4 / 71
4 王子との面会1
しおりを挟む
レクオン王子と面会する日、シーナは昨日マリベルに用意してもらったドレスに着替えた。貴族の令嬢らしい、薄い水色の清楚なドレスだ。歩きやすいようにスカートの丈が短く、動くたびに足首のあたりで裾がひらひらと揺れる。
「シーナ、この靴を履いてごらん。ドレスに合うはずだよ」
「ありがとう、マリベル」
マリベルが持ってきてくれたのは、キャメルブラウンの光沢が美しい革靴だ。留め金のところに小さなパールが付いている。グレッグはルターナがレクオン王子の婚約者になった途端、娘のために散財するようになった。ルターナのためというより、自分の見栄のために。
レクオンに会う以前はルターナも古い服ばかり着ていたが、王子の婚約者がボロを身につけていてはいかにもみすぼらしい。世間から「ケルホーン伯爵は金に困っているようだ」と評価を受けるのは必至である。
見栄っ張りなグレッグは王子との面会が決まるたびにドレスを新調し、王都のタウンハウスまで増築してしまった。といっても家人が暮らす主棟の部分には手を入れず、周囲の庭を広げただけだ。それに合わせて庭師を増員したので、タウンハウスは常に色とりどりの花で囲まれるようになった。外からはさぞかし羽振りのいい貴族に見えることだろう。
ケルホーンは豊かな土地ではないし、領民から得られる税金も大した額ではない。ルターナもシーナも、グレッグがぎりぎりの状態で金を回していると知っている。
ディレイムでは17歳になると成人だと認められ結婚できるので、グレッグはそれを待つつもりなのだ。ルターナがレクオンの妃になれば、ケルホーンに金と人が入ってくると企んでいるのだろう。
「薄い水色とキャメルブラウンの組み合わせは可愛いわね。とても似合っているわよ」
ベッドに座ったルターナが見守るなか、シーナは身支度を整えた。昨日たっぷりと香油をぬっておいた髪はしっとり潤い、普段はメイドとして働く娘には見えない。でもなんどレクオン王子と逢瀬を重ねても、シーナの緊張が解けることはなかった。鏡に映ったルターナそっくりの顔は、緊張で硬くこわばっている。
「緊張してるの? 大丈夫よ、シーナは私にそっくりなんだから。自信もってレクオン様にお会いしてきて」
「は、はい……。お姉さまらしく振る舞ってきます」
「この子が自信を持つのは、かなり時間がかかるでしょうねぇ。世間の目から隠れるようにして育ってきましたし……。でも今日は貴族の令嬢として、堂々としてるんだよ。すぐに謝ってもいけないし、簡単に頭を下げないこと」
「うん……。頑張ってきます」
反射的にさげそうになった頭をぐっと戻し、代わりのようにカーテシーをした。自然なカーテシーを身につけるまで何年もかかったが、今では完璧な礼を披露できる。ルターナとマリベルは「とても上手よ」とにこやかに笑い、シーナを送り出してくれた。
廊下に出ると執事が待っており、彼の案内で義父が待つ部屋へ通される。グレッグは部屋に入ってきたシーナを頭からつま先まで舐めるようにジロジロと検分し、不備がないかどうか確かめた。
「髪と手が荒れているのが気になるな。おまえ、ルターナの代わりをしているという自覚が足りないんじゃないか? 少しは自分で手入れをしておけ」
「……すみません」
「王子の前ではその辛気くさい顔を改めろよ。もっと貴族の令嬢らしく、華やかに笑うんだ。少しでも王子に勘付かれたら、鞭で打ってやるからな」
グレッグは机の引き出しを開けると、黒くしなやかな鞭を取り出して見せ付けるように動かした。シーナは硬い表情のままぎゅっとドレスのスカートを掴む。あの鞭がどれだけ痛いのか、シーナはよく知っている。前に背中を打たれたときには皮がべろりと剥けて、痛くて立つことも出来なかった。
「分かっています。レクオン様には勘付かれることのないよう、細心の注意を払います」
「よろしい。ダートン、さっさと連れて行け」
執事はドアを開けてシーナに出るように促し、彼に付いて主棟の廊下を進んで行く。何回かルターナとして外出したので、主棟の中は迷わずに歩けるようになった。館のなかで最も広い廊下を直進すればエントランスだ。
