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第10話 絵本の国の王子様
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あれ……?
あれれれ?
「……っ!」
だ、誰か……来るっ!
そんなっ!
な、なんでよりによって、はじめてひとりでお散歩する日に、知らない人に遭遇するのぉぉぉ?
ひとりとはいっても当然、侍女さんがひとり、それに強そうな警備兵さんもいる、けど。
うん、全然ひとりじゃない。王太子様と一緒じゃないだけ。
王太子様、今日明日は予定がいっぱいらしい。
ちょっとしょんぼりだけど、図書館に行ってみるといいよ、と提案してくれたのでさっそくお出かけ。
図書館なら、なにか将来のために役立つ本が見つかるかもしれない。
『冤罪を晴らす10の方法』とか、『無実で処刑されないコツ』とか、『絶体絶命、死にそうなときに逆転大勝利する方法』とか。
図書館はこの回廊の先にあるらしい。ちらっと見える気がする、だいぶ大きい建物。これだけで宮殿みたい。
なんだけど……あれれれ、そっちに行くには、向こうから来る誰かさんとすれ違い不可避!
どどど、どぉぉしよう!?
「やぁ、こんにちは~」
こここ、声かけられたぁぁぁ!
「……? こん、にちはぁ……?」
と、とにかくご挨拶っ!
「わぁ、はじめて話してくれた~」
えっ、記憶戻る前のぼく、会ったことあるっぽい!?
どうしよう!
なんか前のことは、ぼやや~んとして、あんま思い出せないんだけどぉぉ……。
「今までずっと、声掛ける前に逃げられちゃってたから~、嫌われてるのかもって心配してたんだ~」
「ひぇっ、そ、そんなんじゃ……」
ちょっとぉぉぉ、前のぼくぅぅぅ? なんで、そんな危なっかしいことしてくれてんの!?
このおにぃさん、どう見ても偉いかんじの人でしょ!?
なんで無視とかしたの?
命がおしくないにの?
そんなだから、ぬるっと冤罪処刑とかされるんだよっ!
あああ、じゃなくてっ!
ちょ、ど、どうしよ……あ、謝ったほうがいい?
いいよね?
とにかく、許してくれなくても謝って――
「ね、どこにいくの~?」
「え! あ、図書館に」
行きたいんだけど、あれ……? もしかして、怒って、ない?
絶対だいぶえらいひとだよね? ここにいるし、なんかキラキラしてるし、服とかすんごい上等そうだしぃ。ガッツリお付きの人とか護衛さんとかいるしぃ。
それであの、どちらさま、でしょう
「僕、ハロルド。よろしくね~」
「……!」
聞こえた? え、ぼくの心の声聞こえたりした?
「君が、サファちゃんだよね」
「……! はい」
まさかのちゃん呼び。
「わーだよね。うん、知ってる~」
じゃあなんで聞いたのぉぉ?
「でもほら、ちゃんと対面したことなかったでしょ~」
え。ほんとに聞こえてない? ぼくの心の声?
こ、こわい。
「会えてよかった~。図書館に行くなら、ぼく案内してあげる~」
「え、あの……」
これどうしたらいいの?と侍女さんをチラ見すると、口はニコニコ、目は圧強め。絶対にNoとは言うな、の顔をしてる。マジの目だ。
「う、はぃ。じゃあ、おねがぃします」
「うん。さ、こっちだよ」
「……」
ご機嫌で歩き出したハロルド様。はやや、ちょぴっと急がないといけないやつ。
うーん、それで……ハロルド様って誰だっけぇ?
なんか、めっちゃキラキラした、きれいな子。王太子様と同じか少し年下くらい? 10才とか11才とか、そんなくらいぃ?
でもなんか、余裕たっぷりな感じがあんまり子どもっぽくないような。
王宮にいるし、衣装も立派だし、たたずまいもただ者っぽくないし、身分の高い人っぽいんだけど、でもなんか……。
ほんのり、雰囲気が合わない。
このファンタジー世界に。というより、この厳格そうな王宮に。
前世の日本を思い出しちゃう。ゆるふわおにぃさんってかんじ。
「あ、ごめんごめん」
「……え」
軽く前世に思いをはせていたら、前を歩いてたキラキラハロルド様は、ははっ、と笑って足を止めた。
「ちょっと歩くの速すぎたね。小さい子といっしょに歩くことないから、気がつかなくって~」
「……だいじょうぶです。はや歩きでちょうど着いていけるはやさです!」
とりあえず、偉い人っぽいし、とにかく嫌われないようにしておこう。うん。
でも、なんでわざわざ図書館につれてってくれるんだろ?
