【完結】凄腕冒険者様と支援役[サポーター]の僕

みやこ嬢

文字の大きさ
91 / 118

91話・焦燥感

しおりを挟む


「そういえば、剣の代金って……」

 ゼルドさんのベッドの下に収納されている『対となる剣』が視界に入り、ふと思い出す。

 あの日、タバクさんと交渉して金貨百枚で買い取ることになっていたけれど、僕が襲われた騒ぎで有耶無耶となった。結局どうなったのかは聞いていない。

「あの男に金を渡してはいない。それどころではなかったからな」
「そうですか」

 ゼルドさんは名前を口にするのも嫌といった様子だ。僕も敢えてタバクさんの名前をださなかった。

 タバクさんは裁きを待つ身だ。『対となる剣』を発見した対価を支払ったところでもう自由の身になれないのだから意味はない。

 世話になった宿屋の女将さんに迷惑料と部屋の修繕費込みで金貨を数枚渡したという。ベッドは血まみれ、扉は駆けつけたダールが壊したと聞いている。宿屋の損害が補填されたのなら良かった。

 そして、第四階層の大穴にかける橋の建設は順調に進んでいるらしい。

「予想よりモンスターの襲撃が少なくてな。大勢が一箇所に固まっているから、あちらも警戒しているのだろう」

 半数は戦えない職人なのだが、モンスターには誰が非戦闘員かは分からない。炊き出しの際に匂いにつられて寄ってくる程度で、後は遠巻きに様子を窺っているくらいだという。

「予定通りに終わりそうですか?」
「そうだな。このまま何事もなければ」
「じゃあ、完成する頃に見に行きたいです」

 大穴まで行きたいと言うと、ゼルドさんは表情を曇らせた。彼の視線が僕の脇腹に向けられた。

「……ダメですか?」

 怪我を負ってからずっと安静にして回復に専念してきた。もう痛みはないし、体力の回復とリハビリを兼ねて何度かダンジョンに潜っておきたい。

 僕の気持ちを察してか、ゼルドさんは少し悩んでから了承してくれた。
 まだ心配みたいだけど、ずっとこのままでというわけにはいかない。宿屋に引きこもっていては稼ぐことすらできない。

「しばらくダンジョンに潜らずとも生活には困らないが、君と共に活動したいからな。そろそろ少しずつ身体を動かしていこうか」
「はいっ」

 その言葉に笑顔で頷く。
 まだ僕が必要だと言ってもらえて嬉しい。

「あの二人も君が元気な姿を見せれば喜ぶことだろう」
「若い二人組の彼らですか?」
「ああ。何かにつけて君の話を振ってきてな。君とダールが教えた薬草の知識もしっかり覚えていたよ」

 現場にいた数日の間、彼らとは何度も会話をしたらしい。ゼルドさん相手に臆さず話せるようになったのか。僕のお見舞いに来てくれた時に毎回顔を合わせていたし、すっかり慣れたのだろう。

「以前モンスターに追い回されたことが余程怖かったらしくてな。動きがかなり慎重になっていた。あの様子ならすぐ強くなりそうだ」

 ゼルドさんは普通に話しかけてくれる相手が増えて喜んでいる。

「君のことを随分と気に掛けていた。元気な姿を見せれば、彼らもきっと喜ぶ」

 僕が身動きできない間、ゼルドさんはダンジョンで他の人たちと過ごしていたのだ。僕がいなくても寂しくないし、不快でもなかった。良いことなのに素直に喜べない。そんな風に思う自分が嫌で、何も言えなくなってしまった。

「……ライルくん?」

 うつむく僕に気付き、ゼルドさんが心配そうに顔を覗き込んできた。

「なんでもないです」

 慌てて笑顔を取り繕ったけれど、ゼルドさんの表情はまだ晴れない。作り笑いだと気付かれてしまったか。

「やはり無理はしないほうがいい。ゆっくり治して、それからでも遅くはない」

 優しく諭すような言葉が胸に刺さった。

「いえ、傷は本当に大丈夫なんです。早く動けるようにならないと」

 支援役サポーターに復帰できなくなってしまうから、という言葉をすんでのところで飲み込む。もうとっくに支援なんか必要ないのかもしれないと思ったら悲しくて、役に立てない自分が不甲斐なかった。

