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11 三年後に知ったこと
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三年前の冬に姉のルターナが亡くなり、シーナは王都にあるケルホーン伯爵家の屋敷から逃げた。王都の隣町でアリーシャという店を訪ね、長い髪の毛を切って売り、そのお金を使ってさらに遠い町への移動を繰り返す。白金ブロンドは貴婦人の装飾用として高く売れたので、旅を続けることができた。
グラーダに移ってからは住み込みで働ける工房を探し、なんとかお針子として職を得た。貴族は通常、自分の屋敷に専属のお針子を抱えているものだが、ルターナと同じ顔をしたシーナが貴族に近づくのは危険である。どこで誰がレクオン王子の婚約者だと気づくか分からず、シーナは顔を見せない場所で働くしかなかった。
そんな折に工房へやってきたのがリヴァイ家先代夫人オクタビアで、彼女はシーナに別荘で働かないかと誘ってくれたのだ。オクタビアも貴族ではあったが、すでに社交界から遠ざかって別荘から出る事もほとんどないらしい。シーナには打って付けの職場で、喜んで彼女の仕事を引き受けた。
シーナは三年前の冬からずっとルターナがくれた袋を持ち歩いている。指輪をみるたびに姉のことを思い出し、お墓へ挨拶に行きたい衝動に駆られた。わたしは無事に逃げることが出来ましたと、元気に生きていますと伝えたい。でもそれが出来ないまま三年もたってしまった。
恐らくグレッグは領地にルターナを埋葬したのだろうが、姉と同じ顔でケルホーンに行けばシーナという替え玉の存在が明るみに出てしまう。
せっかく逃がしてくれたルターナの苦労を台無しにするわけにはいかず、シーナは今でも別人として暮らし続けていた。
「大奥様、バージル様がいらっしゃいました」
夕方になり、別荘にオクタビアの息子バージルがやってきた。彼は父親を亡くしてからグラーダの地を治めているが、時おりこうして母の様子を伺いに来るのだ。
「おお、来たかい。いつまでも結婚しない息子が」
「僕はまだ27だよ。焦って結婚する必要もないだろ……。母さんこそ、どうしてこんな丘の上に引っ越したんだ。坂道を登ってるときに馬が苦しそうなんだよ」
「それはおまえが太りすぎなだけだろ」
オクタビアはそっけなく言うと、息子を晩餐の席へ案内した。バージルは恰幅がいいので彼の愛馬も大変なのだ。
今日のメニューはオクタビアに依頼されて野菜中心の料理にしたが、テーブルに並べられた皿を見たバージルは不満そうである。
「ほとんど肉がないじゃないか。おい、せめてワインをくれよ」
「ルシア、ほんのちょっとでいいよ。一杯だけでいいから」
「畏まりました」
シーナはグラスにワインを注ぎ、バージルの手元に置いた。彼はワインを飲みながら、給仕をしているシーナをぼんやり眺めている。
「どうせ結婚するなら、ルシアぐらい美人な娘がいいな。ルシアが貴族だったら良かったのに……」
「夢みたいなこと言ってないで、自分の心配だけしてほしいもんだね。ルシアにはそのうち白馬の王子さまが現れるさ。昔の伝手をつかって、ルシアに相応しい男を探し出してみせるよ」
「いま探すとしたら、ダゥゼン公爵家の親族とかがいいんじゃない?」
シーナにとっては聞きなれない貴族の名が出た途端、オクタビアの顔は忌々しそうに歪んだ。
「あんな胡散くさい奴らに、ルシアをやれるもんかね」
「なんでさ。これからはダゥゼン公爵家がどんどん勢力を強めていくと思うよ。だってほら、去年だったか……レクオン殿下が王宮から出て、公爵になっちゃっただろ」
「……えっ?」
シーナは耳にした言葉が信じられず、給仕のさなかに声を上げてしまった。レクオンが公爵になった? ――ということは、王位を諦めたのか?
目を見張るシーナになにを思ったのか、バージルは得意げに続ける。
「レクオン殿下は人気者だったから、王都の人たちはがっかりしたらしい。とても有能な王子だったしね……。何か事情があったんだろうけど、自分から公爵になると言ったみたいだよ」
「そう、ですか……」
「婚約者が亡くなって三年もたつのに、浮いた話がひとつもないのも謎だよね。そんなに好きだったのかなぁ」
「あぁもう、今は殿下の話はいいんだよ。それよりおまえの事だ。今年中に誰かと婚約するんだよ!」
「それが出来たら苦労しないよ。だいたい仕事が忙しくて、お見合いする暇もないのに……」
バージルがぶつぶつと不満を口にしても、彼の言葉はシーナの耳に入らなかった。どうしてなのか、レクオンに何があったのかと考えずにはいられない。
(まさか……お姉さまが亡くなったからなの……?)
