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23 血をください
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数日間、部屋に篭ったまま本を読み続けた。バレン様に残された時間はどれだけなのか、ただそれだけが気になった。
もしかしたら、一年後には彼の笑顔を見られなくなるのでは―――そんな恐怖がわたしの心に染み付いていた。
嫌だ。絶対に嫌だ。せっかく友人になれたのに。
マーガレットの泣き顔が頭の中に焼きついて離れない。
いつの間にか、机の端に食事が置かれている。わたしはそれを食べながらページをめくった。
魔力硬化症に罹患した人々の情報をまとめた本だ。彼らの性別、年齢、体格、食生活やどんな地域に住んでいたのかなど、詳細に記されている。だけど著者にも魔力以外の決定的な原因は分からなかったらしい。
どうして魔力が高いと、この病気になるのだろう。魔力が高くても天寿を全うする人もいるはずなのに……。
そこまで考えて、急に天啓のように何かが閃いた。
そうだ、前公爵さまも魔力は高かったはずだ。彼もジオルドと同じ濃紺の瞳だったのだから。
わたしは母が残した資料に飛びついた。母は前公爵さまの血液に関してひと通り記録を残している。血液に含まれる魔素濃度は三百を超えていたようだ。これは一般の人の数十倍にあたる、凄まじい濃度である。
しかし彼の死因は肺炎だった。相当な愛煙家であった前公爵さまは、風邪が肺炎まで悪化したため亡くなったのだ。肺炎にならなければ、きっと今でも元気に暮らしていたことだろう。
魔力が高くても発病しない人とバレン様を詳しく比較すれば、病気の原因を突き止められるのでは?
でも比較するには、母の資料だけでは情報が足りない。魔力が高くても健康を維持している人間の生体情報が欲しいのだけれど。
バレン様や前公爵さまと同じレベルで魔力の高い人間……ジオルドぐらいしか思いつかない。
思わず机の上で頭を抱えてしまった。
どうしたらいいだろう。素直にジオルドに頼んでも大丈夫だろうか。あなたの血をください、と。
本来、ジオルドのような王族に近い身分の人間の体に傷をつけるなど、あってはならない事なのだ。故意でないにしろ、少し流血させただけで死罪になった事例もある。
母が前公爵さまから血液を採取できたのは、愛情があったからこそで……。母には自信があったのだ。前公爵さまは、決して自分を傷つけたり出来ないという自信が。
わたしはどうだろう。ジオルドはわたしをどう思っているだろう。ただの暇つぶし? 雇い人?
どうして俺の血が欲しいんだ、と聞かれたらどう答えればいいの。
バレン様の事情を話す訳にはいかない。でも時間もない。
どうすれば―――。
途方に暮れていると、突然背後のドアが開いた。ばたん、という音で振り返るとジオルドが立っている。そう言えば彼の顔を見たのは久しぶりだ。ジオルドも仕事が忙しかったらしく、ここ数日は会っていなかった。
「何かご用ですか……?」
自分でも気の抜けた声だった。最近考えることが多すぎて頭の中が破裂しそうだ。
ジオルドはわたしを一瞥してから言った。
「なんだ、その顔は。ちゃんと食事しているのか?」
つかつかとわたしの方へ歩いて来る。急いで読んでいた本と資料を隠した。バレン様のことに感づかれたら不味いかもしれない。
「……何を隠した? 学校の課題をしていたんじゃないのか?」
あっ、と思いついた。そうか、研究のためと言って、血液を採取させて貰えばいいじゃないか。
「ジオルド様、お願いがあります」
「お願い? 何だ、言ってみろ」
「あの、血液を採取させていただけませんか? 研究に使いたいので……」
ジオルドは怪訝そうな顔をした。目を細め、探るような視線を向けてくる。でも怒っている訳では無さそうで少しほっとした。死罪にするぞと言われなくて良かった。
彼は理解できないな、と言いたげに顔を傾け、ふっと笑うように口元を歪めている。
「研究。研究ね……。毎日遅くまで熱心なことだな。そんなに没頭するほど楽しいか?」
「それは、もう……」
「本当に研究のためか? 誰かに頼まれたんじゃないのか。准教授か、マーガレットか―――バレンに?」
名前が出た瞬間、体が強張ってしまった。息を飲んだままジオルドの顔を見つめる。目を逸らしたら何もかも嘘だとばれてしまうような気がして怖かった。
この人はバレン様の病気のことを知っているんだろうか。
わたしから情報が漏れるような事になれば、あの二人に顔向け出来ない。だから、絶対に露見しないようにしなくては……。
見つめ合ったのは数分という短い時間だったのだろう。でも、感覚的には数時間のように長く感じた。息が詰まって耐えられなくなった頃、ジオルドはようやくわたしから視線を逸らし、床の一点を見つめながら低い声で言った。
「……別に構わないが」
「本当ですか! ありがとうございます」
お礼を言いながら頭を下げ、顔を戻したとき、ジオルドはまたわたしを見ていた。彼の瞳には少しの温度もなく、暗い湖面のように揺らめいている。目が合った瞬間、背筋を冷たい手で撫でられたような心地がした。
