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50 渡したいもの
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憂鬱な気分は晴れないものの、バザーを止める気は全くなかった。すでに二回目を終えた今、ヴェンシュタイン公爵夫人としての評価も上がってきている。貴族の知り合いはますます増え、屋敷に招かれることも多くなった。
王都に屋敷を構える貴族たちは、シーナにどんな品物ならバザーで売れるのか質問してきたりする。時には屋敷に招かれて、着れなくなったドレスや子供服を譲り受けることもあった。貴族の間で古着をやり取りする事は通常あり得ないが、バザーとなれば話は別である。
貴族用の布は上質で王都の人々に喜ばれるので、ドレスの糸をほどいてただの布にしたり、簡素な普段着に縫いなおして売ることにした。お針子として働いていたシーナにとってはごく普通のことだし、世話はメイド達がやってくれるので縫い物をする時間ぐらいはある。レクオンもシーナの過去を知っているので、頼む前から部屋のなかにお針箱が用意してあったのはとても嬉しかった。
二回目のバザーを終えて一週間ほどたった日、シーナはある伯爵夫人に招かれてサイズが合わなくなったドレスを貰い受けた。肌触りのいいサテン生地と温かそうなベルベットの生地。高級素材なのに二着も譲ってくれるという。
「実は私、お腹に子供がいるのです。だからしばらくは細身のドレスは着れそうになくて……だんだん太ってきてしまったし。出産後はドレスを仕立て直すことになりそうです。どうか遠慮なく貰ってくださいな」
「まぁ、おめでとうございます。二着も譲ってくださって、本当にありがとうございます」
よく見れば、確かに伯爵夫人のお腹は少し膨らんでいた。お腹を手でそっと撫でる夫人はとても幸せそうだ。シーナは彼女の負担にならないよう、面会を短めにして屋敷を辞した。
あとは馬車に乗って古城へ戻るだけなのだが、何故だか胸の中がもやもやする。しばらく馬車に乗っているうちに、自分が落ち込んでいることに気づいた。
(わたし……あの方が羨ましいんだわ)
何の悩みもなく子供を授かれる人が羨ましい。シーナは子供が欲しいけれど、レクオンはそうではないから……諦めるしかないのが悲しい。
暗澹たる気分で馬車に揺られていると、向かい側に座ったマリベルが「あっ」と声を上げた。
「シーナ、道の先で手を振ってる人がいるわ。どうする? 少し面倒なことになりそうだけど……」
「……馬車をとめるわ。無視するわけにはいかないもの」
道の先には日傘を差す侍女、そして日傘の下にいるのは赤みがかったダークブラウンの髪の令嬢――シェリアンヌだ。よりにもよって、いちばん嫌なタイミングで彼女に会ってしまった。この馬車にはヴェンシュタイン公爵の紋が入っているから、シェリアンヌにも誰が乗っているか分かったのだろう。
シーナは仕方なく馬車をとめ、彼女の横に降り立った。
「お久しぶりですわね! お茶会では面白い話を聞かせてくださって、ありがとうございます」
シェリアンヌはにぃっと笑いながら、嫌味なのかどうか分からない挨拶をする。シーナは曖昧に頷き、「お久しぶりです」と言葉を返した。
「ちょうど良かったですわ、わたくしヴェンシュタイン公爵夫人にお渡ししたい物がありましたの。少しお茶でもいかが? 立ち話もなんですし」
「長い時間は無理ですが、それでもよろしければ」
「もちろん構いませんわ。どうぞ、わたくしの後に続いてくださいまし」
あなたと長い時間お喋りするなんて無理です――という気持ちを込めて言ったのだが、シェリアンヌは全く気にする気配もない。シーナは渋々マリベルを連れてシェリアンヌを追いかけた。
数分歩いたところでシェリアンヌは足をとめ、この店だと指図する。貴族専用の喫茶店のようだ。この辺りは貴族の屋敷ばかりなので、ほとんどの店は貴族御用達になっている。平民の姿はなく、歩いているのは着飾った貴族だけ。シーナはさびれた裏通りとの差を感じながら店に入った。
「いつもの席でよろしいですか?」
「ええ、それでいいわ」
どうやらシェリアンヌはお得意様らしい。店の者は彼女がなにを言わなくても、迷うことなく店の奥へ案内していく。窓からの景色がよく見え、かつ仕切りによって会話が聞こえにくく配慮された席だった。
席についたシェリアンヌはメニューも見ずに「いつもの」と命じている。シーナは『本日の紅茶』というものを頼んで待つことにしたが、のんびりお茶を飲む気はない。さっさと古城へ戻らないとレクオンに怪しまれるし、なによりシーナが早く帰りたい。自分から話を切り出すことにした。
王都に屋敷を構える貴族たちは、シーナにどんな品物ならバザーで売れるのか質問してきたりする。時には屋敷に招かれて、着れなくなったドレスや子供服を譲り受けることもあった。貴族の間で古着をやり取りする事は通常あり得ないが、バザーとなれば話は別である。
貴族用の布は上質で王都の人々に喜ばれるので、ドレスの糸をほどいてただの布にしたり、簡素な普段着に縫いなおして売ることにした。お針子として働いていたシーナにとってはごく普通のことだし、世話はメイド達がやってくれるので縫い物をする時間ぐらいはある。レクオンもシーナの過去を知っているので、頼む前から部屋のなかにお針箱が用意してあったのはとても嬉しかった。
二回目のバザーを終えて一週間ほどたった日、シーナはある伯爵夫人に招かれてサイズが合わなくなったドレスを貰い受けた。肌触りのいいサテン生地と温かそうなベルベットの生地。高級素材なのに二着も譲ってくれるという。
「実は私、お腹に子供がいるのです。だからしばらくは細身のドレスは着れそうになくて……だんだん太ってきてしまったし。出産後はドレスを仕立て直すことになりそうです。どうか遠慮なく貰ってくださいな」
「まぁ、おめでとうございます。二着も譲ってくださって、本当にありがとうございます」
よく見れば、確かに伯爵夫人のお腹は少し膨らんでいた。お腹を手でそっと撫でる夫人はとても幸せそうだ。シーナは彼女の負担にならないよう、面会を短めにして屋敷を辞した。
あとは馬車に乗って古城へ戻るだけなのだが、何故だか胸の中がもやもやする。しばらく馬車に乗っているうちに、自分が落ち込んでいることに気づいた。
(わたし……あの方が羨ましいんだわ)
何の悩みもなく子供を授かれる人が羨ましい。シーナは子供が欲しいけれど、レクオンはそうではないから……諦めるしかないのが悲しい。
暗澹たる気分で馬車に揺られていると、向かい側に座ったマリベルが「あっ」と声を上げた。
「シーナ、道の先で手を振ってる人がいるわ。どうする? 少し面倒なことになりそうだけど……」
「……馬車をとめるわ。無視するわけにはいかないもの」
道の先には日傘を差す侍女、そして日傘の下にいるのは赤みがかったダークブラウンの髪の令嬢――シェリアンヌだ。よりにもよって、いちばん嫌なタイミングで彼女に会ってしまった。この馬車にはヴェンシュタイン公爵の紋が入っているから、シェリアンヌにも誰が乗っているか分かったのだろう。
シーナは仕方なく馬車をとめ、彼女の横に降り立った。
「お久しぶりですわね! お茶会では面白い話を聞かせてくださって、ありがとうございます」
シェリアンヌはにぃっと笑いながら、嫌味なのかどうか分からない挨拶をする。シーナは曖昧に頷き、「お久しぶりです」と言葉を返した。
「ちょうど良かったですわ、わたくしヴェンシュタイン公爵夫人にお渡ししたい物がありましたの。少しお茶でもいかが? 立ち話もなんですし」
「長い時間は無理ですが、それでもよろしければ」
「もちろん構いませんわ。どうぞ、わたくしの後に続いてくださいまし」
あなたと長い時間お喋りするなんて無理です――という気持ちを込めて言ったのだが、シェリアンヌは全く気にする気配もない。シーナは渋々マリベルを連れてシェリアンヌを追いかけた。
数分歩いたところでシェリアンヌは足をとめ、この店だと指図する。貴族専用の喫茶店のようだ。この辺りは貴族の屋敷ばかりなので、ほとんどの店は貴族御用達になっている。平民の姿はなく、歩いているのは着飾った貴族だけ。シーナはさびれた裏通りとの差を感じながら店に入った。
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どうやらシェリアンヌはお得意様らしい。店の者は彼女がなにを言わなくても、迷うことなく店の奥へ案内していく。窓からの景色がよく見え、かつ仕切りによって会話が聞こえにくく配慮された席だった。
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