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第14話 最危険人物からの呼び出し
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「えっ……」
侍女さんの一言に、ぼくは凍りついた。
えええっ!とか盛大に驚きたおす余裕もない。
えっ、をひねり出すのがせいいっぱい。
「ですから、ご昼食を召し上がったらお支度しましょう」
「えっ……」
ちがう。リピートしたわけじゃない。壊れたわけでもない。……多分。
「よかったですわね、サファさま」
「きっと王太子殿下がサファさまのことをお話してくださったんですわ」
え、もしそうだとしたら、なんて余計なこ……いや、御大層すぎるお心遣いを……。
そんな、ぼくのことなんか本当にお気になさらず……って言いたい。
もう遅いけど。
「半年前、こちらにいらしたとき以来でしょうか?」
「ええ、そうですわ」
「まあ、それなら気合を入れてお支度しませんとね」
「…………」
「お召し物はなにがよろしいでしょう?」
「ああ、こんなことなら、もっと正装を用意しておくんでしたわ」
「普段のお召し物ばかりですものね」
「…………」
侍女さんたちは3人集まって、キャッキャしている。なんとも楽しそうだ。うらやましい。ぼくもキャッキャするほうになりたい。
「…………」
固まったままぴくりともしないぼくに気付かないくらい楽しいですか。いつもは過保護気味なのに……。
「やはり、一番いいお衣装を出しましょう」
なんとか今からでも、手違いでした、みたいなことにならないかな。
「そうですわね。それがいいですわ」
ウキウキの侍女さんたちには悪いんだけど。
「なんといっても――」
……やっぱり無理かな。
いっちばんダメなやつ。
いっちばん、さいっきょうに危険な人からの呼び出し。
「「「国王陛下からのお召しですもの!」」」
はい、終わったー。
国王陛下、つまりこの国でいちばんえらい人。
もし、なんかこいつないな、って思われたら、即!終了!!するかもってこと。
しかも国王陛下については、原作でどんな感じだったかあんまり記憶にないから、対策も立てられない。……知ってたところで、どうする?でもあるけど。
冷酷で残酷であくぎゃくひどーな人とかだったら本当に終わる。
「……なんで、へいか、ぼくをよんだの」
着るものリストの中でいちばん上等の正装を着せられながら、口が勝手にぽつん。
聞いてもしょうがないし、知ってるかもわからない。もはや自分が答えを求めてるのかもわからない。ほぼ、愚痴。もしくはひとり言。
「良く存じませんけれども、お話ししてみたくなったとかで」
「きっと王太子殿下からお聞きになったんだと思いますわ。サファさまのこと」
なんで殿下からお話聞いたら、ぼくに会いたくなるの……。
ぼく、なんもおもしろトークとかしてないよ。一発芸とかもないし。
ふつうの、無力な、ちょっと前世の記憶とこの世界そっくりの小説の記憶があるだけの、ただの一般人質王子です。
「さあ、これを結んだら出来上がりですわ」
「……」
あ。
ピシイ、と正装の帯を結ばれながら気づく。
もしかしたら、そのために呼んだとか?
王太子様からお話聞いて、王太子様に無駄に関わって時間を割かせる邪魔なやつ、って思われたかも……。この国を継ぐ大事な息子が、小国の人質王子なんかに情をかけたらあとあと政治的に困るとか。
それか……なんかわかんないけど、とりあえず気に入らないとか。
だから今のうちに理由つけて処刑しとこうとか!
「…………」
ど……どどど、どうしよう。本当にそんなことある!?!?
「……うっ」
でも他に、ぼくを呼ぶ理由なくない? 一国の王だよ?
ぼく、名も知れない小国の人質の王子だよ? ここにきて半年、放置されてたのに急にだよ?
