5 / 62
5 笑顔の安売り
しおりを挟む
イグニスが馬を降りて監督官に近寄ると、付近にいた者がささっと動いてクロウとシャテーニュの手綱を持ってくれた。ルルシェもイグニスの斜め後ろに立ち、監督官であるアンディに礼をする。
「殿下、それにルルシェ卿も……わざわざお越しくださるとは恐縮です」
「堤防の工事は大変だっただろう。あとで酒を届けさせるから、工事に関わった者で飲むといい。今日は壊れた橋を見に来た。案内を頼む」
酒のひと言で周囲の男たちからわぁっと歓声が上がった。堤防の工事は大掛かりで半年もかかったから、イグニスは労をねぎらってやりたいのだろう。
酒を飲んだこともないルルシェはとりあえずニコニコしておく。酔って自我を失うのは絶対に避けたい。きっと一生飲むことはないだろうし、果実の絞り汁で充分だ。自衛のためにも。
アンディは崩れた橋に二人を案内した。川幅がもっとも狭い部分に橋を架けていたが、先日の洪水で流されて土台しか残っていない。
「いっそ橋を架ける場所を変えてはどうかと思うのですが、他の場所は川の幅が広いので難しい工事になりそうです」
「ここは川幅が狭いから流木や岩が引っ掛かりやすいのかもな……。ルルシェ、どう思う?」
「アーチ構造の石橋にしたらどうでしょう。川の両岸から半円を描くようにレンガを積むだけの作りで、橋の脚がないため水流の影響をうけません。カイ帝国では三年前にアーチ構造の橋を作ったそうですが、もう何度も洪水を耐え切ったと聞きます」
「あ、その橋のことは私も聞いたことがあります。カイ帝国の話だったのか……」
「めがね橋というのもあるそうですが、なるべく橋の脚が少ないほうが洪水のときに流木がぶつからずに済むはずです。ただ、優れた石工を呼ぶ必要がありますが」
「なるほど……。では俺がカイの皇帝あてに一筆したためておく。アンディ、親書を持ってカイ帝国まで行ってくれるか? 川と橋に詳しい者が行ったほうがいいだろう」
「はっ! ……あのー、ルルシェ卿も一緒に来てもらえませんか?」
カイ語を話せないアンディは不安げにルルシェを見ている。しかし。
「それは駄目だ。代わりの通訳は俺が呼んでおく」
「……分かりました。すぐに出立の用意をします……」
去っていくアンディの背中は寂しそうだった。ルルシェは何か言葉を掛けてやりたくなったが、それ以上にイグニスがルルシェを独占する事に不満を感じていた。いい加減、部下離れしてほしいものだ。
「しかし今からカイに行って石工を呼ぶとなると、新しい橋が出来るのはかなり先になりそうだ。住民は不便だろうな……」
「増水時に沈む橋を作ってはどうですか。簡単なもので良ければ、川に平坦な石を並べるだけで出来上がります。馬車は無理でしょうが、人や家畜は問題なく渡れるでしょう」
「ああ、飛び石のようなものか。それなら短期間で用意できるかもな」
イグニスはアンディの代理の者を呼んで、飛び石のような簡素な橋を作るように命じた。そうこうしている内に昼になり、ルルシェはイグニスと一緒に地元の人々の持て成しを受ける事になった。
アンディが昼食を用意せよと伝えていたらしく、川からほど近い屋敷の一室に案内される。
王子様をひと目みようと集まる人の多いこと。ルルシェは改めて、王子とずっと一緒に過ごすというのがどれだけ特別なことなのか理解した。イグニスは仕事のためなら今日のように遠出してくれる王子様だが、小さな村にまで来ることは稀だ。
なのに、相変わらずの無表情。ルルシェは彼の代わりに笑顔を振りまいた。窓の外から女性のわき立つ声が聞こえる。モテるのは悪くない。むしろ爽快だ。
「だから、笑顔の安売りをするなと言うのに……」
「殿下が笑わないからでしょう。せっかく王子様を見に来てくれてるのに。ほら、ちょっとは笑って」
「…………俺は、女が苦手なんだ……」
ものすごい小声。少し気の毒になってきて、ルルシェはからかうのをやめて無言で食事をした。
(可哀相な王子さま。せっかくモテそうな顔をしているのに、これじゃ宝の持ち腐れだ。僕が殿下だったら良かったのに)
そして同時に不安も感じる。女が苦手というのなら、ルルシェの秘密を知ったら怒り狂ってしまうのではないか。それともショックのあまり引き篭ってしまうのか。
(とにかく、絶対に露見しないように気をつけなくちゃ)
ルルシェはパンを少しにして、サラダと肉料理だけを食べた。十五を過ぎてから女性らしい体つきに変わって来ている。太らないように注意しないと、コルセットだけでは誤魔化せないかもしれない。
特に胸はこれでもかと言うほど豊かで、最近では隠すのも一苦労だった。こんなもの、何の役にも立たないのに。誰かにあげたいぐらいだ。
「殿下、それにルルシェ卿も……わざわざお越しくださるとは恐縮です」
「堤防の工事は大変だっただろう。あとで酒を届けさせるから、工事に関わった者で飲むといい。今日は壊れた橋を見に来た。案内を頼む」
酒のひと言で周囲の男たちからわぁっと歓声が上がった。堤防の工事は大掛かりで半年もかかったから、イグニスは労をねぎらってやりたいのだろう。