話したかったっていってたけど、ぼくのこと知ってる人? ぼく自分で言うのもなんだけど、ここでの重要度でいうとファランくらいのあれだよ。つまり全然、重要じゃないってことだけど。
「あはは、そっか~。じゃ、もうすぐそこだから、ゆっくり行こう~」
「はい~」
あ、しまった。なんかこのしゃべり方、うつりそうになる。
だめだめ。これ、ぼくがやったらただのアホの子だ。
「さあ、着いたよ~」
「わあぁぁ! おおきい。本がいっぱい……」
うそみたいに立派で大きな図書館がどーーーんと広がって、広すぎ空間にゆとりをもって、大量の本が優雅に収められてる。圧巻って感じ。
「サファちゃん、どんな本をさがす~? 一緒に探してあげるよ~」
「ええと、えん――」
……! まずいまずい。『冤罪を晴らす10の方法』とか、『無実で処刑されないコツ』とか言ったらあやしまれるの確定。
「え……? ああ、絵本かな?」
「……! はい、それ。それです」
「それなら、いいのがたくさんあるよ。ここのしかない珍しいのもいろいろあるし」
「わぁぁ。たのしみですっ」
そんなこと言われると、さすがにテンションがあがっちゃう。
「絵本はこっち、すぐだよ~。ややこしい本だと別館の地下とかで、すんごい遠いけど、絵本はすぐそこ~」
「わぁぁ!」
ん? あれ、なんか忘れてるような……?
「あった。ほら、ここだよ~」
「わぁぁぁ! すごい! たくさん、たくさんありますっ!」
立派な本立てに表紙が見えるように飾られた絵本は、ぐるっと見渡しても見きれないくらいたくさんだ。
「あはは、喜んでもらえてよかった~。これだけじゃなくて、裏側にもあるんだ」
「うわ、うわああ、ほんとっ! ほんとですねっ! すごいっ、こっちにもまだあります!」
図書館の中でうるさくしてはいけません。走ってもいけません。……の、基本中の基本なきまりを忘れるすごさ。
「サファちゃん、どんな本がいい~?」
それはとてもうれしくて困る質問!
「わああ……どうしよぉぉ」
目の前に並ぶのは、どれもこれも、かわいい絵柄の楽しそうな絵本。でも、1つ1つはぜんぜん違う絵だし、どれも気になる。
「これ……あ、こっち! あ、でも、あっちのも……うぅーーん」
「どれでもいいよ~」
「んんん――」
ぼくは今、どの本を選ぶべきなのか?
パン、ケーキ、猫、太陽、虹……カラフル、パステル、あざやか。かわいい絵、細かい絵、本物みたいな絵、うーんうーん……どれにしよおお?
「あ……あれなんだろ?」
1冊の本が、キラキラ光って見えた。
「ん? これかな~。『お月さまのポケット』」
「わああ、ありがとうございますっ!」
ハロルドくんが手にとって渡してくれたのは、ピカピカ光るお月さまの本。
夜空の表紙に、ぽっかり浮かぶ大きなお月さまがニッコリしてる。お月さまのお腹にはポケットがあって、中からキラキラ光るなにかがちょっとだけ顔を出してる。
「わああ、お月さまポケットがあるぅ。なにが出てくるのかなぁ?」
ワクワクして、おもわずぴょんぴょんしそうになった。いけないいけない、我慢だ。図書館ではしゃぐ子は、悪い子認定される可能性あり。
「じゃあ、これは決まりだね。他は~?」
「うーんと、うーんと……」
キョロキョロしていたぼくは、はっとして1冊の本を取った。
「これ、これ……たいへんっ!」
表紙では、まんまるのかわいい生き物が楽しそうに野原を走っている。でも、その後ろから大きな口をあけたクマやキツネが追いかけてきているのだ。
「わあ、これ、食べられちゃいますかっ?」
心配になってハロルドくんに表紙を見せる。
「ん? うーん……どうだろう。食べられちゃうかもねぇ」
「ええ……なんでぇ……」
「あはは、だって――」
がっかりしてしゃがみ込むと、ハロルドくんは笑ってぼくを立たせてくれる。
「しょうがないよ~。ほら、これはなんていう本?」
「ん、と……『はしれ!まんまるパン』」
「パンだもん。食べられてもね~」
「ううう、でも、お顔もあるしかわいいのに……」
「ははっ、気になるよねえ。じゃあ、これも読んで確かめてみたらいいんじゃないかな~?」
「……はいっ」
ぼくが、自分でまんまるパンくんの無事を、確かめるんだ。うん。
「さあ、もう1冊くらい選ぶ? どんなのがいいかな~」
「うーんうーん……」
あと1冊は、今まで以上にむずかしい。このなかから1冊! 無理難題では?
