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49話・ハイエナの死
しおりを挟む今回も一気に第四階層の手前まで走り抜ける。
何度も潜ったおかげで、僕は複雑な構造のダンジョン内の最短ルートを把握している。ゼルドさんがモンスターを一撃で倒してくれるから逃げ回る必要がない。道に迷わずに済む大きな理由だ。
第一、第二階層は難なく通過した。
しかし第三階層に入った途端、ゼルドさんが足を止めた。僕を庇うように立ち、辺りを見回している。
「どうかしました?」
「……空気がいつもと違う」
「え?」
どうやら何かの気配を感じ取ったようだ。口を噤み、邪魔にならないよう息をひそめる。
そもそも気配ってなんだろう。
息遣いや足音、衣擦れの音?
それとも視線や殺気だろうか。
僕にはよく分からない感覚だ。
普段ならば一気に走り抜けるところだけど無視して通り過ぎることもできず、慎重に歩を進める。
ゼルドさんが感じた『いつもと違う空気』の正体は、しばらく進んだ先で明らかになった。
「おい、息はあるか?」
「あ~あ、この傷じゃダメだな」
洞窟のような通路の先で四人の冒険者が何かを囲んでしゃがみ込んでいた。その周りには数匹のモンスターが倒れている。
「あ、あのっ、どうしたんですか?」
恐る恐る声をかけると、四人が顔を上げた。僕の背後に立つゼルドさんを見てビクッと肩を揺らした後、引きつった表情で先ほどまで見下ろしていた地面を指さす。
「悲鳴が聞こえたんで駆けつけたんだが、少しばかり遅かったみたいだ」
「え……」
指さした辺りに誰かが倒れているようで、僕の位置からではブーツの先しか見えない。覗き込もうとしたら、四人のうちの一人が目の前に立ち塞がった。
「ボウズは見んな。ハラ食い破られてっから」
僕を気遣って注告してくれたのだろう。低い声音で告げられた内容を頭が理解した瞬間、ぐらりと足元がよろめき、背中がゼルドさんにぶつかった。
「この男は仲間か?」
ゼルドさんが問うと全員首を横に振った。
「いや、俺らは通り掛かっただけだ」
「第三階層で死ぬなんざ聞いたことねえぞ。そりゃあ道には迷うが、数人で探索してりゃ命の危険まではないはずだ」
「じゃあ、なんでコイツは一人なんだよ」
死んだ冒険者が何故仲間を連れずに第三階層をうろついていたのかを議論していた四人は、「まさか」と再び視線を落とした。
「……コイツ、噂のハイエナ野郎か?」
噂の、というのは出がけにマージさんが言っていた『無許可で単独探索をしている冒険者』のことだろう。
モンスターとの戦闘を他人に任せて取りこぼした宝箱を狙う姑息さから、冒険者の間では『ハイエナ』という蔑称で呼ばれているらしい。遺体を見下ろす彼らの目が急に冷たくなった。
「さぁて、どうすっか」
「置いていくのも寝覚め悪ィしな」
「もし仲間とはぐれただけなら後でギルドから捜索を依頼されるかもしんねーし、町まで運ぶか?」
「でもなぁ~……」
彼らも探索中なのだ。途中で切り上げたら稼ぎがなくなってしまう。モンスターに注意を払いながら遺体を運び出し、ギルドに諸々の報告をして、と考えると手間と時間がかかり過ぎる。
「状況報告は第一発見者の貴方がたにしかできないことだ。遺体を町まで運ぶなら、移動中のモンスターの対処は私が請け負う」
ゼルドさんが遺体運びの護衛を自ら申し出た。
僕も呆けているわけにはいかない。すぐにリュックから防水シートを取り、手前にいる冒険者に差し出した。
「これ、遺体を包むのに使ってください。僕ちょっと怖くて見れないんで手伝えないんですけど」
「いいのか?ダメになっちまうぞ」
「構いません、どうぞ」
僕の手から受け取った防水シートを地面に敷き、そこへ遺体を転がす。ぐるぐる巻きにしたものを二人掛かりで担ぎ上げた。
遺体の姿が見えなくなったことで、僕はようやく現場を確認することができた。地面には血溜まりがあり、少し離れた位置に抜き身の長剣と荷袋が落ちていた。死んだ冒険者のものだろう。一応これも回収しておく。
「済まねえが、護衛を頼んでいいか」
「ああ、任せてくれ」
「僕、道案内します」
第三階層は迷路のような作りで迷いやすい。普通ならば町に帰還するだけでも一、二日かかってしまう。僕は何度も通るうちに大体の道を覚えたので、最短で上層へ通じる道に辿り着ける。
僕が先導し、四人が交代で遺体運びをして、ゼルドさんが最後尾について護衛する形で帰還の途につく。何度かモンスターに遭遇したけど、全てゼルドさんが一振りで倒してくれた。
徒歩での移動のため、町に帰還するまで丸一日を要した。
マージさんたちに知らせて指示を仰ぎ、ギルドの裏手にある鍛錬場の片隅に遺体を運び入れた。遺品と思われる長剣と荷袋も傍らに置く。これから町医者に検死をしてもらい、その間に第一発見者である彼らに事情を聞くという。
「ゼルドさん、ライルくん、ありがとう。探索に出かけたばかりなのに災難だったわね」
「当然のことをしたまでだ」
苦笑いを浮かべながら礼を言うマージさんに、ゼルドさんは真顔で答えている。僕はまだ気持ちが落ち着かず、ゼルドさんの袖を掴んだ。
お医者さんが到着し、検死が始まった。
巻かれていた防水シートがめくられ、遺体の一部がちらりと覗く。土気色になった手や顔を見ただけで恐ろしくなり、僕は思わず視線をそらした。
「大丈夫か、ライルくん」
「へ、平気です。これくらい」
「……今日はもう宿で休むとしよう」
ゼルドさんが心配そうに僕の顔を覗き込む。確かに再度探索に行けるほど元気な状態ではない。申し出に甘えて休むことにした。
マージさんに挨拶してから宿屋に戻る。
女将さんに驚かれたのは、探索出発からわずか一日半で帰ってきたからか。それとも僕の顔色が悪かったからか。
部屋に入り、荷物を置いた途端に床にへたり込む。今ごろになって足が震え、立てなくなってしまった。すぐにゼルドさんが手を貸し、ベッドに座らせてくれた。
「ごめんなさい、僕……」
「いや、私の配慮が足りなかった。ああいう現場は避けるべきだった」
モンスターに喰われた遺体は十年前の惨劇を思い出させた。
支援役として、これまで何度もダンジョンに潜ってきたけれど今日みたいな経験は初めてで、それ故に耐性がなかった。
いつもゼルドさんが苦戦することなくモンスターを倒してくれるから『ダンジョンは死と隣り合わせ』という大前提を忘れかけていた。下手をすれば大怪我を負い、当然死ぬことだってある。
「今夜だけ一緒に寝てくれますか?」
「私は毎晩でも構わないが」
「それは大丈夫です」
「……」
ひとりで寝たら悪夢を見てしまう。
その日の夜は同じベッドで寝かせてもらった。
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