酒を飲んだこともないルルシェはとりあえずニコニコしておく。酔って自我を失うのは絶対に避けたい。きっと一生飲むことはないだろうし、果実の絞り汁で充分だ。自衛のためにも。
アンディは崩れた橋に二人を案内した。川幅がもっとも狭い部分に橋を架けていたが、先日の洪水で流されて土台しか残っていない。
「いっそ橋を架ける場所を変えてはどうかと思うのですが、他の場所は川の幅が広いので難しい工事になりそうです」
「ここは川幅が狭いから流木や岩が引っ掛かりやすいのかもな……。ルルシェ、どう思う?」
「アーチ構造の石橋にしたらどうでしょう。川の両岸から半円を描くようにレンガを積むだけの作りで、橋の脚がないため水流の影響をうけません。カイ帝国では三年前にアーチ構造の橋を作ったそうですが、もう何度も洪水を耐え切ったと聞きます」
「あ、その橋のことは私も聞いたことがあります。カイ帝国の話だったのか……」
「めがね橋というのもあるそうですが、なるべく橋の脚が少ないほうが洪水のときに流木がぶつからずに済むはずです。ただ、優れた石工を呼ぶ必要がありますが」
「なるほど……。では俺がカイの皇帝あてに一筆したためておく。アンディ、親書を持ってカイ帝国まで行ってくれるか? 川と橋に詳しい者が行ったほうがいいだろう」
「はっ! ……あのー、ルルシェ卿も一緒に来てもらえませんか?」
カイ語を話せないアンディは不安げにルルシェを見ている。しかし。
「それは駄目だ。代わりの通訳は俺が呼んでおく」
「……分かりました。すぐに出立の用意をします……」
去っていくアンディの背中は寂しそうだった。ルルシェは何か言葉を掛けてやりたくなったが、それ以上にイグニスがルルシェを独占する事に不満を感じていた。いい加減、部下離れしてほしいものだ。
「しかし今からカイに行って石工を呼ぶとなると、新しい橋が出来るのはかなり先になりそうだ。住民は不便だろうな……」
「増水時に沈む橋を作ってはどうですか。簡単なもので良ければ、川に平坦な石を並べるだけで出来上がります。馬車は無理でしょうが、人や家畜は問題なく渡れるでしょう」
「ああ、飛び石のようなものか。それなら短期間で用意できるかもな」
イグニスはアンディの代理の者を呼んで、飛び石のような簡素な橋を作るように命じた。そうこうしている内に昼になり、ルルシェはイグニスと一緒に地元の人々の持て成しを受ける事になった。
アンディが昼食を用意せよと伝えていたらしく、川からほど近い屋敷の一室に案内される。
王子様をひと目みようと集まる人の多いこと。ルルシェは改めて、王子とずっと一緒に過ごすというのがどれだけ特別なことなのか理解した。イグニスは仕事のためなら今日のように遠出してくれる王子様だが、小さな村にまで来ることは稀だ。
なのに、相変わらずの無表情。ルルシェは彼の代わりに笑顔を振りまいた。窓の外から女性のわき立つ声が聞こえる。モテるのは悪くない。むしろ爽快だ。
「だから、笑顔の安売りをするなと言うのに……」
「殿下が笑わないからでしょう。せっかく王子様を見に来てくれてるのに。ほら、ちょっとは笑って」
「…………俺は、女が苦手なんだ……」
ものすごい小声。少し気の毒になってきて、ルルシェはからかうのをやめて無言で食事をした。
(可哀相な王子さま。せっかくモテそうな顔をしているのに、これじゃ宝の持ち腐れだ。僕が殿下だったら良かったのに)
そして同時に不安も感じる。女が苦手というのなら、ルルシェの秘密を知ったら怒り狂ってしまうのではないか。それともショックのあまり引き篭ってしまうのか。
(とにかく、絶対に露見しないように気をつけなくちゃ)
ルルシェはパンを少しにして、サラダと肉料理だけを食べた。十五を過ぎてから女性らしい体つきに変わって来ている。太らないように注意しないと、コルセットだけでは誤魔化せないかもしれない。
特に胸はこれでもかと言うほど豊かで、最近では隠すのも一苦労だった。こんなもの、何の役にも立たないのに。誰かにあげたいぐらいだ。
15
あなたにおすすめの小説
愛しい人、あなたは王女様と幸せになってください
無憂
恋愛
クロエの婚約者は銀の髪の美貌の騎士リュシアン。彼はレティシア王女とは幼馴染で、今は護衛騎士だ。二人は愛し合い、クロエは二人を引き裂くお邪魔虫だと噂されている。王女のそばを離れないリュシアンとは、ここ数年、ろくな会話もない。愛されない日々に疲れたクロエは、婚約を破棄することを決意し、リュシアンに通告したのだが――
婚約破棄に応じる代わりにワンナイトした結果、婚約者の様子がおかしくなった
アマイ
恋愛
セシルには大嫌いな婚約者がいる。そして婚約者フレデリックもまたセシルを嫌い、社交界で浮名を流しては婚約破棄を迫っていた。
そんな歪な関係を続けること十年、セシルはとある事情からワンナイトを条件に婚約破棄に応じることにした。
しかし、ことに及んでからフレデリックの様子が何だかおかしい。あの……話が違うんですけど!?