「じゃあ、なにか好きなものはある~?」
考え込んで、うんうんうなる石像になったぼくに、ハロルドくんがヒントをくれる。
「好きなもの……」
そうだ! 忘れてたっ!
「ふわふわ! ふわふわの本はありますか?」
「ふわふわ? なんの本だろう~? 綿あめ? 雲かな? それとも――」
しまった。興奮して、なにひとつ伝わらない説明をしてしまった。
「あの! かわいいの、うさぎさんとか、そういうのありますかっ?」
「ああ、うさぎね。もちろんあるよ。たっくさんある~。ええとね――」
ハロルドくんは、こっちの方にあるかな~と言いながら本を探しに行ってくれる。めっちゃやさしい。
ぼくがはしゃいでも、意味不明な説明をしても、全然いやな顔しない。すごい。まだ子どもなのに。それに、多分偉いとこのお子なのに。ゆるふわだけど、けっこう人間ができてる。
……ほんとに、どなた様なんだ、ハロルドくんってば。
「あ、あった~! これとかどうかな」
持ってきてくれたのは、パステルカラーのかわいい表紙。
「ん、と……『ぴょんぴょんぼうやの たからさがし』?」
もくもくした緑の森の中で、ちいさなウサギくんが、おっきな地図を広げてる。
「わああ、うさぎさん! かわいい! かわいいですねっ!」
「そうだね~。気に入ったみたいでよかった~」
「はいっ! わ、これ地図ですかっ? リスさん! フクロウさんもいるっ」
うさぎくんは真剣な顔で地図を見てる。その横からリスくんとフクロウさんが、なんだろ~って顔でのぞきこんでる。
「冒険の地図じゃないかな~。読んで、確かめてみる?」
「はいっ! これ、これにしますっ」
「よーし決まりだ。じゃあ、3冊お部屋に持って帰っていいからね~」
そういいながら、ハロルドくんはぼくが持っていた分もまとめて、侍女さんに渡してしまった。
「わあ、いいんですかっ! 借りていっていいんですかっ?」
「ふふ、もちろん。なんでも借りていっていいよ~」
びっくりしてぴょん、としてしまったぼくに、ハロルドくんは怒らないでニコニコしてくれる。
「ぼくがいいって決めたから、いいんだ~」
え、ハロルドくんほんと何者?
「それに、にーさまだって、そのつもりで図書館に行っておいで~って言ったんだろうし~」
「にーさま」
……とは?
「そ。ファラン王子」
「……! おーたいしでんか」
「そ~」
つまりこの方、王子様。
え? いた? 原作に2人目の王子様って……
……うん、なんかいたような気もする。
「……」
え、どうしよう。ぼく、大丈夫?
今、この国の王子様にさんざんわがままに付き合わせて、絵本選びの相手させましたけども。
「……ハロルドでんか」
「はい?」
「あの……絵本、えらぶのてつだってくれて、あの、たくさんありがとうございます」
「お~、しっかりありがとうが言えて、えらいね~」
「……えへ」
ほめられた。
……じゃなくて。え、となるとこれはどういう状況?
「あの。でんか」
「サファちゃんって、お行儀よくてえらいけど、ちょっと堅苦しくない~?」
「え?」
「殿下じゃなくて、ハロルドでいいよ~。ほら、言ってごらん」
「え、っと……ハロルド――」
「うんうん」
「――でんか」
「ええっ? 殿下はいらないっていったのに~」
え、どうすればいいのこれ? さすがに呼び捨ては不敬罪!
「えっとえっと……じゃあ、ハロルドさま」
「やだー。なんか距離あるかんじ~」
「え、でも――」
なにこれ、謎のピンチ。
図書館帰り、ウキウキで本を借りてお部屋に向かう途中、突然の呼び方問題発生。
「じゃあ、あの……」
「うん。なんて呼んでくれるの~?」
「っと……えーっっと……あわわわ」
「うんうん、ど~するの~?」
「…………」
あの、いっそのことなんて呼んでほしいか教えてくれませんかね?
え? ダメ? そ、そんなぁ……
「…………くっ」
ん? なに? く?
なにその、なんかこらえてるような顔?
え? もしかして、怒ったぁ?
さすがに、心の広いゆるふわ王子様とはいえ、もたもたしてお返事しない子どもに怒った?
い、今まで優しかったのに……きょ、許容範囲超え? え、無言こわい。会ってはじめてくらいの無言こわいよぉぉ。
「……」
「……」
どどど、どおしよう!
こ、こうなったら、ささとお礼を言って別れて、うやむやな感じにしよう。
「じゃあ、あの――」
「かわい~!」
「……?」
さよなら、を言おうとしたとき、急にさわがしく視界がかたむいた。
ガバ、って圧がかかったし、ちょっとだけ足が浮いてる。
「ごめんごめん、無茶ぶりしたよね~?」
「え、あの」
「いいよ~、いつか慣れたら、ハロルドくんってよんでね~!」
「……は、はい」
えー、よかったーー!
これは怒ってもないし、無礼切りされそうな呼び方もひとまず回避できたってことよね? ね?
「また、一緒に絵本、探しに行こうね~」
「は、はい。……えへへ」
なんかちょっと、地味に嬉しい……かも。ふふ。
「くぁわいいい~」
「あの……」
ちょっと足元が安定しないので、できれば手を放してもらったりとか――
「かわいいかわいい」
あ、ムリですか。そうですか。いいですいいです。
冤罪回避ルートのためなら、ちょっとくらいの宙ぶらりんとかはね、うん、ぜんぜん。
「あはは、顔真っ赤だね~。かーわいい」
……あの、やっぱりそろそろいいですかね?
あれれれ?
「……っ!」
だ、誰か……来るっ!
そんなっ!
な、なんでよりによって、はじめてひとりでお散歩する日に、知らない人に遭遇するのぉぉぉ?
ひとりとはいっても当然、侍女さんがひとり、それに強そうな警備兵さんもいる、けど。
うん、全然ひとりじゃない。王太子様と一緒じゃないだけ。
王太子様、今日明日は予定がいっぱいらしい。
ちょっとしょんぼりだけど、図書館に行ってみるといいよ、と提案してくれたのでさっそくお出かけ。
図書館なら、なにか将来のために役立つ本が見つかるかもしれない。
『冤罪を晴らす10の方法』とか、『無実で処刑されないコツ』とか、『絶体絶命、死にそうなときに逆転大勝利する方法』とか。
図書館はこの回廊の先にあるらしい。ちらっと見える気がする、だいぶ大きい建物。これだけで宮殿みたい。
なんだけど……あれれれ、そっちに行くには、向こうから来る誰かさんとすれ違い不可避!
どどど、どぉぉしよう!?
「やぁ、こんにちは~」
こここ、声かけられたぁぁぁ!
「……? こん、にちはぁ……?」
と、とにかくご挨拶っ!
「わぁ、はじめて話してくれた~」
えっ、記憶戻る前のぼく、会ったことあるっぽい!?
どうしよう!
なんか前のことは、ぼやや~んとして、あんま思い出せないんだけどぉぉ……。
「今までずっと、声掛ける前に逃げられちゃってたから~、嫌われてるのかもって心配してたんだ~」
「ひぇっ、そ、そんなんじゃ……」
ちょっとぉぉぉ、前のぼくぅぅぅ? なんで、そんな危なっかしいことしてくれてんの!?
このおにぃさん、どう見ても偉いかんじの人でしょ!?
なんで無視とかしたの?
命がおしくないにの?
そんなだから、ぬるっと冤罪処刑とかされるんだよっ!
あああ、じゃなくてっ!
ちょ、ど、どうしよ……あ、謝ったほうがいい?
いいよね?
とにかく、許してくれなくても謝って――
「ね、どこにいくの~?」
「え! あ、図書館に」
行きたいんだけど、あれ……? もしかして、怒って、ない?