ルターナの死を知ったレクオンは、なにを思ったのだろう。報告を受けても無関心だったとは考えにくい。レクオンは姉の好みをよく知っていたし、会うたびに優しく気遣ってくれた。ルターナの死後も誰とも婚約していないのだから、王子が姉のことを愛していたのは間違いないはずだ。
ルターナの死によってレクオンがショックを受け、王位を諦めてしまったのだとしたら――。
(殿下を騙していたわたしにも責任があるわ……。どうしよう……)
申し訳なくて胸がずきずきと痛む。でも今さら自分に出来ることがあるはずもなく、シーナは動揺を押し隠してオクタビアとバージルの給仕を続けた。
グラーダに移ってからは住み込みで働ける工房を探し、なんとかお針子として職を得た。貴族は通常、自分の屋敷に専属のお針子を抱えているものだが、ルターナと同じ顔をしたシーナが貴族に近づくのは危険である。どこで誰がレクオン王子の婚約者だと気づくか分からず、シーナは顔を見せない場所で働くしかなかった。
そんな折に工房へやってきたのがリヴァイ家先代夫人オクタビアで、彼女はシーナに別荘で働かないかと誘ってくれたのだ。オクタビアも貴族ではあったが、すでに社交界から遠ざかって別荘から出る事もほとんどないらしい。シーナには打って付けの職場で、喜んで彼女の仕事を引き受けた。
シーナは三年前の冬からずっとルターナがくれた袋を持ち歩いている。指輪をみるたびに姉のことを思い出し、お墓へ挨拶に行きたい衝動に駆られた。わたしは無事に逃げることが出来ましたと、元気に生きていますと伝えたい。でもそれが出来ないまま三年もたってしまった。
恐らくグレッグは領地にルターナを埋葬したのだろうが、姉と同じ顔でケルホーンに行けばシーナという替え玉の存在が明るみに出てしまう。
せっかく逃がしてくれたルターナの苦労を台無しにするわけにはいかず、シーナは今でも別人として暮らし続けていた。
「大奥様、バージル様がいらっしゃいました」
夕方になり、別荘にオクタビアの息子バージルがやってきた。彼は父親を亡くしてからグラーダの地を治めているが、時おりこうして母の様子を伺いに来るのだ。
「おお、来たかい。いつまでも結婚しない息子が」
「僕はまだ27だよ。焦って結婚する必要もないだろ……。母さんこそ、どうしてこんな丘の上に引っ越したんだ。坂道を登ってるときに馬が苦しそうなんだよ」
「それはおまえが太りすぎなだけだろ」
オクタビアはそっけなく言うと、息子を晩餐の席へ案内した。バージルは恰幅がいいので彼の愛馬も大変なのだ。
今日のメニューはオクタビアに依頼されて野菜中心の料理にしたが、テーブルに並べられた皿を見たバージルは不満そうである。
「ほとんど肉がないじゃないか。おい、せめてワインをくれよ」
「ルシア、ほんのちょっとでいいよ。一杯だけでいいから」
「畏まりました」
シーナはグラスにワインを注ぎ、バージルの手元に置いた。彼はワインを飲みながら、給仕をしているシーナをぼんやり眺めている。
「どうせ結婚するなら、ルシアぐらい美人な娘がいいな。ルシアが貴族だったら良かったのに……」
「夢みたいなこと言ってないで、自分の心配だけしてほしいもんだね。ルシアにはそのうち白馬の王子さまが現れるさ。昔の伝手をつかって、ルシアに相応しい男を探し出してみせるよ」
「いま探すとしたら、ダゥゼン公爵家の親族とかがいいんじゃない?」
シーナにとっては聞きなれない貴族の名が出た途端、オクタビアの顔は忌々しそうに歪んだ。
「あんな胡散くさい奴らに、ルシアをやれるもんかね」
「なんでさ。これからはダゥゼン公爵家がどんどん勢力を強めていくと思うよ。だってほら、去年だったか……レクオン殿下が王宮から出て、公爵になっちゃっただろ」
「……えっ?」
シーナは耳にした言葉が信じられず、給仕のさなかに声を上げてしまった。レクオンが公爵になった? ――ということは、王位を諦めたのか?
目を見張るシーナになにを思ったのか、バージルは得意げに続ける。
「レクオン殿下は人気者だったから、王都の人たちはがっかりしたらしい。とても有能な王子だったしね……。何か事情があったんだろうけど、自分から公爵になると言ったみたいだよ」
「そう、ですか……」
「婚約者が亡くなって三年もたつのに、浮いた話がひとつもないのも謎だよね。そんなに好きだったのかなぁ」
「あぁもう、今は殿下の話はいいんだよ。それよりおまえの事だ。今年中に誰かと婚約するんだよ!」
「それが出来たら苦労しないよ。だいたい仕事が忙しくて、お見合いする暇もないのに……」
バージルがぶつぶつと不満を口にしても、彼の言葉はシーナの耳に入らなかった。どうしてなのか、レクオンに何があったのかと考えずにはいられない。
(まさか……お姉さまが亡くなったからなの……?)
ルターナの死を知ったレクオンは、なにを思ったのだろう。報告を受けても無関心だったとは考えにくい。レクオンは姉の好みをよく知っていたし、会うたびに優しく気遣ってくれた。ルターナの死後も誰とも婚約していないのだから、王子が姉のことを愛していたのは間違いないはずだ。
ルターナの死によってレクオンがショックを受け、王位を諦めてしまったのだとしたら――。
(殿下を騙していたわたしにも責任があるわ……。どうしよう……)
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