な気持ちになり、ふたりは重い足取りで当主の執務室を後にした。
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