「……うう、どうしよう」
しまった。また目の蛇口が壊れた。
「あらあら、どうなさいました?」
「もしや、どこかお加減でもお悪いですか?」
ああ、そうだったらいいのに。それだったら、会いに行けない理由ができる。
「ううん……」
でもダメだ。それだって、数日ゆうよができるだけ。下手したら、面倒だからもう会わずに処す!で終わりになるかもしれないし。
「ぼく、どうしたらいい……?」
ぼくは、じっとりと侍女さんを見上げながら、べそべその声でたずねた。
***
「……っ……っ」
止まらない。ちょっとしたバイブレーション機能がついたみたいに、震えが止まらない。
侍女さんたちは「なにも心配いりませんわ!」「大丈夫ですわ」「普段のままでいいんですのよ」と、はげましてくれたけど。
でも、悪い想像しか浮かばないぼくには、気休め未満の効果もない。
そして結局いま、こうして正装させられて、ぎょうぎょうしく謁見の間につれてこられて、軽くバスケ化バレーの試合くらいはできそうな広い部屋に、ひとりでぽつん。
え、無理じゃない?
ぼく、5才よ?
しかも、いちおう人質。
「うう……」
できることなら、今すぐ泣きながら逃げ帰りたい。
でも多分、足ガクガクだから、へたり込んでぴえええん、ってなるけど。
――ガチャン。
奥の扉が開く重たい音がした。
「……っ!」
同時にぼくは、ビクゥゥゥ!だ。ふつうにちょっと電気でも通ったかと思った。
「国王陛下のおなりである」
「……ヒッ」
……こ、声出ちゃった。
カツカツ、の足音がもうこわい。だってあれはこの国の国王で、ぼくをどーにでもできちゃう立場の人が近づいてくる音なんだよ。
「…………」
「…………」
えっと、この沈黙ってなんだろ? え、ぼくから挨拶とかする? 聞いてないよ。話しかけられたらお答えして、しか言われてないよ?
はっ! でも、最初に目下の人から挨拶するのって当然すぎるから言われなかっただけ? じゃ、じゃあ言ったほうがいい?
……! でもでも、もしかして話しかけられるまで口を開いちゃいけませんの国だったら?
どどど、どうしよう!?
ああああ、こんなことなら、記憶が戻ってまっさきに、この国の礼儀作法とか勉強しておくんだった……。
時、すでに遅し。
目の前に、最高権力者。
ぼく、人質。(将来、処刑予定)
――終わったかも。
さあ、こうなったら諦めて……って諦められるかぁぁ!
え、どうすればいい? 挨拶する? 話しかけられるの待つ?
どっち?
もう結構、沈黙流れちゃってるけど? ねええ、どっかヒントとかない? よく見ると体育館の標語みたいのない?「目下の者から挨拶するべし」みたいなこと書いてない?
あ、それか、誰かヒントください! 口パクで! あ・い・さ・つ・し・ろ・お・ま・え・か・ら、とかやって!
ねええ、お願いだか――
「……そなたが、サファか」
あ。しゃべった。
「……っ、ふぁい。そうですっ」
噛んだ。わりとわかりやすく、はっきり噛んだ。
「――ふむ」
あああ、なんか威厳たっぷりっていうか、ちょっと怖そうな声ぇぇ。
「もう少し、近くに――」
ぴーーんち! ぼく今、生まれたての子鹿なみに足ガクブルなんですけど、どーーしよ。
もう這う? 這っていくべき? え、無礼かな?
わあ、どうしよ――
「よい。余がそちらに参ろう」
「……え」
しまった。え、って言っちゃった。えって。
「……あの」
え、来てくれるの? 王様から? こっちに?
……なんで。
「ほうほう、そなたか」
「ふ……ぁい」
もう、噛んだとか関係ない。よく声でたな、ってレベル。
1m先に王様。ど迫力。ぼく、フリーズ。
「ふむ、まだ小さいな」
「は……い。5さい、です」
「そうであったな」
あれ? ふむふむ、となにか考えてる顔がちょっと……
「そのように幼い身で、見知らぬ国に遣わされ、さぞ心細いであろう」
「ふぁ……」
うっ……むっず。
お心遣いありがとうですが……、これなんて答えるのが正解?
