しつこい公爵が、わたしを逃がしてくれない

千堂みくま

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26 ひらめき

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 目を開けるとボタンが見えた。ボタン、というより誰かが着ているシャツの一部。
 なにこれ。わたし今どこにいるの。

 視点を上にずらすと、ぼこっと出っ張った喉仏がすぐそこにあった。どういうことだろう。
 頭の中は霞が掛かったようにぼんやりとして上手く働かない。少し動いただけでもこめかみがガンガンと響くようだし、喉も痛いし……これは多分、風邪を引いたんだろうな。

「起きたのか?」

 いきなり頭上から声が降ってきた。この声、ジオルドだ。「何してるんですか」と言おうとしたけれど、口からは掠れたうめき声のようなものが漏れただけだった。かなり喉が腫れているらしい。

「お前、無理しすぎて倒れたんだ。寒い、寒いとしきりに呟いていたぞ。まだ熱が高いから寝ておけ」

 ジオルドは囁くように言って、わたしをぎゅっと腕の中に抱え込んだ。
 わたしが寒いと言ったから、一緒に寝てるんですか。

 何て過保護な男だろう。猫にしたり、キスをしたり好き勝手にわたしを扱うくせに。何を考えているの?

 考え事をするには体調が悪すぎて無理だった。わたしはそのままジオルドの腕の中で眠ってしまった。


 ジオルドが仕事をどうしているのかは知らないけれど、目が覚めるといつも彼はわたしの隣で寝ていた。長い腕でわたしを抱え込むようにして眠っているのだ。一緒に寝ている時はいつも猫だったから、人間の姿のままだと少し気恥ずかしい。

 横で寝ている男の顔は、わたしの頭の上にある。つま先だって彼の足首まで届いていない。なんて大きな男だろう。わたしの体はジオルドの中にすっぽりと入っていて、ベッドを横から見れば彼が一人で寝ているように見えるだろうな、と思った。

 何日か経って、ようやく声が出るようになってきた。ジオルドは仕事を屋敷に持ち帰り、シュウに指示を伝えていたらしい。わたしは一週間も大学を休んでいたとの事で、課題がたまっているだろうなと少し憂鬱な気分になった。

 とりとめもなく話している内に、どうして何日も徹夜で調べ物をしていたのかと聞かれてしまった。わたしはバレン様のことは伏せた上で、魔力の高い人が罹る病気があり、その原因を調べていたのだと話した。

「でも今は行き詰まってるんです。どこかの臓器に問題があるのかと思いましたが、そうではないみたいで……」

 ジオルドはわたしの話を聞きながら、頭や背中を優しく撫でている。まだ猫だと思っているのかと見上げると、彼の美しい顔は穏やかで、わたしにキスをした日のような激情は少しも浮かんでいなかった。

 本当にどうしちゃったんだろう。ひとが変わったみたい。
 ジオルドは静かな声でわたしに言った。

「お前の得意分野は調べたのか?」

「得意分野?」

「お前、中等部の頃からずっと同じテーマについて調べていただろう」

 わたしが調べていたテーマ……血液型の違いによる、疾病の―――。

 頭の中に血球が凝集ぎょうしゅうするイメージが映り、稲妻のように何かが閃いた。そうか、そうだった。どうして思いつかなかったんだろう。

「そうですね! 今すぐ調べてみま、あっ」

 起き上がった瞬間、肩を押さえこまれ、ばふっとベッドに沈んだ。

「まだ体調が戻っていないだろう。明日からにしろ。俺もお前に話したいことがある」

「えっ……何ですか」

 大学の資金のことですか。それとも血を調べまくった件に関してですか。
 ジオルドはじっと私を見つめたあと、低い声で話し出した。

「……マーガレットのことだ」

「はあ。マーガレットがどうかしたんですか?」

「お前が寝込んでいる間、彼女とバレンは何度か見舞いに来ていた」

「えっ」

「俺もお前と一緒に寝ていたから、恐らく大学に戻ったあと色々と詮索されるだろう」

「…………」

 何してくれてんの変態公爵。見舞いの時まで一緒に寝る必要ないでしょうが。

「まあその件は別として、マーガレットの家の話だ」

「……家?」

 ジオルドは長い話をした。フォックス公爵が代々受け継いできた仕事の件に始まり、税関で何年も起こっている問題のこと、そして問題を起こしている人物――ノイドール伯爵がマーガレットの養父である事を彼は一気に話した。

「わたしは……マーガレットは、積荷の問題に関わっていないと思います。彼女は魔術薬に関してかなり熱心に勉強していますし」

 マーガレットは、魔術薬でバレン様の病気を治したいと望んでいた。あの言葉は本気だった。だから彼女が養父の事件に関わっているはずがない。

 ジオルドは何かを考え込むように黙っている。マーガレットの疑いを晴らしたい、でもバレン様の病気の事は話せない―――どう説明しようかと悩んでいると、シュウが部屋にやって来て「お客さまです」と告げた。

 マーガレットとバレン様がお見舞いに来たのだった。
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