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それ、経費になると思ってるんですか?
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「経費精算の件で、お時間よろしいでしょうか」
いつも通り、落ち着いた口調で呼び出しメールを送ったのは、朝の十時すぎ。
件名には「精算確認のお願い」とある。内容も至って事務的で、丁寧だった。
だが、その文面を見た今里はニヤリと笑った。
「阿波座くん、またあの新人?」
凛は肯定も否定もせず、目の前に積まれた一枚の精算書を指先でトントンと叩いた。
社員番号が若い。配属されたばかりの営業部所属。名前は…谷町光。
今週だけで、すでに三枚目の書類だった。
カウンターに現れた光は、腕に上着を引っかけ、シャツの袖を無造作にまくり上げていた。
明るい茶髪がふわりと揺れ、ネクタイはやや緩んでいる。
どこか“ちゃんとしてない”印象を与える出で立ちなのに、不思議と嫌味がない。
「こんにちはー。凛さん、俺の申請っすよね?お呼び出し、ありがとうございます」
明るい声に、一瞬だけ経理部の空気が和む。
だが、凛は相変わらずの無表情で手元の書類を差し出した。
「“ごはん(?)代”って、これは……スナック菓子ですか」
「え、マジっすか?バレた?いや、一応“ごはん”ってことで…?」
「ごはんに“?”をつけている時点で、自信がないことは自覚されてるんですね」
凛の口調は一切変わらない。
淡々と、あくまで事務処理の一環として光を追及する。
だが口元だけが、ほんのわずかに引きつっているのを、今里は見逃さなかった。
「いや~、チーム全員に配ったんで、“福利厚生”的な?気持ちっすよ?」
「気持ちで経費処理はできません」
「おお…ド正論。めっちゃ刺さる」
光は全く悪びれた様子もなく、笑っていた。
むしろその顔は、指摘されたことを“楽しんでいる”ようにも見える。
凛は視線を書類から外さず、次のページをめくる。
領収書の日付がずれていることに気づき、そっと眉を寄せた。
「それと、こちらの会議費…日付が、打ち合わせ記録と合っていません」
「あー、それ、たぶん帰りにちょっと寄ったやつっすね」
「“たぶん”で書類を作らないでください。正式な業務との関連性が明記されていません」
「はいはい、関連性ですね。要は“それっぽく”ってことですよね?」
「違います」
即答だった。
凛の目が、ようやく光を真正面から見据えた。
冷ややかというより、観察するような視線。
その瞳の奥に、わずかに苛立ちと困惑が混ざっていた。
内心…なぜ、この新人は、こんなに軽いのに悪びれないんだ。
これまで何人もの営業担当とやり取りをしてきたが、ここまで素直に懐いてくる者は珍しい。
しかもその笑顔が、腹立たしいほど自然で、屈託がない。
「凛さん、今日も相変わらず綺麗ですね」
「は?」
「いやいや、言っちゃダメだったやつか。ごめんなさい。ちゃんと修正しますから許してください~」
光は笑いながら、訂正ペンを手に取った。
凛が差し出した赤いチェックマークの書類に、さらさらと文字を書き加えていく。
字は、意外と丁寧だった。
若干クセのある丸文字で、訂正箇所を囲んだあと、「すみません!」と付箋にメモを添える。
その動作を見ながら、凛は自分でも気づかないうちに、視線を落としていた。
まるで、初めて遭遇した“分類不能の新人”を解析しようとしているかのように。
「次からは、もう少し確認してから提出してください」
「もちろんっす。…でも凛さんに会えるなら、ミスってもいっか、って思っちゃいそう」
「そういう思考回路を正すのが、今後の課題ですね」
「はい、がんばります」
満面の笑みを浮かべて、光はあっさり答えた。
まるで凛の冷たさすら、“会話のスパイス”として受け入れているような態度だった。
凛は書類をファイルに戻しながら、ふと目を伏せた。
この男の軽さは、悪意ではない。
むしろ、計算なのか本能なのか分からないまま、心のどこかに入り込んでくる。
…厄介だ。
そう結論づけて、凛は次の書類に手を伸ばした。
光は書類を抱えて、背筋を伸ばすと、にこにこと会釈をした。
「じゃ、また来まーす。……あ、もちろんミスしないように、っすよ?」
凛は返事をしなかった。
代わりに、机の下で指先がわずかに緊張しているのを、誰も気づいていない。