「ああ、泣くでない」
「ふえ……」
あ、泣いてはないです。返事にめっちゃ困ってるだけで。
「すまぬ。余がいらぬことを聞いたな」
まあ、それはそう。……あ、いやいや、ぜんぜん! ぜんぜんいいんです。
「そ、そなことなぃ、です」
答えがよくない!とか怒ったりしないなら、なんでも言ってください。はい。
「どうだ? 不自由はないか? 侍女は問題なく仕えておるか? 気遣いの足らぬものや、態度のよくないものはおらぬか? 必要なものはないか?」
「え、あ、は……」
矢継ぎ早。すんごい勢いで聞くじゃん、答えるスキが皆無。
「あ、あの……だいじょうぶ、です。みんなとても、よくしてくれて」
「そうかそうか」
王様がニコッとしてうんうん、とうなずく。
あれ、なんかちょっと、優し……い?
「あの、このあいだもっ、お手紙かきたいって言ったら、きれいなびんせんとふうとうを、よういしてくれました!」
あ、余計なことを……。王様があんまりやさしい顔をするから、つい……。
「そうか! それがファランにあてた手紙だな」
「……! へいか、ごぞんじですか?」
「ああ、知っておるぞ。ファランがさんざん自慢しておったからな」
「え、どうしてぼくのおてがみで、じまん……?」
「すごく丁寧で気持ちのこもった名文だと言っておった」
いたー! 侍女さんの他にも過大評価してくれる人いたー!
「まあ、読ませてはもらえなかったがな」
「……!」
え? まさか王様、ぼくの手紙なんぞを読もうとしたの!? まじで?
「ふ、ふつうのおてがみです……そんなへいかが読まれるようなものじゃ」
「そうか……」
「……?」
なにゆえ、今ちょっと、しょんぼりな感じに……?
ただの、ぼくの、手紙だよ?
「ともかく、そなたが元気にしておるようで安心したぞ」
「……! おかげさまで。おこころづかい、ありがとうございます」
「おお、立派に挨拶もできるのだな。賢い子だ」
い――
ぃやったぁぁ! 高評価げっとだあぁぁぁっ!
「余もな」
王様、うーーむ、とあごをなでなでしはじめた。どうしたの? なんか困りごと?
「随分考えたのだがな。そなたのような幼い王子をひとりでというのは、酷だろうと……」
「え」
「でも、そうするしかな――」
「え」
なにがっ? なにがそうするしかなの? え?
「そなたのことは気にはなったが、余が会っても気疲れするばかりだろうと思ってな」
「え」
「しかし、最近、以前より随分元気にしておると聞いて、会ってみたくなったのだ」
「あ、ありがとうございます」
なにそれ。いい人。王様ちょういい人じゃん。
え、自分に会うってなったら、ビビるよなーって、遠慮してくれてたってこと?
しかも、気にかけて、様子を確認してくれてたってこと?
えぇぇ……めちゃいい人じゃん……。
「へいか……」
「ん? どうした?」
なにそのニッコニコのお顔。止めて、そんな顔で見ないで。
「うう……」
「……?」
うっかり、気を許しちゃいそうになるから!
「ぼくのこと、きにかけてくださって、うれしい……」
「うむ、そうかそうか」
「ありがとう、ございます」
お礼! お礼だいじだからね!
「ほお、なんと健気な」
「えっ」
なになに? ぎゅってなったけど?
「ふぁ……へーか」
「ずいぶんと可愛らしいことだ」
どうしよう、ちょっと手をゆるめて、とかは言いにくい雰囲気。
「よしよし、いい子だ」
「わ、たかいっ!」
ちょ、え? 待って、どういう状況?