初恋をこじらせた騎士軍師は、愛妻を偏愛する ~有能な頭脳が愛妻には働きません!~
如月あこ
恋愛
宮廷使用人のメリアは男好きのする体型のせいで、日頃から貴族男性に絡まれることが多く、自分の身体を嫌っていた。
ある夜、悪辣で有名な貴族の男に王城の庭園へ追い込まれて、絶体絶命のピンチに陥る。
懸命に守ってきた純潔がついに散らされてしまう! と、恐怖に駆られるメリアを助けたのは『騎士軍師』という特別な階級を与えられている、策士として有名な男ゲオルグだった。
メリアはゲオルグの提案で、大切な人たちを守るために、彼と契約結婚をすることになるが――。
騎士軍師(40歳)×宮廷使用人(22歳)
ひたすら不器用で素直な二人の、両片想いむずむずストーリー。
※ヒロインは、むちっとした体型(太っているわけではないが、本人は太っていると思い込んでいる)
届かぬ温もり
HARUKA
恋愛
夫には忘れられない人がいた。それを知りながら、私は彼のそばにいたかった。愛することで自分を捨て、夫の隣にいることを選んだ私。だけど、その恋に答えはなかった。すべてを失いかけた私が選んだのは、彼から離れ、自分自身の人生を取り戻す道だった·····
◆◇◆◇◆◇◆
読んでくださり感謝いたします。
すべてフィクションです。不快に思われた方は読むのを止めて下さい。
ゆっくり更新していきます。
誤字脱字も見つけ次第直していきます。
よろしくお願いします。
女騎士と鴉の秘密
はるみさ
恋愛
騎士団副団長を務める美貌の女騎士・シルヴィ。部下のマリエルを王都に連れ帰ってきたのは魔女の息子・エアロだった。惹かれ合う二人だが、シルヴィが城へ行くと、エアロの母である魔女には目も合わせて貰えず…。
※拙作『団長と秘密のレッスン』に出て来るシルヴィとエアロの話です。前作を読んでいないと、内容が分からないと思います。
※ムーンライトノベル様にも掲載しています。
エリート課長の脳内は想像の斜め上をいっていた
ピロ子
恋愛
飲み会に参加した後、酔い潰れていた私を押し倒していたのは社内の女子社員が憧れるエリート課長でした。
普段は冷静沈着な課長の脳内は、私には斜め上過ぎて理解不能です。
※課長の脳内は変態です。
なとみさん主催、「#足フェチ祭り」参加作品です。完結しました。
殿下、今回も遠慮申し上げます
cyaru
恋愛
結婚目前で婚約を解消されてしまった侯爵令嬢ヴィオレッタ。
相手は平民で既に子もいると言われ、その上「側妃となって公務をしてくれ」と微笑まれる。
静かに怒り沈黙をするヴィオレッタ。反対に日を追うごとに窮地に追い込まれる王子レオン。
側近も去り、資金も尽き、事も有ろうか恋人の教育をヴィオレッタに命令をするのだった。
前半は一度目の人生です。
※作品の都合上、うわぁと思うようなシーンがございます。
※作者都合のご都合主義です。
※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。
※架空のお話です。現実世界の話ではありません。
※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります)
※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。
女性執事は公爵に一夜の思い出を希う
石里 唯
恋愛
ある日の深夜、フォンド公爵家で女性でありながら執事を務めるアマリーは、涙を堪えながら10年以上暮らした屋敷から出ていこうとしていた。
けれども、たどり着いた出口には立ち塞がるように佇む人影があった。
それは、アマリーが逃げ出したかった相手、フォンド公爵リチャードその人だった。
本編4話、結婚式編10話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる