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34 罪と罰
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半月が経過した。
ルルシェは両親とともに王宮の塔で暮らしている。全ての罪を告白した結果、国王アイオンは刑罰が決まるまで王宮に留まるように命じたのだ。
イグニスの城から伯爵家に戻ったあと、ルルシェは今までの出来事を両親に報告した。ただし、イグニスの練習台だったことは伏せている。
ある切っ掛けでイグニスに女性だと知られてしまったが、彼はルルシェを保護しようとしてくれた。イグニスはルルシェを弟のように大切にしたので、その様子を見た誰かが恋仲だと勘違いし、本を書いたのではないか――という事にしてある。
イグニスを守るためには、自分が女だと公表するしかない。ルルシェは国教やイグニスの立場を考えた上でこの結論を出したと話したが、父と母は反対することもなく静かに頷いただけだった。いつかこういう日が来るのではと、覚悟を決めていたのかもしれない。
王都までの道中、母は馬車の中でルルシェに訊いた。
「ルルシェ、本当に殿下とは恋仲ではないの? 殿下はもしかして、あなたのことを……」
「いいえ、母さま。殿下は僕を実の弟のように可愛がってくださっただけです」
母が言いたいことは分かっている。イグニスと納得のいく別れをしたのかと気にしているのだ。ルルシェも父も母も、今後どうなるか分からないから。
しかし全てを話せばイグニスはルルシェたちを庇い、罪を告白する事などきっと許してくれない。なんど考えても、やはり嘘をつくしかなかったと思う。
ルルシェは伯爵家に戻ってから男装をやめた。母が用意してくれたドレスを身につけ、髪もおろしている。メイド達は泣きながらルルシェの髪を整えてくれた。紺碧の瞳に合わせて、サファイアの髪飾りをつけている。
父はまず母の実家である王都の侯爵家へ馬車を走らせ、迷惑をかけることになると詫びた。祖父はすでに家督を息子に譲っていたが、ルルシェの姿を見、父の話を聞いて「どうして妾を迎えなかったのだ」と激怒した。
ルルシェも父も母も、うな垂れているしかなかった。
しかし祖父は最後に「よく頑張ったな」と涙を流しながら呟き、罪を軽くしてほしいという嘆願書を用意してくれたのだ。それを持ってもう一度馬車に乗り、王宮へ向かう。
王宮の入り口でも廊下でも、ルルシェの姿を見た人々は不思議そうにしていた。知っている顔のはずなのに服装が全く違うから、どこの誰だか分からないのだろう。前を歩く父と母を見て、ようやく誰かが「もしかして、ルルシェ様?」とつぶやく声が聞こえた。
急な謁見だったためか、何時間も待つことになった。通常、国王へ謁見するには数週間前に知らせるのが当たり前だ。しかしルルシェたちにそんな余裕はなかったため、無理を通してもらう形になった。
謁見室へ入るとアイオンはひどく驚き、ルルシェが誰だかわからない様子を見せた。父が全ての事情を話し、祖父が用意した嘆願書を出して「どうか自決することをお許しください」と跪く。ルルシェと母も父にならい、同じように跪いた。
アイオンは首をかしげ、顎に手をあてて悩んでいる。
「君たちの問題は、僕ひとりでは決められないな。女性が男性として生きてきたなんて前例がないし、どういう刑罰が適しているかも不明だ。誰かを殺したわけでもないし……。貴族に招集をかけて議会で決めよう。それまで王宮に留まりなさい」
そして、留まるように言われてから半月がたった。しかし今でも何の連絡もなく、塔の中で親子三人穏やかに暮らしている。罪を犯した貴人用の塔らしいが、何もかも揃っているから不便はなかった。
さらに半月がたち、ようやくルルシェたちは国王に呼び出された。アイオンの執務机にはぶ厚い書類の束が置いてある。
「やっと君たちの刑罰が決まった。かなり難航したが……。まず、スタレートン伯爵夫妻からだ。領地内にある港――商業地の部分を王領とする。つまり、領地を少し減らすことになった」
ルルシェはほっと息をついた。父と母の命が助かっただけでも御の字だ。それにしても、予想よりずっと刑罰が軽い。
