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7話・亡き母の形見
しおりを挟むティカの機転で難を逃れたものの、今後どうすべきかルーナは迷った。夜には本当にインテレンス卿がやってくる。顔合わせが何事もなく終わったとしても、ゆくゆくは嫁がねばならない相手。まだ恋も知らない乙女にとって、父親より年嵩との婚姻など考えたことすらなかった。
しかも、今までは漠然とした知識しかなかった男女の行為がフィリッドから襲われかけたことで生々しく印象付けられた。湧き上がる嫌悪感に、ルーナはただ耐えるしかない。
私室に戻り、扉に内鍵をかける。周りに誰もいないことを確認してから、ティカは意を決したように口を開いた。
「ルーナお嬢様、逃げましょう!」
「はぇっ?」
侍女の提案に、ルーナが目を丸くした。思いも寄らない話に理解が追い付かず、間の抜けた声を上げてしまう。
「聖女選定の間は最低限の扱いが保証されてましたが、今はもう何もありません。旦那さまもフィリッド様もお嬢様をどう利用するかしか考えておりません。奥様だってどう出るか」
ティカの言葉を聞きながら、先ほどのやり取りを振り返る。
平気な顔で宰相に差し出すと決めた父。
薄汚い欲をぶつけようとした腹違いの兄。
嫁がされた後も利用されると予想できる。
「どのみち聖女選定で不正を働いたという話が広まってしまえば他に道はありません。私には、お父様に逆らうなんて……」
「首飾りを身に付けておくよう言い付けたのは旦那様なんですよね? 最初から分かった上でやらせていたに違いありません。バレたらお嬢様ひとりに責任を被せて! 雇い主じゃなかったら殴ってましたよ!」
幼い頃、亡き母の形見だからと首飾りを渡したのは父ステュードだったとルーナは記憶している。大人用の首飾りは大きくて重かったが、常に付けるようにと言われて素直に従った。いつしか愛着が湧き、辛い時や寂しい時に心の拠り所としてきた。
「愛人の子である私を今日まで養い育ててくれたのです。クレモント侯爵家の役に立つためならば、私は、……」
神官長に奪われた首飾りを思い出す。どうにかして返してもらえないかとルーナは思案した。
「インテレンス卿は宰相様ですもの。気に入っていただけたら私のお願いを聞いてくださるかもしれないわ。神官長様からお母様の首飾りを返してもらえるよう頼んでみます」
少なくとも頼み事ができるような関係になるまでは従順でいなければならない。何ヶ月、何年先の話になるか分からない。それまで耐えられるだろうかとルーナは自分の胸元に手を伸ばす。数時間前までそこにあった首飾りを無意識に探しているのだ。
「本当に形見だと信じているんですか? あれはお嬢様を聖女に仕立て上げるために旦那様が用意した単なる魔導具──」
「ティカ」
語気を荒げるティカを、震える声が制した。
「……私には、他にすがるものがないの」
どんな酷い扱いを受けようと拠り所さえあれば耐えられる。本当に母が遺したものかどうかは問題ではない。物心ついて以来そうだと信じてきた事実が重要であり、他では代わりが利かないのだ。
自分の言葉がルーナを傷付けたと悟り、ティカは俯く。しかし、その瞳には諦めの色はなく、むしろ強い意志が宿っていた。
「お嬢様の気持ちも考えず申し訳ありません。言い過ぎました」
「いいえ。私こそごめんなさい」
謝るルーナを、今度はティカが制した。
「では、一つ提案があります」
「提案?」
「ええ。乗りますか?」
何の説明もないまま返答を迫られる。
ティカはいつも支えてくれる。ルーナを第一に考えている。ルーナがティカを大事に思うように、ティカもまたルーナを大事に思ってくれている。
そう分かっているからこそ、詳しい話を聞く前だというのに、ルーナはすぐさま頷いた。
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