【完結】男装令嬢、深い事情により夜だけ王弟殿下の恋人を演じさせられる

千堂みくま

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5 笑顔の安売り

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 イグニスが馬を降りて監督官に近寄ると、付近にいた者がささっと動いてクロウとシャテーニュの手綱を持ってくれた。ルルシェもイグニスの斜め後ろに立ち、監督官であるアンディに礼をする。

「殿下、それにルルシェ卿も……わざわざお越しくださるとは恐縮です」

「堤防の工事は大変だっただろう。あとで酒を届けさせるから、工事に関わった者で飲むといい。今日は壊れた橋を見に来た。案内を頼む」

 酒のひと言で周囲の男たちからわぁっと歓声が上がった。堤防の工事は大掛かりで半年もかかったから、イグニスは労をねぎらってやりたいのだろう。

 酒を飲んだこともないルルシェはとりあえずニコニコしておく。酔って自我を失うのは絶対に避けたい。きっと一生飲むことはないだろうし、果実の絞り汁で充分だ。自衛のためにも。

 アンディは崩れた橋に二人を案内した。川幅がもっとも狭い部分に橋を架けていたが、先日の洪水で流されて土台しか残っていない。

「いっそ橋を架ける場所を変えてはどうかと思うのですが、他の場所は川の幅が広いので難しい工事になりそうです」

「ここは川幅が狭いから流木や岩が引っ掛かりやすいのかもな……。ルルシェ、どう思う?」

「アーチ構造の石橋にしたらどうでしょう。川の両岸から半円を描くようにレンガを積むだけの作りで、橋の脚がないため水流の影響をうけません。カイ帝国では三年前にアーチ構造の橋を作ったそうですが、もう何度も洪水を耐え切ったと聞きます」

「あ、その橋のことは私も聞いたことがあります。カイ帝国の話だったのか……」

「めがね橋というのもあるそうですが、なるべく橋の脚が少ないほうが洪水のときに流木がぶつからずに済むはずです。ただ、優れた石工を呼ぶ必要がありますが」

「なるほど……。では俺がカイの皇帝あてに一筆したためておく。アンディ、親書を持ってカイ帝国まで行ってくれるか? 川と橋に詳しい者が行ったほうがいいだろう」

「はっ! ……あのー、ルルシェ卿も一緒に来てもらえませんか?」

 カイ語を話せないアンディは不安げにルルシェを見ている。しかし。

「それは駄目だ。代わりの通訳は俺が呼んでおく」

「……分かりました。すぐに出立の用意をします……」

 去っていくアンディの背中は寂しそうだった。ルルシェは何か言葉を掛けてやりたくなったが、それ以上にイグニスがルルシェを独占する事に不満を感じていた。いい加減、部下離れしてほしいものだ。

「しかし今からカイに行って石工を呼ぶとなると、新しい橋が出来るのはかなり先になりそうだ。住民は不便だろうな……」

「増水時に沈む橋を作ってはどうですか。簡単なもので良ければ、川に平坦な石を並べるだけで出来上がります。馬車は無理でしょうが、人や家畜は問題なく渡れるでしょう」

「ああ、飛び石のようなものか。それなら短期間で用意できるかもな」

 イグニスはアンディの代理の者を呼んで、飛び石のような簡素な橋を作るように命じた。そうこうしている内に昼になり、ルルシェはイグニスと一緒に地元の人々の持て成しを受ける事になった。
 アンディが昼食を用意せよと伝えていたらしく、川からほど近い屋敷の一室に案内される。

 王子様をひと目みようと集まる人の多いこと。ルルシェは改めて、王子とずっと一緒に過ごすというのがどれだけ特別なことなのか理解した。イグニスは仕事のためなら今日のように遠出してくれる王子様だが、小さな村にまで来ることは稀だ。

 なのに、相変わらずの無表情。ルルシェは彼の代わりに笑顔を振りまいた。窓の外から女性のわき立つ声が聞こえる。モテるのは悪くない。むしろ爽快だ。

「だから、笑顔の安売りをするなと言うのに……」

「殿下が笑わないからでしょう。せっかく王子様を見に来てくれてるのに。ほら、ちょっとは笑って」

「…………俺は、女が苦手なんだ……」

 ものすごい小声。少し気の毒になってきて、ルルシェはからかうのをやめて無言で食事をした。

(可哀相な王子さま。せっかくモテそうな顔をしているのに、これじゃ宝の持ち腐れだ。僕が殿下だったら良かったのに)

 そして同時に不安も感じる。女が苦手というのなら、ルルシェの秘密を知ったら怒り狂ってしまうのではないか。それともショックのあまり引き篭ってしまうのか。

(とにかく、絶対に露見しないように気をつけなくちゃ)

 ルルシェはパンを少しにして、サラダと肉料理だけを食べた。十五を過ぎてから女性らしい体つきに変わって来ている。太らないように注意しないと、コルセットだけでは誤魔化せないかもしれない。

 特に胸はこれでもかと言うほど豊かで、最近では隠すのも一苦労だった。こんなもの、何の役にも立たないのに。誰かにあげたいぐらいだ。
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