「そして、ルルシェ卿――いや、ルルシェ嬢だが」
アイオンの言葉にルルシェはごくりと喉を鳴らす。覚悟を決めていても、やはり恐怖はあった。
「ルルシェ嬢に関しては一旦貴族の身分を剥奪し、メイドとして王宮で働くことを命じる。ただし、期間は一年とし、終了後は伯爵家の令嬢に戻す。以上だ」
ルルシェ達はぽかんと国王を見ていた。思っていた以上に罰が軽く、本当にそれでいいのかと思ってしまう。父が慌てたように言った。
「へ、陛下……本当にそれでいいのでしょうか? 私たちは、死を覚悟しておりましたので……」
アイオンはふっと笑いながら、机の上の書類をぽんぽんと叩いた。
「議会で決まったことだ。確かに人を騙していたことは事実だが、騙されていた人々が君たちを許すと言っているのでね。スタレートンへも行ってみたが、領民たちは今の領主さまがいいと言い張っていた。――ただ、騙していた件についてはやはり罰が必要だろうとなり、今回の決定に繋がった」
父はうつむき、肩を震わせた。泣いているのだろう。母が寄り添うように父の背中を撫でている。アイオンは書類を見ながら言葉を続けた。
「ルルシェ嬢はすごいね。貴族たちは君の能力の高さを知っていて、あの人材を失うのは国のためにならないという意見が多かった。君を慕う令嬢たちもイグニスの城に押しかけて、どうして公爵さまがいながらルルシェ様を守れませんでしたの、と弟を責めたらしい」
(それちょっと可哀相かも……)
ルルシェはイグニスに同情した。そして、改めてアイオンに頭を下げる。
「ご温情に感謝いたします」
「一年間、しっかり働くんだよ。君の働きぶりによっては、期間が長くなることもありえる。まあ、あまり心配はしていないけどね……。頑張りなさい」
「はい……!」
下げた顔からぽたぽたと雫が落ちる。必死に生きた十八年は無駄ではなかった。それが嬉しくて、誇らしくて、涙がどんどん溢れてくる。
三人は泣きながら謁見室をあとにし、ルルシェは王宮に残るため両親と別れた。でも今生の別れではない。また生きて会えるのだ。三人は泣いていても、顔は晴ればれと笑っていた。
ルルシェは両親とともに王宮の塔で暮らしている。全ての罪を告白した結果、国王アイオンは刑罰が決まるまで王宮に留まるように命じたのだ。
イグニスの城から伯爵家に戻ったあと、ルルシェは今までの出来事を両親に報告した。ただし、イグニスの練習台だったことは伏せている。
ある切っ掛けでイグニスに女性だと知られてしまったが、彼はルルシェを保護しようとしてくれた。イグニスはルルシェを弟のように大切にしたので、その様子を見た誰かが恋仲だと勘違いし、本を書いたのではないか――という事にしてある。
イグニスを守るためには、自分が女だと公表するしかない。ルルシェは国教やイグニスの立場を考えた上でこの結論を出したと話したが、父と母は反対することもなく静かに頷いただけだった。いつかこういう日が来るのではと、覚悟を決めていたのかもしれない。
王都までの道中、母は馬車の中でルルシェに訊いた。
「ルルシェ、本当に殿下とは恋仲ではないの? 殿下はもしかして、あなたのことを……」
「いいえ、母さま。殿下は僕を実の弟のように可愛がってくださっただけです」
母が言いたいことは分かっている。イグニスと納得のいく別れをしたのかと気にしているのだ。ルルシェも父も母も、今後どうなるか分からないから。
しかし全てを話せばイグニスはルルシェたちを庇い、罪を告白する事などきっと許してくれない。なんど考えても、やはり嘘をつくしかなかったと思う。
ルルシェは伯爵家に戻ってから男装をやめた。母が用意してくれたドレスを身につけ、髪もおろしている。メイド達は泣きながらルルシェの髪を整えてくれた。紺碧の瞳に合わせて、サファイアの髪飾りをつけている。
父はまず母の実家である王都の侯爵家へ馬車を走らせ、迷惑をかけることになると詫びた。祖父はすでに家督を息子に譲っていたが、ルルシェの姿を見、父の話を聞いて「どうして妾を迎えなかったのだ」と激怒した。
ルルシェも父も母も、うな垂れているしかなかった。