ジオルドは薄く笑い、どこか楽しげな様子でわたしに言った。
「血はくれてやるが、条件がある」
もしかしたら、一年後には彼の笑顔を見られなくなるのでは―――そんな恐怖がわたしの心に染み付いていた。
嫌だ。絶対に嫌だ。せっかく友人になれたのに。
マーガレットの泣き顔が頭の中に焼きついて離れない。
いつの間にか、机の端に食事が置かれている。わたしはそれを食べながらページをめくった。
魔力硬化症に罹患した人々の情報をまとめた本だ。彼らの性別、年齢、体格、食生活やどんな地域に住んでいたのかなど、詳細に記されている。だけど著者にも魔力以外の決定的な原因は分からなかったらしい。
どうして魔力が高いと、この病気になるのだろう。魔力が高くても天寿を全うする人もいるはずなのに……。
そこまで考えて、急に天啓のように何かが閃いた。
そうだ、前公爵さまも魔力は高かったはずだ。彼もジオルドと同じ濃紺の瞳だったのだから。
わたしは母が残した資料に飛びついた。母は前公爵さまの血液に関してひと通り記録を残している。血液に含まれる魔素濃度は三百を超えていたようだ。これは一般の人の数十倍にあたる、凄まじい濃度である。
しかし彼の死因は肺炎だった。相当な愛煙家であった前公爵さまは、風邪が肺炎まで悪化したため亡くなったのだ。肺炎にならなければ、きっと今でも元気に暮らしていたことだろう。
魔力が高くても発病しない人とバレン様を詳しく比較すれば、病気の原因を突き止められるのでは?
でも比較するには、母の資料だけでは情報が足りない。魔力が高くても健康を維持している人間の生体情報が欲しいのだけれど。
バレン様や前公爵さまと同じレベルで魔力の高い人間……ジオルドぐらいしか思いつかない。
思わず机の上で頭を抱えてしまった。
どうしたらいいだろう。素直にジオルドに頼んでも大丈夫だろうか。あなたの血をください、と。
本来、ジオルドのような王族に近い身分の人間の体に傷をつけるなど、あってはならない事なのだ。故意でないにしろ、少し流血させただけで死罪になった事例もある。
母が前公爵さまから血液を採取できたのは、愛情があったからこそで……。母には自信があったのだ。前公爵さまは、決して自分を傷つけたり出来ないという自信が。
わたしはどうだろう。ジオルドはわたしをどう思っているだろう。ただの暇つぶし? 雇い人?
どうして俺の血が欲しいんだ、と聞かれたらどう答えればいいの。
バレン様の事情を話す訳にはいかない。でも時間もない。
どうすれば―――。
途方に暮れていると、突然背後のドアが開いた。ばたん、という音で振り返るとジオルドが立っている。そう言えば彼の顔を見たのは久しぶりだ。ジオルドも仕事が忙しかったらしく、ここ数日は会っていなかった。
「何かご用ですか……?」
自分でも気の抜けた声だった。最近考えることが多すぎて頭の中が破裂しそうだ。
ジオルドはわたしを一瞥してから言った。
「なんだ、その顔は。ちゃんと食事しているのか?」
つかつかとわたしの方へ歩いて来る。急いで読んでいた本と資料を隠した。バレン様のことに感づかれたら不味いかもしれない。
「……何を隠した? 学校の課題をしていたんじゃないのか?」
あっ、と思いついた。そうか、研究のためと言って、血液を採取させて貰えばいいじゃないか。
「ジオルド様、お願いがあります」
「お願い? 何だ、言ってみろ」
「あの、血液を採取させていただけませんか? 研究に使いたいので……」
ジオルドは怪訝そうな顔をした。目を細め、探るような視線を向けてくる。でも怒っている訳では無さそうで少しほっとした。死罪にするぞと言われなくて良かった。
彼は理解できないな、と言いたげに顔を傾け、ふっと笑うように口元を歪めている。
「研究。研究ね……。毎日遅くまで熱心なことだな。そんなに没頭するほど楽しいか?」
「それは、もう……」
「本当に研究のためか? 誰かに頼まれたんじゃないのか。准教授か、マーガレットか―――バレンに?」
名前が出た瞬間、体が強張ってしまった。息を飲んだままジオルドの顔を見つめる。目を逸らしたら何もかも嘘だとばれてしまうような気がして怖かった。
この人はバレン様の病気のことを知っているんだろうか。
わたしから情報が漏れるような事になれば、あの二人に顔向け出来ない。だから、絶対に露見しないようにしなくては……。
見つめ合ったのは数分という短い時間だったのだろう。でも、感覚的には数時間のように長く感じた。息が詰まって耐えられなくなった頃、ジオルドはようやくわたしから視線を逸らし、床の一点を見つめながら低い声で言った。
「……別に構わないが」
「本当ですか! ありがとうございます」
お礼を言いながら頭を下げ、顔を戻したとき、ジオルドはまたわたしを見ていた。彼の瞳には少しの温度もなく、暗い湖面のように揺らめいている。目が合った瞬間、背筋を冷たい手で撫でられたような心地がした。
ジオルドは薄く笑い、どこか楽しげな様子でわたしに言った。
「血はくれてやるが、条件がある」
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