絶対だいぶえらいひとだよね? ここにいるし、なんかキラキラしてるし、服とかすんごい上等そうだしぃ。ガッツリお付きの人とか護衛さんとかいるしぃ。
それであの、どちらさま、でしょう
「僕、ハロルド。よろしくね~」
「……!」
聞こえた? え、ぼくの心の声聞こえたりした?
「君が、サファちゃんだよね」
「……! はい」
まさかのちゃん呼び。
「わーだよね。うん、知ってる~」
じゃあなんで聞いたのぉぉ?
「でもほら、ちゃんと対面したことなかったでしょ~」
え。ほんとに聞こえてない? ぼくの心の声?
こ、こわい。
「会えてよかった~。図書館に行くなら、ぼく案内してあげる~」
「え、あの……」
これどうしたらいいの?と侍女さんをチラ見すると、口はニコニコ、目は圧強め。絶対にNoとは言うな、の顔をしてる。マジの目だ。
「う、はぃ。じゃあ、おねがぃします」
「うん。さ、こっちだよ」
「……」
ご機嫌で歩き出したハロルド様。はやや、ちょぴっと急がないといけないやつ。
うーん、それで……ハロルド様って誰だっけぇ?
なんか、めっちゃキラキラした、きれいな子。王太子様と同じか少し年下くらい? 10才とか11才とか、そんなくらいぃ?
でもなんか、余裕たっぷりな感じがあんまり子どもっぽくないような。
王宮にいるし、衣装も立派だし、たたずまいもただ者っぽくないし、身分の高い人っぽいんだけど、でもなんか……。
ほんのり、雰囲気が合わない。
このファンタジー世界に。というより、この厳格そうな王宮に。
前世の日本を思い出しちゃう。ゆるふわおにぃさんってかんじ。
「あ、ごめんごめん」
「……え」
軽く前世に思いをはせていたら、前を歩いてたキラキラハロルド様は、ははっ、と笑って足を止めた。
「ちょっと歩くの速すぎたね。小さい子といっしょに歩くことないから、気がつかなくって~」
「……だいじょうぶです。はや歩きでちょうど着いていけるはやさです!」
とりあえず、偉い人っぽいし、とにかく嫌われないようにしておこう。うん。
でも、なんでわざわざ図書館につれてってくれるんだろ?
話したかったっていってたけど、ぼくのこと知ってる人? ぼく自分で言うのもなんだけど、ここでの重要度でいうとファランくらいのあれだよ。つまり全然、重要じゃないってことだけど。
「あはは、そっか~。じゃ、もうすぐそこだから、ゆっくり行こう~」
「はい~」
あ、しまった。なんかこのしゃべり方、うつりそうになる。
だめだめ。これ、ぼくがやったらただのアホの子だ。
「さあ、着いたよ~」
「わあぁぁ! おおきい。本がいっぱい……」
うそみたいに立派で大きな図書館がどーーーんと広がって、広すぎ空間にゆとりをもって、大量の本が優雅に収められてる。圧巻って感じ。
「サファちゃん、どんな本をさがす~? 一緒に探してあげるよ~」
「ええと、えん――」
……! まずいまずい。『冤罪を晴らす10の方法』とか、『無実で処刑されないコツ』とか言ったらあやしまれるの確定。
「え……? ああ、絵本かな?」
「……! はい、それ。それです」
「それなら、いいのがたくさんあるよ。ここのしかない珍しいのもいろいろあるし」
「わぁぁ。たのしみですっ」
そんなこと言われると、さすがにテンションがあがっちゃう。
「絵本はこっち、すぐだよ~。ややこしい本だと別館の地下とかで、すんごい遠いけど、絵本はすぐそこ~」
「わぁぁ!」
ん? あれ、なんか忘れてるような……?
「あった。ほら、ここだよ~」
「わぁぁぁ! すごい! たくさん、たくさんありますっ!」
立派な本立てに表紙が見えるように飾られた絵本は、ぐるっと見渡しても見きれないくらいたくさんだ。
「あはは、喜んでもらえてよかった~。これだけじゃなくて、裏側にもあるんだ」
「うわ、うわああ、ほんとっ! ほんとですねっ! すごいっ、こっちにもまだあります!」
図書館の中でうるさくしてはいけません。走ってもいけません。……の、基本中の基本なきまりを忘れるすごさ。
「サファちゃん、どんな本がいい~?」
それはとてもうれしくて困る質問!
