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108話・マーセナー家
しおりを挟む馬車に揺られながら貴族街へと向かう。
雑然とした建物は無くなり、等間隔に植えられた街路樹と手入れが行き届いた生け垣、その遥か向こうに聳え立つ立派なお屋敷。小さな窓から見える街並みがあまりにも別世界過ぎて、僕は冷や汗をかいていた。王都には八年も住んでいたのに、貴族街に足を踏み入れたのは今日が初めてだ。
「君は私の隣で堂々としていてくれればいい」
「はぁ……」
ハッキリ言って無理です。
さっきバルネア様のお宅で着せてもらったお洋服は上等過ぎて僕には勿体ない。今も「汚したらどうしよう」と緊張してしまい、下手に身動きができない状態だ。
そんな僕の様子をゼルドさんは微笑ましそうに眺めている。でも、馬車が速度を緩めた辺りで表情を険しくした。
「今日はフォルクスやヘルツが私たちに手出しできないよう釘を刺しにいく」
「えっ」
甥の誕生祝いは口実で、ゼルドさんの目的は最初からこれだったのだ。
「本当は君をバルネアのところに預け、私ひとりで決着をつけに行きたかったのだが」
言葉を途中で切り、ゼルドさんは自分の口を手のひらで覆い隠した。眉間にシワを寄せ、迷いを断ち切るように何度か首を横に振る。
「私がいない間に、奴が要らんことを君に吹き込みそうだからやめた」
昔の話を僕に知られたくなかったのか。
バルネア様はゼルドさんの昔からの友人だ。騎士時代だけでなく騎士団に入る前のことも知っているかもしれない。聞いてみたい、なんて言ったらゼルドさんは嫌がるだろうか。少しだけ気持ちが和む。
話をしている間に馬車は広い庭園を抜けた先で止まった。すぐに御者さんが扉を開け、降りるようにと促してくる。まずゼルドさんが先に降り、僕に手を貸してくれた。
「うわぁ」
目の前に建つ大きなお屋敷を見上げ、間の抜けた声が出る。
玄関を見れば、一人の青年がにこやかな笑みを浮かべて待ち構えていた。
「お帰りなさいませ、ゼルディス様」
フォルクス様の従者、ヘルツさんだ。
彼の姿を視界に入れた途端、嫌な汗が背筋を伝った。ゼルドさんはヘルツさんに返事をせず、僕の手を引き、腰に手を回して支えてくれた。
「ライル様、お元気になられたようで安心いたしました」
「は、はい」
僕の姿を見て、ヘルツさんが一瞬動きを止めた。似合ってなかったかな、服。
「さあ、どうぞお入りください」
案内され、屋敷に足を踏み入れた。吹き抜けの玄関ホールを抜け、廊下を進んでいく。艶が出るまで磨かれた床や調度品の数々を前に緊張で身体が強張った。
隣を歩くゼルドさんは平然としている。当たり前だ。ここは彼の実家なのだから。
長い廊下の先にある客間に通された。広々とした室内には絨毯が敷き詰められている。促されるままにソファーに腰を下ろすと、案内を終えたヘルツさんが部屋から出ていった。
ホッと息をつき、隣に座るゼルドさんに小声で話し掛ける。
「すごいお屋敷ですね。僕、緊張して歩くのがやっとでした」
「はは、そうか」
ふ、と口元に笑みを浮かべる姿を見て、どきりとする。
服装と場所が変わっただけなのに、今のゼルドさんは貴族にしか見えない。この空間でも全く気を張ることなく自然体で居られるのは生まれながらの貴族だけだ。急に彼と自分との身分の違いを感じ、うまく喋れなくなってしまった。
「兄上!」
沈黙が続く前にフォルクス様がやってきた。喜びに満ちた顔でゼルドさんのそばに歩み寄る。
「よくお戻りくださいました」
「立ち寄っただけだ」
「はい、分かっておりますとも」
ゼルドさんはマーセナー家に『戻った』のではなく『立ち寄った』とわざわざ訂正した。分かっているのかいないのか、フォルクス様は機嫌良く返事をしている。
続けて、ヘルツさんと一人の女性が部屋に入ってきた。すぐにフォルクス様が駆け寄り、僕たちの元へと連れてくる。彼女の腕の中には小さな赤ちゃんがいた。
彼女はフォルクス様の第二夫人で、控えめで優しそうな女性だった。乳児がいるからかドレスには装飾はなく、その姿を僕たちに見られても特に恥じる様子もない。
フォルクス様は彼女を大事にしているようで、向かいのソファーに並んで座り、赤ちゃんをあやしている。オクトでの姿とは印象がかけ離れていて、僕はちょっと驚いてしまった。
ゼルドさんは第二夫人と今回初めて顔を合わせたため、僕の存在を含めて自己紹介をした。既にフォルクス様から話は聞いていたのだろう。彼女はすぐ僕たちに笑顔を向け、気さくに話をしてくれた。間に可愛い赤ちゃんがいるからか、この場の空気は非常に和やかなものだった。
マーセナー家の特徴である赤い髪をした赤ちゃんは抱っこされたまま眠っている。体格の大きなゼルドさんが近くにいると、小さな赤ちゃんが更に小さく見えた。
起こしてしまわぬよう、ゼルドさんは小さな声を心掛けて会話する。
「生まれてからどれくらいになる」
「もうすぐ三ヶ月になります」
「では、そろそろお披露目の時期だな」
お披露目という言葉に、それまで穏やかな微笑みを浮かべていた第二夫人の表情がわずかに曇った。
どうしたんだろうと思った次の瞬間、客間の扉が開いて一人の女性が入ってきた。
鮮やかなドレス。
綺麗に結われた髪。
美しく整った顔立ち。
凛とした態度。
初めて会ったのに、この美しい貴婦人が誰なのかすぐに分かった。
「アンナルーサ嬢……」
ゼルドさんの元婚約者でフォルクス様の正妻、アンナルーサ様だ。
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