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34話・18年前の内乱
しおりを挟む街歩きを楽しんだ次の日、ラウリィが浮かない顔で離れへとやってきた。
「殿下がルーナ嬢のことをディルクに尋ねたんだ。あいつには僕の従姉妹だと説明したから、そのまま殿下に答えたみたいでね。何故かエクレール伯爵家に『紹介しろ』って言ってきたんだよ」
グレイラッド・サンティエーレはシュベルトの次期国王となる王子である。彼はお忍びの際にルーナを見つけ、声を掛けようとしていた。直前でなんとか阻止したまでは良いが、まだ諦めていなかったようだ。わざわざエクレール伯爵に紹介を頼んできたという。
「それで、僕の母が一度ルーナ嬢と会って話がしたいと言っているんだ。構わないだろうか」
「ええ、もちろん。私もティラヘイアのお話を伺いたいと思っておりましたので」
ルーナは二つ返事で了承した。もともと自分の出自を誤魔化すために『ラウリィの従姉妹』だと周りに説明してもらっているのだ。ラウリィの母親、つまりエクレール伯爵夫人と面識がない状態は不自然と言える。この機にきちんと口裏を合わせ、ついでに自分の生みの母親について知ることができれば、とルーナは考えていた。
ラウリィが使いを出してから間を開けず、エクレール伯爵夫人がゼトワール侯爵家の離れに訪ねてきた。貴族同士の訪問ではなく、今回はあくまで身内に会いに来たという体である。あまりにも身軽な行動にやや驚きつつも、ルーナはテラスに用意した席へと夫人を招いた。
「初めまして。ルーナ・クレモントと申します。この度は勝手に親族を名乗り、エクレール伯爵夫人には大変なご迷惑をお掛けいたしました。伏してお詫び申し上げます」
真っ先に頭を下げて謝罪をするルーナに、エクレール伯爵夫人はコロコロと笑ってみせた。
「構わなくてよ。事前にラウリィから話は聞いておりましたもの。あの子から言い出したことなのでしょう? 謝る必要ないわ」
「は、はい」
許しを得て、ルーナは顔を上げて向かいに座る夫人を見る。長く艶やかな銀の髪は綺麗に結われ、美しい装飾の銀細工で留められていた。とても二十代半ばの息子がいるとは思えぬほど若々しい貴婦人である。ドレスは決して華美ではないが、本人の威厳や自信がそのまま魅力となって現れているようだ、とルーナには思えた。
「わたくしも貴女に会いたいと思っておりましたの。ちょうど良い機会だわ」
言いながら、夫人はルーナをじっくりと見つめる。何かを見定めるような眼差しに、ルーナはただ神妙な表情で背筋を伸ばし、じっとしているほかなかった。
「ルーナさん、お母様のお名前は分かるかしら」
「いえ。なにも。顔も覚えておりません」
「そう……。きっと内乱で散り散りになったティラヘイア貴族の誰かが貴女のお母様だと思うのだけど」
うーん、と唸りながら夫人は首を傾げた。
今から十八年前、ティラヘイアで内乱が起きた。派閥争いの結果、国は荒れ、貴族や平民を問わず多数の犠牲者が出た。エクレール伯爵夫人の前夫……ラウリィの父親も内乱で命を落としたうちの一人である。半数以上の貴族が近隣諸国に亡命し、そのまま定住したり、情勢が安定してからティラヘイアに戻った者もいるという。
「亡命先で結婚して新たに子を授かる場合もあります。きっと貴女のお母様もそうだったのでしょうね」
夫人は、内乱の調停のためにやってきたシュベルトからの使者の一員であるエクレール伯爵に見初められ、内乱終結から数年後に子連れ再婚している。
「でも、母は……父の愛人だったと」
「愛人ですって?」
「ええ。そう聞いております」
ルーナが答えると、夫人は身を乗り出して聞き返した。先ほどまで穏やかだった表情がやや険しくなっている。
「ティラヘイアの貴族の女性は婚姻関係にない男性の子など産みません。愛人の立場に甘んじるなど有り得ない話だわ!」
急に語気を荒げる夫人に、ルーナは震え上がった。同席しているリヒャルトとラウリィもすっかり気圧され、言葉も出ない。
「婚外子を禁ずる戒律があるのですよ。血統を乱しかねない存在は後々問題になりますからね」
「では、私は……」
ルーナはティラヘイアの戒律を破った上で生まれた婚外子。自分が望まれて生まれた存在ではないのかもしれない、とルーナの気持ちが暗く沈む。
しかし、夫人はまた首を傾げた。
「でも、貴女は純血のティラヘイア貴族にしか見えないわ。本当にアルケイミア貴族の血を引いているのかしら」
「えっ……」
今度は父親との血縁を疑われ、ルーナは戸惑う。物心ついた頃からクレモント侯爵家で育てられてきたルーナにとって、父親はただ一人。クレモント侯爵ステュードだけ。
『おまえが父上の本当の娘かどうかすら怪しいもんだ。その証拠に、俺たちは似ても似つかん』
異母兄フィリッドの言葉が脳裏に蘇る。
母親の顔も名前も分からず、父親すら血の繋がりがあるかどうかも不明。ルーナは自分の足元が大きく揺らぎ、崩れていくような感覚を覚えた。こめかみに手を当てて俯くルーナの姿を、リヒャルトが気遣わしげに見つめる。
「少しよろしいですか」
隅で控えていたティカが手を上げて発言の許可を求めた。エクレール伯爵夫人は「もちろん」と頷き、続きを促す。
「奥様の髪飾りは魔導具でしょうか」
ティカが指し示したのは伯爵夫人の髪留め。精緻な細工が施された美しい装飾品である。
「ええ。この髪留めはティラヘイアで作られた魔導具です。よく分かりましたね」
「ルーナお嬢様もよく似た作りの首飾りを持っておりましたので」
「まあ、そうなの? もしかしたら細工の柄で身元が分かるかもしれないわ。その首飾りは今どこに?」
キョロキョロと辺りを見回す伯爵夫人に、ルーナは申し訳なさそうに口を開く。
「実は、アルケイミアの神官長様に没収されてしまいまして、今は手元にないんです」
「まああ! なんてこと!」
返答を聞いた伯爵夫人は見るからに落胆したが、すぐに気を取り直した。隣に座るラウリィは、喜怒哀楽が激しい母親の姿にやや引いている。
「ティラヘイアの貴族、特に女性は魔力が多く、普段から魔力抑制魔導具を身に付ける必要があるのです。でなければ、何かの拍子に触れたものに魔力を込めてしまいますからね。良い効果ばかりが現れるとは限らないし、扱いには気を付けねばならないのですよ」
なるほど、と四人は納得した。ルーナが刺繍を施したハンカチに治癒の効果が現れたのは、ルーナの魔力が込められたから。そして、場合によっては治癒以外の効果が発現する可能性もあるという。もし他者を傷付けるような効果だったら、と思うと背筋に冷たいものが走った。
「とりあえず、わたくしの親戚だと周りには答えておきます。同じティラヘイア出身なのだから嘘ではないものね。殿下は、そうね。適当にあしらっておきましょう」
今回の訪問は王子からの紹介要請が切っ掛けである。王子には既に婚約者がいる。他の令嬢を紹介する気は毛頭ないのだろう。
「あと、魔導具は再度魔力を込めればまた効果を発揮するはずよ。試してごらんなさい」
そう言い残し、エクレール伯爵夫人は帰っていった。幾つかの謎が明らかとなった代わりに分からないことが増えている。
「ルーナ嬢、顔色が悪いが大丈夫か」
「ええ、平気です。これくらい」
リヒャルトから心配され、笑顔で応えながらも、ルーナの心の中は複雑な感情が入り乱れていた。
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