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62話・嫌疑と擁護
しおりを挟む「できれば犠牲者が出る前に捕まえたかったけど出遅れちまったなー」
ダールの言い方からすると、既に容疑者の目星はついているのだろう。今回はその人物の後を追ってきたということか。
「現在オクトを拠点としている冒険者の中に不審死事件の犯人がいるかもしれないですって?まさか」
マージさんは顔色を失っている。ギルドの受付嬢は全ての冒険者と顔を合わせ、言葉を交わしている。その中の誰かが人殺しかもしれないのだ。落ち着いていられるはずがない。
「怪しい奴が分かってんなら、なんでサッサと捕まえないんだ~?とりあえず牢にブチ込んでから吐かせりゃいいじゃないか~」
「アルマ。ここは法治国家だぞ!」
アルマさんの発言をメーゲンさんが軽く咎めた。現行犯か自白がなければ捕まえるのは難しい。揺るぎない証拠でもあれば別だろうけど。
嫌だなあ、怖い。
早く犯人が見つかればいいのに。
「俺もまだ誰が容疑者なのか、ガーラント卿から聞いてないんだ。おまえは知ってるのか?」
「うん、知ってるよ」
フォルクス様がゼルドさんとの話を優先したため、メーゲンさんはざっくりと用件を聞いただけ。細かいことはまだ知らないという。その点、ダールは王都からの道中詳しく話を聞いている。
「そいつの名前は──」
ダールが容疑者の名前を口にしようとした瞬間、チリンと鈴の音が聞こえた。ギルドの受付カウンターの上に置かれた呼び鈴が誰かに鳴らされたのだ。
「あら、誰か来たみたい」
マージさんが椅子から立った。
とっくに日が落ちた時間帯だ。今日帰還予定のパーティーはもういないはずなのにとボヤきながら、すぐ執務室から出て対応しに向かう。
「予定より早い帰還ね、タバクさん」
「また水と食料の配分ミスっちまってさ。なんとか大穴までは行ったんだが」
開きっぱなしの扉から階下のやりとりが聞こえ、僕はハッと息を飲んだ。タバクさんだ。彼がダンジョンから戻ってくるのをずっと待っていたのだ。
慌てて執務室を出て、階段の上からフロアを見下ろした。受付カウンターの向こうには疲れた様子の冒険者四人が立っていた。
「タバクさんっ!」
その中の一人、タバクさんが、僕の呼びかけに顔を上げる。
「お、ライルじゃん。なんでこんな時間にギルドにいんの?」
「ええと、タバクさんを待ってたんです」
本当は違うけど、貴族様が来ていることやスルトの踏破者の話をすると長くなってしまうので伏せた。
「あの、剣のことで」
ダンジョンから帰還したばかりで疲れているだろうけど、『対となる剣』を譲ってもらうための話し合いの約束を取り付けなくては。
しかし、タバクさんは眉間にシワを寄せた。
「……剣?」
何故か冷ややかな目で僕を見上げている。やはり疲れている時にこんな話をされて迷惑だっただろうか。でも、また行き違いになったら困る。
「タバクさんがダンジョンの宝箱から見つけた剣を譲ってほしいんです。明日お時間もらえませんか」
僕の言葉に、タバクさんは目を大きく見開いた。「は?」と間の抜けた声を上げた後、くつくつと肩を揺らして笑う。
「……ああ、なるほど。これか」
腰に差した剣を見下ろし、柄を軽く握る。ようやく合点がいったといった表情だ。
「この剣すげえ気に入ってるし、手放したくないけど、まあ交渉次第だな」
「ありがとうございます!」
明日の昼過ぎに宿屋の食堂で、と約束をした後タバクさんたちはギルドから出ていった。もう遅い時間だ。帰還報告だけ済ませ、戦利品の鑑定などは明日に回すのだろう。
受付カウンターを閉めてから二階に戻ってきたマージさんと一緒に執務室に入ると、ダールがぽかんとした顔でこちらを見ていた。
そうだ、話の途中で席を立ってしまったのだ。
「ごめんダール!話、どこまで進んでたっけ」
謝りながら隣に座り直すと、ダールは小さく「ウソだろ」と呟きながら頭を掻いた。
「さっきのヤツなんだけど。容疑者」
「えっ」
ダールの言葉に全員が目を丸くした。
まさか、タバクさんが容疑者?