正面玄関を出ると、ちょうど王子が乗った馬車が近づいてくるところだった。従者が馬車のドアを開けるタイミングに合わせて、淑やかにカーテシーをする。俯いた視線の先に、レクオン王子の長い脚が見えた。
「ようこそお越しくださいました、レクオン殿下」
「久しいな、ルターナ。ひと月ぶりだ。体調はいいのか?」
「ええ、もうすっかり」
頭ひとつ高いところにレクオンの顔がある。いつもと同じように、黒い詰襟の軍服で来たようだ。飾りといえば銀色のボタンぐらいのもので、王子としては質素である。レクオンはあまり着飾るのが好きではないらしい。
姉とレクオン王子が婚約してから三年たち、ふたりは17歳になった。14歳の王子はまだあどけない少年のような一面もあったが、今では見上げるような体躯になり、目を合わせようとすると首が痛いほどだ。レクオンの艶やかな黒い髪の向こうに澄んだ秋の空が広がっている。柘榴石のような暗紅色の瞳は、シーナと目が合うと優しげにほほ笑んだ。
レクオンは凛々しく端正な顔立ちで、容貌に合わせたように頑健な肉体を持つ。彼が逞しく成長する一方で、ルターナは年を経るごとに体調を崩しやすくなった。
ひと月前はドレスに着替えて歩くことも出来たが、最近ではすぐに疲れて息が切れる。まるで生まれ持った精力を使い果たしたようで、シーナは不安で仕方がなかった。先月レクオンに会ったときもルターナは貧血を起こし、途中で面会を切り上げたのだ。
(今後ずっとお姉さまの代わりをすることになったら、どうしよう……)
姉の役に立てるのなら何だってする覚悟だ。でも王家を三年も騙しているという事実はシーナの心を重く蝕んでいる。このままでいいわけがない――かといって今のシーナにはどうする事も出来ず、義父に命じられるまま姉の代わりを続けている。
「シーナ、この靴を履いてごらん。ドレスに合うはずだよ」
「ありがとう、マリベル」
マリベルが持ってきてくれたのは、キャメルブラウンの光沢が美しい革靴だ。留め金のところに小さなパールが付いている。グレッグはルターナがレクオン王子の婚約者になった途端、娘のために散財するようになった。ルターナのためというより、自分の見栄のために。
レクオンに会う以前はルターナも古い服ばかり着ていたが、王子の婚約者がボロを身につけていてはいかにもみすぼらしい。世間から「ケルホーン伯爵は金に困っているようだ」と評価を受けるのは必至である。
見栄っ張りなグレッグは王子との面会が決まるたびにドレスを新調し、王都のタウンハウスまで増築してしまった。といっても家人が暮らす主棟の部分には手を入れず、周囲の庭を広げただけだ。それに合わせて庭師を増員したので、タウンハウスは常に色とりどりの花で囲まれるようになった。外からはさぞかし羽振りのいい貴族に見えることだろう。
ケルホーンは豊かな土地ではないし、領民から得られる税金も大した額ではない。ルターナもシーナも、グレッグがぎりぎりの状態で金を回していると知っている。
ディレイムでは17歳になると成人だと認められ結婚できるので、グレッグはそれを待つつもりなのだ。ルターナがレクオンの妃になれば、ケルホーンに金と人が入ってくると企んでいるのだろう。
「薄い水色とキャメルブラウンの組み合わせは可愛いわね。とても似合っているわよ」
ベッドに座ったルターナが見守るなか、シーナは身支度を整えた。昨日たっぷりと香油をぬっておいた髪はしっとり潤い、普段はメイドとして働く娘には見えない。でもなんどレクオン王子と逢瀬を重ねても、シーナの緊張が解けることはなかった。鏡に映ったルターナそっくりの顔は、緊張で硬くこわばっている。
「緊張してるの? 大丈夫よ、シーナは私にそっくりなんだから。自信もってレクオン様にお会いしてきて」
「は、はい……。お姉さまらしく振る舞ってきます」
「この子が自信を持つのは、かなり時間がかかるでしょうねぇ。世間の目から隠れるようにして育ってきましたし……。でも今日は貴族の令嬢として、堂々としてるんだよ。すぐに謝ってもいけないし、簡単に頭を下げないこと」
「うん……。頑張ってきます」
反射的にさげそうになった頭をぐっと戻し、代わりのようにカーテシーをした。自然なカーテシーを身につけるまで何年もかかったが、今では完璧な礼を披露できる。ルターナとマリベルは「とても上手よ」とにこやかに笑い、シーナを送り出してくれた。
廊下に出ると執事が待っており、彼の案内で義父が待つ部屋へ通される。グレッグは部屋に入ってきたシーナを頭からつま先まで舐めるようにジロジロと検分し、不備がないかどうか確かめた。
「髪と手が荒れているのが気になるな。おまえ、ルターナの代わりをしているという自覚が足りないんじゃないか? 少しは自分で手入れをしておけ」
「……すみません」
「王子の前ではその辛気くさい顔を改めろよ。もっと貴族の令嬢らしく、華やかに笑うんだ。少しでも王子に勘付かれたら、鞭で打ってやるからな」
グレッグは机の引き出しを開けると、黒くしなやかな鞭を取り出して見せ付けるように動かした。シーナは硬い表情のままぎゅっとドレスのスカートを掴む。あの鞭がどれだけ痛いのか、シーナはよく知っている。前に背中を打たれたときには皮がべろりと剥けて、痛くて立つことも出来なかった。
「分かっています。レクオン様には勘付かれることのないよう、細心の注意を払います」
「よろしい。ダートン、さっさと連れて行け」
執事はドアを開けてシーナに出るように促し、彼に付いて主棟の廊下を進んで行く。何回かルターナとして外出したので、主棟の中は迷わずに歩けるようになった。館のなかで最も広い廊下を直進すればエントランスだ。
正面玄関を出ると、ちょうど王子が乗った馬車が近づいてくるところだった。従者が馬車のドアを開けるタイミングに合わせて、淑やかにカーテシーをする。俯いた視線の先に、レクオン王子の長い脚が見えた。
「ようこそお越しくださいました、レクオン殿下」
「久しいな、ルターナ。ひと月ぶりだ。体調はいいのか?」
「ええ、もうすっかり」
頭ひとつ高いところにレクオンの顔がある。いつもと同じように、黒い詰襟の軍服で来たようだ。飾りといえば銀色のボタンぐらいのもので、王子としては質素である。レクオンはあまり着飾るのが好きではないらしい。
姉とレクオン王子が婚約してから三年たち、ふたりは17歳になった。14歳の王子はまだあどけない少年のような一面もあったが、今では見上げるような体躯になり、目を合わせようとすると首が痛いほどだ。レクオンの艶やかな黒い髪の向こうに澄んだ秋の空が広がっている。柘榴石のような暗紅色の瞳は、シーナと目が合うと優しげにほほ笑んだ。
レクオンは凛々しく端正な顔立ちで、容貌に合わせたように頑健な肉体を持つ。彼が逞しく成長する一方で、ルターナは年を経るごとに体調を崩しやすくなった。
ひと月前はドレスに着替えて歩くことも出来たが、最近ではすぐに疲れて息が切れる。まるで生まれ持った精力を使い果たしたようで、シーナは不安で仕方がなかった。先月レクオンに会ったときもルターナは貧血を起こし、途中で面会を切り上げたのだ。
(今後ずっとお姉さまの代わりをすることになったら、どうしよう……)
姉の役に立てるのなら何だってする覚悟だ。でも王家を三年も騙しているという事実はシーナの心を重く蝕んでいる。このままでいいわけがない――かといって今のシーナにはどうする事も出来ず、義父に命じられるまま姉の代わりを続けている。
1
あなたにおすすめの小説
白い結婚の行方
宵森みなと
恋愛
「この結婚は、形式だけ。三年経ったら、離縁して養子縁組みをして欲しい。」
そう告げられたのは、まだ十二歳だった。
名門マイラス侯爵家の跡取りと、書面上だけの「夫婦」になるという取り決め。
愛もなく、未来も誓わず、ただ家と家の都合で交わされた契約だが、彼女にも目的はあった。
この白い結婚の意味を誰より彼女は、知っていた。自らの運命をどう選択するのか、彼女自身に委ねられていた。
冷静で、理知的で、どこか人を寄せつけない彼女。
誰もが「大人びている」と評した少女の胸の奥には、小さな祈りが宿っていた。
結婚に興味などなかったはずの青年も、少女との出会いと別れ、後悔を経て、再び運命を掴もうと足掻く。
これは、名ばかりの「夫婦」から始まった二人の物語。
偽りの契りが、やがて確かな絆へと変わるまで。
交差する記憶、巻き戻る時間、二度目の選択――。
真実の愛とは何かを、問いかける静かなる運命の物語。
──三年後、彼女の選択は、彼らは本当に“夫婦”になれるのだろうか?