しかし祖父は最後に「よく頑張ったな」と涙を流しながら呟き、罪を軽くしてほしいという嘆願書を用意してくれたのだ。それを持ってもう一度馬車に乗り、王宮へ向かう。
王宮の入り口でも廊下でも、ルルシェの姿を見た人々は不思議そうにしていた。知っている顔のはずなのに服装が全く違うから、どこの誰だか分からないのだろう。前を歩く父と母を見て、ようやく誰かが「もしかして、ルルシェ様?」とつぶやく声が聞こえた。
急な謁見だったためか、何時間も待つことになった。通常、国王へ謁見するには数週間前に知らせるのが当たり前だ。しかしルルシェたちにそんな余裕はなかったため、無理を通してもらう形になった。
謁見室へ入るとアイオンはひどく驚き、ルルシェが誰だかわからない様子を見せた。父が全ての事情を話し、祖父が用意した嘆願書を出して「どうか自決することをお許しください」と跪く。ルルシェと母も父にならい、同じように跪いた。
アイオンは首をかしげ、顎に手をあてて悩んでいる。
「君たちの問題は、僕ひとりでは決められないな。女性が男性として生きてきたなんて前例がないし、どういう刑罰が適しているかも不明だ。誰かを殺したわけでもないし……。貴族に招集をかけて議会で決めよう。それまで王宮に留まりなさい」
そして、留まるように言われてから半月がたった。しかし今でも何の連絡もなく、塔の中で親子三人穏やかに暮らしている。罪を犯した貴人用の塔らしいが、何もかも揃っているから不便はなかった。
さらに半月がたち、ようやくルルシェたちは国王に呼び出された。アイオンの執務机にはぶ厚い書類の束が置いてある。
「やっと君たちの刑罰が決まった。かなり難航したが……。まず、スタレートン伯爵夫妻からだ。領地内にある港――商業地の部分を王領とする。つまり、領地を少し減らすことになった」
ルルシェはほっと息をついた。父と母の命が助かっただけでも御の字だ。それにしても、予想よりずっと刑罰が軽い。
「そして、ルルシェ卿――いや、ルルシェ嬢だが」
アイオンの言葉にルルシェはごくりと喉を鳴らす。覚悟を決めていても、やはり恐怖はあった。
「ルルシェ嬢に関しては一旦貴族の身分を剥奪し、メイドとして王宮で働くことを命じる。ただし、期間は一年とし、終了後は伯爵家の令嬢に戻す。以上だ」
ルルシェ達はぽかんと国王を見ていた。思っていた以上に罰が軽く、本当にそれでいいのかと思ってしまう。父が慌てたように言った。
「へ、陛下……本当にそれでいいのでしょうか? 私たちは、死を覚悟しておりましたので……」
アイオンはふっと笑いながら、机の上の書類をぽんぽんと叩いた。
「議会で決まったことだ。確かに人を騙していたことは事実だが、騙されていた人々が君たちを許すと言っているのでね。スタレートンへも行ってみたが、領民たちは今の領主さまがいいと言い張っていた。――ただ、騙していた件についてはやはり罰が必要だろうとなり、今回の決定に繋がった」
父はうつむき、肩を震わせた。泣いているのだろう。母が寄り添うように父の背中を撫でている。アイオンは書類を見ながら言葉を続けた。
「ルルシェ嬢はすごいね。貴族たちは君の能力の高さを知っていて、あの人材を失うのは国のためにならないという意見が多かった。君を慕う令嬢たちもイグニスの城に押しかけて、どうして公爵さまがいながらルルシェ様を守れませんでしたの、と弟を責めたらしい」
(それちょっと可哀相かも……)
ルルシェはイグニスに同情した。そして、改めてアイオンに頭を下げる。
「ご温情に感謝いたします」
「一年間、しっかり働くんだよ。君の働きぶりによっては、期間が長くなることもありえる。まあ、あまり心配はしていないけどね……。頑張りなさい」
「はい……!」
下げた顔からぽたぽたと雫が落ちる。必死に生きた十八年は無駄ではなかった。それが嬉しくて、誇らしくて、涙がどんどん溢れてくる。
三人は泣きながら謁見室をあとにし、ルルシェは王宮に残るため両親と別れた。でも今生の別れではない。また生きて会えるのだ。三人は泣いていても、顔は晴ればれと笑っていた。
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