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19 レモンパイと悩める公爵
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夕食の時、ジオルドは席を外してなかなか戻って来なかった。何をしに行ったのかと思っていると、戻ってきた彼の手には何とレモンパイがのっている。わたしの大好物の、レモンパイが!
「れ、レモンパイ!」
「今日は頑張ったようだから褒美だ。お前はこれが好きなんだろう?」
まぁ好きなんですけども。何で知っているのかと、薄ら寒いものを感じる。マーガレットの事といいわたしの事といい、この男はどこまで調べているのだろう。迂闊なことを口走らないように気をつけないと。
「今日はいつもより帰りが遅かったな。何かあったのか?」
ジオルドは食事をしながら、年頃の娘を持つ父親のようなことを言う。
「マーガレットとバレン様に誘われて、サイラス准教授の研究室に行ってたんです。成り行きでわたしも研究室のメンバーになりました。良かったですか?」
「もちろん構わんが……」
ジオルドは少し考え込むような様子を見せた。何か言いにくい事をわたしに伝えようとしているようだった。
「ノア。あまり――……。いや、いい。なんでもない」
「? はあ」
はっきり言わないジオルドなんて珍しい。いつも恐ろしい発言をズバズバして来るくせに。
友人が出来たのが嬉しかったので、夕食の間も寝るまでの間にも、今日なにがあったのかを詳しくジオルドに話して聞かせた。彼は口を挟む事もなくわたしの話に耳を傾けている。濃紺の瞳には何とも表現しがたい光が宿っていて、わたしはその光の正体を掴もうとじっと目を凝らした。
焦り、不安、そして少しの後ろめたさ――そんなものがジオルドの瞳には浮かんでいるのだった。猫になってうとうとしながら彼の気持ちの原因を考えたけれど、そもそもわたしが知る情報は少なすぎて分かる訳がなかった。
その後、学校にいる間はマーガレット、バレン様と一緒に過ごすのが当たり前になった。
わたし達は講義のない時間には図書室へ通い、三人で読書をしたり勉強したりする。バレン様に付きまとっていた男子学生たちはさすがに図書室までは追って来なかった。ペチャクチャと喋っていたら追い出されるからだ。
わたしとマーガレットでバレン様を挟んでいると、不思議と男性は近寄って来ない。もしかしたら、ジオルドがわたしのチョーカーに掛けた魔術のせいかも知れない。わたしとマーガレットは二人で王子様を護衛しているようなものだった。
講義を終えたらサイラス先生の研究室へ向かうのも、すでに日課になっている。
ルーカスの試験に使うための試薬を準備したり、簡単な検査を手伝ったり。わたしの手の動きを見ていたマーガレットが不思議そうに言った。
「ノアって、薬品の扱いに慣れてるよね。大学に来る前に何かしていたの?」
「えっ……」
どうしよう。話しても大丈夫だろうか?
少し迷ったけれど、バレン様とマーガレットにはわたしの事情を話すことにした。父のこと、母のこと。数年間、薬師として首都で仕事をしていたこと。
二人は静かにわたしの話を聞いてくれたが、話の内容が魔術薬になると深い興味を示した。わたしが知る魔術薬は母の直伝で、一般的な怪我を治したりする魔術薬とは異なっているから珍しいのだろう。
「記憶に干渉する魔術薬なんてあるんだ。何かを思い出す薬があるのなら、忘れる薬もあるのかい?」
「勿論ありますよ。でも効くかどうかは本人の意思の強さに左右されます。思い出したいとか、忘れたいとか本人が強く願う程、ちゃんと効果が出るんです。結構個人差が出やすい薬ですね」
わたしとバレン様が話すのを、マーガレットはじっと聞いている。やがて彼女はぽつりと言った。
「ねえ、ノア。治りたいと本人が強く願えば病気が治る、そんな魔術薬って作れる?」
マーガレットは酷く真剣な顔をしていた。わたしは「それは無理だと思うよ」と答えたかったけれど、彼女の思い詰めたような瞳に気圧されて言葉に詰まってしまった。
「そ、れは……」
「……無いよね。ごめんね、変なこと聞いちゃって」
「ふふ、そんな奇跡みたいな薬はさすがに無いよ、マーガレット」
バレン様とマーガレットは朗らかに笑い、張り詰めた空気を押し流した。わたしも二人につられて笑ったが、先ほどのマーガレットの表情がいつまでも忘れられなかった。
マーガレットは家族に病気の人でもいるんだろうか。だからあんな事を言ったんだろうか。