「わああ……どうしよぉぉ」
目の前に並ぶのは、どれもこれも、かわいい絵柄の楽しそうな絵本。でも、1つ1つはぜんぜん違う絵だし、どれも気になる。
「これ……あ、こっち! あ、でも、あっちのも……うぅーーん」
「どれでもいいよ~」
「んんん――」
ぼくは今、どの本を選ぶべきなのか?
パン、ケーキ、猫、太陽、虹……カラフル、パステル、あざやか。かわいい絵、細かい絵、本物みたいな絵、うーんうーん……どれにしよおお?
「あ……あれなんだろ?」
1冊の本が、キラキラ光って見えた。
「ん? これかな~。『お月さまのポケット』」
「わああ、ありがとうございますっ!」
ハロルドくんが手にとって渡してくれたのは、ピカピカ光るお月さまの本。
夜空の表紙に、ぽっかり浮かぶ大きなお月さまがニッコリしてる。お月さまのお腹にはポケットがあって、中からキラキラ光るなにかがちょっとだけ顔を出してる。
「わああ、お月さまポケットがあるぅ。なにが出てくるのかなぁ?」
ワクワクして、おもわずぴょんぴょんしそうになった。いけないいけない、我慢だ。図書館ではしゃぐ子は、悪い子認定される可能性あり。
「じゃあ、これは決まりだね。他は~?」
「うーんと、うーんと……」
キョロキョロしていたぼくは、はっとして1冊の本を取った。
「これ、これ……たいへんっ!」
表紙では、まんまるのかわいい生き物が楽しそうに野原を走っている。でも、その後ろから大きな口をあけたクマやキツネが追いかけてきているのだ。
「わあ、これ、食べられちゃいますかっ?」
心配になってハロルドくんに表紙を見せる。
「ん? うーん……どうだろう。食べられちゃうかもねぇ」
「ええ……なんでぇ……」
「あはは、だって――」
がっかりしてしゃがみ込むと、ハロルドくんは笑ってぼくを立たせてくれる。
「しょうがないよ~。ほら、これはなんていう本?」
「ん、と……『はしれ!まんまるパン』」
「パンだもん。食べられてもね~」
「ううう、でも、お顔もあるしかわいいのに……」
「ははっ、気になるよねえ。じゃあ、これも読んで確かめてみたらいいんじゃないかな~?」
「……はいっ」
ぼくが、自分でまんまるパンくんの無事を、確かめるんだ。うん。
「さあ、もう1冊くらい選ぶ? どんなのがいいかな~」
「うーんうーん……」
あと1冊は、今まで以上にむずかしい。このなかから1冊! 無理難題では?
「じゃあ、なにか好きなものはある~?」
考え込んで、うんうんうなる石像になったぼくに、ハロルドくんがヒントをくれる。
「好きなもの……」
そうだ! 忘れてたっ!
「ふわふわ! ふわふわの本はありますか?」
「ふわふわ? なんの本だろう~? 綿あめ? 雲かな? それとも――」
しまった。興奮して、なにひとつ伝わらない説明をしてしまった。
「あの! かわいいの、うさぎさんとか、そういうのありますかっ?」
「ああ、うさぎね。もちろんあるよ。たっくさんある~。ええとね――」
ハロルドくんは、こっちの方にあるかな~と言いながら本を探しに行ってくれる。めっちゃやさしい。
ぼくがはしゃいでも、意味不明な説明をしても、全然いやな顔しない。すごい。まだ子どもなのに。それに、多分偉いとこのお子なのに。ゆるふわだけど、けっこう人間ができてる。
……ほんとに、どなた様なんだ、ハロルドくんってば。
「あ、あった~! これとかどうかな」
持ってきてくれたのは、パステルカラーのかわいい表紙。
「ん、と……『ぴょんぴょんぼうやの たからさがし』?」
もくもくした緑の森の中で、ちいさなウサギくんが、おっきな地図を広げてる。
「わああ、うさぎさん! かわいい! かわいいですねっ!」
「そうだね~。気に入ったみたいでよかった~」
「はいっ! わ、これ地図ですかっ? リスさん! フクロウさんもいるっ」
うさぎくんは真剣な顔で地図を見てる。その横からリスくんとフクロウさんが、なんだろ~って顔でのぞきこんでる。
「冒険の地図じゃないかな~。読んで、確かめてみる?」
「はいっ! これ、これにしますっ」
「よーし決まりだ。じゃあ、3冊お部屋に持って帰っていいからね~」
そういいながら、ハロルドくんはぼくが持っていた分もまとめて、侍女さんに渡してしまった。
「わあ、いいんですかっ! 借りていっていいんですかっ?」
「ふふ、もちろん。なんでも借りていっていいよ~」
びっくりしてぴょん、としてしまったぼくに、ハロルドくんは怒らないでニコニコしてくれる。
「ぼくがいいって決めたから、いいんだ~」
え、ハロルドくんほんと何者?