「ほおれ、ぐるぐるはどうじゃ?」
「きゃー!」
なにこれ、突然、人力でジェットコースター並のアトラクション体験してるのどうして!?
よ、よし。とりあえず整理しようか。
ぼく、立場は人質、小国の王子。
ここ、大陸一の大国の王宮、謁見の間。
相手、この国の王様。
状況……王様にかかえあげられたのち、ぐるぐる回されている最中。
……?
よーし、整理できた。
うんうん、ぜんぜん意味わかんない。
「はっはっは! 高速グルグルもできるぞー!」
「きゃああ、目がまわりますぅぅ!」
え、どうしよう、まさかこれ……新手の拷問とか!?
いやいやいや、まさかね。
変すぎるでしょ。
しかも王様自ら手をくだす?わけないし。
まさかぁ。
――ね?
「……陛下、そろそろおろして差し上げては」
「おう、そうじゃそうじゃ。つい楽しくなってしまって」
「はわわわ……」
どこからか控えめに声がかかったと思ったら、ぼくはゆっくり床の上におろされた。
「少々やりすぎたか……? サファ、大事ないか?」
「はぃぃ……だいじょうぶ、ですぅ」
「そうかそうか、ならばよかった」
ふつうに心配してくれた感じっぽい?
ってことは、新しいタイプの拷問とかじゃなかったってこと……だよね?
よかったよかった。それなら、ぜんぜんだいじょーぶです!
「ふぁ……」
「おお、危ない」
ちょっと目が回ったけども。
「ありがとうございますう。……はぁぁ、すごかったぁぁ」
「ん、目が回ったか? すまぬ。少々やりすぎたな」
「いいえぇ。たのしかったです」
もう、悪意とかないなら、ぜんぜん! ほんと、なんでもいいです。
「ははは。気に入ったか。またいつでもやってやろう」
「は、はは……ありがとうございますぅ……」
「ははは、余もいささか興がのってしまったな」
「……? へいかも、たのしい気もちだったですか?」
「ああ。そなたのような素直な子どもらしい子どもは、ここにはおらぬのでな」
「ふぁあ……」
ふくざつ。一応、前世15才まで生きた記憶持ち5才としは、その評価は少々ふくざつです。
さいきんのぼくったら、5才に寄り過ぎてる自覚……ないではないし。
しかーし、それが王様にうけたなら、それはそれでよし、な感じもある。
……いいのか?
と、とにかく! ぼくのプライドとか、先のことより、当面の身の安全がだいじ。最優先。そのためにはえらいひとに気に入られるのとても大事。
「こくおうへいか、今日は、ぼくと会っておはなししてくださって、たかいのもぐるぐるもしてくださって、ありがとうございました!」
はぁぁ、よかったあ。今日はこれで無事にかえれそう!
ほんとーによかっ――
「なになに。そんなに気に入ったか! じゃあ、もう一度やってやろうぞ!」
「えっ」
「――よ、っと!」
「えっっ!」
「はははは。ほらほら、たかーーい、たかい、ぐるぐるー!」
「はわわわわ」
「ほれほれ、斜めぐるぐるはどうじゃ」
「ひやぁぁぁ!」
ちょ、ま、目、目がまわあああるうううう。
「――陛下!」
「ははははは!」
「ふぁぁ……」
は、はやく止めてええ……!