尋ねたい気持ちはあったけれど、治す事も出来ないくせに話だけ聞くなんて余りにもずうずうしい。
結局わたしは何を聞くわけでもなく日々を過ごしていった。いつの間にか季節は冬になっていた。
「れ、レモンパイ!」
「今日は頑張ったようだから褒美だ。お前はこれが好きなんだろう?」
まぁ好きなんですけども。何で知っているのかと、薄ら寒いものを感じる。マーガレットの事といいわたしの事といい、この男はどこまで調べているのだろう。迂闊なことを口走らないように気をつけないと。
「今日はいつもより帰りが遅かったな。何かあったのか?」
ジオルドは食事をしながら、年頃の娘を持つ父親のようなことを言う。
「マーガレットとバレン様に誘われて、サイラス准教授の研究室に行ってたんです。成り行きでわたしも研究室のメンバーになりました。良かったですか?」
「もちろん構わんが……」
ジオルドは少し考え込むような様子を見せた。何か言いにくい事をわたしに伝えようとしているようだった。
「ノア。あまり――……。いや、いい。なんでもない」
「? はあ」
はっきり言わないジオルドなんて珍しい。いつも恐ろしい発言をズバズバして来るくせに。
友人が出来たのが嬉しかったので、夕食の間も寝るまでの間にも、今日なにがあったのかを詳しくジオルドに話して聞かせた。彼は口を挟む事もなくわたしの話に耳を傾けている。濃紺の瞳には何とも表現しがたい光が宿っていて、わたしはその光の正体を掴もうとじっと目を凝らした。
焦り、不安、そして少しの後ろめたさ――そんなものがジオルドの瞳には浮かんでいるのだった。猫になってうとうとしながら彼の気持ちの原因を考えたけれど、そもそもわたしが知る情報は少なすぎて分かる訳がなかった。
その後、学校にいる間はマーガレット、バレン様と一緒に過ごすのが当たり前になった。
わたし達は講義のない時間には図書室へ通い、三人で読書をしたり勉強したりする。バレン様に付きまとっていた男子学生たちはさすがに図書室までは追って来なかった。ペチャクチャと喋っていたら追い出されるからだ。
わたしとマーガレットでバレン様を挟んでいると、不思議と男性は近寄って来ない。もしかしたら、ジオルドがわたしのチョーカーに掛けた魔術のせいかも知れない。わたしとマーガレットは二人で王子様を護衛しているようなものだった。
講義を終えたらサイラス先生の研究室へ向かうのも、すでに日課になっている。
ルーカスの試験に使うための試薬を準備したり、簡単な検査を手伝ったり。わたしの手の動きを見ていたマーガレットが不思議そうに言った。
「ノアって、薬品の扱いに慣れてるよね。大学に来る前に何かしていたの?」
「えっ……」
どうしよう。話しても大丈夫だろうか?
少し迷ったけれど、バレン様とマーガレットにはわたしの事情を話すことにした。父のこと、母のこと。数年間、薬師として首都で仕事をしていたこと。
二人は静かにわたしの話を聞いてくれたが、話の内容が魔術薬になると深い興味を示した。わたしが知る魔術薬は母の直伝で、一般的な怪我を治したりする魔術薬とは異なっているから珍しいのだろう。
「記憶に干渉する魔術薬なんてあるんだ。何かを思い出す薬があるのなら、忘れる薬もあるのかい?」
「勿論ありますよ。でも効くかどうかは本人の意思の強さに左右されます。思い出したいとか、忘れたいとか本人が強く願う程、ちゃんと効果が出るんです。結構個人差が出やすい薬ですね」
わたしとバレン様が話すのを、マーガレットはじっと聞いている。やがて彼女はぽつりと言った。
「ねえ、ノア。治りたいと本人が強く願えば病気が治る、そんな魔術薬って作れる?」
マーガレットは酷く真剣な顔をしていた。わたしは「それは無理だと思うよ」と答えたかったけれど、彼女の思い詰めたような瞳に気圧されて言葉に詰まってしまった。
「そ、れは……」
「……無いよね。ごめんね、変なこと聞いちゃって」
「ふふ、そんな奇跡みたいな薬はさすがに無いよ、マーガレット」
バレン様とマーガレットは朗らかに笑い、張り詰めた空気を押し流した。わたしも二人につられて笑ったが、先ほどのマーガレットの表情がいつまでも忘れられなかった。
マーガレットは家族に病気の人でもいるんだろうか。だからあんな事を言ったんだろうか。
尋ねたい気持ちはあったけれど、治す事も出来ないくせに話だけ聞くなんて余りにもずうずうしい。
結局わたしは何を聞くわけでもなく日々を過ごしていった。いつの間にか季節は冬になっていた。
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