【完結】聖女になり損なった刺繍令嬢は逃亡先で幸福を知る。

みやこ嬢

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36話・選択肢

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 ルーナたちは王都の中心部に建つ王宮へと招かれていた。王子から名指しでの呼び出しを受けたからである。

 とはいえ、ルーナは他国の貴族令嬢であり、今は素性を隠している身。堂々と登城できる立場ではない。故に、面会場所は王宮の片隅に建つ離宮となった。馬車で直接向かえば他に誰とも顔を合わさずに済むからである。

「よく来た、ルウ嬢。いや、本当の名はルーナと言うのだな」
「は、はい。ルーナ・クレモントと申します」

 離宮の中にある応接室にて、ルーナはシュベルトの王子グレイラッドと向き合って座っていた。王子の後ろにはリヒャルトの兄ハインリッヒが、ルーナの後ろにはリヒャルトとラウリィがそれぞれ立って控えていた。

 エクレール伯爵夫人は打ち合わせ通りにルーナを親戚だと説明してくれたのだが、ハインリッヒが弟から聞いた話をそのまま王子に伝えてしまったため、結局全ての事情を話すことになってしまった。兄にきっちり口止めしておくべきだったとリヒャルトは悔いた。しかし、可愛い弟からの頼みとはいえ、主人あるじである王子にわれてしまえば逆らうという選択肢はハインリッヒにはない。遅かれ早かれルーナの事情は明かされる運命にあったのだ。

「実はな、アルケイミアの神官長から秘密裏に頼み事をされたのだ。人探しに協力してくれ、とな。それがルーナ嬢というワケだ」

 王子の仕事は主に他国との外交である。どうやら一度派遣した追っ手が成果なく帰国したため、今度こそ確実に見つけるためにシュベルト側に協力要請をしてきたらしい。大々的に探すのではなく秘密裏に。やはり、神官長は事を大きくしたくないのだろう。

「シュベルト側は国境を接する国として、また友好国として、アルケイミア側の意向は聞いてやりたいと考えている」

 王子の言葉に、ルーナは視線を下に向けた。膝の上で組んだ手に僅かに力が入る。

「発言よろしいですか、殿下」
「構わん」

 後ろで控えていたリヒャルトが眉間にシワを寄せ、王子に対して質問を投げ掛けた。

「アルケイミアの神官長がどういう目的でルーナ嬢を探しているか聞いておりますか」

 リヒャルトはルーナを守ると決めている。もし裁くために探しているのだとすれば身柄を引き渡すわけにはいかない。情報すら流したくなかった。

 いつになく厳しい表情を向けるリヒャルトの姿に、王子は愉快そうに目を細めた。面白いものを見た、といった様子だ。そんな弟と王子の反応を、ハインリッヒはただ黙って見守っている。

「アルケイミアの神官長がルーナ嬢を探している目的は『謝罪のため』だと聞いている」
「謝罪、ですか」

 思わぬ言葉に、ルーナがパッと顔を上げた。

「そうだ。ルーナ嬢がアルケイミアから出奔した理由は聖女選定で不正を働いたと疑われたからだろう? 疑いの原因となった魔導具は『魔力増幅』ではなく逆の『魔力抑制』であったと後々おこなわれた検証で明らかとなった、と」

 エクレール伯爵夫人からティラヘイアの貴族、とりわけ女性は魔力が多いと聞いている。魔力抑制魔導具を常に身に付けておかねばならない、と。不正の疑いが完全に晴れたのだと分かり、ルーナはホッと安堵の息をもらした。

「私はルーナ嬢の意志を尊重したい。所在を明らかにするか隠し通すか。神官長の謝罪を受け入れるか否か。さて、どうしたい?」
「わ、私は……」

 王子の問いに、ルーナは返答に詰まった。

 聖女は既に選出され、国内に発表されている。謝罪を受け入れたとしても聖女になれるわけではないし、元の暮らしには戻れない。出奔した理由は聖女候補から外されたからではなく、異母兄や宰相から酷い目に遭わされかけたからなのだから。

 あの時の絶望感を思い出し、ルーナは蒼褪め、ぶるりと体を震わせた。逃げ出さなければ今頃どうなっていたか想像すらしたくなかった。ずっと暮らしてきたクレモント侯爵家の屋敷に帰りたいとさえ思えない。

 幼い頃から支えてくれたティカ、全ての事情を知った上で受け入れてくれたリヒャルトとラウリィ、彼らに囲まれて過ごす幸福な日々を知ってしまったのだから。

 ただ一つ、心残りがあった。
 不正を疑われた時に奪われてしまった首飾り。
 本当に母の形見だったのだと今なら分かる。

「もしルーナ嬢が無事ならばアルケイミアに戻ってきてほしい、と神官長は言ってきている。謝罪する側がこちらに出向くのが筋だと突っ撥ねてやりたいところだが、アルケイミアでは間もなく第一王子の結婚式が開かれる予定だからな。現状動けんのだろうよ」

 アルケイミアの次期国王となる第一王子が成人を迎える年、年頃の貴族令嬢の中から魔力や教養に優れた者を選び出す。聖女選定によって選ばれた聖女は第一王子と婚姻を結んで王妃となり、生涯に渡り魔力を供給する役割を持つ。今回選ばれた聖女二人と第一王子との結婚式が十数日後に迫っていた。

「ルーナ嬢、無理はしなくていい」
「リヒトの言う通りだ。無視してここに居よう」

 リヒャルトとラウリィがそれぞれ声を掛ける。事情を知っている二人は、ルーナとティカをアルケイミアに帰したくなかった。

 しかし、王子の背後に控えるハインリッヒが異論を唱える。

「個人的な感情を挟むなリヒャルト。ラウリィもだ。秘密裏の要請とはいえアルケイミアの国事に関わる話だぞ」

 ハインリッヒは王子と共に他国との交流や交渉を担当している。近隣諸国との友好関係を維持するために日々尽力している立場だ。

「国を通している以上、神官長の『謝罪したい』という言葉は偽りではない」
「しかし、兄上」
「姿を見せて謝罪を受け入れない限りルーナ嬢の捜索は続くぞ。いつまでも籠の鳥にしておくつもりか」
「……ッ」

 兄が放った正論に、リヒャルトは唇を噛んだ。



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