「ライルの知り合い?」
「う、うん。王都にいた時の……」
「アイツ最近スルトから拠点移動してきただろ」
「そう聞いてるけど、でも」
急にそんなこと言われても信じられない。
「ってコトは、この前のハイエナ殺しもタバクってヤツのしわざか?」
「でも、遺体の足にあった剣の刺し傷と武器の形が合わなかったわよね」
あの時ダンジョンに潜っていた冒険者の武器は全て確認済みだ。当然タバクさんたちのパーティーも調べられている。
「あ、そっか。剣が違うのか~!」
アルマさんが自分の膝をぽんと打った。
「探索中に剣が壊れて、宝箱から出てきた剣に変えたって言ってたからな~。つまり、犯行に使った剣はどこかに捨てたか隠してるんじゃないか~?」
「後々剣を調べられる可能性を考えて装備を変えたってことか。手慣れてるな」
「待って。タバクさんは他の冒険者とパーティーを組んで探索してるのよ?ダンジョン内で誰かに危害を加えたりしたら、さすがに仲間が気付くでしょ」
みんなの話を聞きながら、僕は口元を押さえて俯いた。あの日見た土気色の遺体が脳裏に浮かび、身体が震える。
「皆さま、お話し中のところ失礼致します」
不意に声をかけられ、全員がビクッと肩を揺らす。いつのまにか僕たちの背後に従者さんが立っていた。話に夢中になっていたから気付かなかった。
「フォルクス様がお休みになりましたので代わりに参りました。わたくしマーセナー家に仕えております、ヘルツと申します」
従者……ヘルツさんは深々と頭を下げながら自己紹介をした。つられて、僕たちも軽く頭を下げる。
フォルクス様はまだ精神的なショックから立ち直っていなかったのか。お医者さんを同行させていたみたいだし、体が弱いのかもしれない。
「これまでの犠牲者は過去にタバクという青年と組んでいた仲間の三人です。拠点移動するたびに一人ずつ亡くなり、先日スルトで三人目が死んだことで彼に疑いが向けられるようになりました」
なぜタバクさんが容疑者になったのかをヘルツさんが掻い摘んで教えてくれた。
「動機不明のため、まだ憶測の域を出てはおりません。本人への聴取はあくまで元パーティーメンバーに対するもので、取り調べにも至ってない状況です」
犠牲者はタバクさんの仲間の三人。
それって、王都時代に組んでたあの人たち?
『そういえば、お仲間の三人は?』
『いや、あいつらはもういないんだ』
オクトで再会した日の翌朝に交わした会話を思い出し、背筋に冷たいものが走る。
てっきりパーティーを解散しただけだと思い込んでいた。いや、まだタバクさんが犯人だと決まったわけじゃない。疑いがかけられているだけ。
「で、でも、仲間を殺すなんてするわけないじゃないですか」
僕の口をついて出たのはタバクさんを擁護する言葉だった。実際、二年前の彼らはとても仲が良かった。仲間に危害を加える理由なんかない。
「たまたま偶然が重なっただけかもしれないし、誰かがタバクさんに罪を着せようとしているのかもしれないし……!」
「誰かって誰だよ」
「わ、わかんないけど」
ダールに突っ込まれ、しどろもどろになる。何故そんなことを口走ってしまったのか自分でもよく分からない。知り合いに容疑がかけられ、反射的に庇っているのか。それとも、まだ心のどこかで彼を信じたいと願っているのか。
「──どちらにせよ、ハッキリさせねえとな」
従者さんを話し合いのメンバーに加え、メーゲンさんが仕切り直した。しんと室内が静まり返る。
いくら疑わしくても確証がない。
だからタバクさんは捕まっていないのだ。
現行犯か自白。
もしくは物的証拠がなければ。
『あの、剣のことで』
『……剣?』
さっきタバクさんの様子がおかしかった。
何故か一瞬警戒したように見えた。
その理由はもしかして。
「…………証拠、あるかも」
僕の呟きに全員の視線が集まった。
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