私は既にフラれましたので。
椎茸
恋愛
子爵令嬢ルフェルニア・シラーは、国一番の美貌を持つ幼馴染の公爵令息ユリウス・ミネルウァへの想いを断ち切るため、告白をする。ルフェルニアは、予想どおりフラれると、元来の深く悩まない性格ゆえか、気持ちを切り替えて、仕事と婚活に邁進しようとする。一方、仕事一筋で自身の感情にも恋愛事情にも疎かったユリウスは、ずっと一緒に居てくれたルフェルニアに距離を置かれたことで、感情の蓋が外れてルフェルニアの言動に一喜一憂するように…?
※小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しております。
姉に代わって立派に息子を育てます! 前日譚
mio
恋愛
ウェルカ・ティー・バーセリクは侯爵家の二女であるが、母亡き後に侯爵家に嫁いできた義母、転がり込んできた義妹に姉と共に邪魔者扱いされていた。
王家へと嫁ぐ姉について王都に移住したウェルカは侯爵家から離れて、実母の実家へと身を寄せることになった。姉が嫁ぐ中、学園に通いながらウェルカは自分の才能を伸ばしていく。
数年後、多少の問題を抱えつつ姉は懐妊。しかし、出産と同時にその命は尽きてしまう。そして残された息子をウェルカは姉に代わって育てる決意をした。そのためにはなんとしても王宮での地位を確立しなければ!
自分でも考えていたよりだいぶ話数が伸びてしまったため、こちらを姉が子を産むまでの前日譚として本編は別に作っていきたいと思います。申し訳ございません。
本の虫令嬢ですが「君が番だ! 間違いない」と、竜騎士様が迫ってきます
氷雨そら
恋愛
本の虫として社交界に出ることもなく、婚約者もいないミリア。
「君が番だ! 間違いない」
(番とは……!)
今日も読書にいそしむミリアの前に現れたのは、王都にたった一人の竜騎士様。
本好き令嬢が、強引な竜騎士様に振り回される竜人の番ラブコメ。
小説家になろう様にも投稿しています。
【完結】愛しき冷血宰相へ別れの挨拶を
川上桃園
恋愛
「どうかもう私のことはお忘れください。閣下の幸せを、遠くから見守っております」
とある国で、宰相閣下が結婚するという新聞記事が出た。
これを見た地方官吏のコーデリアは突如、王都へ旅立った。亡き兄の友人であり、年上の想い人でもある「彼」に別れを告げるために。
だが目当ての宰相邸では使用人に追い返されて途方に暮れる。そこに出くわしたのは、彼と結婚するという噂の美しき令嬢の姿だった――。
新聞と涙 それでも恋をする
あなたの照らす道は祝福《コーデリア》
君のため道に灯りを点けておく
話したいことがある 会いたい《クローヴィス》
これは、冷血宰相と呼ばれた彼の結婚を巡る、恋のから騒ぎ。最後はハッピーエンドで終わるめでたしめでたしのお話です。
第22回書き出し祭り参加作品
2025.1.26 女性向けホトラン1位ありがとうございます
2025.2.14 後日談を投稿しました
魔法使いとして頑張りますわ!
まるねこ
恋愛
母が亡くなってすぐに伯爵家へと来た愛人とその娘。
そこからは家族ごっこの毎日。
私が継ぐはずだった伯爵家。
花畑の住人の義妹が私の婚約者と仲良くなってしまったし、もういいよね?
これからは母方の方で養女となり、魔法使いとなるよう頑張っていきますわ。
2025年に改編しました。
いつも通り、ふんわり設定です。
ブックマークに入れて頂けると私のテンションが成層圏を超えて月まで行ける気がします。m(._.)m
Copyright©︎2020-まるねこ
君への気持ちが冷めたと夫から言われたので家出をしたら、知らぬ間に懸賞金が掛けられていました
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【え? これってまさか私のこと?】
ソフィア・ヴァイロンは貧しい子爵家の令嬢だった。町の小さな雑貨店で働き、常連の男性客に密かに恋心を抱いていたある日のこと。父親から借金返済の為に結婚話を持ち掛けられる。断ることが出来ず、諦めて見合いをしようとした矢先、別の相手から結婚を申し込まれた。その相手こそ彼女が密かに思いを寄せていた青年だった。そこでソフィアは喜んで受け入れたのだが、望んでいたような結婚生活では無かった。そんなある日、「君への気持ちが冷めたと」と夫から告げられる。ショックを受けたソフィアは家出をして行方をくらませたのだが、夫から懸賞金を掛けられていたことを知る――
※他サイトでも投稿中
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる