シンジンルイ

Bistro炒飯

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新たなる旅立ち

考察

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 ☆ ニルディ近辺・花畑

 話が一段落した三人は疲れ切っていた。

 疲れ切っていたというのも仕事をしていたわけでもないので身体的にという意味ではなく、精神的にという意味で疲弊していた。

 何しろ自分たちの辛い過去についての話をした後であるから、それも当然と言えば当然である。話し終わった後の空気も自然と重くなる。とはいえ、いつまでも沈黙を続けて座っているわけにはいかないので三人は表向き気を取り直して散策に戻った。

 ミドリはその間にこれまで聞いた話を頭の中で整理してみることにした。

 この世界には表立っては確認できないが貧富の差が存在する。否、貧富の差と言えば裕福な人間に対して貧しい人間がいるという意味なるが、この世界においては少し違う。限りなく裕福な人間とそれ以外、である。

 アンリやルナを含むニルディの人間たちは決して貧しい生活を強いられているわけではない。生活レベルで言うならミドリの知識上、日本の歴史で例えるなら戦国時代か江戸時代初期くらいのものではあるが、それしか知らない彼らにとってそれは貧困な生活とは言えない。アンリやルナ、そして村の人間が経験した子供たちが皇都に連れていかれてしまったという過去だけを除けば比較的平穏無事、安寧に暮らしている。そしてその生活しか知らない彼れらにとって貧しいという概念はなく、それはそれで幸せに暮らしていると言える。

 子供が連れ去られたという事件は悲惨な出来事だが、子供のいない家庭、人間においてはショッキングな出来事とはいえ生活はほとんど変わらないだろう。要する何が言いたいかというと、ニルディしかり皇都以外の人間においては自身を貧しいと感じている人間はどの時代、どの場所にも存在する程度のもので、この世界自体の均衡が乱れているというわけではなさそうだということである。

 だがこの世界には著しい貧困は存在せずとも飛びぬけて裕福な人間たちは一定数存在する。

 それは皇都アスハラに住む貴族たちの存在である。

 考察した通りアンリの話からも、ニルディ含む皇都以外の村や街の文明レベルが良くても江戸時代くらいのものであるとするならば、皇都アスハラは令和の日本にも実現不可能にも近い建造物を完成させるほどの技術力を有している。そしてそこから考えるに皇都アスハラは既にミドリも知らないはるか先の文明を歩んでいると考えた方がいい。

 高度な文明を有するアスハラの貴族たちはその技術の一切を手にしている。そしてこの世の全てが集まる場所とまで言わしめるのであるからそれは相当なものなのだろう。

 アスハラの貴族たちは当然自分たちが労働力となることは良しとしない。となれば労働力の調達が必要不可欠となる。そこで目をつけられたのがアスハラの外にある村や街の子供たちの奴隷的懲役である。まるで貴族以外の人間を同じ人間とは考えていない卑劣な行為である。

 ミドリはアスハラ以外の全ての人間で皇都に攻めて入れば貴族制度、アスハラの崩壊を目指すことは不可能ではないのではないかという考えが脳内をチラついたが、こんな粗末な考えはきっと既に多くの人間が考えついていることだろう。となれば、きっとそれを出来ない、若しくはそれをすることが意味のないことだという理由がそこにはまだ何かあるのだろう。

 ここら辺については皇都に近づいたことさえないアンリやルナが知らなくても無理はない事情かもしれない。彼らとて何もかも知っているわけではないのである。知らないことがあっても仕方ない。それに、一般人の立ち入ることを制限したり、技術を独占したりしているところを見ると貴族たちに言論統制をしいていてもおかしくはない。

 つまりこれ以上皇都について詳しくはおそらく彼らからは知ることができない。

 とはいえこれでようやくアンリやルナから時折感じていた表情の陰りや言葉の端々から感じていた微妙な疎外感というか、隠し事をされている感の正体が分かったわけである。

 ルナやアンリが抱えていた問題についてはこれで知ることができたが、正直なところミドリは本来の目的を見失っていた。いつの間にか彼らの問題について知ることが目的のようになってしまっていたが、ミドリは本来自分の記憶を取り戻す方法を考えなければならないのである。

 ミドリは突然訪れた異世界に情報が氾濫しすぎていて自身の記憶についての問題を見失い、いつの間にか記憶を取り戻したいという気持ちよりもこの世界のことを知り、新たにこの世界で順応して生きていこうと考えてしまっていた。ミドリは、割り切った考えだと思えば悪いことではないと感じる一方で、この世界に馴染んでいけば馴染むほどに元の記憶や元居た世界から遠ざかっていくような気がしてならなかった。