侍女さんの一言に、ぼくは凍りついた。
えええっ!とか盛大に驚きたおす余裕もない。
えっ、をひねり出すのがせいいっぱい。
「ですから、ご昼食を召し上がったらお支度しましょう」
「えっ……」
ちがう。リピートしたわけじゃない。壊れたわけでもない。……多分。
「よかったですわね、サファさま」
「きっと王太子殿下がサファさまのことをお話してくださったんですわ」
え、もしそうだとしたら、なんて余計なこ……いや、御大層すぎるお心遣いを……。
そんな、ぼくのことなんか本当にお気になさらず……って言いたい。
もう遅いけど。
「半年前、こちらにいらしたとき以来でしょうか?」
「ええ、そうですわ」
「まあ、それなら気合を入れてお支度しませんとね」
「…………」
「お召し物はなにがよろしいでしょう?」
「ああ、こんなことなら、もっと正装を用意しておくんでしたわ」
「普段のお召し物ばかりですものね」
「…………」
侍女さんたちは3人集まって、キャッキャしている。なんとも楽しそうだ。うらやましい。ぼくもキャッキャするほうになりたい。
「…………」
固まったままぴくりともしないぼくに気付かないくらい楽しいですか。いつもは過保護気味なのに……。
「やはり、一番いいお衣装を出しましょう」
なんとか今からでも、手違いでした、みたいなことにならないかな。
「そうですわね。それがいいですわ」
ウキウキの侍女さんたちには悪いんだけど。
「なんといっても――」
……やっぱり無理かな。
いっちばんダメなやつ。
いっちばん、さいっきょうに危険な人からの呼び出し。
「「「国王陛下からのお召しですもの!」」」
はい、終わったー。
国王陛下、つまりこの国でいちばんえらい人。
もし、なんかこいつないな、って思われたら、即!終了!!するかもってこと。
しかも国王陛下については、原作でどんな感じだったかあんまり記憶にないから、対策も立てられない。……知ってたところで、どうする?でもあるけど。
冷酷で残酷であくぎゃくひどーな人とかだったら本当に終わる。
「……なんで、へいか、ぼくをよんだの」
着るものリストの中でいちばん上等の正装を着せられながら、口が勝手にぽつん。
聞いてもしょうがないし、知ってるかもわからない。もはや自分が答えを求めてるのかもわからない。ほぼ、愚痴。もしくはひとり言。
「良く存じませんけれども、お話ししてみたくなったとかで」
「きっと王太子殿下からお聞きになったんだと思いますわ。サファさまのこと」
なんで殿下からお話聞いたら、ぼくに会いたくなるの……。
ぼく、なんもおもしろトークとかしてないよ。一発芸とかもないし。
ふつうの、無力な、ちょっと前世の記憶とこの世界そっくりの小説の記憶があるだけの、ただの一般人質王子です。
「さあ、これを結んだら出来上がりですわ」
「……」
あ。
ピシイ、と正装の帯を結ばれながら気づく。
もしかしたら、そのために呼んだとか?
王太子様からお話聞いて、王太子様に無駄に関わって時間を割かせる邪魔なやつ、って思われたかも……。この国を継ぐ大事な息子が、小国の人質王子なんかに情をかけたらあとあと政治的に困るとか。
それか……なんかわかんないけど、とりあえず気に入らないとか。
だから今のうちに理由つけて処刑しとこうとか!
「…………」
ど……どどど、どうしよう。本当にそんなことある!?!?
「……うっ」
でも他に、ぼくを呼ぶ理由なくない? 一国の王だよ?
ぼく、名も知れない小国の人質の王子だよ? ここにきて半年、放置されてたのに急にだよ?
「……うう、どうしよう」
しまった。また目の蛇口が壊れた。
「あらあら、どうなさいました?」
「もしや、どこかお加減でもお悪いですか?」
ああ、そうだったらいいのに。それだったら、会いに行けない理由ができる。
「ううん……」
でもダメだ。それだって、数日ゆうよができるだけ。下手したら、面倒だからもう会わずに処す!で終わりになるかもしれないし。
「ぼく、どうしたらいい……?」
ぼくは、じっとりと侍女さんを見上げながら、べそべその声でたずねた。
***
「……っ……っ」
止まらない。ちょっとしたバイブレーション機能がついたみたいに、震えが止まらない。
侍女さんたちは「なにも心配いりませんわ!」「大丈夫ですわ」「普段のままでいいんですのよ」と、はげましてくれたけど。
でも、悪い想像しか浮かばないぼくには、気休め未満の効果もない。
そして結局いま、こうして正装させられて、ぎょうぎょうしく謁見の間につれてこられて、軽くバスケ化バレーの試合くらいはできそうな広い部屋に、ひとりでぽつん。
え、無理じゃない?