残された書類の束の上には、「よろしくお願いします!」と元気な字で書かれた付箋が一枚。
その角だけが、ほんの少しだけ曲がっていた。
いつも通り、落ち着いた口調で呼び出しメールを送ったのは、朝の十時すぎ。
件名には「精算確認のお願い」とある。内容も至って事務的で、丁寧だった。
だが、その文面を見た今里はニヤリと笑った。
「阿波座くん、またあの新人?」
凛は肯定も否定もせず、目の前に積まれた一枚の精算書を指先でトントンと叩いた。
社員番号が若い。配属されたばかりの営業部所属。名前は…谷町光。
今週だけで、すでに三枚目の書類だった。
カウンターに現れた光は、腕に上着を引っかけ、シャツの袖を無造作にまくり上げていた。
明るい茶髪がふわりと揺れ、ネクタイはやや緩んでいる。
どこか“ちゃんとしてない”印象を与える出で立ちなのに、不思議と嫌味がない。
「こんにちはー。凛さん、俺の申請っすよね?お呼び出し、ありがとうございます」
明るい声に、一瞬だけ経理部の空気が和む。
だが、凛は相変わらずの無表情で手元の書類を差し出した。
「“ごはん(?)代”って、これは……スナック菓子ですか」
「え、マジっすか?バレた?いや、一応“ごはん”ってことで…?」
「ごはんに“?”をつけている時点で、自信がないことは自覚されてるんですね」
凛の口調は一切変わらない。
淡々と、あくまで事務処理の一環として光を追及する。
だが口元だけが、ほんのわずかに引きつっているのを、今里は見逃さなかった。
「いや~、チーム全員に配ったんで、“福利厚生”的な?気持ちっすよ?」
「気持ちで経費処理はできません」
「おお…ド正論。めっちゃ刺さる」
光は全く悪びれた様子もなく、笑っていた。
むしろその顔は、指摘されたことを“楽しんでいる”ようにも見える。
凛は視線を書類から外さず、次のページをめくる。
領収書の日付がずれていることに気づき、そっと眉を寄せた。
「それと、こちらの会議費…日付が、打ち合わせ記録と合っていません」
「あー、それ、たぶん帰りにちょっと寄ったやつっすね」
「“たぶん”で書類を作らないでください。正式な業務との関連性が明記されていません」
「はいはい、関連性ですね。要は“それっぽく”ってことですよね?」
「違います」
即答だった。
凛の目が、ようやく光を真正面から見据えた。
冷ややかというより、観察するような視線。
その瞳の奥に、わずかに苛立ちと困惑が混ざっていた。
内心…なぜ、この新人は、こんなに軽いのに悪びれないんだ。
これまで何人もの営業担当とやり取りをしてきたが、ここまで素直に懐いてくる者は珍しい。
しかもその笑顔が、腹立たしいほど自然で、屈託がない。
「凛さん、今日も相変わらず綺麗ですね」
「は?」
「いやいや、言っちゃダメだったやつか。ごめんなさい。ちゃんと修正しますから許してください~」
光は笑いながら、訂正ペンを手に取った。
凛が差し出した赤いチェックマークの書類に、さらさらと文字を書き加えていく。
字は、意外と丁寧だった。
若干クセのある丸文字で、訂正箇所を囲んだあと、「すみません!」と付箋にメモを添える。
その動作を見ながら、凛は自分でも気づかないうちに、視線を落としていた。
まるで、初めて遭遇した“分類不能の新人”を解析しようとしているかのように。
「次からは、もう少し確認してから提出してください」
「もちろんっす。…でも凛さんに会えるなら、ミスってもいっか、って思っちゃいそう」
「そういう思考回路を正すのが、今後の課題ですね」
「はい、がんばります」
満面の笑みを浮かべて、光はあっさり答えた。
まるで凛の冷たさすら、“会話のスパイス”として受け入れているような態度だった。
凛は書類をファイルに戻しながら、ふと目を伏せた。
この男の軽さは、悪意ではない。
むしろ、計算なのか本能なのか分からないまま、心のどこかに入り込んでくる。
…厄介だ。
そう結論づけて、凛は次の書類に手を伸ばした。
光は書類を抱えて、背筋を伸ばすと、にこにこと会釈をした。
「じゃ、また来まーす。……あ、もちろんミスしないように、っすよ?」
凛は返事をしなかった。
代わりに、机の下で指先がわずかに緊張しているのを、誰も気づいていない。
残された書類の束の上には、「よろしくお願いします!」と元気な字で書かれた付箋が一枚。
その角だけが、ほんの少しだけ曲がっていた。
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