 ゼルドさんは見た目で怖がられてばかりで、他者とうまく関われなかった。直接話せば彼が穏やかで優しい人なのだと誰でも気付く。

 鎧が脱げなかった頃は僕の手助けがなければ服も脱げず、身体が洗えなかった。今はもう着替えもお風呂も一人でできる。

 左耳が聞こえづらいせいで会話が成り立たないことも多かった。聴力さえ戻れば日常生活もダンジョン探索時も問題ない。

 彼が僕をそばに置く理由はもう愛情だけになってしまった。

「……僕、ゼルドさんと一緒にいたい」
「私もだ。ライルくん」
「嬉しいです」

 手を伸ばして頬に触れれば、ゼルドさんは嬉しそうに表情をほころばせた。肩口に顔を埋め、大きな背中に腕を回して抱きしめる。

 もう一つ気掛かりなことがあるけれど、やぶ蛇になりそうで何も言えなかった。
しおりを挟む
感想 220

あなたにおすすめの小説

オメガ転生。

BL
残業三昧でヘトヘトになりながらの帰宅途中。乗り合わせたバスがまさかのトンネル内の火災事故に遭ってしまう。 そして………… 気がつけば、男児の姿に… 双子の妹は、まさかの悪役令嬢?それって一家破滅フラグだよね! 破滅回避の奮闘劇の幕開けだ!!

ギルド職員は高ランク冒険者の執愛に気づかない

Ayari(橋本彩里)
BL
王都東支部の冒険者ギルド職員として働いているノアは、本部ギルドの嫌がらせに腹を立て飲みすぎ、酔った勢いで見知らぬ男性と夜をともにしてしまう。 かなり戸惑ったが、一夜限りだし相手もそう望んでいるだろうと挨拶もせずその場を後にした。 後日、一夜の相手が有名な高ランク冒険者パーティの一人、美貌の魔剣士ブラムウェルだと知る。 群れることを嫌い他者を寄せ付けないと噂されるブラムウェルだがノアには態度が違って…… 冷淡冒険者(ノア限定で世話焼き甘えた)とマイペースギルド職員、周囲の思惑や過去が交差する。 表紙は友人絵師kouma.作です♪

男だって愛されたい!

朝顔
BL
レオンは雑貨店を営みながら、真面目にひっそりと暮らしていた。 仕事と家のことで忙しく、恋とは無縁の日々を送ってきた。 ある日父に呼び出されて、妹に王立学園への入学の誘いが届いたことを知らされる。 自分には関係のないことだと思ったのに、なぜだか、父に関係あると言われてしまう。 それには、ある事情があった。 そしてその事から、レオンが妹の代わりとなって学園に入学して、しかも貴族の男性を落として、婚約にまで持ちこまないといけないはめに。 父の言うとおりの相手を見つけようとするが、全然対象外の人に振り回されて、困りながらもなぜだか気になってしまい…。 苦労人レオンが、愛と幸せを見つけるために奮闘するお話です。

ボスルートがあるなんて聞いてない!

BL
夜寝て、朝起きたらサブ垢の姿でゲームの世界に!? キャラメイクを終え、明日から早速遊ぼうとベッドに入ったはず。 それがどうして外に!?しかも森!?ここどこだよ! ゲームとは違う動きをするも、なんだかんだゲーム通りに進んでしまい....? あれ?お前ボスキャラじゃなかったっけ? 不器用イケメン×楽観的イケメン(中身モブ) ※更新遅め

白銀オメガに草原で愛を

phyr
BL
草原の国ヨラガンのユクガは、攻め落とした城の隠し部屋で美しいオメガの子どもを見つけた。 己の年も、名前も、昼と夜の区別も知らずに生きてきたらしい彼を置いていけず、連れ帰ってともに暮らすことになる。 「私は、ユクガ様のお嫁さんになりたいです」 「ヒートが来るようになったとき、まだお前にその気があったらな」 キアラと名づけた少年と暮らすうちにユクガにも情が芽生えるが、キアラには自分も知らない大きな秘密があって……。 無意識溺愛系アルファ×一途で健気なオメガ ※このお話はムーンライトノベルズ様にも掲載しています

転生した気がするけど、たぶん意味はない。(完結)

exact
BL
11/6〜番外編更新【完結済】 転生してきたのかなーと思いつつも普通に暮らしていた主人公が、本物の主人公と思われる人物と出会い、元の世界に帰りたがっている彼を手伝う事こそ転生の意味だったんだと勝手に確信して地道に頑張る話。元同級生✕主人公(受け)。ゆるーっと話が進みます。全50話。 表紙は1233様からいただきました。

左遷先は、後宮でした。

猫宮乾
BL
 外面は真面目な文官だが、週末は――打つ・飲む・買うが好きだった俺は、ある日、ついうっかり裏金騒動に関わってしまい、表向きは移動……いいや、左遷……される事になった。死刑は回避されたから、まぁ良いか! お妃候補生活を頑張ります。※異世界後宮ものコメディです。(表紙イラストは朝陽天満様に描いて頂きました。本当に有難うございます!)

《本編 完結 続編 完結》29歳、異世界人になっていました。日本に帰りたいのに、年下の英雄公爵に溺愛されています。

かざみはら まなか
BL
24歳の英雄公爵✕29歳の日本に帰りたい異世界転移した青年

処理中です...