ぼく、5才よ?
しかも、いちおう人質。
「うう……」
できることなら、今すぐ泣きながら逃げ帰りたい。
でも多分、足ガクガクだから、へたり込んでぴえええん、ってなるけど。
――ガチャン。
奥の扉が開く重たい音がした。
「……っ!」
同時にぼくは、ビクゥゥゥ!だ。ふつうにちょっと電気でも通ったかと思った。
「国王陛下のおなりである」
「……ヒッ」
……こ、声出ちゃった。
カツカツ、の足音がもうこわい。だってあれはこの国の国王で、ぼくをどーにでもできちゃう立場の人が近づいてくる音なんだよ。
「…………」
「…………」
えっと、この沈黙ってなんだろ? え、ぼくから挨拶とかする? 聞いてないよ。話しかけられたらお答えして、しか言われてないよ?
はっ! でも、最初に目下の人から挨拶するのって当然すぎるから言われなかっただけ? じゃ、じゃあ言ったほうがいい?
……! でもでも、もしかして話しかけられるまで口を開いちゃいけませんの国だったら?
どどど、どうしよう!?
ああああ、こんなことなら、記憶が戻ってまっさきに、この国の礼儀作法とか勉強しておくんだった……。
時、すでに遅し。
目の前に、最高権力者。
ぼく、人質。(将来、処刑予定)
――終わったかも。
さあ、こうなったら諦めて……って諦められるかぁぁ!
え、どうすればいい? 挨拶する? 話しかけられるの待つ?
どっち?
もう結構、沈黙流れちゃってるけど? ねええ、どっかヒントとかない? よく見ると体育館の標語みたいのない?「目下の者から挨拶するべし」みたいなこと書いてない?
あ、それか、誰かヒントください! 口パクで! あ・い・さ・つ・し・ろ・お・ま・え・か・ら、とかやって!
ねええ、お願いだか――
「……そなたが、サファか」
あ。しゃべった。
「……っ、ふぁい。そうですっ」
噛んだ。わりとわかりやすく、はっきり噛んだ。
「――ふむ」
あああ、なんか威厳たっぷりっていうか、ちょっと怖そうな声ぇぇ。
「もう少し、近くに――」
ぴーーんち! ぼく今、生まれたての子鹿なみに足ガクブルなんですけど、どーーしよ。
もう這う? 這っていくべき? え、無礼かな?
わあ、どうしよ――
「よい。余がそちらに参ろう」
「……え」
しまった。え、って言っちゃった。えって。
「……あの」
え、来てくれるの? 王様から? こっちに?
……なんで。
「ほうほう、そなたか」
「ふ……ぁい」
もう、噛んだとか関係ない。よく声でたな、ってレベル。
1m先に王様。ど迫力。ぼく、フリーズ。
「ふむ、まだ小さいな」
「は……い。5さい、です」
「そうであったな」
あれ? ふむふむ、となにか考えてる顔がちょっと……
「そのように幼い身で、見知らぬ国に遣わされ、さぞ心細いであろう」
「ふぁ……」
うっ……むっず。
お心遣いありがとうですが……、これなんて答えるのが正解?
「ああ、泣くでない」
「ふえ……」
あ、泣いてはないです。返事にめっちゃ困ってるだけで。
「すまぬ。余がいらぬことを聞いたな」
まあ、それはそう。……あ、いやいや、ぜんぜん! ぜんぜんいいんです。
「そ、そなことなぃ、です」
答えがよくない!とか怒ったりしないなら、なんでも言ってください。はい。
「どうだ? 不自由はないか? 侍女は問題なく仕えておるか? 気遣いの足らぬものや、態度のよくないものはおらぬか? 必要なものはないか?」
「え、あ、は……」
矢継ぎ早。すんごい勢いで聞くじゃん、答えるスキが皆無。
「あ、あの……だいじょうぶ、です。みんなとても、よくしてくれて」
「そうかそうか」
王様がニコッとしてうんうん、とうなずく。
あれ、なんかちょっと、優し……い?