 そのため、あくまでも大前提としてミドリは自身の記憶を取り戻し、そして元の世界に戻る方法を探すというスタンスは崩さずにいなければならない。

 「俺の記憶はどうやったら戻るんだろう」

 ミドリはルナとアンリとの会話をする傍らそんな考え事をしていると、ふと会話が途切れた時に思っていたことをそのまま呟いていしまった。

 ミドリに他意はなかったのだが、というかその言葉に他意も本意のなかったのだが、案の定二人の心配そうな反応を引き出してしまった。ルナもアンリも性格上優しすぎるのである。

 ミドリはしまった、と思ったがもう遅かった。

 「そうよね、私たちと一緒に教会にいれば生活は出来ても、どうしても記憶が無いっていうのは不安よね。思い出すきっかけがあればいいのだけど」

 「うん、ミドリは自分に関する記憶がまるで無いんだったよな。知識はあるってどの程度あるんだ?……あぁ、いや、知識はどの程度あるんだっていうのはミドリの知的水準に疑問を抱いているわけじゃないぞ?」

 アンリは誰も気にしていないのに自分の言った言葉に補足を付け加えた。

 「分かってるよ。うーん、知識って言っても、今まで聞かれなかったからあまり詳しく話してこなかったけど、おそらく俺の元居た世界とこの世界は違うところが多すぎるんだ。だから一から説明しようとしても、全部を説明しなくちゃいけないことになる」

 ミドリはアンリの質問に頭を抱えた。

 例えば村の民家一つとっても近代的な鉄筋コンクリートのマンションやアパート、二階建ての一軒家などこの世界に無いものを一から説明しようとするのは相当難しいことである。井戸ではなく水道、砂利ではなくアスファルト、羊皮紙に筆ではなくボールペンにノート、馬ではなく車…。違いを一つ一つ出していけばきりがない。

 それに、この世界に無いものを次から次へと説明することが仮にできたとして、本来ならばこの世界にとっての異物であるミドリがその一人のせいで違う世界の歴史や文化、文明を左右するようなことを指定はいけない気がした。
 
 ミドリは昔にSF小説を読んでタイムパラドックスについて深く考えたことがあったことを思い出した。今ミドリの置かれている状況は、元居た世界から過去や未来へと移動したのではなく、おそらく別世界へと来てしまったため、タイムトラベルとはまた違うのかもしれないが、その世界においてパラドックスを生じさせる可能性があるという点においては共通するものがあると言える。

 この世界にはこの世界の流れがあり、できる限りはその流れに準ずるよう努力しようとミドリは心に決めた。

 「そういえばちゃんと聞いていなかったけれど、ミドリはこれからどうする予定なの?」

 ルナの質問はきっと今日の予定を聞いているわけではないことは明白だった。

 だが、何も知らない世界で何も記憶が無い状態では行動や目標の目処すら立たない。

 「とりあえずは記憶を取り戻したい…。それと、最終的には元居た世界に戻る方法があるならそれを探す、っていうことになるのかな」

 ミドリは曖昧な返事にならざるを得なかった。今はそれが精いっぱいの答えである。

 「そうだよな……。もし元居た世界に戻る方法が見つかって帰るってなったら寂しいけど、勿論僕もできることは協力するよ、記憶を取り戻す方法とか、色々」

 「そうね、私も協力するわ。色々探してみる」

 ルナもアンリもミドリに協力することを惜しまない姿勢を見せた。

 「助かるよ、ありがとう。因みにこの世界って時代とかあるのか?何年、何月何日みたいな」

 ミドリは感謝すると同時に突如浮かび上がった疑問を示した。ミドリの元居た世界は西暦2000年台、そして元号は令和。この世界にもそのような概念があるのかどうか気になったのである。

 「時代、っていうのはよくわからないけど、あるわよ。今は皇歴1690年ね。日付は4月10日だったかしら」

 「皇歴…………」

 ルナの言った皇歴という言葉は聞きなじみのない言葉だったが、文字から察するに皇帝、若しくはそれに等しいものの即位の年から数えて1690年ということなのだろうか。皇都アスハラという都市があることから、皇都が確立したときからという考え方もできる。とにかくミドリは分かってはいたものの、西暦では無いことを確認して少し落胆した。

 とはいえ1690年というのは皇歴を数え始めてからまだ年月が浅い。西暦で言えばまだ江戸時代である。その点においていうなら皇都アスハラを除く文明の進み具合はミドリの読みが的中しているということになる。約1700での文明の進歩する速度はどの世界でも共通らしい。

 なればこそ余計に皇都アスハラの存在は異彩を放っている。たった1700年の歴史の中でどのように進歩すればあのような巨大建造物を建設できるほどの文明が発達するのだろうか。ミドリはこの世界と比較する対象を他に持っているからこそ皇都アスハラに対する疑問は膨らむばかりだった。
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