「それに、にーさまだって、そのつもりで図書館に行っておいで~って言ったんだろうし~」
「にーさま」
……とは?
「そ。ファラン王子」
「……! おーたいしでんか」
「そ~」
つまりこの方、王子様。
え? いた? 原作に2人目の王子様って……
……うん、なんかいたような気もする。
「……」
え、どうしよう。ぼく、大丈夫?
今、この国の王子様にさんざんわがままに付き合わせて、絵本選びの相手させましたけども。
「……ハロルドでんか」
「はい?」
「あの……絵本、えらぶのてつだってくれて、あの、たくさんありがとうございます」
「お~、しっかりありがとうが言えて、えらいね~」
「……えへ」
ほめられた。
……じゃなくて。え、となるとこれはどういう状況?
「あの。でんか」
「サファちゃんって、お行儀よくてえらいけど、ちょっと堅苦しくない~?」
「え?」
「殿下じゃなくて、ハロルドでいいよ~。ほら、言ってごらん」
「え、っと……ハロルド――」
「うんうん」
「――でんか」
「ええっ? 殿下はいらないっていったのに~」
え、どうすればいいのこれ? さすがに呼び捨ては不敬罪!
「えっとえっと……じゃあ、ハロルドさま」
「やだー。なんか距離あるかんじ~」
「え、でも――」
なにこれ、謎のピンチ。
図書館帰り、ウキウキで本を借りてお部屋に向かう途中、突然の呼び方問題発生。
「じゃあ、あの……」
「うん。なんて呼んでくれるの~?」
「っと……えーっっと……あわわわ」
「うんうん、ど~するの~?」
「…………」
あの、いっそのことなんて呼んでほしいか教えてくれませんかね?
え? ダメ? そ、そんなぁ……
「…………くっ」
ん? なに? く?
なにその、なんかこらえてるような顔?
え? もしかして、怒ったぁ?
さすがに、心の広いゆるふわ王子様とはいえ、もたもたしてお返事しない子どもに怒った?
い、今まで優しかったのに……きょ、許容範囲超え? え、無言こわい。会ってはじめてくらいの無言こわいよぉぉ。
「……」
「……」
どどど、どおしよう!
こ、こうなったら、ささとお礼を言って別れて、うやむやな感じにしよう。
「じゃあ、あの――」
「かわい~!」
「……?」
さよなら、を言おうとしたとき、急にさわがしく視界がかたむいた。
ガバ、って圧がかかったし、ちょっとだけ足が浮いてる。
「ごめんごめん、無茶ぶりしたよね~?」
「え、あの」
「いいよ~、いつか慣れたら、ハロルドくんってよんでね~!」
「……は、はい」
えー、よかったーー!
これは怒ってもないし、無礼切りされそうな呼び方もひとまず回避できたってことよね? ね?
「また、一緒に絵本、探しに行こうね~」
「は、はい。……えへへ」
なんかちょっと、地味に嬉しい……かも。ふふ。
「くぁわいいい~」
「あの……」
ちょっと足元が安定しないので、できれば手を放してもらったりとか――
「かわいいかわいい」
あ、ムリですか。そうですか。いいですいいです。
冤罪回避ルートのためなら、ちょっとくらいの宙ぶらりんとかはね、うん、ぜんぜん。
「あはは、顔真っ赤だね~。かーわいい」
……あの、やっぱりそろそろいいですかね?
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ストロング領は大飢饉となっていた。
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魔物が棲む森に捨てられた私を拾ったのは、私を捨てた王子がいる国の騎士様だった件について。
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