「あの、このあいだもっ、お手紙かきたいって言ったら、きれいなびんせんとふうとうを、よういしてくれました!」
あ、余計なことを……。王様があんまりやさしい顔をするから、つい……。
「そうか! それがファランにあてた手紙だな」
「……! へいか、ごぞんじですか?」
「ああ、知っておるぞ。ファランがさんざん自慢しておったからな」
「え、どうしてぼくのおてがみで、じまん……?」
「すごく丁寧で気持ちのこもった名文だと言っておった」
いたー! 侍女さんの他にも過大評価してくれる人いたー!
「まあ、読ませてはもらえなかったがな」
「……!」
え? まさか王様、ぼくの手紙なんぞを読もうとしたの!? まじで?
「ふ、ふつうのおてがみです……そんなへいかが読まれるようなものじゃ」
「そうか……」
「……?」
なにゆえ、今ちょっと、しょんぼりな感じに……?
ただの、ぼくの、手紙だよ?
「ともかく、そなたが元気にしておるようで安心したぞ」
「……! おかげさまで。おこころづかい、ありがとうございます」
「おお、立派に挨拶もできるのだな。賢い子だ」
い――
ぃやったぁぁ! 高評価げっとだあぁぁぁっ!
「余もな」
王様、うーーむ、とあごをなでなでしはじめた。どうしたの? なんか困りごと?
「随分考えたのだがな。そなたのような幼い王子をひとりでというのは、酷だろうと……」
「え」
「でも、そうするしかな――」
「え」
なにがっ? なにがそうするしかなの? え?
「そなたのことは気にはなったが、余が会っても気疲れするばかりだろうと思ってな」
「え」
「しかし、最近、以前より随分元気にしておると聞いて、会ってみたくなったのだ」
「あ、ありがとうございます」
なにそれ。いい人。王様ちょういい人じゃん。
え、自分に会うってなったら、ビビるよなーって、遠慮してくれてたってこと?
しかも、気にかけて、様子を確認してくれてたってこと?
えぇぇ……めちゃいい人じゃん……。
「へいか……」
「ん? どうした?」
なにそのニッコニコのお顔。止めて、そんな顔で見ないで。
「うう……」
「……?」
うっかり、気を許しちゃいそうになるから!
「ぼくのこと、きにかけてくださって、うれしい……」
「うむ、そうかそうか」
「ありがとう、ございます」
お礼! お礼だいじだからね!
「ほお、なんと健気な」
「えっ」
なになに? ぎゅってなったけど?
「ふぁ……へーか」
「ずいぶんと可愛らしいことだ」
どうしよう、ちょっと手をゆるめて、とかは言いにくい雰囲気。
「よしよし、いい子だ」
「わ、たかいっ!」
ちょ、え? 待って、どういう状況?
「ほおれ、ぐるぐるはどうじゃ?」
「きゃー!」
なにこれ、突然、人力でジェットコースター並のアトラクション体験してるのどうして!?
よ、よし。とりあえず整理しようか。
ぼく、立場は人質、小国の王子。
ここ、大陸一の大国の王宮、謁見の間。
相手、この国の王様。
状況……王様にかかえあげられたのち、ぐるぐる回されている最中。
……?
よーし、整理できた。
うんうん、ぜんぜん意味わかんない。
「はっはっは! 高速グルグルもできるぞー!」
「きゃああ、目がまわりますぅぅ!」
え、どうしよう、まさかこれ……新手の拷問とか!?
いやいやいや、まさかね。
変すぎるでしょ。
しかも王様自ら手をくだす?わけないし。
まさかぁ。
――ね?
「……陛下、そろそろおろして差し上げては」
「おう、そうじゃそうじゃ。つい楽しくなってしまって」
「はわわわ……」
どこからか控えめに声がかかったと思ったら、ぼくはゆっくり床の上におろされた。
「少々やりすぎたか……? サファ、大事ないか?」
「はぃぃ……だいじょうぶ、ですぅ」
「そうかそうか、ならばよかった」
ふつうに心配してくれた感じっぽい?
ってことは、新しいタイプの拷問とかじゃなかったってこと……だよね?
よかったよかった。それなら、ぜんぜんだいじょーぶです!
「ふぁ……」
「おお、危ない」
ちょっと目が回ったけども。
「ありがとうございますう。……はぁぁ、すごかったぁぁ」
「ん、目が回ったか? すまぬ。少々やりすぎたな」
「いいえぇ。たのしかったです」
もう、悪意とかないなら、ぜんぜん! ほんと、なんでもいいです。
「ははは。気に入ったか。またいつでもやってやろう」
「は、はは……ありがとうございますぅ……」
「ははは、余もいささか興がのってしまったな」
「……? へいかも、たのしい気もちだったですか?」
「ああ。そなたのような素直な子どもらしい子どもは、ここにはおらぬのでな」
「ふぁあ……」
ふくざつ。一応、前世15才まで生きた記憶持ち5才としは、その評価は少々ふくざつです。
さいきんのぼくったら、5才に寄り過ぎてる自覚……ないではないし。
しかーし、それが王様にうけたなら、それはそれでよし、な感じもある。
……いいのか?
と、とにかく! ぼくのプライドとか、先のことより、当面の身の安全がだいじ。最優先。そのためにはえらいひとに気に入られるのとても大事。
「こくおうへいか、今日は、ぼくと会っておはなししてくださって、たかいのもぐるぐるもしてくださって、ありがとうございました!」
はぁぁ、よかったあ。今日はこれで無事にかえれそう!
ほんとーによかっ――
「なになに。そんなに気に入ったか! じゃあ、もう一度やってやろうぞ!」
「えっ」
「――よ、っと!」
「えっっ!」
「はははは。ほらほら、たかーーい、たかい、ぐるぐるー!」
「はわわわわ」
「ほれほれ、斜めぐるぐるはどうじゃ」
「ひやぁぁぁ!」
ちょ、ま、目、目がまわあああるうううう。
「――陛下!」
「ははははは!」
「ふぁぁ……」
は、はやく止めてええ……!
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マッスル王国のストロング辺境伯家は【軍神】【武神】【戦神】【剣聖】【剣豪】といった戦闘に関するスキルを神より授かるからなのか、代々優れた軍人・武人を輩出してきた家柄だ。
そんな家に産まれたからなのか、ストロング家の者は【力こそ正義】と言わんばかりに見事なまでに脳筋思考の持ち主だった。
だが、この世には例外というものがある。
ストロング家の次女であるアールマティだ。
実はアールマティ、日本人として生きていた前世の記憶を持っているのだが、その事を話せば病院に送られてしまうという恐怖があるからなのか誰にも打ち明けていない。
そんなアールマティが授かったスキルは【農業】と【豊穣】
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「仰せのままに」
父の言葉に頭を下げた後、屋敷を出て行こうとしているアールマティを母と兄弟姉妹、そして家令と使用人達までもが嘲笑いながら罵っている。
「食糧と食料って人間の生命活動に置いて一番大事なことなのに・・・」
脳筋に何を言っても無駄だと子供の頃から悟っていたアールマティは他国へと亡命する。
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短い話という理由で色々深く考えた話ではないからツッコミどころ満載です。
魔物が棲む森に捨てられた私を拾ったのは、私を捨てた王子がいる国の騎士様だった件について。
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